第34話
あぁ、あの集まりか。銀のキバはそれなりに人が多いと考えていたが、囲えるほど多いとは考えていなかった。
決闘なんて馬鹿らしい。相手が子供であればなお馬鹿らしい。人が多すぎて邪魔なので薙ぎ払う。【Arms:オーク】でオークの腕を作り出して横に一線した。
人々が薙ぎ払われて飛んでいく。
「何をしている」
開いた円の中で時雨とシャガルが地面に膝をつけ――その様子に戦いと言うほど戦いになっていない印象を受け首を傾ける。威圧され萎縮しているようにも窺えた。
大人に囲まれて精神的に負けている。
「おかっお母さん」
「ねーちゃん‼」
二人はオレを視界に収めると安心したような懇願するような表情をした。助けてほしいと顔がもの語っている。助かったと表情に表れている。その中には不安も窺えるようだった。義務なんだよな。お前らを納めるの。
「へへへっ。おっ保護者登場か。今回の落とし前どうやってつけて貰おうかな」
「コイツ等は子供だ。オレが代理で出てやるよ」
「はぁ?」
「眼鏡。それでいいよな?」
「代理ですね。承認しますけどいいんですね⁉ さっきの魔術はナンデスカ⁉」
指を鳴らす。【千鳥】は殺傷能力が高いのでダメだ。【千珠水球】なら死にはしないだろう。無数に浮かびあがった水の弾を空気の手が投げまわした。ぶっさいくな魔術だよな。これ。良くこんなの作ったよな。
だいぶ投げた。千球ぐらいだろうか。結構もった。終わった後を見れば水浸しになった男は体中痣だらけに見える。魔術を消せば水も消える。
「なんだお前は‼ お前ぇ俺にこんな事をしていいと思っているのか⁉ 俺は銀のキバの団長だぞ‼」
「お前はこの落とし前をどうつけるんだよ」
「俺達は‼ 銀のキバだぞ‼ 領主からだってお墨付きをもらってるんだ‼」
「知るかばぁかぁ」
手を足で強く踏む。
「あぁっ」
「どう落とし前をつけんかって話をしているんだよ。これ決闘だろ。おい‼ 眼鏡‼ 決闘ってどうすれば終わるんだよ‼」
「相手が降伏を認めるか死ぬかのどちらかです‼」
「俺は‼ まだ負けてねぇ‼ 今度は俺の番だ‼」
おーまだ動けたのか。地面に短剣を刺したぞコイツ。なんだ。何が起こる――何も起きないじゃないか。なんだコイツ。
「コイツは魔術封じの短剣だ‼ 馬鹿め‼」
叫ばれて魔術が発動できない事に気がついた。発動しないわけではないが、魔術が作られる前段階で魔術自体が短剣に吸収される。魔力自体が封じられるものじゃない。【イグニッション】は発動している。
「ははははっ‼ 何もできまい‼」
なんかこの感覚、何処かで、デジャヴ――。
踏みつけた足を払いのけられる。体が浮いて砂埃が舞った。喧騒は何処か遠く耳鳴がする。
剣を振り下ろして来た男の股間を蹴り上げる。膝をついたところで顔をひたすら殴打した。
フェノメナ――。
うっすらと真っ白な視界の中で誰かがそう優しくオレを呼び笑っていた。
私のフェノメナ。起きて。
(だめだめだめだめだめ。おねがいおねがいおねがいおねがい。お願い‼ まだ待って。違うから。それ違う。だめだめだめ。おいこら。まだダメだぞ。すぐフェノメナに戻ろうとするのだから。私の苦労もわかってよね。女神様が会いに来てあげたぞ。貴方は貴方よ。まだダメ。ダメだから。ダメだから‼ おねがいおねがいおねがい。止まって止まって‼ ストップストップ‼ まだダメ‼ おねがい‼)
音が戻って来る。目の前に男がいた。
「……あぁ、やべっ殺すところだった。なんか……まぁいいか。おい‼ 眼鏡‼ コイツ意識ねーぞ‼」
「そっそうみたいですね……」
手が痛い。皮が剥けて骨が露出している。指の爪が手の平に食い込んで血が流れていた。拳状にかたまった指がほぐれない。右指を一つ一つ左手で剥がす。
「なっなんだこれ……隊長⁉」
「あんた何してんの⁉」
ニーナの声。
「だっ団長⁉」
「なにしてんのよ‼」
側に来たニーナがオレの胸を拳で叩いた。なぜか少し嬉しそうだ。
