第3話

 朝食の席へ案内されてしばらく、席に着いているとメイリアはドレスに着替えさせられていた。

 いや、自分で選んで着たらしい。メイリアは周りの人に自分の体を触らせなかったようだ。

 そしてメイリアの父親、姉二人もいた。

 さらにリョカがいて驚いた。

 リョカ、エレノア、アウーゼン公爵令嬢。

 かつてぼくと婚約破棄した令嬢だ。リョカは幼い外見をしており、前から成長してないんじゃないかってぐらい成長していなかった。そのままだった。性格も元のままで最悪そうだった。偏見だけど。ぼくを見た時に犬が威嚇するような表情をして睨んで来たから多分あっている。いや、ぼくが嫌いなだけかもしらん。

 入って来たメイリアは純白のドレスを着ていた。花嫁衣裳みたいで耳には大きなパールの耳飾りが見えた。すぐに目につく事を考えるとパールはかなり大きい。

 パールって感想だけで実際は真珠のようなものって感じなのだけれど。

 首にも白いチョーカー。

 部屋に入って来たメイリアはお辞儀すると兄の側へ行き一礼し、次いでリョカに一礼、父親、姉に一礼して、ぼくの側に立った。あくまでもぼくの御つきと言う立場を貫くようだ。

 身分が大変すぎるのだ。この国は。

 朝食を食べている間、彼女は微動だにせず、兄はそんな彼女を眺めていた。

 リョカは不機嫌そうにしており、リョカが次の王妃候補なのかもしれないと脳裏に過った。否、王妃候補の中の一人なのだと考える。

「カインツロウ侯爵。今回は弟がとても世話になった」

「そのような事はございません。恐悦至極に存じます」

「ところでお前の娘は席に着かないようだが」

「第六王子様の御付きに準じております故、勤めを全うしているのでございます」

「それでは少し可哀そうではないか? なぁ弟よ」

 お口ふきふきする。お口ふきふきしていたら、メイリアがお口ふきふきしてくれた。すまんね。でもそれは今、悪手かもしれない。

「そうですね。兄上のおっしゃる通り、メイリアも席に着き、食事をとるのがよろしいかと存じます」

「ふむ。ではメイリアよ、席へ着くが良い」

 なんかもう兄が早速王のようだった。

「恐れ入りますが、メイリアは言葉が話せません。無言である無礼をお許しください」

 付け加えておく。

「よい」

 メイリアはぼくの隣の席へ手を伸ばし――。

「世の隣の席が空いているが、いかがかな?」

 メイリアは兄へ向き直り、頭を深々と下げた。リョカの機嫌がますます悪い。

「恐れながら殿下。殿下の隣に座るなど、我が娘であっても不敬に当たります。どうかお考え直し下さいませ」

「そうか? ならば仕方あるまい」

 メイリアがぼくの隣の席へ着くと、同じ料理が運ばれてきて、メイリアはナイフとフォークを取った。お腹空いているよね。

「ところでカインツロウ侯爵」

 食事をしながら兄がそう言う。侯爵って閣下と呼ぶんだっけ。呼ばないっけ……。国境付近の警備をしているのが侯爵なので、かなり偉いはずだ。その娘であるメイリアもかなり位が高いはずだけれど、如何せん三女で正妻の子ではないと言うのが大きい。

「世の弟を良くぞ見捨てず世話をしてくれた。お前には褒美をだそう」

「なんとありがたいお言葉。そのお言葉だけで十分にございます。我が領は殿下の剣であります故、お褒め頂くことが、最上の喜びなのでございます」

「そう謙遜するな。そうだな。お前の娘を世の側室としよう」

 率直か。きたか。これはどうにもならんず。パパなんとかしてー。

「それは大変喜ばしい‼ では二人のうちどちらかを側室として召し上げて頂きたく存じます」

 姉二人が目を輝かせていてびっくりした。あっ王の側室になりたいんやなって感じだった。顔も面も金もあるからね。しょうがないね。小さい頃から適度な運動に高度な勉学の指導を受け、質の良い食事にバランス管理者もいるので王子はとにかく男として完成されている。簡単に言ってしまえば男として美麗で頭が良く筋肉質。これで権力もある。

