第38話 必要なもの
目標を発見したリツたちは草原の入り口で金枝の迎えを待つこととなった。セツの離れた場所に声を送る術のおかげで集合にはそれほど手間取らなかったが、メイとハクの表情は徒労に満ちている。
「そう、です、か。草刈り鎌でした、か」
「そうか……、草刈り鎌だったか……」
同じような言葉がほぼ同時に繰りだされると、ふわふわと浮くヒナギクが刃先を地面に傾けた。
「なんかガッカリさせてゴメンなんだよ」
「い、いえ!! ただ、武具かと思ってたので、驚いた、だけ、で。ね、ハクさん!!」
「そうだな……。メイの言うとおり……、ガッカリじゃなくて……、ビックリみたいな……」
このままだと、またワチャワチャした空気になりそうだ。そう考えた矢先、草原を一陣の風が吹き抜けた。
「ま、この世は神様気取ってる奴らにとっちゃ庭みてぇなもんだからな。管理を任された奴らの道具が庭具ってのも分かるっちゃ分かるわ」
楽しげな声に振り返ると、いつの間に金枝が立っていた。その顔には楽しげな笑みが浮かんでいる。
「よっ! オメーらお疲れさん!! なんかが起動した気配がしたから来てみたが、ついに見つけたか!!」
「ええ。今回はこちらのリツのおかげで見つけることができました」
セツが事情を話すと、金色の目がキラキラと輝いた。
「そうか!! ねーちゃんが見つけてくれたか!! なら、褒美はねーちゃんが総取りってことにするか!?」
「ありがとうございます。しかし、そういうわけには──」
「ああ、それがいいですね。メイもハクもそれでいいだろ?」
「そう、です、ね、セツ班長。競争って、お話、でしたし」
「ああ……。俺もそう思う……。副班長がこっちに来てから……、それなりに厄介な依頼も多かったし……」
辞退の言葉を男性陣たちが遮る。
気遣ってくれているのは分かるが、欲しいものを問われても咄嗟には思い浮かばない。朝にもそんなやり取りをしたばかりだ。
やはり辞退をしないと。そんな思いとは裏腹に満面の笑みはこちらを見つめてくる。
「よっしゃ! じゃあ決まりだな!! ねーちゃん、何が欲しい!?」
「いえ、私は別に」
「そう言うなって!!」
金色の目は相変わらず輝いている。
その色は、人智を超越した存在のみが持つことを許されたもの。
「どんなもんでも構わねーからさ!!」
そんなものが発する「どんなものでも構わない」という言葉。
大切な人が
呪いでぐちゃぐちゃになる
幼い声が鮮明に蘇る。
本当に、どんなものでも構わない、のなら。
「……なら、どんな呪いでも解くことのできる道具、のようなものはありますか?」
「呪いを解く道具?」
金枝の目が大きく見開かれる。
「いえ、すみません。少々欲をかきすぎましたね」
「ああ、いや、そんなことはねーよ。ただちょっと予想外でよ。誰か呪いで困ってるやつでもいんのか?」
「……」
大切な人が
呪いでぐちゃぐちゃになる
幼い声が再び蘇った。
嘘を吐いていたとは思えない。それでも、信じてしまえばそれが現実になってしまうかもしれない。腹のそから怖気が込み上げてくる。
「……はい。部下の妻が厄介な呪いにかかっておりまして」
「そりゃ大変だな!! んで、その呪いをかけた奴ってのはまだ生きてんのか!?」
「はい。首だけの状態ではありますが、烏羽玉の本部にいるはずです」
「首だけで烏羽玉がもってるっつーと……、ああ、あの蟲の親玉か!?」
「仰るとおりです」
「よっしゃ!! じゃあ道具とかまどろっこしいし、オレが一発かまして呪いを解かせてやるよ!!」
「えーと、そんな簡単にできることなのですか?」
「おうよ!! かけた奴が生きてんならそんな難しい話じゃねーよ! ただ」
再び冷たい風が当たりを吹き抜け、葉擦れの音を響かせた。
「かけた奴が死んじまったら、まあ無理な話になるんだけどな」
「……」
無邪気な言葉に胸が鈍く痛んだ。
これから先、何が起こるかなど分からない。ヒナギクの言葉もただの思い違いかもしれない。
それなのに、なぜかセツの顔を見ることが恐ろしい。
「副班長……!」
不意に、震えた声が耳に届いた。
顔を向けると、戸惑いの表情を浮かべたハクが目に入る。
「その……、いいのか……? せっかくの話を……、俺たちのために使っても……」
「……ええ。大切な部下とその大切な人には、幸せでいてほしいですから」
その言葉に嘘はない。しかし、浮かべる笑みにぎこちなさが混じるのが自分でも分かった。
きっと、記録係を務める者が相手なら、すぐに見破られてしまう……
「かしこみかしこみ……、お礼もうさく……!!」
「いえ、何もそこまでしなくても」
……などということもなく、跪きながら頭を下げるさまに困惑するはめになった。
「この恩……、命に変えても……、必ず返す……」
「幸せでいてほしいと言ったばかりの相手に、なんてこと言うんですか」
収拾がつかなくなりそうな気配に、思わずセツに視線を送った。その顔には見慣れた苦笑いが浮かんでいる。
「うん。部下の幸せを優先できるなんて、さすがリツだね」
「……副班長としてなすべきことをしたまでです」
「それでも、ありがとうね」
どこか悲しげな言葉は兄弟同然の相手を助けたことに対するもの。それ以外はあり得ないはず。
「……いえ、」
リツは再び胸を襲った鈍い痛みに気づかないふりをした。
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