「いや、コイツがガキに喧嘩売ってたからムカついてさ。おい眼鏡‼ 決闘はオレの勝ちでいんだよな⁉」
「そっそうですね。皆さん怪我人は境会へ運んでください。貴方も手、それ骨が露出してますよ‼ 境会へ行ってください‼」
「ねーちゃん」
「お母さん」
時雨は腰が抜けているのか立てないようだった。傍に行き手をとり支え持ち上げる。
「何があったかは知らないけど気遅れすんな」
「コイツ等が」
シャガルが前のめりになってくる。
「あぁ、いい。聞きたくない。いくら何かあったからと言ってもガキと決闘するのはダメだ」
「ごめんなさい。迷惑かけて……だから捨てないで」
ガキが大人に遠慮するなよ。悲しくなるだろ。
「ねーちゃん。俺が悪いんだ。ねーちゃんに手を出すって言われてカッとして」
「いいって言っているだろ。時雨、そう言う言い方はやめな」
「ごめんなさい……」
頭を撫で抱きしめてやる。軽いなコイツ。ちゃんと食べているのに。
「ただ、自分で責任のとれない事はするな。結局ケツもちはオレなんだからな」
申し訳なさそうにする時雨とシャガルの表情を眺める。
将来大人になった時、我儘になっていたら嫌だなと、なんとなくそう考えてしまった。
境会から帰ったのに境会へ逆戻りだ。自分で治してもいいけれど、その辺うるさそうだから諦めて境会へ行った。事情を説明すると癒し手が対応してくれた。ただ完璧に治ったかと言えば否だ。境会は治療費を受け取らないスタンスなので必然的に寄付となる。
ヘザーに事の顛末を話せと詰められて説明すると、境会が後ろ盾になると申し出てくれた。
ありがたいけれどと前置きしつつ辞退しておいた。
7チークしか今持っていないので7チーク寄付すると、気持ちが大事ですので大丈夫ですと諭されてしまった。
結局あいつらはオレのケツを掘りたかったみたいだ。酔狂なものだ。
BL(ボーイズラブ)は知識として持っているが、それとは別になんでケツに突っ込む必要があるのか謎だ。別にケツに突っ込む必要はないだろう。口なり手なりで十分だろう。その必要性が見いだせない。なぜケツなんだ。普通に手や口や体で愛し合うでいいだろ。ケツに突っ込んでも子供なんてできないのだから。プラトニックじゃダメなん。
「あーあー今日はデート行く予定だったのに。あなたのせいで台無しだわ」
ニーナの奴。視線を向けるとニヤニヤしていた。ニヤニヤするな。
「そうかよ」
時雨とシャガルが落ち込んでいる。オレの事を馬鹿にされて頭に来たは良いけれど、いざ決闘となったら周りを囲まれて怖くて動けなかったのだそうだ。
普通はそうだ。気にしなくていい。誰だってそうだ。オレだってそうだ。騎士に囲まれた時、あの焦燥感、あの喉の渇き、歪む視界と震える足。覚えている。
正当性なんて多人数にかかればあっという間に不当性となる。
ギルドへ戻り報酬を受け取る――全部で326チークだった。
オレの報酬が260チーク。境会からかなり色をつけて貰っているのがわかる。いや、色付けすぎだろ。
残りの66チークはニーナの稼ぎが大半を占めている。
何を狩って来たのかと見れば、巨大な蛇だった。巨大と言ってもアナコンダぐらいの大きさだ。アナコンダは十分大きいか。人間も食べるので討伐依頼が出ていたようだ。
どんな生態か把握してはいないけれど、キースと呼ばれる人物はそれなりの実力があるのだろう。ニーナは自慢するようにオレに詳細を話し込んで来た。
預かってもらっていたテントを引き取り街中で買い物をする。
夕食を買う。ギルドには迷惑をかけたかもしれない。明日ギルドに呼び出されるかもしれない。嫌な事をした。
「ニーナ‼」
ニーナを呼ぶ声――聞き覚えがある。キースだ。
「こんなところに‼」
「あらぁ? キースさん。どうしたの?」
オレとは全然態度違うよな。キースはオレの存在を認めると渋い顔をした。気まずいのはもちろんだが、何か隠し事があるような顔だ。
「ニーナ。デートの約束してただろ。先に帰るなんてひどいよなぁまったく」