「いいや、そうだな。実際に苦労したメイリアを召し上げようじゃないか。それが筋ではないか?」

 そう来たか。

 そこでカインツロウ侯爵は露骨に落胆するように首を振った。

「大変申し訳ない。あの子はできが悪く、王家の楔で話せない身の上、魔術も使えない。そのようなものを王家に嫁がせるなどとてもとても考えられませぬ」

「ほう……ではまず二人のうちどちらかを側室として招こう」

「ありがとうございます」

 パパはもう安泰だな。パパが防いでくれたので今回はなんとか乗り切ることができた。

 朝食が終わるとドッと疲れたが、メイリアを気遣いたい。と言うよりメイリアの側にいたい。

 その後、太子が何かにつけてメイリアを誘うが、パッパがのらりくらりとかわしていた。よほど王家に嫁がせたくないんだろうな。パッパにとって実はメイリアが一番大切なのかもしれない。

 ぼくは何もできない。今後を考え魔術を作ってメイリアに持たせてあげるぐらいのことしかできない。【シストラム改】や【クレアボヤンス】をメイリアの記憶の欄に追加する。

 城の中で目立ってイチャイチャすることはできないので、適度な距離を取りつつ接した。

 ぼくには何の力もない。助けてくれる人もいない。

 兄の妨害工作はぼくが考えていたよりもわかりやすくて安堵した。

 それからの時間、何かと用を呼びつけ、ぼくとメイリアは分断された。自室では昨日までいなかった見張りが複数ついた。天井にまでいる。

 好意を受け取れないのなら強い意思で拒絶しなければならない。

 絶対に無理だと拒絶しなければならない。絶対に貴方と恋人関係にならないと言う強い意思がなければならない。

 それでもまだ言い寄って来るのなら第三者を使って否定する。第三者を交えた否定は有効だ。しつこく言い寄られたら第三者を使って否定するのが有効な手段だとぼくは知っていた。しかし、兄にこれらは使えない。

 人の心は時と場所により揺らぐ。絶対に失いたくないものがあるのなら、相手を信じるよりもまず己の信念を絶対に曲げないことが大事だ。

 相手が例え裏切っていたとしても、己が裏切る理由にはならない。

 例えメイリアがぼくを裏切ったとしても、ぼくはメイリアを裏切らない。信じるのではなく貫く事を心掛ける。

 だからぼくはメイリアと離れても大丈夫だと。

 独占欲とこれは別だ。

 ぼくとメイリアは別々にされ、そしてメイリアの元には偶然を装い殿下が近づく。この世界に偶然なんて言葉は滅多な事では三度続かない。三度続けばそれは偶然ではない。

 警戒心を強く抱いてはいけない。警戒心さえ解かれてしまえば相手を信じてしまうから。だから柔軟でなければならないと自分に言い聞かせた。実際柔軟にできているのかは別として。

 ぼくの側には偶然を装ったリョカが現れた。

 偶然を装い殿下とメイリアが中庭にいて、談笑しているようなシチュエーションを見せられた。メイリアもまた、ぼくとリョカが楽しそうに談笑している姿を見せられる。

 なんでぼくはこの偶然が装われたものだとわかるのか。

 そういえば過去を振り返っても自分がどんな人間だったのかを思い出せてはいなかった。

 良くない人間だったのかもしれない。それでもいい。


 魔術【暗幕】を作った。

 寝所のベッドは所謂天蓋付きで天井から垂れた布で覆われている。

 その布に合わせるように暗幕が垂れ中が見えなくなるように魔術を作った。闇属性のカーテンコール。音も光も臭いも通さない。

 メイリアが作った【ドッペル:メイリア】が椅子に鎮座して一晩中ベッドの横にいた。外の見張りが時たま覗き、メイリアの様子を確認しているようだった。天井にいる間者は天蓋があるから見えないだろう。

 暗幕の中、メイリアとぼくは一晩中睦み合った。

 一晩中唇を合わせていた。声を潜めて、クスクスと声もなく笑むメイリア。入っても動かない。動かずに唇を合わせて愛を囁き続けた。

 まぁ愛を囁いていたのは一方的にぼくだけなのだが。

「好き。チュっ。好き……チュッ。メイリア。チュッ。愛してる」

 言わずにはいられなかった。

「離れないで、ずっと傍にいて、一生愛してほしい。死ぬまで愛してほしい。ぼくだけじゃないといや。他の人を見ないで。ぼくだけ見て。迷惑なのわかってるけど、一生愛してくれないと嫌だ」

