第30話

 次の日、オレは仕事を休むことにした。

 オレは休むからみんな好きにしてくれと伝えると、時雨とシャガルは二人で訓練をはじめ、ニーナは買い物をすると街へ行った。不安ではあるが街なら大丈夫だろう。街の事情についてはオレよりニーナの方が詳しいはずだ。

 手を掴み指の間に指を通すと、ニーナは目を伏せ。

「買い物行くだけ……」

「わかってる」

「今夜も10チークだから……忘れないで」

 ゆっくり離れていく指がもどかしく、一度離れるとニーナから指を握られ、そして離れていった。


 うとうとし、時々意識を失っては時雨とシャガルの訓練音を聞いていた。目を閉じていても二人の様子が手に取るように理解できる。

 あれだけ嫌がっていた時雨が真面目に訓練しているのが不思議だった。何か意識の改革があったのかもしれない。

 ただシャガルを一方的に攻撃するのが楽しいだけなのかもしれない。

 シャガルは負けず嫌いなのか、何度時雨に打たれても歯を食いしばり向かっていた。


 外で寝るのは大変だ。何よりも障害になるのは風で、とにかくうるさかった。外はとにかく色々な音がしてうるさい。しかし毛皮に包まるとその音が和らぐ。毛皮があるだけで断然眠りやすかった。女神の采配に感謝する。


 午後になると時雨に揺さぶられシャガルと共に水浴びに連行された。

 しょんべんでも混じっていたら嫌だなんて考えていたが、それはオレの杞憂だったようだ。水路は複数あり、下水は別にある。生活用水を浄水と呼び、そして浄水に尿を垂れ流そうものなら境会や衛兵、在住の人間より反感を買うのだそうだ。


 それでも飲み水として下流の水を使わない方が良いらしい。シャガルの話では……。

 シャガルの案内で下水を下見、そこまで汚れとニオイは無かった。下水も一応は浄水なのだそうだ。

 聖石について疑問はある。力があまりにも強い。女神がこの世界を創造したとオレは確かに伺った。それを加味するならば聖石はこの世界を維持するうえで重要なファクターなのだろうと考える。それと共に黒花石との関係も気になる。


 そこまで考えて、考えるのをやめた。

 女神がそう作った。そういうものだ。それでいいじゃないか。そうだな。


 時雨の髪を水で丁寧に解く。水だけでは滑らかにはならない。ランプーシャン(シャンプーのような成分を持つ野生の植物)が自生していないか探してみたが、【触覚】を発動しても遠かったので諦めた。早めに摘んでおけばよかった。

 水路に腰かけて足を浸し、寄り添う時雨の頬を手で撫でる。


 頬、腕、モモと体を傾けて密着させる。ここ数日時雨にかまっていなかったし、無理もさせていた。子供の頃のオレと比べて時雨は大人すぎる。

「おかーさん。そうだよ。おかーさんは娘を愛でるものだよ。そうだよね」

 腰をかけたまま、時雨を抱き上げて、腕の中へ抱きしめる。冷たい雫が滴る中で、時雨の体温だけが妙に熱を帯びていた。


 視線が上目へと、表情に笑みが混じっている。腕が背中へ回り、鎖骨辺りに何度も頬と唇の感触がする。頭の天辺に何度も唇を付ける。

「お母さん。今はいいよ。今はいい……。今だけはね」

 どういう意味だ。

「おかーさん」

 オレは男なのだが……だが別に男が母親ではダメな理由はない。

 時雨の髪を絞り水気をとる。そろそろ伸びた髪を切り整えた方が良いかもしれない。

 悪いけれどオレはお姫様カットしかできない。さすがに怒るだろうか。


 シャガルの視線――不意に視線が合い、シャガルは視線をそらした。コイツもコイツで面倒なものだ。

「シャガルもおいで」

「俺は、別に」

「いいから来いって」

 隣に腰を下ろすシャガルの頭を丁寧に撫でた。ガキなのに十分頑張っている。オレより断然立派だ。唯我独尊憲法アチョーとか語っていた自分に比べれば遥かにマシだ。拳法だしな。そんな拳法、オレは使えない。