そう言われてニーナはオレの顔をチラリと眺めた。こっち見るな。時雨とシャガルのメンタルを考えれば今はニーナより二人優先だ。
「えーどうしようかなぁ?」
こっち見んな。
ため息が漏れそうになり、ニーナの手を掴む。
「今日はやめておけ」
「なんで? なんでかなぁ?」
お前が人質にとられることを考慮している。猫がいるからある程度は大丈夫だと信じてはいる。あの短剣、魔術殺しの短剣を使われたらさすがにやばいかもしれない。解析データーを取り置くべきだった。
「キース? さん。今日は団が大変だろ。また今度にしてくれ」
「はぁ⁉ いいから来いって‼ ニーナ。一緒に行こう‼」
「えー……」
「いいから来いって‼」
キースが強引にニーナの手を掴み引っ張ったので手を離した。理由はある。今ここでオレが握ったままならニーナが体を傷めるからだ。
「あらぁー?」
引っ張られるニーナはニヤニヤしながらキースに連れていかれた。一応体(てい)はとりなした。後はニーナの自由だ。
キースのあの様子だとこの後、報復がありそうだ。
時雨がくっついて離れないし、シャガルは不安そうだ。
「シャガル。不安な顔をするな」
「そうは言ってもねーちゃん……俺、なんか不安で。姉貴はあんなだし時雨だって……」
「変な顔するな」
シャガルの頬を軽くつねり頭を撫でた。
「変な顔なんかしてねーよ」
「時雨も、何時まで落ち込んでるんだ」
食材を買う。珍しいキノコがあったので眺める。
貧者のステーキ。赤キノコだ。
それといつものラロッツァの材料、それに肉も買った。
今日はギルドに蛇肉が卸されたらしく、街中の肉屋にもちらほら並んでいた。蛇肉は安い。他と比べて安い。
一応解析データーを開き確認はする……まぁ大丈夫だろう。
門の外へ出て昨日と同じ場所にテントを張る。【触覚】は発動している。
明日のラロッツァの準備。それと貧者のステーキと蛇肉を焼く。スライスしたキノコと開いて広げた蛇肉を焼いて重ねる。どんな味かもわからないが適当に選んだ葉野菜をこんもり。野菜は大事だ。
鍋に入れた水蜜糖の味を確認し、塩を少々加えて温め注ぎかける。
甘いステーキだが許してくれよ。
意外だがこれがなかなか旨く、子供二人は元気を取り戻すように食べてくれた。蛇肉は鳥肉とウナギの中間のような食感だ。鶏肉味で骨の無いウナギ。若干ササミっぽさがありパサパサしていて人気が無いのは頷ける。ボタン(イノシシ肉)と比べると圧倒的にボタンが旨い。だが、甘い餡かけをかけるとパサつきが軽減されて十分に旨かった。
ご飯を食べたら水筒から聖水を流し、鍋で温め白湯にして飲ませる。
落ち着いたらお湯を沸かして二人の体を拭ってやる。
「今日は頑張ったな」
労い垢を落とす。特に足の汚れはひどい。子供の足のニオイって意外と……。
終わったら耳掃除だ。木の枝をナイフで軽く削り細く形を整えて掃除をする。時雨が終わったらシャガルだ。耳掃除の途中で二人とも眠ってしまった。
二人を毛皮に包み、狼の形に整えて横たえる。
毛皮は温かいから風を引くことはないだろう。
そのまま帽子の中へ吸い込み、かぶる。
それからしばらく――テントの前に岩を置いて座り待っていた。
キースの様子から今夜の報復を考える。【触覚】を発動していて気付いたのだが、ニーナが門の側からこちらの様子を窺っていた。
何やってんだアイツ。キースはどうした。キースは。
来たか――大人数が門より現れた。門番はそれを眺め顔を伏せ、何処かへ行ってしまった。【纏】を発動する。
そこからは乱戦だった――。
あのじじぃ。拳聖と呼ばれていた境会のあのじじぃから盗んだ戦闘データーは素手による格闘術だったが本物だった。【纏】と相性がいい。
【イグニッション】の先だ。
魔力による筋繊維の強鞭化。さらなる骨の硬質化。神経の細分化。強制【触覚】化。
【触覚】を才能ではなく努力で導き出す術。こんな方法もあるのか。