 言っておいて何だけど気持ち悪い。それでもメイリアには言ってもいいと。気持ち悪くても側にいてくれると。

 愛しているなんて、そんなの判断もできないけれど、一緒にいたいのは確かだし、何なら求婚だってしたかった。

 子供みたいにメイリアの目を見てそんな事ばかり言っていた。愛が重いどころか気持ち悪かった。でもとにかく彼女にぼく以外が立ち入るのが嫌だった。病的といえば病的だったかもしれない。

 囁くたびに、メイリアが体中を愛撫し、抱きしめてくると頭を撫でてくれた。胸の中心に何度も舌を這わせ、傷も無いのに傷のなめ合いみたいだった。

 お互いの体液や唾液や粘液で体中がベトベトで臭い。お互いが同じ匂いに覆われて、その臭いに興奮してまた求めあった。

 どっちがどっちなのかわからなくなる錯覚に襲われる。

 それほどにぼくは蕩けていた。

 お互いの思惑とか関係性とか企みや企てや、なんと言ったらいいのか、打算や言い訳、体の相性とかそんなものが全てどうでも良くなるぐらい求めていた。

 ぼくにとっては相性が良かったのかもしれない。傍にいるだけで体が痙攣して求めるほどだったのだから。触れられただけで異様に気持ちよかった。

 気絶するように意識を失い。【継いで再生する】、【依存して】を使用して治す。

 メイリアは【継いで再生する】で何度もミチミチする。

 血が流れるたびにぼくは痙攣し顔を覆ってしまい、そしてその手を無理やりメイリアに広げられて、表情を眺められてしまった。

 メイリアの体温だけが五感より一つとびぬけて感じられた。

 何もかもすっからかんになって頭は真っ白になってクリアで、それでもメイリアを抱き寄せて頭を撫でていた。

 もう満たされた欲望の中で、それでもメイリアを愛おしく求める自分がいた。

 もしかしたら今感じているのが愛なのかもしれないと、そんな事を考えた。

「ずっと一緒にいてほしい……」

 横向きにメイリアの頭を抱えてキスしていた。

 そのままひっくり返されると上になったメイリアがこれ以上密着できないというほど密着してきて、そのまま眠りについた。

 時折微睡みの中で線を指でなぞり、身じろぎするメイリアと擦れる肌、微睡むメイリアの手が同じく線をなぞってくる。手の指の先から足の指の先までも重なるように。

 次の日――暗幕の中に入って来た【ドッペル:メイリア】に重なりメイリアは暗幕の外へ出て、ぼくも何事もなかったかのように暗幕から出てお風呂へ向かった。

 メイリアが指を鳴らしてベッドを元の状態へ戻そうとして静止した。

 メイリアは魔術を使えないと認識されている。

 耳元で囁く。

「魔術を見えるところで使わないで」

 メイリアの解析データより記憶を抜粋し、項目より発動していた魔術を特定。

 それを自分に移植し、暗幕の中で指を鳴らす。

 魔術名【メイドの嗜み】から、一部の物だけを取り除く設定をした【メイドの嗜み改】を【暗幕】の中で発動する。

 ベッドは元の綺麗な状態に戻り、ぼくは先にお風呂を頂いた。

 着替えを手伝ってくれたメイリアに休むよう伝えた。メイリアは周りから見れば一日中起きていた設定になっている。

 メイリアはお辞儀してお風呂へ入りに行き、ぼくは部屋の外へでた。

 一週間を長く感じる。早く帰りたい。

 封地を受け取ると同時に、宝物庫より宝物を一つ頂いて良い決まりになっている。図書館へ寄り宝物録を探して眺めていたらリョカが声をかけてきた。

「あら、もう封地に持っていく宝物を見分しているのね」

 何も答えないと、彼女はイラついたように正面に座った。少し席を移動し斜めになるように椅子の位置をずらす。

「貴方、メイリアのことどうするつもりなの?」

 そう言われて彼女へ目を向けた。彼女は真っすぐにぼくを見ていた。

「どうするって?」

「正妻にでもするつもり?」

「それは私が決めることではないよ」

「いい子ぶって」

「君はどうするの? 兄の側室にでもなる?」

 兄にはミューレス公爵令嬢という婚約者、正妃候補が存在することを知っている。リョカより一段階上のご令嬢でまだ見たことはない。第一候補がいる以上、リョカの立場はかなり危うい。

