第18話 そういうことじゃない的な話題たち・そのニ
「さあ、さあ、お人形さんたち。あの方のお願いごとを邪魔する悪い人たちを懲らしめてくださいな」
楽しげなソシエの声を聞きながら、リツは本物と区別がつかない人形が振りおろす刀をかわし続けていた。幸になことに手練れというほどの動きではない。
「懲らしめるというには、急所を的確に狙いすぎていると思うけどね」
セツが首を狙う刀を弾き、返す刀で人形の胴を横一文字に両断しながらぼやいた。まったくだと思いながら胸元を切先から飛び退きメイに視線を送る。今のところ、刃を避けるのに苦戦はしていないようには見える。それでも、表情は苦々しい。
「メイ、大丈夫ですか!?」
「はい! なん、とか! で、でも、もう少しだけ集中したい、です!」
「分かりました。なら」
懐から刃に薬品を塗った飛び道具たちを取りだし全力で投げつける。それが頭に突き刺さると、メイを取り囲む人形は崩れ土塊に還っていった。
「メイ! 今のうちに!!」
「は、はい!」
上擦った声とともに懐からあやかしを呼び出す札が取り出される。これで戦況が少し変わるはず。そう思った瞬間、肩にヒヤリとした感触が伝わった。
「あらあら。せっかくのお人形さんを壊してしまうなんて。なんて悪い人なのでしょう」
見上げたすぐ先で鋭い牙をこぼして大きな口が笑っている。
「これは、まっさきに懲らしめなくては」
「リツ!!」
「リツ副班長!?」
楽しげな声に紛れて名前を呼ぶ叫び声が聞こえてくる。
せめて最期くらいは真名で呼んでほしい。その気持ちが少し分かったとおもいながら、想像していたよりも白い口の中をぼんやりと考えた。
まさにそのとき。
「さすがに……、それは見過ごせない……」
「え……? むぐっ!?」
大きな口が鼻先寸前でガチリと音を立てながら閉じた。
「むー!?」
「っ」
くぐもった声とともに肩に爪を立てていた手が離れ、身体が前のめりに倒れ込む。体勢を立て直しながら振り返ると、ソシエの口には両端に石が括り付けられた紐が巻き付いていた。
「副班長……、怪我は……?」
少し離れた場所では、いつの間にかハクが不安げに首を傾げている。
「ええ、おかげさまで助かりました。ハク、ありがとうございます」
「いや……、気にしなくていい……、ただ……」
「ただ? わっ!?」
不意に再び背後から肩をかき抱かれた。顔を上げると今度は満面の笑みを浮かべたセツが目に入った。
「やあ、ありがとうハク! ただ、私の魅せ場を奪うのは感心しないかなぁ?」
「班長がまた面倒くさいから……、対応を頼む……」
「……そうですね」
牽制と笑みが入り混じった顔と、呆れと困惑が入り混じった顔に挟まれ、リツは深いため息を吐いた。
「セツ班長、油断していてご心配をおかけしてしまったことは謝罪いたします。ただ、今回の件は私の不注意によるものなのでハクに八つ当たりしないでください」
「そうは言うけどさー、やっぱり妻の窮地はこの手で救いたいじゃない?」
「まああの距離なら……、班長が駆けつけても……、間に合ったかもしれないが……、余裕を持つことは大事だから……、あと……」
ボチャン
突然上がった水音に一同の視線は淵に向いた。気がつけばソシエの姿はなく水面に波紋が浮かんでいる。
「今……、イザコザしている場合でもないし……」
「そうですね」
「そうだね。おーい、メイ。準備できた?」
セツが力なく声をかけると、メイは札を構えて大きく頷いた。
「は、はい! 大丈夫です! モウモウサンこちらへどうぞ! 急急如律令です!」
呼び出す声が響くと同時に淵の上空に籠目に似た紋様が浮かび上がり……
「もう! ぼっちゃまったら! 待ちくたびれたわよ!」
野太い声が響くとともに、角が長い雄牛の頭を持つ、白い衣を着た筋骨隆々の男性が現れ水面に飛び込み……
「むぐ……、え? はと、ほる?」
「もう! 誰が鳩よ!? どう見ても牛に決まってるでしょ!」
「え、ええ、そう、です、よね?」
「そうよ、もう! ほら、ぼっちゃまが待ってるんだから、早くあがりなさいよ!」
「え、えぇ……」
水底からはイザコザしたやりとりが響き……
「……セツ班長、一つ質問してもいいですか?」
「うん。どうしたの? リツ」
「モウモウサンって、あんなかんじのあやかしでしたっけ?」
「そうだね。たしかモウモウサンは『噛もうぞ噛もうぞ』って脅かしてくるあやかしの、『噛もうぞ噛もうぞ』が訛ってモウモウサンになったはずだから、本当にモウモウサンなのかは怪しいところだね」
「ふぇぇ!? モウモウサンもモウモウサンじゃないん、です、か!? あんなに、モウモウ言ってます、よ!? ね、ね? ハクさん!」
「いや……、まあ……、俺もどっちかっていうと……、某納言さん日記で『おそろしきもの』って書かれてた……、うしおにあたりじゃないかと思うんだが……。モウモウサン……、なんか……やたら水辺が得意だし……」
「たしかに、それっぽいね。ただ、モウモウサン自身がモウモウサンと呼ばれても問題ないって昔言ってたし、モウモウサンはモウモウサンでいいんじゃないかな?」
「たしかに、モウモウサンご自身がモウモウサンとよばれることに問題ないなら、私たちがとやかくいう話ではないですね」
「な、なら! モウモウサンは、これからも、モウモウさん、で、いい、ですよね!?」
「そうだな……、モウモウサンが……、モウモウサンで納得してるわけだし……」
……河原では退治人一同がモウモウサンという単語の全体性が崩壊する会話を繰り広げた。
かくして緊張が一気にゆるみつつも、リツたちはモウモウサン(仮)がソシエを連れ戻ってくるのを待つことになったのだった。
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