驚愕したのは皮膚だ。皮膚の強鞭化。魔力を第二の皮膚として纏っている。皮膚に通された疑似神経により纏った皮膚でありながら、感覚を有している。
これは一丁一旦で身に付く技ではない。この神経一本一本が経験のなせる業だ。
そして武術。型の一つ一つが体に染みついていく。
型は対処法を体に刻み込む術だ。相手の攻撃に対してどう応対するのか。人体をどう攻撃するのか。型にその全てが詰まっている。その型が体に染みついてゆく。
この状態でなら――100%のラーナになれる。
地に足を踏む。足先から地に魔力が伸びて鞭性の根を張る。大地に根を張り植物を模す剛体合。地と一体と化す――夜が白ばみ始めた頃、辺りは倒れた人で溢れていた。殺してはいない。ただ骨は折った。
不動と化し、一切の武器攻撃を皮膚へ通さず。襟首を掴み、顔面に拳を叩き込んだ。ただそれだけだ。動く必要はない。向かってきた相手を掴み、殴り飛ばす。ただそれだけだ。全員のす。逃がさない。全員のす。逃げ出した者は【蔓蛇】で捕らえてのした。
ステージが異なる。体感時間に大きな差が生じている。
相手が一線切り込む間に五発殴れる。
地があまりにも違いすぎる。
「ウォーターブレード‼」
なんだその水鉄砲は。
「ふぁっファイヤライス‼」
火遊びはやめろ。
【Arms:オーク】で魔術師を掴み引き寄せ解き殴る。
オレはそこまで戦闘が強くない。
だがイカレテ森の中をさ迷っているうちにおかしくなってしまったようだ。人を殺してしまった経験もある。体と別れた経験もある。考えていたより緊張せず、自身の考えた魔術が有効であることを確認した。
猟兵の魔術師はそこまで強くない印象を受ける。
戦士系に比べて魔術師が早熟なのが原因の一つだろう。
戦士系は回路の形成次第だし、【触覚】まで回路が発達している個体は稀に感じる。
それに比べて魔術師は金があれば楽に攻撃魔術を習得でき、どちらが特権階級になりやすいかと問われれば魔術師の方だ。
特権階級が強い魔術書を独占すれば、市場に流れる魔術書は下級ばかりとなる。
要は特権階級からあぶれた魔術師が習得できる魔術はショボい。
ウォーターブレード……かつてオレの腕を斬り奪った魔術だ。
弱くね。オレ、弱くね。かつてのオレがあまりにも弱くて悲しくなってきた。
リョカの奴。あれでも手加減していたのかもしれない。あるいは良心があり、躊躇ってしまったのかもしれない。もしかしたら【ウォーターブレード】じゃなかったのかもしれない。
境会は魔術師を囲っている。女性で魔術が使える者は境会に引き取られるのだろうな。
戦闘中、グレイスが様子を覗き見しているのを【触覚】で確認した。新たな問題の火種になるかもしれない。ちなみにグレイスは【触覚】持ちではなかった。
素手で戦うのは慣れていなかったが、拳聖じじぃから盗んだ極意は役に立った。拳聖じじぃは本物だ。
動いたのちの運動エネルギーを貯めおき、相手にぶっ放す技が良かった。ただ威力が大きすぎる。活人拳と語るには威力が過大すぎる。
拳を傷めないために魔術【水包(すいほう)】を作った。【水包】は手に水球を纏わせることで拳を守る魔術だ。この水の膜により相手には強い打撃を与え、自身への衝撃を殺すことができる。皮膚の硬質化があるのであまり意味はないが、素手だと相手を殺しかねないので手加減には良かった。
――戦闘中【触覚】持ちの男が死角から攻撃してきた。
どうもこの男は暗殺者のようだ。何処かの組織に所属していたのか、何を求めてこの街にいたのかは判別がつかないが、ナイフを投擲してきたので手で受け止めて返した。ナイフは男のモモに刺さり、何か薬物を摂取しようとしたので奪うと狼狽し亡くなってしまった。
どうやら刃に塗布されていた毒で亡くなったようだ。
飲もうとしたのは解毒剤で。
即効性の強い毒で気付いた時には亡くなっていた。
やっちまったのは仕方がない。しかしこれで暗殺なんて効率が悪い。ナイフが悪い。