「そうね……そうなるでしょうね」

 もう、納得している。容姿に似合わず大人なようだ。

「公爵家同士でも婚約はできるでしょ。君はそこまで求められていないはず。ぼくの婚約者としてあてがわれるぐらいだから、わかるよ」

「貴方侮辱してますの?」

「そう言うわけじゃないよ。ぼく……私のせいで苦労させてしまって申し訳ないとは思っている」

「そう思うなら私を正妻になさいよ」

 その台詞は意外で不思議だった。

「本気で言っているの?」

「ええ、そうね」

「でも君、殿下のことが好きでしょ」

 そう言うと、リョカは顔を赤らめて目を反らした。

「あの方を好きにならない女なんて存在しないわ」

 まぁ性格が若干アレだとしても兄は男らしく面も良い。ロン毛なんて女性に忌諱されがちだけれど、ザンバラなロン毛が兄には良く似合っていた。ロン毛なのに男らしい。

 女性の恋愛判断基準において見た目はもっとも重要な役割を持っているとなんとなく考えてしまった。それならば、化粧などで少しでも見た目を良くしようする女性の真理も納得できる。女性にとって見た目と言うのは重要な項目なのだ。

「それで正妻になりたいだなんて、すごいよ」

「曲がりなりにも貴方もあの方と同じ血脈ですからね。将来に期待できます」

 性格の事は考慮してくれないらしい。兄のような男らしい男になりたいとは考えていない。今のちんちくりんで貧乏でも構わない。それでもいいなんて女性は存在しないかもしれないけれど。

 王子と言う肩書を剥がし取ることはできないけれど、それでも良いと言ってくれる女性が良い。それは贅沢な悩みなのかもしれない。

「どうですの?」

「兄の側室になったほうがいいと思います」

「ふんっ」

 何処にも行かないところを見るに、ここにいるのは兄の指示なのだろう。

 宝物って言ってもマジで宝物(がらくた)なんよね。

 現役の宝物は当然使用されているわけで、使用されていない宝物とはつまり現役を退いた壊れた宝物と言う事になる。道具である以上壊れる。宝物は遺跡から出土し、国に献上される。国に宝物を献上することは大変名誉なことだから、貴族はこぞって遺跡に赴き宝物を献上する。

 宝物には条件があり、例えば兄が纏っている衣も宝物で防刃坊打に優れ、火炎や冷気に耐性がある。要は不可思議な効果が込められているものが当てはまる。その中でも選りすぐりの物が王宮にあり、そして宝物庫には使えなくなった宝物がある。

 貰えた所で効果は失われている。本当に飾りだ。

 宝物の原理が理解されていない。所謂オーバーテクノロジー。

「……メイリアはどうするのよ?」

「メイリアの事を決めるのは陛下とカインツロウ侯爵だよ。兄は正妃候補、あるいは側室に迎えたいと思っているけれど、難しいと思う」

「なぜよ?」

「メイリアの母親が貴族でも王族でもないからだよ」

 そう告げるとリョカの眉が上に上がったのが見えた。母親が貴族でも王族でもない以上、正妃にはどうあってもなれない。側室にはなれるかもしれない。血脈を重視する王族にとって庶生の者を受け入れるのは容易ではなくすんなりとはいかない。

 王が許しても貴族が許さない。それは貴族の養子に入っても変わらない。血が変わるわけではないからだ。なぜ貴族である私達の娘を受け入れずに市勢の血が入った娘を受け入れるのか、市勢の娘を受け入れるのなら、私達貴族の娘を受け入れるべきだとなるわけだ。

