第12話 和邇としたいと要素の多い依頼
あくた川的な一件が片付いてから、リツたち第七支部の面々は再び小型のあやかしの退治や、田畑の手伝いなどの仕事をこなしていた。そうしているうちに季節は夏へ変わろうとしていたが、妹からの文はいまだに届いていなかった。
望まない縁談や揉め事に巻き込まれているわけではないという話は聞いているが、ここまで本人からの音沙汰がないと不安にならないほうがむずかしい。
縁側で陽を浴びながら再び文を送ろうかと悩んでいると、足音が近づいてきた。
「しらべ、ここにいたんだね」
「セツ班長」
「だからー、二人きりのときは雪也って呼んでよー」
セツが拗ねた表情を浮かべて腕を組む。大げさだと思う反面、申し訳なさも感じた。夫として不満を抱いているわけではないが、真名で呼び合うのは閨でのあれこれを思い出してしまい気恥ずかしい。
そんなことを口に出せるはずもなく、リツは話題を逸らそうと、組まれた手が持つ文に目を向けた。
「すみません。ところでセツ班長、そちらは?」
「ああ、そうそう! 新しい大きめの依頼が来たから、情報共有しておこうと思ったんだよ」
「そう、ですか」
ほんの少しだけ落胆をした。
文の送り主が望む相手ではないということは、うすうす気づいていたのに。
「ごめんね、しらべ。妹君からの文ではなくて」
「あ、いえ。セツ班長が謝ることでは」
「ふふ、ありがとう。隣いい?」
「はい、どうぞ」
「どうも。よっと」
腰掛けると同時に白い手がふみを開く。目を凝らして覗きこむと少し離れた場所にある山城の主の名が見てとれた。そして、意外な文字も。
「……夜な夜な
「そう。あの近くに結構大きな川があるでしょ? そこからやってくるんだって」
「え、でも
「たしかにそうだけれど、そこはあやかしなんだし。中には真水のなかでも生きていけるのもいるんじゃない? だって、そんな話が風土記にもあるわけだから」
「風土記……、というと」
記憶をたどると、たしかに似た話があったことを思い出した。
「したい山、ですか」
「その通り。さすがに、よく知っているね」
「いえ、言われるまで忘れていたので、褒められたものではありませんよ」
「ふふ、謙遜しなくてもいいのに。ただ、今回はしたい山のお話と違って……」
依頼のあらましが語られようとしたそのとき、二人分の足音が近づいてきた。
「し、死体の山!? 今回の仕事は、そ、そんなに厳しいんですか!?」
「依頼なら仕方ないが……、俺……、あんまり血生臭いのは、ちょっと……」
顔を向けると、メイとハクが困惑した表情を浮かべて立っていた。
「ああ、二人ともちょうどいい所にきた。今回の相手はいつも周りに死体の山ができるほど獰猛で……」
「セツ班長、二人にロクでもない嘘をつかないでください。『したい』というのは亡骸のことではなく、恋するほうの『
脱力しながらの訂正に二人の表情が和らいでいく。
「そ、そうでしたか!」
「それなら……、まあ……。それで……、どんな話なんだ……?」
「元の話は『人間の姫君に恋をした鮫のあやかしが川を遡って会いにきたけれど、大きな岩で川を塞がれてれてしまったので、進むことができずに泣く泣く海へ帰っていきました』という話だったはず」
視線を送るとセツが笑顔でうなずいた。
「その通りだよ。ただ、そのままというわけじゃないから、詳しく話をしようか」
「お願いいたします」
「お、お願いします!」
「頼む……」
「ふふ、じゃあお話のはじまりはじまり」
※※※
今は昔、というほどでもない、ちょっと前のことです。ここから少し離れた場所にある山城に一人の青年がいました。
彼はそのあたりの有力者のご子息だったので、そろそろ結婚して世継ぎを、と言われるようになりました。しかし当の本人は、いまだ未熟なのでしばらくは武を研鑽したり政を学ぶことに専念したい、と思っていました。
そんなある日、彼が所用のため海のほうへ出向くと、浜辺に尾から血を流した
彼は哀れに思い袖を破ると傷口に巻いてやりました。すると、牙の溢れる大きな口が微かに震えました。
「この恩は必ず返します。なにかお困りのことはございますか?」
彼は少し考えてから笑って答えました。
「俺はまだ未熟者なのに周りが縁談を急かしてきてな。このままだと相手を含めた周囲を不幸にするような結婚をしてしまうかもしれない、と悩んでいるんだ。ただ、お前の力を借りるようなことではないかな」
本人としてはちょっとした愚痴を笑い飛ばしてほしかったそうです。それでも、赤黒い目も牙の溢れる口も笑みを作ることはありませんでした。
「わかりました」
そういうと、
それからしばらくしたある日、彼は縁談について口を出す両親から逃げるように鍛錬のためと言い張って近くの川辺に逃げ出しました。すると、いつもと様子が違っていることに気がつきました。
なんと、岸に近い場所にそれまでなかった淵ができているのです。
訝しく思いながら覗いてみると、暗い水底に赤黒く光るものが二つ見えました。その色には見覚えがありました。
そう、あのあやかしの瞳の色です。
まさか、と思っていると頭のなかにいつか聞いた声が響きました。
「ご恩を返しにまいりました」
やはり、それは間違いなくあの
彼は律儀なあやかしもいるものだと感心しましたが、同時にどうやって恩を返すつもりだろうと疑問にも思いました。そのとき、一つの考えが浮かんでしまったのです。
自分に縁談を勧めてくる家族を亡き者にして恩を返そうとしているのではないか、と。
彼は恐ろしくなり、「ありがとう。少しそこで待っていてくれ」と告げ、足早に城へ戻りました。そして、できる限りのあやかし避けを施し、城の者たちには「自分を訪ねてくるものがあっても絶対に通すな」と命じました。
その甲斐もあって、今のところ彼を含めた城のものに被害はでていません。ただし、夜な夜なびちゃらびちゃらという足音とともに呼び声が聞こえてきます。
あやかし避けの効果が切れるまでもう日がありません。それまでにあの
※※※
「というのが、メイのご実家から来た今回の依頼のあらましだよ。なにか、質問はあるかな?」
笑顔でセツがそう告げると、リツは頭を抱えた。
「質問したいことが多すぎるのですが、一番聞いておきたいのは」
鋭いながらも脱力した目をメイに向けると、幼い顔に打ち震える子犬のような表情が浮かんだ。
「ふぇっ!? す、すみません! な、なんでしょうか、リツ副班長!?」
「あ、いえ。怒っているわけではないので、そんなに怯えないでください」
「そ、そう、ですか?」
「ええ。ただ、一つ聞きたいんですがこの依頼がメイの実家からというのは本当なんですか?」
「は、はい。えと、依頼は僕も今はじめて聞いた、のですが。たぶん、兄様からで間違いない、と思います。ちょっと前に、
「そうですか」
抱えた頭がさらに重くなる。
ややこしい話なうえに、依頼主が近くの有力者なうえに、部下がその弟だ。
「うんうん。気持ちは分かるよ、リツ」
「何というか……、要素が……、要素が多い……」
ヘラヘラとしたセツの声に困惑したハクの声が続く。
「えと、その、兄様がご迷惑をおかけしてしまって、ご、ごめんなさい……」
「いえ、メイもお兄様も誰も悪くはないと思いますよ……」
だからこそややこしい話になりそうだと思いながら、リツは力なく陽射しのあふれる青空を見上げた。
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