第18話 ミラジェーヌ

 魔法国家エシャンティエラ。

 初代王は、誰しもが魔術を楽しめる国を作るつもりだった。その志を共にし慕(した)い、豊かな心を持った人々が集う国になるはずった。

 だがそうはならなかった。

 魔王と言う名の敵がいなくなったが故に。

 王が年老いて亡くなってしまったがために。

 忘却。

 それは人の業なのかもしれない。

 クロロワ・レシャルル・ド・エシャンティエラ。

 それが第六王子本来の名前である。

 しかしその名を呼ぶものは誰一人として存在しなかった。

 第六王子謀反の件。

 マリアを乗せた公爵令嬢リョカの獣車(じゅうしゃ)は、王都の西門より出立したがその後、迂回する形で南下、東方へと移動した。

 そしてポイントへ移動すると計画が実行される。

 マリア(シャルル)が襲われたのはクロイツェル共和国国境沿いの森だった。

 これは魔法国家エシャンティエラがクロイツェル共和国に難癖をつけるための布石である。第六王子がクロイツェル共和国の人間に襲われたとなればエシャンティエラはクロイツェルに対して外交的圧力をかけられる。

 これらは全て計画の内の一つだった。

 剣の国ハイネベルグの王女である寵姫の排除を筆頭に、それにより生じる軋轢をエシャンティエラ第一王女を嫁がせることにより緩和。

 実質的な人質ではあるが、国(エシャンティエラ)にとって第一王女にそれほどの価値はなく、都合の良い捨て駒であることは明白だった。本人(第一王女)がそれを一番よく理解してしまっている。

 王を愛で縛ることにより権威を削ぎ失墜させ、王子をおだて、又おもちゃを与えることで傀儡とする。

 クロイツェル共和国の人間に王族が襲われたとなればクロイツェル共和国は払拭のために動かざるを得ない。

 又クロイツェル共和国の人間が、第六王子の謀反に加担しているとなれば国際問題に発展してしまう。

 クロイツェルに対する圧力と共に外交を活発化させて外野を忙殺させる。

 これらは王妃と、そしてミューレス公爵令嬢による王家の正常化を目的として行われた計略だった。

 しかしクロイツェルに対する難癖は失敗に終わっている。

 盗賊のほとんどが亡くなり、生き残ったものも証拠として取り押さえられてしまったからだ。これは公爵令嬢リョカの采配であり、細(ささ)やかな抵抗でもあった。

 これによりエシャンティエラはクロイツェル共和国に対して何もできず、家臣達を忙殺させることもできなかった。

 ただ第六王子が謀反を起こして殺害されたとだけ、それだけが共通の見解である。

 王子は、シャルルは、マリアは、フェノメナは、てっきり北西の森にいると勘違いし南東の森をさ迷うこととなる。

 そして何千キロと移動し辿りついたのがクロイツェル共和国の右下辺境マルファの村だった。

 クロイツェル共和国は魔法国家(法の国)エシャンティエラの右に位置する国である。

 三つの王家(ルナハイネン、ヴィーナディース、ロードレア)から成り立ち、三つの領土をそれぞれが管理、中央にて共有し成り立っている。

 クロイツェルの右には軍事国家メルマスが存在し、北方にはロストワース、魔族の住む広大な土地があった。

 この北方に位置するロストワースはかつて魔王が国を構えた場所であり、クロイツェルは魔王軍との戦いにより一度崩壊してしまった国々の集まりでもあった。

 魔王こそ現れてはいないものの、現在もロストワースから南下、進軍してくる魔族との戦闘が絶えず、また隣国のメルマスからは領土問題により圧力をかけられ、又複数の国が崩壊し成り立った経緯もあり、多くの部族、民族が存在し、領土を不法占拠、その他数々の問題も重なり、クロイツェルは内乱やテロの絶えない国家であった。

 クロイツェルとしては内乱をおさめ、北方のロストワース、広大な土地を領土としないまでも安定して治めたい。しかしこれらの問題は解決するどころか泥沼化が進む現状となってしまっている。

 今回はそこにエシャンティエラからの圧力も加わりかねない状況であった。

 エシャンティエラも又、ロストワースを狙っている国の一つだったからだ。

 剣呑な雰囲気が何百年と続く、そんな国がクロイツェル共和国である。

 そんな長年戦乱の絶えぬ土地に突如大頭したのがジュシュアであった。ジュシュアはアカシャと呼ばれる部族の出であり、秀でた武力で大頭すると王家(ロードレア)より国の宝物の一つ、【宝剣バターナイフ】を授かり部族(アカシャ)を平定した。

