第15話 番外編 絵姿は購入可能ですか?


 ふふふふふ。


 セシルはその出来栄えに満足だった。非常に満足だった。何度眺めても素晴らし過ぎる。ほうっと溜息が出るほどだ。


 彼女が紙の束を舐めまわすように眺めているのを、何だろう?と、アンは不思議に思った。じっくりと味わった後、それとは別に綺麗な紙に包まれた平らなものをアンに差し出してきた。


「ほらこれ、アンに進呈するね」

「何なの? これ」


 そう大きくない包みをがさがさと開けてみた。


 中から出てきたのは、額装された一枚の絵だった。最近巷で流行りの騎士物語の、……挿絵? それはとてもキラキラしいものだった。たくさんの飾りのついた麗しい騎士服を着た銀の髪を持つ男性が、右手に長剣を、左手にたおやかで可憐な少女を抱いて立っている。ふむ、とじっと覗き込んでみた。確かに美しい絵だ。それに、ちょっと素敵かも。


「どう? 『銀の騎士様の物語』の挿絵書いてる神絵師様が実は氷結俱楽部に所属していてね、お願いして書いていただいたのよ! それは原画よ、貴重品よ!」


 そう言ってセシルはえへんと胸を張って自慢げに目を見開いた。


「……えっと、銀の騎士様?」


 世の流行に全く疎いアンはきょとんとしている。


「やあね、アンってば知らないの? 騎士物語は今、『銀の騎士様の物語』が一番人気なのよ! これ!見て? 誰だか分からない?」

「誰だかって、……銀の騎士様、なのでしょう?」

「そうよ! ジークフリード様よ!」

「……はっ?」


 いや、髪の色は確かに同じ銀髪だけれど、……これが? ジーク? そうかな? そう思って見ると、似てるかも? 


「もー! あの時ね、ジークフリード様がアンを助け出したってマイクロフト様に伺った時、ぱーっとイメージが浮かんだのよ! 私自分自身に感動しちゃって! こういう感じって伝えて書いてもらったの。これが原画よ。ほら、ここにサインも入れて頂いたの」

「……じゃあ、このフリフリのドレスを着ている女の子は、……私なのかしら?」

「あったりまえじゃないのー!!!」


 あの時ジークは剣を持ってはいなかった。私はこんなに可愛くないし、こんなドレスも着ないんだけど。とアンは呟いたが、そこはまあどうでもいいのだろう。満足げに興奮しきっているセシルに水を差すことはない。それにジークだと思うと、ちょっと、いえ、かなり、……とっても、……カッコいい。うん。ステキ。夫婦のじゃなくて私の自室に飾らせてもらおう。ふふ。


 によによにやけているアンを見てセシルは喜んだ。あんな嫌な思いをしたのだから、いい思い出にすり替わればいい、と思う。


「でさー、お願いがあるんだけれど」とひらひらと印刷された絵姿を目の前に差し出してきた。


「何?」

「この絵姿に、ジークフリード様のサイン貰ってくれないかなー? 神絵師様に報酬として貰っていただくのよ」

「して下さるかしらん? 一応お願いしてみるけれど。それでそこにある束はどうするの? そんなたくさん」

「氷結倶楽部のメンバーには一枚ずつ配る予定なの。それ以外は欲しい人に売るつもり。売り上げは文化財保護に寄付するね!」

「……ごめんなさい、売れるとは思えないけれど」


 言ってみれば一組の夫婦の絵姿だ、いくら綺麗な絵だとしても、こんなものが売れるとはアンには思えない。


「えー、ジークフリード様の絵だと分かれば、婚約したってやっぱり人気なんだもの、売れるわよ」


 人気者だと言われると、嬉しいやらちょっぴり妬けてしまうやら。夫の絵姿をばら撒かれることを喜んでいいのかどうか良く分からないアンは、曖昧な笑みを浮かべた。


 数日後。


 早々に初刷り分を売り切ってしまい、セシルはそこそこにまとまった額を驚くアンに手渡した。版を重ねるかどうか、氷結俱楽部内で揉めに揉めたあげく、敢えて初刷り分だけとし、ポーズを変えたものを新たに書いてもらって今度は枚数を増やして刷ることにしたのだった。

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