第4話 鶏の口と鬼の口
「あ、あの、その、僕みたいな足手まといが、い、一緒で、ごめんなさい!」
「いえ、そんなことは思ってもいませんよ。ただ、他の班に比べて随分と人数が少ないのだなと」
「そ、そうですよね! やっぱり、僕なんかじゃなくてちゃんとした人がもっと仲間にいたほうが……」
「えーと。そういうことではなく、私はただ人数の話をしているだけで……」
「あー、リツがメイのこと泣かしたー。いけないんだー」
「セツ班長は茶化していないで、ちゃんとこの事態に収拾をつけてください」
第七支部第一班の面々が揃った部屋は、相変わらずわやわやした空気に包まれていた。
「ふふふ、ごめんごめん」
楽しげな声で平謝りする軽薄な笑みに、リツの頭は軽く痛んだ。少なくとも元いた班のようなトゲトゲしい空気はないが、また別方向に厄介だということは分かる。
「ほら、メイ。リツは本当に人数の話をしているだけだから、安心しなよ」
「で、でも、僕は……」
「そんなに萎縮しないでって。きっと、メイの特技を聞いたらリツも『きゃー! すっごっーい!』って言ってくれるよ」
頭痛をよそにセツは話を先に進めていく。そんな黄色い声で驚けるだろうかという疑問が頭をよぎったが、なんとか飲み込んだ。きっと口に出せば、また話がややこしくなってしまうだろう。
「そ、そう、なんで、しょうか……?」
メイが上目遣いになって軽く首をかしげる。その姿は打ち震える子犬にしか見えない。
「はい。少人数で退治の仕事をこなしているのですから、きっととても素晴らしい特技なのですね?」
「えっと、その、そこまで大したものじゃ、ない、ですが……」
途切れ途切れの声から少しずつ不安が消えていく。リツは、わざとらしくなりすぎない程度に大げさに驚こう、と軽く身構えた。
そして──
「あの、えっと、あやかしを呼び出して、色々お手伝い、とか頼めます」
「なにそれ、すごい」
──予想以上の特技に、思わず素で淡々と驚いた。
「ふぇっ!?」
「あ……、すみません。あまりに凄まじい特技だったので」
「そ、そう、ですか?」
「そうですよ。あやかしの召喚および使役なんて、退治人のなかでも一握りしかできないじゃないですか」
「え、えへへ」
気弱そうな顔がぎこちなくはにかむ。悲観的な態度が一段落したことには安心したが、一つ疑問も生じた。
いったい、なぜ。
「なんで、そんなにすごい特技の持ち主がこんなうらぶれた場所で燻っているのか、って思ったかな?」
「!?」
心を読んだようなセツの言葉に思わず体が跳ねた。
「申しわけございません」
「ふふ、謝らなくても大丈夫だよ。この辺が鄙びた場所で、本部より出世には向いていないのは事実だからね。まあ、実際のところ本部から、こっちによこせ、的なことは常々言われていたよ」
「なら、なぜ?」
「でもさ、こんな感じの子がどこかの矜持の塊みたいな班長の下でやっていけると思う?」
「あ」
苦笑いを含んだ問いかけによって、本部からの声というのが誰のものかが分かった。次いで、任務中やそれ以外での怒鳴り声が蘇る。
「……正直かなり厳しかったと思います」
「でしょ? あやかしを使役するには健全な精神が必要だからね」
そのあたりは現状でも不安があるのではないか、という疑問を再び飲み込んだ。話を逐一脱線させていては顔合わせだけで一日が終わってしまう。
「というわけで、メイのおかげでこの人数でもギリギリやっていけているんだ。まあ、この辺はのんびりしてるから荒事が得意なやつよりも、田畑の仕事が得意なやつとか、本部との文をやりとりするためのやつとかを呼んでもらうことが多いけどね」
「そうでしたか」
自分が辿り着く前に件のあやかしの特徴を描いた文が届いていたのも、そのおかげなのだろう。そう思ったところで、リツは違和感に気がついた。
「あの、セツ班長」
「うん。どうしたの?」
「こちらには、記録係の方はいないのですか?」
通常、退治人の班には必ず実践部隊とは別に、退治の様子を詳細に観察および記録する者が一人所属している。しかし、部屋の中に他の姿は見当たらない。
「え? 何言ってるの? さっきからそこにいるでしょ。ほら」
「え……!?」
指差された方向に目を向けると、いつのまにか顔色の悪い長身の男性が、壁にもたれて立っていた。
たしかに、記録係は他の者が全滅したとしても情報を結社に持ち帰るという使命を帯びているため、他のものたちに見つからないよう気配を消すことに長けている。それでも、同じ部屋に居るのにまったく気づけないほどというのは異常だ。
「どうも……」
