第27話 黒伯爵と銀の髪 11
大成功のうちに終わった王妃の誕生パーティーから、穏やかな日常が戻ってきた頃、王太子の執務室に主だった側近たちが集められていた。王太子妃のエカテリーナは勿論のこと、アンも参加している。
「みんな、ご苦労だったね」というエドワードの労いの言葉で会議が始まった。そこからパーティー会場での出来事、反省点などひとしきり意見を出したり話し合ったりした後、王太子はクレイグに発言を求めた。
「さて。ここからが本題だ。クレイグ、頼むぞ」
「はい、殿下」
クレイグ・アンダーソン卿は資料を取り出した。
「えー、先日のパーティーでの故ウォルフォード公爵の絵画展示の件です。殿下と出くわした人間に話を聞きました。サリーフィールド辺境伯、アストリー子爵令息、コフィ伯爵令息、グリント男爵、マルサス伯爵の五名です。いずれも、自分の家の壁にある絵がここにもあると驚いていました。パーティー後に問い合わせも数件あったと聞いています」
「何度も聞いて申し訳ないが、トレイシー嬢、あの日展示していたものは全部本物なんだね?」
「何度聞かれても同じ答えを出します。全て本物です。これは揺らぎません」
己の自信に裏打ちされた確かな声音だった。アンが幼い頃から何度も見ていた伯父のコレクションだ、見間違えることなど絶対にない。
「と、言うことはだ、あの場で話を聞いた五人は家の壁に贋作を飾っているということだな」
「そうなりますね、まあ、はっきりとは認めませんでしたが。というより、あの五人は五人とも入手した本人ではありません。いずれも父親が絵画を購入したと話していました。十年は家の壁に飾っているもので、特に興味を持っていた訳では無さそうですね」
「ここ十年だとすると、」とジークフリードが呟いた。「例の贋作茶会の頃か」
「まさにそう言うことです。購入した本人じゃないからそう思い入れもなく、ただ単に驚いていたって感じです」
「ほら、時間が経った方が面白いって言ったろう?」と王太子妃とは思えない口調でエカテリーナはにやにやしている。「買った本人だって、さほど思い入れがないんじゃないか? 有名絵画を手に入れるっていうちょっと流行りに乗ったってだけで」
「だから、あの当時も騒ぎ立てたくなかったんだな、偽物を掴まされただなんて、貴族としての面子にかかわる。いくらで買ったのかは知らないが、相場よりも安く購入出来るとしたら飛びつくかもな」
ここでアンが躊躇いがちに口を開いた。
「――是非ともその絵を見てみたいです。それぞれ領地にお持ちなのかしら。王都にあれば見に行けるのですけれど」
「クレイグ、どうだ? 絵は何処にあるって?」
「それが全員ちゃんと覚えてないというんです。それほどに関心が薄いってことですかね。見つけたら提出するようにとは厳命しておきましたが」
そんなものなのか。贋作だとしても何処に飾ったかも記憶にないのか。アンは酷く落胆した。芸術分野は王国ではまだまだこの程度の認識なのかと。
「あ、サリーフィールド辺境伯だけは王都に持ってきたと言ってました。ええと、トレイシー技官のところのフローデン室長が妙にこだわっていたことが気になっていたらしく、奥方に反対されながら持参したとのことです」
「では殿下、見に行かせて下さい」
「まあ、そう急ぐな。持っているというだけで罪には問えないし、拘束するわけにもいかんからな。何処かで鑑定でもさせるつもりだったのかな。……ケアリー、王都にある画商もしくは画廊をピックアップしておいてくれ」
「承知いたしました、殿下」
「トレイシー嬢にはご苦労だった。また何かあれば連絡するよ。今日はありがとう」
つまり、ここから先は聞くなということだとアンは受け取った。退室するべくエドワードに向かって綺麗に一礼する。その間際、マイクロフトが悪戯っぽい笑顔で呼び止めた。