「へへへっ。ねーちゃんって優しいよな。そうだ。ねーちゃんには特別におやつの場所教えてあげるよ」

「おやつの場所?」


 水浴びを終えたらシャガルがそう語り、案内されると木の一つを指さした。

「この木がおやつなのか?」

「違うよ」

 木の皮をぺりぺりとシャガルが剥ぎめくり、めくると指ほどもある芋虫がボロボロ落ちて転がった。ウネウネと動いている。体は白い。頭は黒い。

「それを食べるのか?」

「そうだよ‼ 内緒だよ⁉ ねぇちゃんにも教えてないんだから」

 ウネウネとした芋虫を口に頬張るシャガルを見て、時雨は凍り付いていた。


 芋虫はタンパク質として優れているし、子供が食べられることから味も良いと考える。木の葉で即席の籠を編み、芋虫を捕えて持ち帰った。

 食べ方としては体をしごいて内容物を出来る限り搾り取り、頭以外を頂く。頭は硬いので食べないのだそうだ。

 時雨があからさまに嫌な顔をしているのが意外だった。この手の食べ物は苦手か。


 鍋に聖水を汲み、芋虫を一匹ずつしごいて内容物を絞り取り、聖水にさらして洗う。

 洗ったら鍋で軽く煎る。皿によそり水気が取れたら出来上がり。

 一つ食べてみると悪くなかった。むしろ美味しいとすら感じる。くるみのようなニオイと風味を持った干し葡萄だ。皮の弾力が若干モチモチしており、中はしっとり甘い。

 時雨もおそるおそる口に含み、美味しいとは感じているようだが顔は渋かった。

 お昼になってもニーナは戻らず、迎えに行こうかとも考えたが、子供達が眠そうだったので子供を優先した。

「そーだよね‼ そーだよ‼ 優先だよね‼ 私が‼」

 時雨は顔を輝かせてそう語り、コイツどうしたのだとしばらく思案してしまった。

「おかーさん。時雨、いい子にするからね」

 どうしたのだ本当に。頬を甲で撫でると時雨の手に捕まれ寄せられ、時雨の体温は妙に高かった。

「……今はいいよ。今はね」


 お昼寝は大事だ。毛布を敷いて【メイドの嗜み】で汚れを取り、二人を眠らせる。

 時雨の体はこれ以上回路を構築しようもなく、シャガルは普通だ。

 シャガルの体を弄らないのは、将来どんな影響が現れるか予想できないから。

 時雨はオレの責任でオレが責任を取る。しかしシャガルはそうではない。

 だからシャガルの内部はなるべくいじらない。


 シャガルは【触覚】を理論上は使えないはずだが経過は眺める。

 【シストラム】に改良を加え、オレも少し昼寝をする。日が傾き夕へ向かいはじめた頃、ニーナは帰って来た。意識はなかったが【触覚】が反応し、ニーナを確認した。

 傍に来たニーナはオレの隣に寝転がり、水浴びを済ませて来たのか珍しい感じの良いニオイがした。石鹸と問われれば石鹸のニオイだ。少しの化粧……。

「何? ここでも見たい?」

「スカートを捲るな」


 夕方になり日の色が淡くなる。起きて夕食の準備。ニーナは若干眠そうで、子供二人は寝たからか元気だった。四人で買い物。

 街に入ると街は少し騒がしかった。

 露店でラーロの実とギルドで肉を買う。ラーロの実ばかりでは飽きてしまうかもしれない。しかし他に料理も……薄いパンのようなものが売っていたので肉を挟んで食べることにする。

 頬に柔らかい感触――ちらりと視線を向けるとニーナの唇が離れてゆく。

「お母さん。これ買うの?」

 商品を眺める時雨と。

「あぁ」

「うまそう‼」

 シャガルの頭を撫でる。


 ギルドへ向かうと眼鏡になぜ今日は来なかったのか問いただされた。

「別に休んでいただけだ」

「指名の依頼が入っているのに‼」

「オレに?」

「そう‼ 境会から慰問の指名が来てるのよ‼ 110チークよ‼」

「慰問てなんだ」

「さぁ……それは行って見ないとわかんない。多分だけど……休む人の代わりにその人の仕事を代行してほしいってことじゃないかしら」

「なるほどね。期日は過ぎてそうだな」

「別に期日は無いみたいよ。明日でもいいんじゃないかしら? 境会からの依頼なんて珍しいし何より110チークは破格よ⁉ 境会からの依頼ってほんと珍しいんだからね‼ 今は大事な時期なのよ‼ 死活問題なの‼」