 側室にするには兄の本気度が関わってくる。兄がどれほどメイリアを受け入れるために貴族に譲歩するか、周りの側室や正妃にどれだけの配慮をするかによって決まる。

 兄の今後にかなりの影響を与えるし、正妃や貴族のバランスに多大な影響を与える。

 そこまでしてメイリアを受け入れるかという話だ。

 よほどメイリアの存在が国にとって重要か、どれほど愛しているかによる。

「貴方の余裕はそう言うことなのね」

「余裕……というわけではないけれど、私には決定権がない。何もできない。後ろ盾もない。ただ兄の弟と言うだけだから。そういえば、子供の頃はごめん。トカゲをけしかけて悪かったと思うよ」

「私に謝罪すると?」

「公式の場ではできないからね。ここだけだよ」

「どうしてトカゲをけしかけたの?」

「特に意味はないよ。子供だったと言うのもある。何が良いのか悪いのか、判断ができなかったらね。あと、君の態度が好きじゃなかった」

「ふーん」

 もちろんメイリアが奪わると脳裏を過れば、憎悪を募らせずにはいられない。メイリアにも拒否してほしい。ぼくのものであって欲しい。死ぬまでぼくのものだと命にまで刻み込んでやりたい。でもこれはやはり自分の意思だ。相手の幸せを考えるなんて、本気になった人間からすればクソくらえだ。命を賭けたってものにしたい。一度受け入れたのなら後戻りは許さない。自分がそう言う人間であることを噛み殺す。

 ぼくにとってメイリアはそれほどに大事だ。

 もしメイリアが取られるとなったら心臓を掻きむしられるほど苦しい。

 メイリア自身が、それを選ぶことが悲しい。例えぼくのためだったとしても、それだけはやめて欲しい。死んでしまう。ぼくが死んでしまう。

 それを踏まえて、メイリアは自由だ。

 何を選んでもいい。

 もしかしたら解析を使えば宝物を直せるかもしれない。今のうちから宝物のデータはもっていた方がいいと考える。

 試しにリョカの衣装を解析してみた。

 並ぶ文字列は生物に比べると多くない。材料の構成と縫い込まれた特殊効果の一覧。防刃坊打、魔力防護という機能が組み込まれていた。

 文字列は多くないけれど、材料の構成はなかなかに複雑だ。分子配列やらなにやら項目がある。魔力で再現できてしまうかもしれない。この解析データをそのまま模倣して魔力で構成すれば、おそらく同じ物が複製できてしまう可能性が見えて来た。

 しかし複製物はおそらく魔力を与え続けていないと消えてしまうだろうね。物ではなくあくまでも魔術扱いになる。

 正直宝物の中の物を全部解析して作るのもいいけれど、本当に作れるかどうかは半信半疑。兄弟姉妹も宝物を一つ持っていけるし、順位的にはぼくが優先二位だけれど、第二、第三、第四、第五王子を優先するように陛下と王妃に言われるだろう。言われる前に自分から進言したほうがいいと考えている。

 欲しい宝物の候補は二つまで絞っている。

 一つは【玉響(たまゆら)の枝】、もう一つは【賢者の帽子】。

【玉響の枝】は伝承によれば、込めた魔力によって無数の枝が相手を攻撃する枝状の武器。【賢者の帽子】は初代国王が魔王討伐のおりに装備していた帽子。二つとも年代的にも骨董品。

 少々歴史に興味が出たので歴史の本を探して初代国王について調べてみた。

「貴方、文字が読めるのね」

 リョカにそう言われて目を丸くしてしまった。

「なんで?」

 そう聞き返すと。

「貴方、王族指南も受けてないし、家庭教師もいなかったし、学校にも通っていなかったじゃない」

 そういえばぼくはこの世界の文字について、普通に読めるので特に意識はしていなかった。よくよく思い返してみれば、解析時に現れた文字列を読めるように努力していたのだからそのついでに読めるようになったのだろう。

 ぼくは噴き出して。

「頑張ったんだよ。誰も助けてくれなかったからね。あ、同情を誘っているわけじゃないから」

 そう言うと、リョカはひとまず納得してくれたようだった。

「ね? 男ってどんな生き物なの?」

「兄を理解したいのなら兄の側にいるといいよ。単純に言えることは、男はどんな場面でも好きな人には自分を優先して欲しいと思っていると思うよ。兄が求めてきたら応じるのがいいよ。手に入ったら入ったで安心してしまうかもしれないけれど。メイリアに執着しているのもそれだと思う」