「トレイシー嬢、こないだのパーティーで会ったかい? 黒伯爵に」
「ええ、お会いしましたよ、紅茶を戴いていた時にご挨拶しました。話には聞いていましたが、本当に服装が黒一色でしたね」
「……マイク、何を聞きたいんだ?」
ジークフリードは目を眇めてマイクロフトを牽制する。
「いや、お前とよく似ていたからさ。実際あの時会場にいて黒伯爵と挨拶した皆が噂していたよ。トレイシー嬢の感想をぜひ聞きたいと思ってさ」
「――確かに遠目では似ているように思いましたが、私にとっては全くの別人です。私がジークフリード様を見間違えることはありません」
では失礼します、とアンは颯爽と出ていった。いつも控え目な彼女の珍しく挑発的な物言いに、残された面々は呆気に取られてしまった。ひとりジークフリードだけは勝ち誇ったような笑みを零した。冷然とした孤高の刺々しい雰囲気が、婚約してからこうして緩むことが増えたと主君であるエドワードは嬉しく思う。
「――お前、愛されてるなー」と呟いたエドワードの頭を、エカテリーナが書類を丸めてべしっと叩く。
「ヴィクトリアのことは置いといて、ほら、次行こう」
エドワードが咳払いをして気を取り直す。
「次は、麻薬の話だな。イライアス、捜査状況はどうだ」
「騎士隊に協力して容疑者の尋問や家探しもしています。今、家族にも広げて事情を聞いているところです。貴族相手なのでなかなか難しいですが、このままもう少し継続します」
麻薬所持で今拘束されている五人が五人とも、紋章の押された紙を持っていた。紋章の色が何種類かあるらしく、何が違うのかは今のところ分かっていない。色の違いで緑の二人と青の三人に分かれていた。青の三人のうち一人だけが一本線の入った紙を持っていて、あとの二人が線入りの紙を持つ人間から薬を買っていたことは分かっている。要するに売人と客だ。一度にたくさん売ることは掟破りらしく、売人自身もその上の人間からさほどたくさん仕入れられる訳ではなかったらしい。生かさず殺さず、な考えが透けて見えた。あくまで仲間内の口コミだけで少額の売買だったようだ。大っぴらにせず、じわじわと気付かないうちに広がっている、その不気味さにエドワードたちは背筋が冷えるようだった。
以前捕らえた者たちも同じく紋章の押された紙を漏れなく持っていたことも判明した。色の違いでグループ分けされていたようだ。今は線入りの紙を持った貴族令息を何人か尋問しているところだ。その上との繋がりを何とか口を割らせたいと少々手荒なことも許している。
紋章入りの紙は、やはりアンが取り寄せ予定の東方の紙によく似ているとのことで、取り扱いのあるブラック商会に探りを入れているところだった。加えて、先日森の中で見つかった遺体が握り込んでいたという紙も、同じものだった。しかし違いもある、紙自体の色が薄い赤で、紋章の色が黒だった。
「殿下、割符らしき紙の件ですが、……今実家に皇国の本家の人間がいるので一応尋ねてはみましたが、見たことも聞いたこともないとのことでした。私としては、関係ないと願いたいのですが」
アルは麻薬を毛嫌いしている。それは勿論、現当主代理のアルの父親もだ。ジークフリードは由緒正しき皇国の本家の無実を心底願っていた。
「そいつは信用出来るのか? いくらお前とこの人間だとは言え、」
「大丈夫です。信頼に足る人物です」
「そうか、お前が言うなら私も信用しよう」
さあ、どこからつつくかな、と仄暗い笑みを湛えた殿下を見た側近たちは、忙しくなるなと思い、頭の中で自分の担当の仕事の算段をつけようと考え始める。
「麻薬は危険だ、絶対に許されない。末端の雑魚ではなくて、何とか大元を叩きたい」
「御意に」
エドワードに向けて礼を取った側近たちはそれぞれの持ち場へと散っていった。
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