オレなら髪の毛を一本抜いて【毒蔓】の毒のデーターを書き加えて投擲し、頭部へ刺すことで相手を毒状態にできる。またはミスト状に毒を展開し通りがかりに吸わせることで殺害ができる。針ほどで良い。先端に毒を塗布し、通りがかりに指へ刺す。これだけで良い。
毒と解毒剤の解析データーは入手した。
念のためナイフに塗布された毒を解析しながら、解毒剤と捉えている液体を塗布し、中和されているのを確認した。解毒剤を即座に飲まないと即死って毒としては致命的じゃねーか。なんだコイツは。何がしたいんだ。オレがおかしいのか。
オレの解析データーを開き、この毒が侵入したら【分解】するように自動対応を入れる。
反省点は特にない。
「あんたってよくわかんないわ」
ニーナが死屍累々を踏み分けてオレの傍までやってくる。
「この朝帰りの不良」
そう言うとニーナはにんまりと口の形を変えた。
「何? 文句でもあるわけ?」
「……キースはどうした?」
「何? 嫉妬してるわけ? 束縛する男って嫌われるわよ。もちろんたっぷり楽しんできたわよ。いっぱいね」
スカートをたくし上げ挑発するようにそう告げるニーナにため息を押し殺す。
一晩中影から覗いていた癖に良く言うよ。危なかったら介入するつもりだったのだろう。時折素振りは見せていた。
「……わかってたけど、あんたってやっぱり結構強いわよね。ちょっと‼」
襟首を掴み引き寄せて唇を奪う。何度も何度も舐るように求めた。
「……また嫉妬したの? ちょっもう‼ んん‼」
唇を離すなよ。しばらく彼女の唇を嬲っていた。抵抗も薄れてゆく。
離れて一息……ニーナはオレを睨んでいた。
「あんたみたいなの、何て言うか知ってる? 根暗って言うのよ‼ 将来はストーカーかしらね‼」
脳が沸騰している。周りの木々が枯れているのに気が付いた。
あぁ、拳聖のこの剛体合は地に根を張り周りの大地から魔力を奪い蓄積する技のようだ。運動エネルギーを貯めて技を放つように、地から吸い上げた魔力を貯めて技として放てる。全然活人拳じゃねーじゃねーか。
同時にこの技の本質と共に拳聖じじぃが最弱者である事実を悟る。
対戦者と平等になるための最弱者の技。ある意味最弱者のための最強の技だ。
「なによ? 何か言いなさいよ」
ニーナに甘えるように寄りかかる。
「ちょっと……なによ……したいの?」
「……10チークだろ」
陽が登りきり、治安部隊に引き取られるまでの間、行為をせず木の影でニーナに甘えていた。
「……しないの?」
「別に金を払ったからって行為をするわけじゃねーだろ。たまにはこういうのもいいだろ」
「まぁ……いいけど」
唇を舐めたり鎖骨に顔を擦り合わせたり、腕を掴み頬擦りをしたり、手を這わせたり這わされたりしていた。BLの話を思い出し、別にケツでも個人の自由だよなと、なんとなく考え直してしまった。どうしようが他人に迷惑をかけない限り自由だ。ケツでも自由だ。
「ほらっ……ここ」
唇を合わせながら手を這わせ這わせられた。
衝動に耐えられなくなるたびニーナは優しくなった。優しくなるたびにニーナも衝動に身を任せていった。
「……悪い。汚した」
「いいわよ、下着ぐらい……お互い様だし……」
木を背にして腰を下ろしているニーナに密着しもたれかかる。
「……こうしていると楽になる。眠っちまいそうだ」
女がいて満たされる。受け止められて癒される。
「……ばか……もっとくっつきなさいよ」
優しく頭に手が這わせられ、ニーナのニオイ、鼓動と体温の揺り籠に身を任せていた。
「なんでだろ……あんたには許してしまう。なんでこんなに……」
何も言えねーよ。
「もう少しこうしてろよ」
「……好きにすれば」
優しく緩めた瞼と視線を絡め頬を絡めニオイを絡め息を絡め、甘えるように過ごしてしまった。
その後、帽子から子供二人をテントへ移動させ、ニーナに朝食を作っていたら、衛兵にしょっ引かれてしまった。
投獄――街の治安を著しく乱したので牢獄に入れられてしまった。