混乱をよそに男は軽く頭を下げた。
「あ、どうも」
ぎこちなく頭を下げ返すと、セツが満足気な笑みを浮かべてうなずいた。
「さて、ハクが気づいてもらえたところで改めて自己紹介してもらおうか。はい、じゃあメイから」
「は、はい!」
声をかけられてメイが緊張した面持ちで姿勢を正した。
「え、えっと、メイです! さっきの話のとおり、特技はあやかしを呼んで色々なお手伝いを頼むことです! 真名は
続いて、ハクと呼ばれた男性ものっそりと壁から身を起こした。
「ハクだ……。特技は……、まあ……、気配は他の記録係程度には消せる……。真名は
「どうも」
深々と頭を下げる二人に向かって、リツも戸惑いながら頭を深々と下げた。
そして、顔を上げると──
「あの、セツ班長」
「うん。聞きたいことはなんとなくわかるけど、一応は教えてもらおうかな」
「はい。帝の后が二人という前代未聞の事態があったばかりとはいえ、夫を複数人持つというのは些か風紀が乱れすぎているのではないでしょうか?」
「ふふ、予想通りのすれ違いっぷりをしてくれてありがとうね」
──上司兼夫を大いに脱力させた。
力ない笑顔に向かって、困惑した顔が首をかしげる。
「えーと、すれ違い、とは?」
「うん。私との結婚もそうだけどさ、長はリツがどういう立場でここに来るのかは一切説明しなかったんだよね」
「そう、ですね」
「本っ当にあの親父め……。えーとね、実はリツには副班長として私の補佐を色々としてもらうことになっているんだ」
「副、班長……? つまりお二人は部下として真名を……!?」
真相を知った途端、顔から耳の先までが一気に熱くなっていった。
「大変失礼いたしました! 私としたことがとんでもない勘違いを!!」
「い、いえ! じ、事情を知らなかったなら、仕方ない、と、思うです!! ね、ハクさん!?」
「そうだな……。俺もメイも別に気分は害していない……。だから、顔をあげてほしい……。ただ……」
困惑気味の声に促されて頭を上げる。すると、セツの笑顔から禍々しさが色濃く滲み出していた。
「ふふふ、リツの勘違いは可愛くて非常によかったよ。でも、野郎二人は『自分がリツにとって魅力的だから夫候補と間違われた』、だなんて勘違いはすぐに捨てるようにね?」
「ふぇぇぇっ!?」
「班長が……、面倒臭い……」
「セツ班長。大人気ない言いがかりで部下を困らせないでください」
部屋のなかが再びわやわやした空気に包まれる。そんななか、自分で発した部下という言葉が胸に引っかかった。
思えばそれなりの年月を本部で過ごしたが、誰かが自分の指揮下につくということは一度もなかった。それどころか。
「リツ、難しい顔してどうしたの? 二人に勘違いされてイラッとしちゃった?」
「そ、そ、そんな!? ご、ご、ごめんなさい!!」
「班長が……、やっぱり面倒臭い……」
途切れることのないわやわやした空気が、感傷じみた回想を遮る。
「セツ班長、事態をよりややこしくしないでください」
これ以上イザコザしないよう釘を刺しながら、リツは軽いため息を吐いた。
「気分を害してなんていないですよ。ただ、自分の処遇が左遷なのか昇進なのかよく分からなくなってしまって」
「ああ、たしかに。まあ、その辺は『むしろ鶏口となるも牛後となるなかれ』的に考えればいいんじゃないかな。リツは本部で頑張ってきたんだから」
穏やかな声に胸のつかえが軽くなっていく。
「……そう、ですね」
「そうそう、後ろ向きに考えていても仕方がないんだからさ。ということで、しばらくはニワトリさん組らしくゆるい任務を楽しんでもらおう……と思っていたんだけどね。朝一で新しい任務の話が来ちゃって」
セツの笑顔に落胆がまじる。他の面々の表紙も俄かに硬くなった。
「厄介な任務なのですか?」
「うん。来て早々ややこしい任務が続いちゃってごめんね」
「いえ、退治人である以上それも覚悟の上です」
「……そう」
「それで、依頼の内容は?」
「ちょっと長い話なんだけど、簡単に説明するとしたら、そうだなぁ……『白玉か何ぞと人の問ひしとき』的な?」
「!?」
薄い唇が昨晩語り合った物語の歌を口ずさむ。それが意味することは、リツにもすぐに分かった。
「つまり『あくた川』のような事態ということですか」
「その通り。今回の任務はよい子のみんなが大好きな『鬼ひと口』のお話、みたいなかんじだよ」
空気が張り詰める部屋のなか、子供をあやすようなセツの声が響いた。
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