第32話 多分、それなりに厄介な依頼
「ところでねーちゃん。ハンチョーの姿がみえねーけど、留守か?」
突如として現れたあやかしの子供は金色の目をキョロキョロと動かした。相変わらず殺気は感じない。
「そうですね、なんと言い、ますか」
それでもリツは言葉に詰まった。万が一、班長の留守を狙っての襲撃だとしたら。
改めて子供の格好に注意深く目を向ける。髪は少々けばだっているが、手入れは行き届いている。着ている服も一目で質がいいと分かる。あやかしのなかでも、かなりの有力者の身内であることは間違いないだろう。
あやかしの権力は強さに直結している。
背筋に冷たいものが走った。それを見越したのか、目の前の顔に朗らかな笑みが浮かんだ。
「ワハハ! そんなに警戒しなくても、別にねーちゃん達とやり合おうってんじゃねーよ!! 今日はな、仕事の依頼ついでにこの間の礼を言いにきたんだよ!」
「依頼、はともかくお礼ですか?」
予想外の言葉に緊張は幾分か解れたが戸惑いは深まった。
あやかしのほうから退治人に仕事の依頼がくることは稀にある。縄張り争いやら跡目争いやらの加勢が必要な場合だ。しかし、礼を言われることはほぼない。直近で思い当たることといえば。
「ほら、ついこの間虫ケラどもを懲らしめてくれたろ? いやぁ、アイツら何かにつけて人間にちょっかいかけてたから、面倒だったんだよ!」
笑顔から放たれたのは予想どおりの件だった。
「そうでしたか」
「おうよ! でも、頭を潰しといてくれたおかげで大人しくなったから、だいぶオレらも楽になったぜ! ありがとうな!」
「いえ、お気になさらずに」
頭を下げると艶やかな黒の沓が目に入った。蟲のあやかし達と拮抗していた事といい、やはり有力者の子供で間違いはないのだろう。それならば、無碍に追い返せば厄介なことになる。
ごめん。
ダメ元でお願いしていい?
不意に、セツの苦笑いが頭に浮かんだ。たしかに名乗り出たのは自分からだが、事前に少しでも事情を話してくれてもよかったのに。
「ワハハハハ! そんな謙遜すんなって!」
心のなかで不満を呟くリツをよそに、子供はまた朗らかに笑った。
「あと、春ごろにうちのユウマにあっただろ?」
「ユウマ……というと、あの熊のかたですか?」
「そうそう! いやぁ、退治人ってーと問答無用にあやかしが悪いって決めつけるけど、オメーらはそうじゃなくちゃんとユウマの話を聞いてくれたらしいじゃねーか」
「そうですね。でも、あのときは依頼人の話も信用ならなかったですし」
「そうは言っても、ユウマが無事だったのは事実だからな!! いやぁ、アイツとは旧い付き合いだから、何かあったら本当どうしようかと思ったぜ」
「……っ!」
金色の目が俄かに濁り鈍い光を放った。今のところ害意はないとはいえ、相手はやはりあやかしだ。
改めて気を張ると、子供は目を見開いてから手を合わせて頭を下げた。
「……っと、悪い!! 脅かしにきたわけじゃねーんだよ!!」
「いえ、お気になさらずに。こちらこそ、申しわけございません。仕事がら警戒心が強くなってしまって」
「おう、じゃ、お互い様だな」
下げみづらを結った頭がおもむろにあげられる。その顔には幼さに不釣り合いに見える苦笑いが浮かんでいた。
「それでな、オレはさっきも言ったとおり、仕事の依頼をしにきたんだよ。ユウマのこともあるし、報酬は弾むぜ!」
「ええと、そう言っていただけるのは有難いのですが」
いくら有力者の身内とはいえ子供が勝手に出した依頼を受けては、何かが起きたときに厄介、いや、厄介どころではない事態が巻き起こるだろう。しかし、子供扱いをして気分を損ねられても問題だ。
「平気、平気!! うちの奴らはオレが決めたことにぐちぐち言わねーから!!」
「しかしですね」
「大丈夫だって!! なんたって、オレはここいらのあやかしの長だしな!!」
「そうは言っ……、長?」
あまりにも自然にこぼれでた語を思わず聞き流しそうになった。
あやかしのなかには人と協定を結び互いに協力、とまではいかなくても、少なくとも不干渉を決めたものたちも数多くいる。そして、そういったもの達を率いている長と呼ばれるものも。
その一人が。
「おうよ! そういや、ねーちゃんにはまだちゃんと挨拶してなかったな! オレは
「よ、よろしくお願いいたします!! 失礼な態度をとってしまい、まことに申しわけございませんでした!!」
勢いよく下げた頭から一気に血の気が引いていく。
神野金枝。
この辺とは言っているが、配下は中立的なあやかしの約半数にもおよぶ。その数は、全ての結社の退治人を併せてもまったくかなわない。
「おいおい、そんなかしこまるなって! こっちは、仕事の依頼しにきただけなんだからさ!」
「いえ、しかしご無礼があっては」
「ワハハハハ! 大丈夫だ!! ねーちゃんはなんにも悪いことしてねーよ!! だから、顔上げろって!!」
「はい……」
恐る恐る顔を上げると、金枝はやはり朗らかに笑っていた。やはり、敵意は微塵も感じられない。そうだとしても、だ。
「まあ、緊張すんなってほうがむりか……、というわけでハンチョー!」
不意に、金色の目が後方に向けられる。振り返ると、いつのまにか苦笑を浮かべたセツが立っていた。
「これはこれは、神野殿。ようこそいらっしゃいました」
「ようこそじゃねーよ!! せっかく仕事持ってきたのに、出てくんのがおせーんだよ!!」
「申しわけございません。また三日夜通しで双六勝負をなさりたいのかと思いまして」
「な!? お、オレだっていつも遊んでばっかじゃねーよ! まあ、ちょっとそれもしたかったけど……」
金枝が名残惜しそうにしながらも頬を膨らませて顔を背ける。そのすきに、セツの口が音を立てずに「ごめんね」と動いた。
なにがごめんねですか、だとか、三日も夜通しで何してるんですか、だとか、そもそもなんでそんなに親しげなんですか、などという言葉が込み上げてきたがなんとか飲み込んだ。今、こちら側でいざこざしている場合ではない。
「それで神野殿、今日はどのようなご依頼で?」
「おう、ハンチョー! オメーらにな、一つ宝探しをしてもらいてぇんだよ!!」
「宝探しですか! それはそれは楽しそうですね!!」
一目で分かるほどの愛想笑いが大げさに相槌を打つ。たしかに、血生臭い仕事よりはまともだと思う。しかし、あやかしの長が退治人に出す依頼なのだから、それなりに厄介なことにはなるのだろう。
「ワハハ! そーだろ!?」
あどけない笑みから目を盗み、セツの唇が再び「ごめんね」と動く。
晴れ渡る空の下、リツはなんとも形容しがたい脱力感に襲われた。
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