第40話 伏籠の鳥
季節は瞬く間に過ぎ、朝晩に霜が降り薄氷の張る頃となっていた。
その間の任務も、近隣の手伝いや小型のあやかしの退治がほとんどだった。ときには手強いものを相手することもあったが、今のところ誰も深傷を負う事態には陥っていない。
それでも、リツはヒナギクから告げられた事を忘れられずにいた。
せめてもう一度話を聞けたのなら。そう思っても、今は金枝が管理をしている。依頼の完了後に報酬の他にも困りごとがあれば頼って構わないと言われたが、仮にも退治人結社で副班長を務めている身だ。おいそれと、あやかしの長の力を借りるわけにはいかない。
「……しらべ」
柔らかな声とともに冷たい指先が頬に触れ、リツは我に返った。
「せっかくの睦合いの時間に考えごとをされてしまうと、さすがに悲しいかな?」
息がかかるほど間近で、セツが苦笑を浮かべながら首をかしげる。
「……申しわけもございません」
「ふふ、素直に謝れたからゆるしてあげよう」
「ん」
啄むような口付けを頬に受け組み敷かれた身体が軽く跳ねた。
「ただ、もう私以外のことは考えないこと」
「おおせのままに……んっ」
唇を割り裂く舌を受け入れ、覆いかぶさる身体にキツく腕を回す。
あの日以降、肌を重ねる夜が増えた。そんな事をしても、本当に欲しいものが手に入るわけではないとは分かっている。それでも、合わせた身体の温もりは不安を和らげてくれた。
このまま、ずっと側に。
退治人ではなくただの人として。
「……っ」
今夜も嬌声と弱音を押し殺しながら、与えられる熱にしがみつく。
貪るような行為が終わると再び頬に唇が落とされた。
「……お休み、しらべ」
眠りの淵に落ちる間際、どこか寂しげな声とともに頭を撫でられる。
「どうかよい夢を」
そうは言われても夢を見ることなどほとんどない。
きっといつものように気がつけば朝になっている。そう思いながら心地よい感触に身を預け目を閉じた。
深い眠りはすぐに訪れ、起床時間になれば自然と目が覚める……
「あー!? 酷いじゃないかメイ!!」
「ご、ご、ごめんなさい!!」
「いや……、そもそも班長……。生き物を無闇に捕まえるのは……、良くないことだぞ……」
「えー、でもさー」
……はずが、なんとも言えないわちゃわちゃとした声によって起こされた。
気がつけばすでに、部屋の外から眩しい陽が差し込んでいる。完全に寝過ごしたことに慌てながらも、これから訪れるであろうわやわやした雰囲気に脱力しつつ身支度を整え部屋を出た。
廊下には第七支部男性陣が集い、なぜか逆さになった伏籠が転がっている。
「遅れて申しわけございません。えーと、何をなさっているのですか?」
訳のわからない状況に、謝罪もそこそこに疑問がこぼれた。
「リツ、聞いてよー。さっき雀が廊下まで入り込んでたから、気配を消して伏籠で捕まえたんだけどさー」
「えっと、その、セツ班長が席を外してる間に、僕が、伏籠を片付けようと、して、雀を逃がして、しまって」
「戻ってきた班長が……、むずかりだしたから……、生き物を無責任に捕まえるのはよくないと……、諭してたところだ……」
「本当に何してるんですか?」
予想以上にろくでもない事態に全身が脱力感に襲われる。それに、こんなくだりを物語で読んだことがある。もっとも、そのなかでくずっていたのは。
「おや? 何か言いたげだね、リツ?」
「……仮にも成人男性が、幼女と同じ叱られかたをしていないでください」
「もうリツってば、いくら私が可愛らしいからって若紫にたとえるなんて言いすぎだよ!!」
「何を照れているんですか。褒めているのではなく、呆れているのですよ」
あざとく頬を抱え視線を逸らす姿に、脱力感だけでなく鈍い頭痛まで起こりはじめる。こめかみをおさえていると、メイが不安げに首を傾げた。
「あ、えっと、リツ副班長、まだ寝ていなくて、大丈夫、なの、ですか?」
「あ、はい。寝過ごしてしまっただけなので、すぐに仕事に入れますよ」
「そうなのか……?」
今度はハクが訝しげに首を傾げる。
「班長から……、副班長がかなり具合がわるいから……、今日の来客は……、俺たちだけで対応するって言われたんだが……」
「え? 来客?」
「は、はい。少し、前に、本部から文が届い、て。リツ副班長には、自分から伝える、と、セツ班長が」
「えーと、ものすごく初耳なのですが」
リツは困惑しながら二人とともにその元凶へ顔を向けた。
「雀さーん。戻っておいでー」
セツはいつの間にか庭に降り、寒空を見上げながら棒読みで雀を呼んでいた。
どこからどう見ても何かを誤魔化している。
「……セツ班長、色々とお伺いしたいことがあるのですが?」
「え? 私が犬派か猫派かって? それなら断然鳥派だよ! ま、犬も結構好きな部類だけど」
「そんなことを聞いているのではなくてですね」
「そうか、なら鳥のどういうところが好きかかな? ほら、あの人間なんて興味ないです、みたいな顔しながら結構懐くどころか、やきもち焼きなところとかが」
「はぐらかさないでください」
視線を外さずにいると、ヘラヘラとした笑みは徐々に消えていった。
「……悪かったよ、リツ。ただ、あまり君には関わってほしくない来客だったから」
「それは、どういう」
強まる頭痛のなか真意を問いただそうとした。まさにそのとき。
「あのー! どなたかいらっしゃいませんかー!」
詰所の入り口から女性の声が響いた。
「っ!?」
「あ!? リツ、待っ……」
制止の声も聞かずに足は自ずと入り口へ駆けていく。
その声は間違いなく。
門にたどり着くとそこには壺装束をまとった娘が立っていた。
その姿も間違えるはずもなく。
「
「!? 姉様!!」
「なぜ、ここに……」
「お会いしとうございました!!」
「わっ!?」
リツはキツく抱きつかれながら、ずっと身を案じていた妹との再会にこれ以上ないほど混乱していた。
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