正当性を証明できないのなら強制労働所に送られるか、奴隷として売り出されるのだそうだ。この国には死刑制度はあるけれど、滅多に執行はされないそう。
死刑や単なる投獄よりも強制労働などで消費する方が国や民のためになるからなのだろうな。役人にそう告げられた。
正当性の証明とはどうすればいいのか考えていたらギルドから眼鏡と境会からヘザーが来て正当性を証明してくれた。
街の拘置所、留置所かもしれない。から追い出され少し二人と話をした。
「はぁ……遅くなってごめんなさい。ちょっと書類を纏めるのに手間取ってしまって」
「いや、証明してくれただけありがたいよ。助かった」
「そう言って貰えるとっ」
「ヘザーさんも助かりました」
「大変な事に巻き込まれましたね。ですが安心してください。ギルドの方には申し訳ないですが、現在街ではギルドへの不満は高まっております。今回の件でギルドはさらなる窮地に立たされるでしょう。ウルズ様、大変でしょうがここが踏ん張りどころです」
「はははっ……。はぁ~……」
眼鏡の名前はウルズのようだ。
「……なぜお前が大変なんだ? ギルド長はどうした?」
「実は……」
ウルズは歯切れ悪く両手の人差し指を向かい合わせてごにょごにょと喋りはじめた。
話を要約するに、前ギルド長が盗賊団を結成した張本人であり、その時に受付嬢も連れ去られ一人残されたウルズが臨時のギルド長及び受付をさせられていたようだ。
「様付けで呼んだ方がいいか?」
「……いや、臨時も臨時のギルド長ですから、職員ではあることは確かですが、誰もやる人がいなくて仕方なくやっているだけですし……」
「私にも敬称は不要ですよ。シックス様」
「様はやめてくれ。さんでいいよヘザー様」
「では私もさんでいいですよ、シックスさん」
「応援は来ないのか?」
「一応は街ですが、辺境のド田舎ですからね。管理しているはロードレア王家なのですがちょっと今それどころじゃないらしくて。いや、王家批判をしているわけじゃないですよ?」
「王家が直接管理しているのか?」
「いえいえ、ロズウェール子爵様が管理しているのですが、現在アカシャの乱で対応に追われておりまして、それが治まるまでは手が回らない状態だと思います」
「アカシャの乱?」
「えぇ、知りませんか? 英雄ジュシュア様が率いていた部隊アカシャが反乱を起こしそうなのですよ。内乱になればこの辺りも大変かもしれませんね。他人事じゃないですけど」
「ジュシュア……」
自分が殺した男の名前を聞いて呟いてしまった。特に何も考えず、攻撃されたので攻撃し、殺してしまった男の名前だ。同一人物――なのかどうかは。
「あぁ可哀そうな英雄ジュシュア様。国のために尽くしたと言うのにその妻があれじゃ……」
「ウルズ様。少々王家に対して口が汚いですよ」
「へへへっすみません。ヘザーさん」
「……ところでシックスさん。キースと言う人物をご存じですか?」
ヘザーがオレと視線を合わせてそう告げた。
「あぁ? あぁ、銀のキバの」
「えぇ、副長の男性です。変死体で発見されたのですが……何かご存じありませんか?」
「……変死体?」
「えぇ……全身が引き裂かれ、最近起こっている殺人事件に類似した状態で発見されました」
「何処もかしこも物騒ですよねー最近。他人事じゃないですけど……」
「何かご存じないですか?」
「昨日は報復の対応で手いっぱいだったからな」
「ちなみに……その時、ニーナさんは現場にいましたか?」
「応とも否とも言えるな。犯行時刻によってはいなかったかもしれない。ニーナを疑っているのか?」
「あくまで可能性の範疇です。ニーナさんとキースさんは仲良しでキースさんが亡くなる直前にも二人が連れ立って路地裏に入った姿が目撃されています」
「……そうか」
「シックスさんは最近街に来られましたね。どうしてニーナさん達姉弟と一緒にいるのか聞いても?」
「それは構わない」
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