 又北方にて崩壊していた前線を立て直し、国境線を組みなおした英雄でもある。まさに救国の英雄であった。

 王家ロードレアはジュシュアに全幅の信頼を起き第二王女を嫁がせ、勇者の再来として土地を安定させようとした。

 ジュシュアは第二王女を心から愛し大切に扱ったが、しかしながら第二王女ラクシャサはジュシュアの容姿が気に入らず、学生の頃に出会った平民の男と関係を持ち子供まで成してしまう。

 王家や貴族に体の良い駒として扱われていることを知りながらも、ジュシュアは愛する妻のために身を粉にして戦った。

 しかし家に帰り見たその光景に積もりに積もった不満が爆発。

 ジュシュアは怒り狂いまぐわう男の首をはねてしまった。

 そして最愛の妻からの誹りを受け反発し、恐れた貴族や王家は派兵してジュシュアを捕えようとしてしまう。ジュシュアは派遣された兵を殺害し逃亡。その際に国宝である【宝剣バターナイフ】も持ち出した。

 困ったのは王家ロードレアである。自らの身内(第二王女ラクシャサ)、その不始末により要(ジュシュア)を失い、また王家の宝である【宝剣バターナイフ】を持ち去られてしまった。三つの王家という絶妙なバランスゆえに、ロードレアは自らの汚名を雪がなければならなかった。

 そこでロードレア王家の三女ミラジェーヌに白羽の矢が立つこととなる。

 長女はすでにメルマスに嫁いでおり、三女であるミラジェーヌしか残っていなかったからだ。現在のロードレアは男児に恵まれておらず、自由に動ける者がミラジェーヌだけだったと言う理由もある。

 王家の汚名は王家が雪がなければならない。

 ミラジェーヌは幼少より騎士の物語に憧れを抱いて剣を振るっていたのも災いした。

 王家の中に武勇に優れた者がいるのは良いことだ。民心を集め、兵の士気を高めることもできる。

 民草の信奉の象徴として騎士になることを許されたのがミラジェーヌだった。

 ミラジェーヌは姉の不始末を正さなければならなかった。そうでなければ他の二つの王家に示すがつかず、王家ロードレアの発言力や権力に陰りを落としかねない状況だった。

 信頼し共に育った仲間とジュシュアの痕跡を辿った。

 ジュシュアは一人悲しみに暮れていた。愛する人に裏切られた痛みで胸が張り裂けそうだったからだ。

 命令で派遣されただけの兵の命を奪ったことに何の痛みも感じず、何の感慨も起こさなかったジュシュアの歪(いびつ)さがそこにあり、そこを魔物に付け込まれてしまった。

 目の前に現れたゴブリンはジュシュアを惑わし受け入れた。それが間違いとは感じていながらも、失意の内に交わるのを止められなかった。

 ゴブリンは人と交わるとリリンを生む。

 生まれたリリンはあっという間に増えた。それがリリンの特性だったからだ。このリリンは他のリリンや人と交わり次第にリリスへと変貌してゆく。生まれたリリスにジュシュアはミリアリアと名前を付け妻とし愛した。

 運悪くそこに現れたのがミラジェーヌ達だった。

 仲間がいれば勝てると考えていた。苦楽を共にした仲間だ。

 しかし歴戦の英雄であるジュシュアの剣技の前には到底及ばなかった。あまたの戦場を駆け生き残ったジュシュアとごっこ遊びのミラジェーヌの差は歴然であり、仲間は皆殺され、ミラジェーヌは捕虜となりリリスの体液を盛られた。

 ミラジェーヌが次に正気に戻った時にはすべてが終わった後だった。

 記憶だけが鮮明に残り、何をされたのか、自分が何を受け入れたのかを覚えている。

 それはミラジェーヌにとって耐えがたい苦痛だった。

 守らなければならなかった純潔を奪われていた。それは王家として嫁げない事を意味している。何よりもその相手が自分の義兄であることが彼女をひどく苦しめた。よりによって姉の夫である。