「メイリアに関して、そうは思わないけど、貴方もそうなの?」

「メイリアは抜きにして、兄とは関係なく、ぼくはそうだね。好きな人には何があっても自分(ぼく)を優先して欲しい。例え傷つく事になってもぼくが傷つくからとか考えないでぼくを優先して欲しい。ぼくが不安になって求めたら受け入れてほしい。でもこれは相手の事を考えていない行動だとも思うよ」

「女に権利なんてどうせないでしょ」

「それを言われると何も言えない。不安な時に拒否されるのが一番傷つく生き物なのが男だと思うよ。だから自分の伴侶や思い人が信頼できる人で一途に思ってくれているのなら、体を求めるだけとかそんな事は思わずに受け入れてあげて欲しいと思う。もっとも信頼できるかどうか一途かどうか判断できなくて、女性も不安になると思うけどね。兄のことなんて特にそうでしょ。正妃はいるし、側室も多くなるだろうしね。後宮争いも耐えないだろうし。でも拒否されるのが男にとって一番辛い事だと思うよ」

 都合の良い言い訳を並べる男もいるけれど――。

「体を求めるって……」

 リョカを見ると耳まで真っ赤になっていてびっくりした。そりゃそうだ。

「まぁ体の関係については、ぼくも書物でしか見たことがないけれど……側室ってつまり子供を作る関係にあるってことだからね。知っといて損はないよ」

「不純」

「自分に非が無いのであれば堂々としてほしい。ぼくのためであれば世間からどんな目を向けられようと自身が傷つくことになっても争って欲しい。勝手な言い分だけどね」

 もしそうなったら、ぼくも命ぐらいはかけるよ。

「あんた本当に自分勝手なのね。あんたの婚約者にならなくて良かったと思うわ。貴方の言っていることは貴方の我儘だわ。結局貴方も恋人の気持ちは考えてないのよ」

「そうだよ」

「うわっ……」

 リョカはそれ以上何も言ってこなかった。

 ぼくはそう言う人間だ。


 ペラペラと歴史の本を紐解くに、この国を興したのは一人の魔術師のようだった。

 昔、魔王と言う魔族の王と戦争になり、その戦争で三人が立ち上がり戦った。戦士と聖女と魔術師だ。

 三人は見事魔王を倒し、戦争は終わりを告げた。

 戦争が終わった後、戦士と聖女と魔術師は国を出てそれぞれ国を作った。その一国がぼくの所属している国だ。三つの国はそれぞれ兄弟国として隣国にあり、今も仲良しだ。

 まぁこれは多分、元は一つの国だったけれど、帰って来た三人によって三つに分断されたのだろうなと考察する。

 母の出身はおそらく戦士の国だ。

 ぼくのご先祖様は魔術師で、その髪の色は漆黒で美しかったのだそうだ。絵もある。

 だから王族はご先祖に近い漆黒の髪を求めるのだそうだ。

 逸話として魔王の血に濡れて、戦士も聖女も魔術師も髪に赤味を帯びるようになったという話もある。赤黒いのはその名残らしい。

 魔王って言われてもね。女神様がこの世界を作ったと言っていたから女神様が魔王も作ったことになる。魔王もこの世界の一部なのだろうと察する。

 ここ最近の物ではないけれど、市勢記録より国の魔術文明がどの程度なのかをある程度把握することができた。

 魔術はやはり魔術書から継承するものであり、自分で魔術を作り出す等できる人間はいないらしい。ぼくは解析があるからある程度はできるけれど、一般の人からしてみれば、かなりの天才でなければ無理なのは納得できる。

 ぼくのはやっぱり創造とは違う。

 創造というのは超ウラン元素のようなものを作ることだ。

 それは女神様の創造からは外れており、世界の成り立ちから逸脱している。

 女神様が作り上げた世界の構造から逸脱することは、この世界そのものの否定になりかねない。それはそれで女神様は喜びそうなものだけれど、おそらくそうはできない。物理現象から逸脱できないのと一緒だ。この世界の魔術だって物理現象にそっている。