 なんだか眼鏡の奴。若干卑屈さが抜けたような気がする。

「まぁ明日だな」

「明日は絶対依頼受けてよね‼」

「なんでだよ。オレだって休みたい時ぐらいあるんだよ」

「知らない。私は休みない。私は休みないもん‼」

「あー……まぁ頑張ってくれ。それより肉売ってくれ」

「肉屋で買ったほうが安いですよ?」

「何日放置して、何の肉かわからない肉より多少割高でも出自のわかる肉がいい」

「なぁに? 私の捌いたお肉を食べたいならそう言えばいいじゃない」

「いいから売れよ」

 

 眼鏡の視線が子供へ流れる。

「……その子達って、貴方の子供なの?」

「そんなわけねーだろ」

「ふふふっ。そうよね。じゃあ肉持ってくるから。ギルドはねぇ、冷蔵室あるから値段はともかく肉の質だけは保証するよ」


 20チーク分の肉を所望し、葉っぱに包まれた肉の包みを差し出される。結構量があるけれど、子供二人は食べ盛りなのでこれでもペロリだ。

 少しスパイシーなニオイがする。

「なんか香味がついてる?」

「あぁ、保存用に少し辛い実がまぶしてあるの。辛いのが苦手なら水でさっと洗った方がいいよ」

「わかった」

「そういえば、最近街で人が死ぬ事件が頻発しているの。貴方達も気を付けてね」

「そんなの日常茶飯事じゃないのか」

「それはそうだけれど、犯人が捕まってないのよ。それに結構残酷な感じみたい」

「殺人鬼が街の中にいるってことなのか?」

「まぁそうね」

「余裕そうだな」

「私を疑ってるの? アホねぇ。犯人がわざわざ気を付けろなんて忠告するわけないでしょ。それに襲われているのは男よ‼」

「別に疑ってねーよ。それに犯人が次の目星にフラグを立てるため、わざと語る場合だってあるだろうがよ」


 男ならオレも範囲だろうが。

「フラグって何? 旗? まぁいいけど……明日は絶対依頼受けるのよ‼」

「あぁ、まぁ、わかったよ」

「絶対よ‼ へへへ……お願いだから。お願い。お願いお願いお願い‼」

 急に卑屈だし必死すぎるだろ。110チーク。一体ギルドはいくらピンハネして110チークなのだろうか。

「絶対だから‼ お願い‼ へへへ……靴でもお舐めしましょうか? お願いお願いお願い‼ 貴方だけが頼りなの‼ お願い‼」

「わかったからやめろ‼」

 星2の猟兵を当てにするなよ。


 戻っても何事もなく、時雨とシャガルが持て余した体力でチャンバラを始めた。殺人鬼の存在は引っかかる。夕食の調理の間に時雨とシャガルに水浴びさせ、四人で夕食。


 夕食時に街に殺人鬼がいる旨をそれとなく話して伝えた。ニーナとシャガルは知っているような素振りだが無関心。二人共そこまで深刻にはとらえていないようだ。

「人間死ぬ時はどうしたって死ぬのよ」

 ニーナはそう呟き、シャガルは。

「ねーちゃん弱い奴は死ぬしかないんだ」

 そう告げたので渋い顔をしてしまった。

「弱い癖に偉そうに」

 時雨の台詞。

「弱くねーよ‼」

「よわよわシャガル」

「だから弱くねぇって‼」


 夕食を終えたら時雨とシャガルは訓練。ニーナも訓練に参加した。ニーナは剣の扱いについて若干心得があるようだ。

「父親からちょっとね」

 ニーナはそう語った。実の父親から習ったのだそうだ。

 鍔迫り合いの合間、顔が近づいたのでそっと唇を重ね離れる。

 ニーナは刹那止まり、激しく棒を打ち付けてきた。体と棒を回転させるその動きは、まるでダンスを踊っているかのようだった。

 訓練が終わると水浴び――夕食の時に使用した灰を使い体を洗う。


 火で体を乾かす――今日、ニーナはどうするのか。期待している自分がいて嫌になる。それを隠し、体の乾いた時雨とシャガルを【依存】を使用し寝かしつけた。

