第42話 それはそうかもしれないけれども的な話

 一悶着を経てリツ達は詰所の中へ移動し、正式な顔合わせをすることになった。


「改めてまして。本部から参りましたリツ副班長の妹、退治人名はソウともうします」


「うん、ご丁寧な挨拶ありがとう。わが第七支部第一班にようこそ」


 笑顔で会釈する妹兼部下と夫上司の姿に、なんとも形容しがたい感情が胸を埋め尽くしていく。


 ひとまず、顔合わせが終わるまでイザコザは起きないでほしい……


「じゃあ、早速だけど……メイ」


「は、はいっ!!」


「そちらの思い上がっちゃったお嬢さんを、ベトベトサンの転移術で送り返してもらえるかな?」


「え、えっと」


「まあ、おこぼれで姉様を娶ることができただけなのに夫づらをなさっているかたが『思いあがり』だなんて! メイさん、セツ班長は牽強付会を身をもって教えてくださる思慮深い方なのですね!!」


「えと、えっと」


 ……そんな願いは早々に打ち破られた。


「えっと、その。リツ、副班長ぉ」


 笑顔に挟まれたメイが、打ち震えながら涙目を向けてくる。自然と、深いため息が溢れた。


「二人とも、部下と同僚を威嚇に巻き込まないでください」


「威嚇だなんていやだなぁ、リツ。私は穏便にことを進めたいのに、この子がつっかかってくるだけじゃないか」

「威嚇だなんていやですねぇ、姉様。私は皆さまにご挨拶したいのに、この方が諍いをふっかけてくるだけですよ」


 ほぼ同時にほぼ同じような言いわけが放たれ、ため息はさらに深くなった。この調子だと、本題に入る前に陽が沈んでしまうかもしれない。


「あー……、とりあえず……、副班長の妹さんが……、うちに配属になったわけを……、ちゃんと聞いておきたいんだが……」


 状況を見かねたのか、ハクが憐れみを帯びた表情で挙手をする。すると、妹、ソウは笑顔の威圧感を緩め軽く頷いた。


「ええ。先日ライ班長が亡くなってから、すぐに本部に所属する方との婚約がきまりました」


「……え?」


 意外な言葉に思わず声が漏れた。ソウの新たな婚約相手はまだ決まっていない。そういう話だったはずだ。


「……」


 視線を送ってみても、セツはただ微笑んでいる。その笑みの意図は知れないが、今は本心を問いただすことはおろか読み取ることさえできないことだけは分かった。


「その方が姉様を愚弄する下衆野ろ……、もとい、とても愚かで哀れな方だったのですよ」


「ああ、それは非常に残念な奴だね」


「ふふふ、話が合いますねセツ班長。私、そんな方と一緒になるくらいなら、巨大なワレカラとでも番うほうがマシだと父と母に直訴したんです。そうしたら未曾有の諍いになり、結婚が嫌なら一人で身を立ててみろという話にまして……、長の計らいでしばらく姉さ……リツ副班長のところで見習いをすることになった次第です」


 得意げな表情に、何度目か分からないため息が溢れる。つまるところ。


「つまり妹君は、嫌な相手と結婚したくないからとワガママを言って方々を巻き込んで家出した姉離れできない世間知らずの姫君、というわけだね」


「……はい?」


 茶化すようなセツの言葉に、和らいでいた威圧感が甦った。


「セツ班長? 仮にも部下に対してそのような言い種はいかがなものでしょうか?」


「だから、何度も言うように君をここに迎える気はないよ。それに、おおむね事実だろう? 長からは、本部の書類仕事の話も出ていたのにどうしてもここがいいとごねた、って聞いているよ」


「……ええ。本部の書類仕事より、退治の任務のほうが私に向いていますもの。ね? 姉さ……リツ副班長」


 身内としては、妹の肩を持ってやりたい気持ちもある。それでも。


「……残念だけど、手に職をつけたいのなら本部の書類仕事の話を受けるべきだと思う」


「っ!? リツ副班長まで、なぜなのです!?」


「単純に危険すぎるからよ。たしかに、本部に比べたら危険な任務は少ないけれど、全く危険がないわけじゃないの」


「……でも、リツ副班長に退治の稽古をつけていただいておりましたし」


「それはあくまでも、もしものときに逃げる隙を作るための簡単な護身術、稽古のときにもそう教えたでしょう?」


「それは、そうですが」


 ソウは視線を逸らしながらうつむいた。その表情はとても納得しているようには見えない。


「それでも」


 予想どおり、目に強い光を宿しながら伏せられた顔が上げられた。


「私はリツ副班長のお役に立ちたいのです」


「……」


 その言葉に嘘偽りはないのだろう。それに、自分を慕う気持ちは嬉しい。それでも、やはり手伝いをさせるのは危険すぎる。どうすれば諦めさせることができるのか。


「役に立ちたい、ね」


 思案するなか、嘲笑うような声が耳へ届く。



 次の瞬間、第七班の面々は目にも止まらぬ速さで動いた。



「あ、ぶないっ、ですっ!!」


「え……、きゃっ!?」

 

 メイは戸惑うソウを後ろに引きながら抱きかかえ……


「っおい……!! 何を血迷ってる……!?」


 ハクは冷や汗を額に浮かべながら一足飛びにソウへ詰め寄った退治人装束の襟首をつかみ……



「……セツ班長?」


「うん、何かなリツ?」


「これは、何の真似ですか」


「ああ、ごめんごめん」



 ……リツはソウの首を刎ね飛ばそうとした刃を短刀で受けていた。


「もしかしたら本当に何かの役に立つかもしれないから、試しておこうかと思って」


 刀を手にそう言い放つセツの顔には相変わらず笑みが浮かんでいた。

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