 これはぼくの考えで、女神様はこう考えるぼくを笑って見ているかもしれない。禁忌を勝手に禁忌にするのはぼくのような人間な気がする。

 禁忌と言えば王族なので禁書庫にも入れる。

 禁書庫にリョカは入れない。入り口前までリョカは来た。ぼくから目を離さないように言われているんよね。大変だぁーね。

 禁書庫の書物を少し読んだところで魔王を作った女神の真意などわかるわけもないか。

 禁書には過去の冤罪事件などの真相が記されているものが多かった。冤罪事件は判明後、ほとぼりが冷めた後に、冤罪を押し付けられた側を放免にし地位を復活することで払拭されている。結構な数の冤罪が存在する。

 魔術書の類はなかった。

 魔族に関しての考察はあった。解析すればわかるかもしれない。

 先祖の本なども探したけれど、午後になったので離れた。

「まだついて来るの?」

 お昼を食べるために一度部屋に戻る。

「悪い?」

「別にいいけど」

「ムカツク。何も知らないくせに」

「貴族としての務めをはたしているのでしょう?」

「……そうよ」

 自室の前には使用人と護衛騎士が複数おり、焦って【クレアボヤンス】を発動してしまった。メイリアが襲われているかもしれないと……。

 部屋の中に人物が三人。ベッドの上に座る兄とメイリア――ではなく【ドッペル:メイリア】とドレッサーに隠れているメイリア。

 蓄積された解析データより【闇の椅子】を作ってメイリアを覆っておいた。

 メイリアは最初混乱していたが、【クレアボヤンス】を使用し、ぼくの存在を確認すると頷いたので、頷いて返しておく。闇の椅子は柔らく包み込むクッションだ。長時間耐えるのは大変だろうけれど、これで少しは楽になるだろう。

「部屋に行かないの?」

「あれを見て、部屋に入れるとは思えないよ」

「自室なのにね」

「まったくだ」

「ショックじゃないんだ」

 中を確かめられなかったのなら、嫉妬に狂っていたかもしれない。怒りに身を任せて冷静な判断ができなかったかもしれない。信じると言うのがいかに難しいことかを痛感する。

「手」

「手?」

「握ってもいい?」

「いいわけないでしょ。気持ち悪い」

「やっぱり好きな人以外には触れられたくないし、キスとかそういうのしたくないよね」

「何言っているの。当たり前でしょ」

 リョカが触れられるのを本気で嫌がる姿を見て、一般的に考えて女性は好きな人以外に触れられるのを極度に嫌がるものだと考察する。

「王子。陛下と王妃がお呼びです」

 使用人が来てそう言い、ぼくは陛下の元へと向かった。

 玉座に陛下、隣には王妃、王が対外的な社交の場で使う玉座だ。対外的にはやはり王の隣は王妃なのだろう。カインツロウ侯爵もいて良くない。これは良くない。

「はせ参じました。陛下」

 跪いて頭を垂れる。

「うむ」

 相変わらず兄にそっくりだ。ちんちくりんのぼくとは違う。

「表を上げよ。急に呼んだ手前、何事かと焦っているだろう。そんな仰々しいことではないので安心するが良い」

「恐れ多い事でございます。陛下」

「うむ。まず一つ、お前に封地を与えるに伴い、宝物を一つ授ける。宝物についてお前はどう考える。申して見よ」

「恐れながら申し上げます。大変名誉であり光栄な事にございます。しかし恐れながら申し上げます。わたくしが殿下の弟と言う事もあり、他の兄弟が私に遠慮をしていることも存じております。私は第六王子にございます。敬愛する兄達を差し置いて宝物を先に選ぶべきではありません。それは王族としての規律に反することにございます」

