第35話 各々の近況とかそういうやつ
なんとか話が大幅に脱線することを避けられた第七支部の面々は、退治人の始祖が使っていたという道具を探しに繰り出すことになった。
「じゃあ、誰が一番最初に見つけるか競争ね」
楽しげに笑いながら、セツが真っ先に生い茂る葦の中に消えていく。
「たまには……、童心に帰るのも……、一興か……」
「えと、僕も頑張り、ます!」
続いてハクとメイも姿を消した。リツもようやく転移術の後遺症が和らいだ身体で、背の高い葦を掻き分け踏みならしながら進んでいく。ためしに辺りの気配を探ってみたが、やはり彼方此方から発せられる負の感情の残り香が色濃く目標を探知することはできなかった。
若干の徒労感を覚えながらも、生い茂る葦の中を進んでいく。振り返ると通った後には細い道ができていた。
これなら、少なくとも帰り道が分からず途方に暮れることはないだろう。
そんなことを考えながら進んでいると、掻き分けた手になにかが触れた。
「わ、わぁっ!?」
「わっ!?」
ガサガサと音を立て、草むらから何かが飛びあがる。鼓動を落ち着かせながら目を凝らすと、それは間違いなくメイだった。
「す、す、すみません!! リツ副班長!! お、お邪魔して、しま、って!!」
慌てながら深々と頭を下げるいつもどおりの姿を見ると、渦巻く負の気配のせいで続いていた緊張が和らいでいく気がする。
「いえ、私のほうこそ驚かせてしまってすみません。メイは、なにか見つかりましたか?」
「えと、全然、です」
「そうですか。やはり、なかなか難しい任務ですよね」
「です、ね。で、でも、僕は、ちょっと、楽しい、です。なんだか、昔に戻ったみたいで」
「昔ですか?」
「はい。小さい頃はよく兄様と宝探しをして、いい感じの棒とか綺麗な石とかを見つけて遊んでたんです」
「仲の良い兄弟だったんですね」
「はい、兄様だけは僕を庇ってくれましたから。今はもう遠くに行ってしまいましたが」
不意に、懐かしげな笑みに影がさした。仲の良かった兄弟と遠く離れて二度と会えなくなる。
どこか他人事とは思えない話に、かける言葉が見つからない。
「あ、で、でも、ソシエさんの術で、文のやりとりは、今までどおり、なんで、大丈夫、です、よ!」
「そうでしたか」
「は、はい! お二人、とも、仲良く、息災にしている、そう、です!」
「それはなによりですね」
「本当に。兄様が幸せなのが一番ですから。えと、じ、じゃあ、また任務に戻り、ます、ね!!」
「ええ、いってらっしゃい」
メイは深々と頭を下げ葦の中に消えていった。いつか聞いたように、あの兄弟は離れていても大丈夫なのだろう。なら、自分と妹は。
「わっ!?」
「おっと……、副班長……、すまない……」
感傷に浸りかけた背中に軽い衝撃が走った。振り返るとハクが申し訳なさそうに会釈をしている。
「怪我は……、なかったか……?」
「ええ、まったく問題ないですよ」
「ならよかった……、副班長は……、何か見つけたか……?」
「いえ、それがまだ。ハクのほうは?」
「俺も……、全然だ……」
「そうでしたか」
会話が途切れると、強い風が周囲の葦を揺らした。それと同時に枯草色のイナゴが一匹視界を横切った。
「……」
ハクの表情が俄かに眉をひそめる。なんのことを考えているかは想像に難くない。またしても声をかけあぐねていると、険しかった表情に苦笑が浮かんだ。
「すまない……、あれから虫を見ると……、どうしてもな……」
「いえ。仕方がないことだと」
「そうか……。まあ……、最近は班長が渡してくれる薬のおかげで……、姫の容体も落ち着いてるから……。今日も起きて会話ができて……、『任務に行ってくださっても大丈夫です』って言われたし……」
「それは本当によかったです」
「そうだな……。烏羽玉での
「そう、でしたか」
「ああ……。ただ……、咬神支部長からの文だと……、
「そう、ですか」
相槌を打ちながら、娘が意識を失っているうちに咬神とベトベトサンがとりあげた子供の姿が頭をよぎった。少なくとも、その姿はあの屋敷での生活に耐えきれなくなったものが見ていいものではない。
「支部長が本部につくぐらいで……、人語を解するようになって……、『自分に翅さえあれば』と嘆いたそうだ……。おかげで……、呪いが解けた後には……、なんて気も失せた……」
「そう、ですね」
「ああ……。それはそれとして……、呪いが解けることは祈るよ……。厄介なことこのうえないからな……」
「そうですね。なにか私にも協力できることがあれば教えてください」
「ありがとう……。宝探しをしながら……、考えてみるよ……」
寂しげな笑みを残し、ハクも葦の中に消えていく。
足音が遠ざかると、再びイナゴが視界を横切った。
最悪の結果は免れたのかもしれない。しかし、いまのままでいいとも思えない。重苦しいものが胸にのしかかる。
そのとき、微かな異音が耳に届いた。
「すぅ……、すぅ……」
葉擦れのなかに寝息のような音が聞こえる。それに、微かながら甘い匂いも感じた。
「……ひとまず、行ってみましょうか」
一人ごちながら気配のする方向にむかう。しばらく足を進めると、葦が途切れ雛菊が群れ咲く場所に出た。
その中に、柄に金色の飾りふさがついた背丈ほどある草刈り鎌が落ちていた。
「すぅ……、すぅ……」
寝息はどうやら鎌から聞こえているようだ。
「……間違いなく、見過ごしていいものではないですよね」
リツは再び一人ごちながら、寝息を立て続ける鎌に手を伸ばした。
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