 こちらを眺める時雨におやすみの口付けをする。お凸に一回、頬に一回、頭に一回。手の甲で頬を撫で、腕からお腹、足のラインをなぞり眠りを促す。

「お母さん。時雨、いい子にするからね」

 別にいい子じゃなくても構わない。最低じゃなければの話だが。

「多少悪くても大丈夫だ」

 そう告げると時雨はオレの胸元へ顔を埋めて擦りつけ、そのまま脱力して眠りに落ちていった。


 体を持ち上げてシャガルの頭にも唇を付ける。

「おやすみねーちゃん」

 ねーちゃんでは無いけどな。

 ニーナも横になったので、今日はもしかしたら寝るのかもしれないと残念がる自分が嫌だった。

 ごめんね、ごめんねと心の中で謝る。それはニーナに対してもだ。誰かで傷を埋め癒されようとする自分に意思では幻滅しつつも体は癒される事を望んでしまっている。生きたいからだ。


 とうとうとしていたら、足を引っ張られて目が覚めて。

「10チーク……」

 昨日も今日も輩に襲われることもなく、【触覚】を発動しているが、近づいてくる人間もいなかった。どうにかしようと考えていたのに拍子抜けで、問題になったのが相当効いたのかもしれない。それとも境会が助けてくれているのだろうか。


 明日は慰問を受けなければいけない。慰問とはなんなのだろう。

 考えても仕方がない。それよりニーナのニオイが気に入らなかった。

「このニオイ。やめろ」

「……あ?」

「オレはお前のニオイが好きなんだ」

「……このクソ野郎」

 子供を起こさぬように気をつけながら裏手に回る。

 脇に鼻をねじ込み、お腹のラインを撫で耳の裏に舌を這わせる。

 痕に頬ずりを――屈み傷跡に何度も唇を押し付け頬擦りを。溢れて漂い始めたニオイ。繰り返し繰り返し、やがてニーナは獣のようになりめちゃくちゃにされた。

「オレはこの痕も嫌いじゃないよ」

「クソ野郎ックソ野郎ックソ野郎ッ」


 何度もののしられた。デリカシーがなかったかもしれない。

「この顔の傷も、別に嫌いじゃないよ」

「死ねッ‼」

「……もうっつっオレでいいだろ」

「クソ野郎ッ」

「オレでいいだろ。だから花売りはやめろ」

 ニーナは答えなかった。フラれたかもしれない。それでもかまわない。オレは意思を伝えた。別にオレでなくても構わない。メイリアやラーナを思い、ただ目の前の女性に幸せになって欲しかった。それが余計なお世話であることも、醜い偽善だとも感じている。


 それでも……いなくなったラーナを脳裏に浮かべれば、そう考えずにはいられなかった。

 ごめんなミラジェーヌ。怨んでしまった。捨てられて憎んでしまった。そんな資格、オレには無いのにね。ぽっかり穴が開いて悲鳴を上げて、それに耐えられなくて、誰か誰かと叫びをあげる。


 一人にしないで。寂しい。一人になりたくない。苦しい。誰か。誰か。

 全て独りよがりなオレの弱さだ。他人に求めている時点で、オレも子供だったのだ。

 まるで母親を求める子供のように。


 爪を立てられ裂ける痛み、余韻はひとしきり――何も語らず、ただ触れあい視線を絡め、深く長い息が頬に触れてこそばゆかった。ニーナに癒されていると問われれば、癒されているのだろう。

 体を水で洗いあい、もう一度と優しく混ざり合う。

 ニーナの強い意思を持つ瞳が柔らかく揺らぎ、優しく優しく混ざり合う。

 もう離れようとしても視線が絡まり動けなくなる。手を伸ばして握り動けなくなる。ニーナの瞳が期待するような光を帯びて口角も少しあがる。また求めて離れられなくて、また求めて体以上の繋がりを望んでしまう。

