第41話 不毛な言い合いと採用云々
門先で抱きつかれながらリツは相変わらず混乱していた。
「ようやく、ようやく会えました!」
「かなで、分かったので少し離れて」
「いやです! せっかく姉様が居るのに!」
更にきつくなる抱擁に言いようのない脱力感が全身を襲う。
たしかに身はずっと案じていたし、できることならば無事に過ごしているところを一目だけでも見たいと思ってはいた。
それでも、ずっと文の返事すら送ってこなかったのは妹、かなでのほうではなかったか。
「この日をどれだけ待ち望んでおりましたか」
それでも、目を潤ませる表情は嘘を吐いているように見えない。
「姉様はそう望んではくださらなかったのですか?」
「そんなことはないけれど、ともかく一度……」
中に案内して事情を聞くほかない。そう思った途端、背後から足音が聞こえてきた。
「これはこれは。ずいぶんとお早い到着だね、妹君」
振り返ると、セツが笑顔を浮かべて立っている。笑っていないでこの状況を説明して欲しい。そんな言葉がでかかりすぐに消えていった。
「遠いところをわざわざお越しいただき、恐悦至極だよ」
その笑みには面倒な依頼人と相対したときと同じ圧を感じる。
「……」
不意に、しがみつく腕がきつくなり胸に埋まる顔から表情が消えた。
「ええ。私もお目にかかれて光栄です、お義理兄様」
しかし、すぐさま満面の笑みが浮かぶとともに腕がゆっくりと離れていった。一見すると穏やかな表情にも思えるが、そうでないことが分からないほど姉妹仲は悪くない。
脱力感が酷くなると同時に鈍い頭痛まで起こりはじめた。
それでも、今は事態を把握するためにも話を進めたい……
「二人とも、ともかく今は状況の説明を……」
「噂のとおり、見目
「それはどうも。君だって見た目
……などという要望は禍々しい二つの笑みによってかき消された。
自然と深いため息がこぼれる。
ここは気が済むまで言い合いをさせたほうが面倒が少なくなるのかもしれない。
「ふふふ、姉様。お義理兄様は本当に愉快なお方ですね。まるで、自分からきざはしを転げ落ちておいて『この女が私を突き落としたのよ!』と喚きたてる女のようです」
「人の夫のことを何だと思ってるの」
「ははは。妹君こそなかなか面白いじゃないか。まるで、意中の相手と恋敵とその他諸々をわざわざ呼び出して『この女が可哀想な私にこんな酷いことをしたの!』と泣きだす少女のようだよ」
「人の妹のことを何だと思っているのですか」
この不毛なやり取りはいつまで続くのだろうか。そんなことを考えた矢先、唐突にかなでから笑みが消えた。
「……そうですね、そうするかもしれませんね。罪を犯した者は糾弾されるべきだと思いますから」
「……へえ?」
同時に、セツからも笑顔が消える。
漂いはじめた異様な空気に背筋が寒くなった。
「えーと、二人とも……」
「ふふふふふ!」
「ははははは!」
不安を払拭しようとしたところ、二人はそろって笑い声を上げた。
「とはいっても、ご安心くださいませ。上司となる方を貶めるようなことは、可能なかぎりしたくないと思ってはおりますから」
「……え? 上司?」
予想外すぎる言葉に不安は吹き飛んでいった。
「その心がけは結構だね。でも、その話はなんども丁重にお断りしていたはずだけれど?」
「は? 何度もお断り?」
再び予想外すぎる言葉が飛び出した。
少なくとも自分がここにきてから、かなでから文が届いたことはない。そのはずだった。
「二人とも、本当に何を言って──」
「え、えっと、セツ班長、リツ副班長、客間と書類の用意が、でき、ました!」
「とりあえず……、転移術とかで疲れてるだろうし……、採用云々はおいといてひとまず中に……」
疑問をかき消すようにメイとハクの声が近づいてくる。
話の端々に登場する言葉のせいで、自分のあずかり知らぬところで進んでいた事態の見当がついた。
「……セツ班長」
「えー、えーと」
強めに視線を送るとセツは軽く目を泳がせ口笛を吹き出した。間違いなく話をはぐらかそうとしているが、流されるわけにはいかない。
「……」
「……うん。リツの言いたいことはだいたい分かるよ」
無言で見つめ続けるうちに、おどけた表情は真顔に戻っていった。さすがに誤魔化しきれるとは思っていなかったのだろう。
「なんでこんなことになっているか、だよね?」
「はい、大体の事情を察することはできますが」
かなでに視線を送ると、勝ち誇ったようなえみとともにふたたび抱きつかれた。
「ええ! 姉様がお察しのとおり、本日より退治人見習いとしてここに勤めることになったのですよ!」
考え得るなかで最も厄介な部類の答えが高らかに響く。
もう、頭痛やら脱力やらどころではない。
「だから、採用するなんて返事をした覚えはないんだけど?」
「あら? 本部からの書状はもういただいておりますのよ?」
「それはあくまでも紹介状だろ?」
「ええ、それも長が直々にお書きになったものです」
「本っ当に、あの親父はろくなことをしない」
目眩の治まらない視界の中で、夫と妹はいざこざを続けている。
「えと、リツ副班長、やっぱり、顔色がすぐれないの、で、お休みになられてた、ほうが」
「ああ……。ひとまず……、厄介な話は俺たちで済ませておくから……」
「いえ。班の人員補強に関する話に、副班長が出席しないわけにはいきませんから」
リツは淡い青空の下、部下二人から心配そうな目を向けられながら深いため息を吐いた。
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