第14話 同じ不安

 色々とワチャワチャしながらも、一同は諸々の情報共有を終えた。夜明け前に出発するため、各自武具の点検などの準備をして早めに休むことになった。


 リツも漠然とした不安を抱えながらも、独り部屋のなかで武具の手入れに専念していた。


 否、しようとしていた、のだが。



「やっぱりさ、今回の件もいろいろと引っかかる所があるよね」


「そうですね。差し当たってものすごく引っかかることが目の前にあります」



 当然のようにセツが居座って調薬をしている。


「えぇ!? あやかしの動きを止める薬は作っておくに越したことはないじゃないか!?」


 わざとらしく驚く姿に全身から力が抜けていくのを感じた。


「いえ、作っているものが引っかかっているのではなく、作っている場所が気になっているのです。調薬ならご自分の部屋でなさったほうが効率が良いのでは?」


「そんなことないって」


 調薬に使う材料やら道具やらを運ぶのに何往復もしておいて、なにが「そんなことない」なのか。そんな言葉を飲み込んで視線を送った先に、いつものヘラヘラとした表情が浮かんでいる。


「あとほら、久しぶりの大きな仕事だから不安になってないか心配だったし」


「……ご心配いただかなくても、荒事には慣れています」


「あはは、そうは言ってるけどさ……」


 不意に笑みを浮かべる目に鋭い光が宿った。


「……さっきから飛び道具を研ぐ手が震えてるよ」


「……」


「ふふ、やっぱり本当はかなり不安なんだね」


 そんなことはない。

 などという見え透いた嘘はつけなかった。


 今回は短期間で地形を変えてしまえるほどのあやかしが相手だ。

 たしかに、詳細が不明の手強いあやかしを相手にしたことは今までにもある。そんななかで浅くはない傷を負うこともあったし、同じ班の人間が命を落とす様を目にしたこともあった。退治人として生きる以上はそれも仕方のないことだと思っていたし、今でも思っている。


 それでも、本部第一班が全滅したと聞いた日には動揺を感じた。


 あまり関係が良くない古巣でさえそうだったのに、もしも第七支部が同じ目に遭ったら。

 

 不安の形が徐々に明確になっていく。


「このまま一人にしたら、眠れなないからって武具の手入れをして夜を明かすつもりでしょ?」


「……仮眠くらいは取る予定です」


「それで本当に大丈夫だと思う? いざ戦闘になったときに万全の体調で動けなかったら、真っ先にあやかしの餌食だよ?」


「そのときは、私を囮にし……!?」


 突然、目の前の顔から一切の笑みが消えた。失言をしたということはすぐに分かった。


「……あのさ、しらべ」


 言い訳をする間もなく、一段と低くなった声が放たれる。そして。



「自分がどれだけ残酷なことを言ってるのか、分かる?」



 無表情な顔が淡々と問いを投げかけた。

 

 誰かから怒りを向けられることは慣れている。そのはずなのに、胸の奥が重く痛んだ。


「……たしかに私だって、しらべを護るためだったり、仕事の効率を考えたりで囮になることはあるよ。でも、命を落としかねないなら別の方法にする」


「……」

 

「まあ、『たとえ差し違えてでも塵に還せ』、『利用できるなら仲間の死すらも使え』っていう考え方も、退治人のあり方としては正解かもしれないけどね」


「……」


 淡々と紡がれる言葉が不安の形を明確にした。


 白い装束を血に染めて斃れるセツの姿。


「あとは、『先立たれたのなら早く他を探して血を途絶えさせるな』とか、か。しらべはそんなあり方を優先すべきだと思う?」


「……」


 再び無表情な顔が問いかける。


 所詮は親が決めた結婚。

 目の前にいるのは、詳しい身の上すら知ることを許されていない相手。


 本部にいたころなら、すぐに心から首を縦に降っただろう。今も退治人としてはそうすべきだと分かってはいる。


 それでも。


  

  いい目をしているね

  鋭くて美しい

  少しでも力になりたいんだ

  しらべ……、愛してる……だから……



  ……最期くらいは真名で。

 


 頭の中で、睦言を囁く唇から血が溢れだす。


「……いえ」



 鮮明になった不安を前に、首は横に振れていた。



「……そうか。なら、私が残酷だと言ったわけも分かってくれるね?」


「……はい。もうしわけございませんてました」 


「ううん。私のほうこそ、怒ってすまなかったよ」


 向かい合った顔にようやく笑みが戻る。しかし、それは酷く悲しげに見えた。

 こんな話題のあとだ。きっと同じような顔をしているのだろう。そう思っていると、白い手が頬に伸ばされた。


 触れた掌は冷たくはあるがたしかに体温を感じる。


「……こんなどうしようもない仕事だけどさ、私はできるだけ永くしらべと生きていたいんだ」


「……」


 言葉の代わりに、添えられた手に手を重ね小さくうなずいた。笑みからは、少しだけ悲壮感が和らいだように見える。


「ふふ。ならお互いの不安を現実にしないためにも、準備はこのくらいにして今日はもう眠ろう? ハクとメイに負担をかけてもいけないし」


「そう、ですね」


「うん、そうそう」

 

 微かな体温がするりと頬から離れていく。


「じゃあ、調薬道具一式はここに置かせてもらっていいかな?」


「はい、どうぞ」


「ありがとう。あ、そうだ。眠る前に目の薬を飲んでおくといいよ、あれは緊張を緩和させる効能もあるから」


「……分かりました」


 頷いたものの、薬の苦味を思い出し少し間が開いてしまった。それを見逃されるはずもなく、いつものへらへらとした笑みが姿を現した。


「おや? その様子だとちゃんと飲んでいないのかな?」


「いえ。飲んではいますよ。ただ、未だに味に慣れなくて」


「それは大変だ!! なら、私が口移しで飲ませてその流れで……」


「あんな話をしたそばから、二人して寝不足になりかねない提案をしないでください」


 予想通りの反応を軽く受け流すと、白い手が軽く頭を撫でた。


「あはは、まったくだね。それじゃあ、今日は予定どおり大人しく寝ようか」


「そうしましょう」


 そうして、リツも武具の手入れを終え、セツとともに寝具に身体を横たえた。薬が効いたのか、少し低めの体温に掻き抱かれているうちに自然と目蓋が重くなっていった。


「……絶対に、君を置いていったりはしないから」


 穏やかな微睡の中にそんな声が微かに聞こえる。 



 空には満月に近い似たが浮かんでいた。

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