第47話 断罪とか好みを突き詰めるとどうなるかとか

 橙色の灯りに照らされた部屋には重苦しい空気が立ち込めている。そんななか、リツはただ揺れる蝋燭の火を眺めていた。


 もちろん、目を向けるべきものがもっと他にあることは分かっている。


「それで、私の所業について話があるそうだけど、どの所業についてなのかな?」


 耳に入るセツの声はいつも通りのどこか軽薄そうなものだ。


「あら、お心当たりはあるようですね」


 ソウの声もいつも通りだ。

 


 これがいつも通りの些細な言い争いだったならば──


「まあ、第七支部とはいえ退治人結社の管理職を務めてるんだから、それなりに恨みを買ったり売ったりしてる自覚はあるよ」


「それならば、お話が早くて助かります。今日お話ししたいのはライ様のことについてです」


「ああ、やっぱりそれか」


 ──などと現実逃避をしても無意味なことは分かっていた。



「それじゃあ話をきいてあげるけど、君はアイツから何を聞いたのかな?」


「全てですよ。セツ班長がライ様の実の弟だということも含めて」


 淡々と繰り出された言葉に、蝋燭を眺めていた視線が自ずと二人に向いた。


「ああ、アイツそんなことまでベラベラ喋ってたんだ」

 

「否定はなさらないのですね」


「残念なことにアイツと血が繋がっているのは事実だからね。まあ、正式に退治人結社にはいってからは、私は母方の姓を継いで兄弟の縁は切ったていになっていたけど」


「縁を切った、ですか」


 ソウの目つきが俄かに鋭くなる。


「姉様との関係に悩んで相談を持ちかけたライ様に、わざと仲を引き裂くような助言をなさっておいて……、よくもそんなことが言えますね」


「だから、縁を切ったてい・・と言っているだろう」


 セツの表情は相変わらずいつも通りだ。


「ろくでもない兄だったし、本当は完全に縁を切ってやりたかったんだけどね。向こうのほうから『婚約者を危険な任務から遠ざけるにはどうしたらいい?』なんて何度も泣きついてくるから、『退治人としての実力がないと思い知らせてやったらどうですか』って何度も提案してやっただけだよ」


 

 いつも通りの表情が、自分こそがかつて抱いていた苦い思いの元凶だと口にする。



「そのせいで姉様が……、いえ、姉様を心の底から大切に思っていたライ様も……、どんな思いをしたと思っているのですか?」


「……」


 詰る声に俄かに視線が逸れた。


「ライ様は出陣の間際にこうおっしゃっていました。『退治人として優秀なアイツを正しく評価してやれなかったこと、今となってはとても後悔している』と」


「……へえ? アイツがね」


「ええ。そのうえ『ただ今回のあやかしは俺だけでなくアイツも狙っているし、再び任務につかせるわけにはいかない。それどころか、都に居るだけでも危険だろう。だからいったん関係を白紙にして、信頼できる遠方の弟のもとへ預けることにした。まあ、俺より弟のほうがいいと言われたら身を引くしかないけどな』とも」


「ふぅん」


 目を逸らしたまま、心ここにあらずな声が相槌を打つ。


「そうおっしゃるほどに、姉様だけでなくご自分のことも信頼してくださっていた相手に……、貴方は嘘の情報を伝えてその命を奪ったのですよ!!」


「嘘の情報ね」


 荒らげられた声に冷ややかなため息が返された。


「私は『牛に似たあやかしを相手にするならどうすればいい?』とだけ文をもらったから、『牛に似たものならば大抵は角を落とせば無力化できるはず』と返事しただけだよ。あのときは他の情報がまったくなかったから、件のあやかしが厄介な囮を使っているなんて考えもつかなかったからね」


「嘘をつかないでください!!」



 ソウが涙を浮かべながら甲高い声を上げる。



 故意に誤った情報が渡されたのか、少ない情報のなか知る限りの対応策が渡されたのか、判断はつかない。ただし。



  だから、任務中に死んだって聞いたときは

  笑いが止まらなかったよ



 そう溢した夜の表情はいまでも鮮明に思い出せる。


「……ま、情報云々は置いておいてもいい気味だと思ったのは事実だし、それ以外のことも概ね事実だと認めるよ」


「姉様!! お聞きになりましたか!?  やはりこの男さえいなければ姉様はライ様と幸せになれたはずだったのです!!」


「……たしかに、セツ班長が助言をしなければ私はまだ本部第一班にいたかもしれないし、ライ班長はご存命だったかもしれないわね」


 がなりたてる声にリツは軽くうなずく。視線の先には、あの夜と同じ表情を浮かべたセツの顔があった。



 ならば、言うべき言葉は決まっている。



「……ただし、ライ班長は目の前で婚約者があからさまに苦い顔をしているのに、遠くにいる身内の助言を優先して暴言を吐き続けるようなろくでもない方だったわけだし、側にいても幸せにはなれなかったと思うわよ」


「……は?」


「……え?」


「というか、お前のため、という建前で暴言を吐く輩とは寸刻たりとも一緒にいたくないし」


「え……?」


「は……?」


 胸のうちを吐き出すと、二人は目を見開きしばらく呆然とした。


「……えーと、リツ?」


 先に声を出したのはセツだった。


「あら? セツ班長、何を驚いているのですか?」


「だってほら、この流れだとさ」


「セツ班長に苦言を呈して、ライ班長への評価を改めるべき、でしたか?」


「いや、そうするべき、とまでは思ってないけど……」


「ならいいではないですか。それに、セツ班長の好みは『突き詰めていくと一緒にライ班長の悪口で盛り上がれるような子』なのでしょう?」


「……ははは!」


 釈然としていなかった顔が俄かに綻ぶ。


「そうそう、分かってるじゃないかリツ!!」


「ええ。こう見えても、貴方の副官にして妻ですからね。これからも側にいるためにはこのくらいほうがいいかと」


「うん、実に素晴らしいよ!!」


「お褒めにあずかり光栄です」


 重苦しく澱んでいた室内の空気は一気に軽やかになっていく。ただし。


「……」


 口惜しげな表示がまとう空気だけは一切の変化がない。


「さてと。こっちの所業の話は済んだわけだし、私のほうからも質問があるんだけど」


「……なんでしょうか?」


「君はさ、なんであの薬を飲なかったのかな?」


 軽薄な笑みが戻った顔がわざとらしく首をかしげる。


「……ふん!!」


「うわっ!?」


 答えの代わりに、ソウは側にあった書類を投げつけて部屋を飛び出していった。


「ソウ!? こら! 待ちなさい!!」


 制止を聞くこともなく、走り去る背中は廊下の闇へ消えていく。


「申しわけございません、セツ班長。今すぐ連れ戻しますんで」


「いや、それには及ばないよ」


 鼻柱をさすりながらセツは深いため息こぼした。


「多分、今日は部屋に戻ってふて寝でもするだけだろうからそっとしといてあげよう」


「ですが、あの態度は」


「まあたしかに支部の責任者にたいしてあれはどうかとは思うけどさ。それよりも……、いろんなことが露見しちゃったわけだし、もう少しだけ言い訳をさせてくれないかな?」


「……なるべく、上手く取り繕ってくださいね」


「ははは、善処させてもらうよ」


 力ない苦笑いに、リツも深いため息をこぼした。

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