 水路に沈めて掬い上げた水。ニーナの顔の化粧を落とす。ニーナは露骨に嫌そうな表情をして背けようと……それを許さない。

「おい‼」

「オレは素の方がいい」

「このクソ野郎……」

 視線の泳ぐ瞳、ぎこちなく震える唇、熱を帯びた耳、素顔の方がいいよ。

 唇が触れあうと、なぜだか棒付き水蜜糖を舐めている気分になった。


 含んだ甘さを味わって、外へと出して余韻をひとしきり、宿った味が薄くなったのなら、もう一口と含み舌の上、その甘さに酔いしれる。

 離れるとニーナは喪失に似た表情を浮かべ嫌がり。

「ダメ‼ 嫌‼」


 組み伏せられて体温をひとしきり。背中に這わせる手の平と点滅する夜光蝶の明かりがひとしきり。

 オレの表情が映し出されるたびに彼女は怒りを帯びて痛みを強めた。

 伸ばした手が頬に触れると、その手を取られ地面へ押し付けられてしまう。

 激しさに似て、切なさに似て、苦しさに似て、悲しみに良く似ていた。


 しっかりと押さえ込まれ密着され、のけ反って震えて、そのまま意識を失うようにニーナは眠りはじめ、思い出したかのように意識を取り戻す。垂れた涎もそのままに。

「夜は……」

 組み敷いたオレを眺め息を吐き、嬉しそうに表情を緩めるとまた揺さぶり失い眠りに入る。しばらくの喪失と――ゆっくりと意識を取り戻し、もたげるようにオレを求め揺さぶりもたれかける。

「朝まで……」

 世界が青くなるまで。

「あたしの」

 妙な温かさを、それを共感していた。

 失い覚まし。我慢の限界を超えて、オレも時たま乱暴に動き、それを意識の混濁と共に何度も繰り返していた。何度ものけ反り、眠りの狭間、意識の狭間、眠りを促され、重なった鼓動を混ぜ合い混ざり合い。

 顔を眺めるとその唇と視線を求め、瞼の開いたニーナが笑みを浮かべてまた求める。

 その瞼が開くと喜びの感情を帯び、笑みへ変わると安堵する。

 この子は生きている。目を開いてくれる。

 何度繰り返したかも理解できなくなり。


 そろそろと――。

 瘡蓋を剥がすように離れて、垂れて見せつけるようにお腹へ広がらせ、密着させて混ぜ合わせ、また、包まれて。

 そろそろと――。

 離れるのを嫌がり繋いだ手。水路へ向かい再び体を洗い、その間も、手が離れるとニーナは不安な表情になり手首を掴まれ、その手をまた握り直す。

「おい……ニーナ」

「入れるだけ」

 納めるとニーナは安堵し、笑みを浮かべて寄りかかる。

 下流ならば水路に浸かっても大丈夫だろう。

 手の先から聖水を垂らして水路へ浸かり、丁寧に洗いニオイを落としニーナは瞳を伏せてそれを受け入れていた。

「……もっと触って」

 受け入れて受けれられる。


 子供達の元へと戻り、オレは時雨の隣へと。

 眠りに落ちる姫のご機嫌を窺い頬を撫でる――時雨の瞳が僅かに開き、また閉じて安らかな眠りへと落ちてゆく。シャガルの乱れをそっと正し、毛皮で二人を包み込む。

 ニーナに手を掴まれて握られ指の間を通る指。

 優しく握り、視線が合えば見つめ合い、乗り出すとタイミングを計ったようにニーナも身を乗り出してくる。唇を一回り舌先で舐めると、ニーナに顔を掴まれ、思い切り舐めとられた。

 ニーナの頭に手を這わせ、【依存】と【継修】、【継再】を使用してニーナの脳を癒す。

「おやすみ……」

 頬を撫でると彼女は少し微笑み微睡みに落ちていった。

「……おやすみ」

 でも、愛情だけで生きている世界ではない事を、オレは良く理解している。

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