 清廉潔白、幼い頃から思い描いていた理想が崩れ去る音がした。

 それでも王家の義務、責務として全てを自分の手で片づけなければならなかった。

 ミラジェーヌは【宝剣バターナイフ】を持ち出しリリンを討滅。そして自害を試みた。

 結果は生き残り、自分を生かしたマリアを怨むことで自我を保つにいたる。

 ミラジェーヌは苦しんだ。

 目の前にいる美丈夫よりやや可愛い男の子を憎んだ。

 だけれど結果的にミラジェーヌは救われた。穢れた自分を汚くないと、やり直せると抱いてくれたマリアに感謝と、そして初恋を覚えた。

 それは強迫観念に近く、似てすらはいた。

 女の子だと考え、同じ目に合わせようとしたら男の子だった。

 全てを知った上で上書きしてくれた。抱きしめてくれた。抱いてくれた。

 ミラジェーヌの心は解れ、事実を受け入れても立てるようになった。

 王女ではない。責務でもない。ただ一人の女の子として、ただ一人の男の子を気にし好きになり愛した。

 その日々は彼女の宝物でもあり、記憶と言う名の宝石(コハク)として内にそっと秘められた。この気持ちがあれば、何を言われてもどんな目に会おうとも大丈夫だと。

 下腹部を撫で、ミラジェーヌは幸せだった。

 愛する人との間に授かった子だ。愛おしくないわけがない。残せた後継に思いをはせ、残したマリアに頭を垂れた。ごめんねと。

 ミラジェーヌは王家としての役目、責務を果たさなければならなかった。

 そして王家の厄介ごとにマリアを巻き込みたくもなかった。

 自分にはやらなければならないことがある。行くなと言ってくれたマリアが愛おしくてたまらなかった。こんな自分を愛してくれるマリアが愛おしくてたまらなかった。体が形を覚えている。温もりを覚えている。汚れた体であると考えているのに、彼の愛する自分を愛おしいとすら感じた。彼に愛されている心と体を愛おしいと感じた。

 それでも役目を果たさなければならなかった。

 それが王家として守らなければならない教示だったからだ。

 そうでなければ死んだ仲間や王家を慕う民に示しがつかない。

 これらを蔑ろにするならば、それは不貞を働いた第二王女や投げ出したジュシュアと変わらないと考えたからだ。

 ミラジェーヌはマリアと別れ王家に帰還し、【宝剣バターナイフ】を国へと返還した。

 汚名は雪がれたが、失った仲間は戻らない。仲間の遺族へ謝罪をし、受け入れてくれる家族は少なく謗りも受けた。

 以後アカシャの乱。ジュシュアが討たれた事による部族の報復がおこりミラジェーヌはその鎮圧に忙殺される。鎮圧後は北方ロストワースの前線に立つ事を希望し、王家ロードレアの権威の回復と、そこで得た給金を仲間の遺族へ仕送りする日々を過ごした。

 ミラジェーヌは娘を一人授かっている。

 淡い栗色の髪を持つ娘は成長するとやがて琥珀姫と呼ばれ、民に愛された。

 ミラジェーヌは生涯独身を貫き男子を遠ざけている。琥珀姫の父親は誰なのかたびたび噂されたが、それがジュシュアであるのは明白とされ、ミラジェーヌは否定も肯定もしなかった。

 第二王女ではなく、第三王女をジュシュアに嫁がせていたのなら。

 すでに起こってしまった事案に対して王家は項垂れるしかなかった。

 一途なミラジェーヌとジュシュアの噂は市勢において舞台化され、ローズオブミラとして有名なラブロマンス物語となり定着した。

 件(くだん)の原因である第二王女ラクシャサは子供(ロッド)と共に逃亡亡命し、メルマスに移り貴族の妾となる。

 メルマスの重鎮らを唆し自らの姉である第一王女を処刑、なり替わり、ロッドをジュシュアの子としてアカシャの民を取り入れる策略を練った。

 のちに琥珀姫とロッドは学園にて出会うが琥珀姫がロッドを受け入れることはなく、又王家もロッドを受け入れることはなかった。

 ラクシャサは王家を怨み暗躍し、ジュシュアの後継とされる琥珀姫とロッドの長い因縁の始まりであった。

 クロイツェルとメルマスの戦乱の始まりでもあり、世界に暗雲が立ち込める兆しでもあった。

 これらは魔王の再来を告げるための鐘の音だったと歴史に刻まれる事となる。

 ミラジェーヌはのちに男児を養子にとり王家を継がせた。

 有名な三国、その王族と同じ特徴を持つ赤黒い髪を持つ男児だった。

 これには諸説存在し、外交のため隣国の王族から秘密裡に子を譲り受けた。エシャンティエラの権威を得るために、又エシャンティエラがロードレアを懐柔するために贈られた子だ等の憶測も絶えない。剣の国から贈られた子や、聖女の子孫等との見解も存在する。

 養子とはしているが実は琥珀姫の実子ではないかとの見方も存在する。

 彼女(ミラジェーヌ)の死後発見された日記には、たびたび黒い獣の描写が出てきた。

 それは悪夢のようであり、しかし彼女はその悪夢を愛でているようでもあった。

 この黒い獣は猫と言う名の魔物のようだ。

 この猫と言う生き物は、ある時突然各地に現れて猛威を振るった魔物だ。

 そして歴史の表舞台に現れた猫と、それを扱う者達を猫使いとして人々は慕い恐れた。

 ミラジェーヌが猫に関係のある人物であることはわかったが、どう関係があるのか、それは彼女だけが知る事実であり歴史には憶測しか存在していない。

 すべての真実は当時を生きた人々の中にしか存在しない。クロイツェル歴史学者達の見解である。

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