第15話 大方の予想通りだったり、そうでもなかったり
東の空が微かに白みはじめた頃。リツたちは詰所の門前に集まっていた。
「はーい。それじゃあ、今からメイの実家へ出発するよー」
セツがいつも通りにの軽い調子で号令をかける。大きな任務なのだからもう少し緊張感を持つべきではという言葉が喉元まで込み上がったが、口に出すことはしなかった。きっと、必要以上に身構えて一同に不安を与えないためなのだろう。
「おや? リツ、熱烈な視線をくれてるけどどうしたの? 不安なら今すぐ抱きしめて……」
「失礼いたしました、問題ありません。ところで、転移術を使っての移動と聞きましたがどなたかが使えるのですか?」
「もう、リツってばつれないんだから」
話題を逸らされ大げさに拗ねた表情が浮かんだが、無言で凝視するうちに苦笑へと変わっていった。
「えーとね、ベトベトサン(仮)が使えるんだ」
「え、ベトベトサン(仮)、がですか?」
予想外な術の使い手に驚いていると、苦笑を浮かべた顔が軽くうなずいた。
「遠出のときはたまに協力してもらってるんだよ。ね、メイ」
「は、はい! ベトベトサンには昨日話しておいたので、す、すぐにでも出発できます!」
メイが姿勢を正して返事をする。その隣で、ハクか背中を丸めてため息を吐いた。
「転移術か……。あれ……、苦手なんだよな……。なんか……、船酔いのすごいやつみたいになるし……」
「そう、なんですか?」
「ああ……、人によるようだが……、俺はまったくダメだ……」
「あー、私も苦手なほうかな。なんか、細いあやかしが耳から入りこんで、頭の中をグチャグチャにされたときみたいなかんじになるし」
「す、すみま、せん! ぼ、僕は、わりと平気、です!」
三者三様の反応を前に背筋が軽く粟立つ。
平衡感覚は同い頃から鍛えているし、船酔いをしたこともない。それでも、やけに具体的な脅し文句が不安を煽る。
「おや? リツ、顔が青いよ。寒いなら私が温めて……」
「いえ、結構です。問題ありません」
しかし、すぐに人目を憚らずにくっつくための口実だと思い直し、大げさに拗ねた顔を無視して話を進めることにした。
「メイ、早速ベトベトサンを呼んでもらえますか?」
「は、はい! ベトベトサンお越しください! えっと、急急如律令です!」
呼びかけとともに地面に赤い籠目に似た紋様が浮かびあがり、ベトベトサン(仮)が現れる。
「ひひっ! 坊ちゃん久々の里帰りだな! 運ぶついでに家のいけ好かない奴ら、ちょっとだけ溶かしてやろうか?」
「そ、そんなこと、しないでください!」
「ひひっ! 冗談だって、冗談! まあ、坊ちゃんが本気で頼むならいつだって聞いてやるけどな」
慌てふためくメイを前に赤黒い粘液がザワザワと波立った。きっと、二人の間にはそれなりの信頼があるのだろう。
それでも、さすがに聞き流せる類の発言ではない。
「仮にも退治人の前で、人を襲うなんて冗談を言わないでください」
力なく咎めると、セツとハクが同時に深く頷いた。
「そうだねー。部下と部下が使役するあやかしがなんかやらかしたら、本部への言い訳を考えるのがかなり厄介だし」
「そうだな……、あやかしを人にけしかけちゃったら……、放免的にも……、色々と言い訳考えないといけないし……」
「二人とも、言い訳が面倒だからという方向性で同意をしないでください」
全身を更なる脱力が襲うなか、「はーい」という気の抜けた声がほぼ同時に返される。そんなわやわやした空気を楽しむかのように、赤黒い粘液が再び波だった。
「ひひっ、悪かったって! それじゃ坊ちゃん、そろそろ行くか?」
「あ、はい、お願いします」
「はいよ! せーの!」
かけ声が響くと同時に、足元に籠目に似た紋様が浮かび上がる。その瞬間、目の前がぐらりと揺れながら暗転した。
「っぅ!?」
痛みはないが激しい違和感に軽い吐き気が込み上げる。
なんとか堪えているうちに辺りは徐々に明るくなり、背中全体に固い感触があった。視界には木々に囲まれた空が映っている。どうやら、山道に倒れているようだ。
「えっと、皆さん、だ、大丈夫です、か?」
不安げな声に視線を向けると、メイが打ち震える子犬のような様相で立ち尽くしていた。そのそばで、セツとハクがうずくまっている。
「私はなんとか大丈夫、です。まだ多少フラフラはしますが」
「俺は……、全然ダメだ……」
「私もちょっと厳しめ……」
返事に弱々しい声が続く。すると、打ち震える身体が勢いよく頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 僕がもうちょっと、負担を軽く、できればよかったんですが……」
「いえ、気にしないでください。全員無事に辿り着いたわけですし」
「副班長の言うとおり……、気にするな……。少し休めば……、問題なく動けるだろうし……」
「うん。徒歩なら夕方になるところを昼前に着けてるわけだし、少しだけ休憩を……!」
不意に苦笑を浮かべていたセツが真顔になった。咄嗟に短刀を構えて辺りを見渡したが、あやかしの姿や気配はない。
姿を消すことに長けたものがいるのだろうか。そう思いながら警戒を続けていると、薄い唇がおもむろに動いた。
そして。
「リツ、一つお願いがあるんだ」
「はい。なんなりと」
「転移術でめっちゃ体調悪くなったから、しばらく膝枕して頭をなでいてくれないかな?」
わりとどうでもいいことを真剣な口調で言い放った。
「分かりました。私はもう動けるので、先に行って頭を冷やす用の水をいただいてきますね」
「ああ!? 体調不良の夫に頭から水をかけようだなんて酷い!!」
「今のは……、班長がちょっとだけ悪い……。こんな状態で……、あやかしに狙われたかと思って……、俺も冷や冷やしたし……」
「えっと、でも、水だと風邪をひいてしまいそう、なんで、またベトベトサンを呼びますよ? ベトベトサン、人肌くらいの温かさ、です、から」
一同の周囲はまたわやわやした空気に包まれた。
そうこうしているうちに目眩や吐き気も落ち着き、リツたちは目的地の山城まで辿り着いた。
「おお! 息災だったか弟よ!!」
門の前でメイの兄が朗らかな笑顔を浮かべながら、大方の予想通りの言葉を言い放った。
ただ一つ予想外なことに。
「え、えっとおかげさま、で。でも、その、兄様」
「うん? どうしたのだ? 弟よ」
「な、なぜ、と、父様が、倒れている、のですか?」
「ああ、これか! これは……、ほら! あやかしが来てバシーンと一撃なかんじだ!」
足元に血溜まりに顔を埋めて痙攣する男性の姿があった。
「どうやら、一足遅かった、的なやつなのかな?」
「いや……、気は失ってるが……、命に別状はなさそうだから……、ギリギリ大丈夫的なやつだろ……」
「あー、そんなかんじのやつかー」
「そう……、そんな感じのやつだ……」
「セツ班長もハクも、依頼人および部下の父親が血溜まりに倒れているんですから、もう少し緊張感を持ってください」
気の抜けた「はーい」という返事を聞きながら、リツは軽く目を閉じて辺りを探る。
しかし、手強いあやかしが放つ嫌な気配は少しも感じられなかった。
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