「そうかそうか。お前の気持ち良く分かった。王妃、だそうだ」

「兄弟を思う気持ち、とても尊いと思います王子」

「ありがとうございます」

「さて、次いでお前の従者について話そう。カインツロウ侯爵」

「はっ」

「貴殿の娘を王太子の側室に迎えることができ、世は大変嬉しく思う。一族をとして、これからも仕えてほしい」

「恐悦至極に存じます。陛下」

「……お前には大変世話になった。第六王子がこのように立派に育ったのは、お前の娘のおかげであろう」

「ありがたきお言葉」

「して……お前には新たな領地、ケイロンズ男爵領を褒美として与えよう」

「伏して申し出をお受けします」

「うむ」

「次いでメイリアだが、迷っている。我が息子は正妻に迎えたいようだが、ご存じの通り我が王太子には婚約者がいる。正妻に迎えることはできない。そこで側室に迎えようと思うが、まずは王子、お前はどのように思う?」

「わたくしが陛下に意見するなど恐れ多いことにございます」

「良い。申せ」

「では失礼させて頂きます。恐れながら陛下。メイリアの事を私(わたくし)は、家族のように思っております。幼少期よりただ一人私に付き添って頂いた唯一の人間にございます。それを加味しながら、恐れ多くも申し上げます。メイリアは優秀な人間にございます。これから学べば優秀な側室になりえると存じます。しかしながら、彼女は王家の楔により言葉を失っており、また優秀と言えど、私の贔屓目にございます。王家に嫁ぐのは至上の幸福。メイリアにとって幸いなことに代わりはないと存じます」

「お前自身はどう思う?」

 彼女の気持ち次第と言いたいところだけれど、それを言ってしまえば、王家に嫁ぐのは至上の幸福と言った台詞と矛盾してしまう。王家に嫁ぐのは至上の幸せなのだ。彼女は喜んで側室になる。という選択肢しかなくなる。彼女がいいえと言えば、王家の反感を買うだろう。

「大変喜ばしいことに思います。ですが懸念が無いわけではございません」

「ほう。懸念とは?」

「私の口からは……」

 カインツロウ侯爵の方を見る。

「カインツロウ侯爵。説明せよ」

「恐れながら陛下。あの娘は確かに私の大切な愛娘にございます。ですが上の姉達とは違い、由緒正しい血族とか問われれば……あの子は側室の子であり、彼女の母は市勢の出世にございます」

「なるほど、そなたの懸念については理解した。他にはあるか?」

「あの子は魔術を使えません」

「……それは、なるほど、王家に嫁ぐには相応しくありませんね」

 王妃の冷酷な声が響いた。魔術が使えない人間の扱いはぼくを見れば明らかだ。

「……二人とも良く分かった。カインツロウ侯爵。メイリアを側室に迎える旨は諦めよ」

「伏して申しようのないことにございます」

「うむ。では下がれ」

「はっ」

 背中を向けるのは失礼なので、頭を下げながら後ろへ下がり、開いたドアより退出する。閉まったドアを見て、カインツロウ侯爵を見る。やり手と言えばやり手だ。

 カインツロウ侯爵がぼくに対して頭を垂れた。

「王子、私はこれからも王家に仕えられることを光栄に思います」

「はい。これからも陛下、そして国のために仕えてください」

 手を差し出して握手すると、袖の下に紙切れのようなものを仕込まれたのがわかった。

 一息ついて振り返ると、リョカがいた。

「君すごいね」

「なによっ」

 敵ながらあっぱれだ。

 歩き出そうとすると、兄とメイリアがやってきた。【ドッペル:メイリア】だ。通路を横へ避け、頭を垂れる。嘘。マジかよ。王の間に偽物できやがった。度胸がありすぎる。

 兄達は何も言わなかったし、メイリアもぼくに頭を下げなかった。申し訳ないよ。王に進言した時の冷たい台詞に対して罪悪感を覚える。この状況、兄の策略、瓦解するのは一瞬で、こんなの普通やられたら愛情が嫉妬と憎しみに裏返るのは一瞬だろう。

 少し歩いて振り返り、【クレアボヤンス】で王の扉の先を見ていた。

【ドッペル:メイリア】が見破られるかどうか不安だ。だけれど、見破られている様子はなかった。【ドッペル】は基本的にガワが本人とほぼ同じデータで作られている。内部の骨格もだ。内臓類はほぼガワだけだけれど、見破るのは至難……か。

 だけれど状況が良くないを染みるように感じる。

 透過する兄の様子から、憤りを感じているのが理解できる。何とも言えない気まずさや焦燥感を感じながらぼくはその場を離れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る