第36話 黒伯爵と銀の髪 20

 ◇実はこの章、まるっと削除してしまい、慌てて思い出しながら再度書き起こしました。3000字はあったはずなのに、何かを抜かしてしまっているのか、ちょっと少ない。また書き直すことがあるかもしれません。ご承知下さい。


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 ティールーム『最後のいこい』でセシルが買ってきた茶葉に、麻薬の元である薬草が混ざっているのが、薬草専門医官の分析によって明らかになった。これはフォレスト伯爵が麻薬売買に関わっていることが証明されたも同然だ。やっと糸口が掴めたとエドワードたちは大いに湧いた。


 それと同時に、エドワードはアンの味覚の確かさにも舌を巻いた。


 彼女の公爵令嬢としての生い立ちに俄然興味の湧いたエドワードだが、今はそこを深掘りしている暇はない。店を捜索して、紅茶に麻薬が混ぜられて売られている証拠を掴みたい、それは出来ればフォレスト伯爵が居ない時に行いたいと踏み込む時期を何時にするかで意見が分かれていた。そのやり取りを横で聞いていたアンが、実は、と先日届いた招待状の内容を告げた。


「殿下、セシル宛てにフォレスト伯爵から例の三十歳以下限定パーティーの招待状が届きました。サリーフィールド西方辺境伯様のタウンハウスで開催されます。黒伯爵のブラック商会が後援しているので、彼はこちらへ出向くのではないでしょうか」

「それは何時だ?」

「三日後です」

「よし決定だ、三日後に踏み込む。ケアリー、イライアス、準備を頼む。ジークとクレイグは証拠が揃い次第、サリーフィールド西方辺境伯のタウンハウスへ向かってくれ。フォレスト伯爵を拘束するぞ」


 御意に、と側近たちが頷いた。次いでアンがエドワードに向かって宣言するように口を開いた。


「私はこのパーティーに参加するつもりです。何としても贋作を確かめたいのです」

「トリア、それは許可出来ない」


 いきなり否定したのはジークフリードだ。厳しい目を最愛の人に向ける。


「――何故ですか? 別に危険なことはありませんよ。たくさんの方々が参加すると聞いておりますし」

「君は、大勢の人間が参加した王宮の夜会でどんな目に合ったか、もう忘れたのか? 許さないよ」


 それはアンとジークフリードが皇国へ行く前の夜会のことだった。ルパートに媚薬を盛られ、ルーファスに襲われそうになった一件だ。危ういところをジークフリードたちに助けられ、それは再婚約のきっかけとなったのだが、不愉快な記憶には違いなかった。そこを突かれては分の悪いアンはぐっと言葉に詰まり、口惜しさからきっとなって彼を睨みあげた。


「――貴方のご意見は承りました。殿下、これで失礼します」


 普段よりも殊更に美しいカーテシーを行い、アンは踵を返して出て行った。はっきりと拒絶のオーラが背中に漂っているのを皆で見送る。


「あー、あれはトレイシー嬢、すっかり怒ってるな」

「あんな言い方じゃあ、嫌われるぞ」

「いくら何てもストレート過ぎるよ、ジーク」


 側近たちが口々にジークフリードを責め立てる。だが彼にすれば、自分が一緒に行けないパーティーに、一人で行かせる訳にはいかないと思うのだ。それの何処が悪いと、すっかり不機嫌な顔をする。


「あれではアンがへそを曲げてしまうよ。否定するのではなく、ちゃんと話を聞いてやらなきゃ。心配なら一緒に行ってやるとか他の方法を示してあげるとかしないと駄目だな」


 エカテリーナが子供に諭すように穏やかに文句を垂れた。その言葉を聞いて、ますます憮然とするジークフリードだった。


 ◆


「セシル、お願いがあります。フォレスト伯爵に招待されたパーティーに一緒に行って下さい」


 肩を怒らせて帰ってきたアンは、修復室にいたセシルの前に仁王立ちになると高らかにそう宣言した。王太子の執務室で何かあったなと推察したセシルは、なるべく凪いだ口調で返した。


「どうしたの? ジークフリード様は行っていいと言ったの?」

「いいえ、許さないと言いました。許さないと。……あれは許可などくれるつもりもない顔でした。ですが、せっかくの機会を逃す訳にはいきません」


 唇を噛み締め悔しそうに顔を顰めたアンは、セシルにぐっと迫った。


「あ、えー、一応お願いしてみたらどうかな?」


 やはりあの時買い求めた茶葉に麻薬が混ざっていたのだと知ると、セシルはかなりのショックを受けていた。随分気持ち良く褒められて、特別扱いのカードまでくれて、その代償が麻薬入りの茶葉だなんて。浮きたった心地でいた自分が馬鹿を見たのだ。それでも一度芽生えた恋心はなかなか消えてくれそうにない。自分に対しても、黒伯爵に対してもひたひたとした怒りが湧いてきていた。


 だからフォレスト伯爵にどういうつもりなのかと問い質したい気持ちがあったので、一人ででも参加するつもりではあった。しかし、アンと一緒だと主ジークフリードから叱責される未来しか見えてこない。


「駄目ですか? セシル」

「駄目ってことじゃないんだけれど……」

「今まで黙っていましたが、聞きたいことがあります。――セシル、貴女は私の護衛ですね?」


 セシルは驚いたように目を見開いてアンを見つめた。どうして分かったの、と思わず呟きが零れる。


「なんとなく分かっていました。貴方の父親トンプソン卿はシュバルツバルト家の騎士団の一員ですし、貴方の動きや目の配り方には隙がありません。だいたいあの過保護なジークが私を自由にすると言っても、何も手を打たないとは思えません。でもセシル、――私は貴女を大事な友人だと思っています」

「……っ! アンっ、……ヴィクトリア様、私、私は確かに護衛も兼ねた事務官です。でも私も、仕事に一生懸命なアンが好きで、尊敬していて、大好きでっ!」

「ありがとう。私もセシルが大好きですよ。……大切なお友達です」


 嗚咽を漏らすセシルをそっと抱き留めた。行方の分からないアルが心配でしょうが、お願いしますねとアンは彼女の背を宥めながら呟いたのだった。

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