第21話 黒伯爵と銀の髪 05
その夜、邸に戻ったジークフリードは、自分の執務室でアルと向き合っていた。ヴィクトリアは先に自室へ下がっている。
「―――では聞こうか」
「エデルのメイヤー邸には例の三男は不在だった。というより、半年前ごろからあそこにはいないらしい」
「別のところへやられたか。行き先は分かるのか?」
「いやそこまでは聞き出せなかった。なかなか気の利く護衛騎士が揃っていて隙が無いんだ。あれは忍び込むとしてもかなり用意周到にしないと難しいな。だが、セシルの話によると、サリーフィールド西方辺境伯のところに姉が縁付いている。其処かも知れないと思っている」
「……そうか、しかしちょっと見に行くという訳にはいかないな。馬でも一週間はかかるか」とジークフリードは腕を組んで暫く考えを巡らせた。
「それよりも大事な報告がある」とアルは普段滅多に見せることのない真剣な面持ちになる。
「俺の探し物が見つかったかもしれない」
「……傍系の銀の髪か」
「ああ、ちらりと見ただけだが、背が高くて遠目にはお前とそっくりだったよ」
ジークフリードの銀の髪は、王家に繋がる証の髪色だ。そこらにある色ではない。しかし現国王の髪の色は榛色で、王太子は蜂蜜色である。様々な血が交じり合っているので王家の人間だからと必ず銀色の髪だとは限らない。だが王家の血を引いていないと現れることのない特別な色であるのは確かだ。
「それにしても何故? メイヤー伯爵のところで?」
「分からない。しかし目立つ色だ、今まで話を聞いたことがないのが不思議だ」
「……髪の色は染められる。誤魔化していたのかもしれないな」
表向きはシュバルツバルト侯爵家私設騎士団の所属であるアルは、主人である筈のジークフリードと対等な物言いをする。その実彼は、ブランデンブルグ皇国の本家シュバルツバルト公爵家の一員であるが故だった。普段はアル・ブレンナーと名乗っているアルの本名は、アルブレヒト・フォン・シュバルツバルトという。
シュバルツバルト公爵家は、代々何故だか子どもが授かりにくく、血がすっかり細っている。放っておくと滅びゆく家系であるところを、分家である王国のシュバルツバルト侯爵家から養子を迎え入れたりして、何とか繋いでいる状態だ。アルの父親も子どもの出来なかった分家の養子になった人物で、ジークフリードの父侯爵の従兄弟にあたる。
そして当代当主の両親は二年前に不幸にも馬車の事故で亡くなった。彼はまだ十歳で、成人するまでにたっぷり六年はかかる。アルの父が当主代理に入ったが、彼自身にも護るべき領地があり、加えてそこまでの教育を受けてきたわけではなかった。難しい本家の舵取りを任されるには荷が重く、幼い甥の面倒を全て見切れているとは言い難い。
他には高齢になっていたり病を得て寝付いていたりと、まともに動ける人間がいない。見るに見かねてジークフリードの両親が時折皇国に渡り、サポートしている。
こんな先の見えない家系なんぞ、滅びてしまえばいい。アルは本気でそう思っている。いくら建国以来の旧家とはいえ、周りに頼り苦労してまで守り抜く必要をまるで感じない。何なら皇帝陛下に爵位を返上して、もっとこじんまりとした領地を戴くくらいでいい。
母を亡くした後、ぼんやりとした父に、お前が本家の当主になるかと打診された時、身体中の血が沸騰したかのように怒りが込み上げてきて、そのまま家を出てしまった。ふらふらと世界中をあちこち巡ったあと、たまたま王国へと立ち寄った時にジークフリードの父シュバルツバルト侯爵に捕まり、騎士団へと放り込まれて修行と称して剣術や体術を叩き込まれた。ついでに領地経営や貴族としての振舞い方など、放浪していた分、足りていなかった教育をも施された。
そのまま逃げ出さずに今はこうして騎士団の一員として、ジークフリードの影としても働いている。出奔したことに関しては、少し冷静に振り返られるようになり、多少は反省しているのだ。それでも素直に家に戻るのは嫌で、このまま侯爵家に置いてもらってもいいかとかなり真剣に考えている昨今だ。
そして、『探し物の銀の髪』である。
出奔する前、彼は本気で他にも血を継げる人はいないのかと、家系図を手繰ったことがあった。そこで見つけたのは、その昔王国へ渡った公爵家次男と入れ替わるように、同時期に王国から来た王女の存在だった。公爵家嫡男との間に娘が生まれ、その娘には貴族籍を持たない商人との間に生まれた息子がいるらしいと分かったのだ。しかも王国グランヒル王家特有の銀の髪を持っていると。
確実にシュバルツバルト公爵家の血を引く男子だ、人品に問題なければ引っ張ってきて本家を継がせればいいのではないかとアルは考えた。平民である商人の血が交じるのを嫌がる親戚もいるだろうが、そんなことに文句をつけている余裕はないのだ。幼い当代当主の次に継承権を持つのはアルの父親だが元は養子だ、その銀の髪の持ち主の方が血統的に正しいだろう。
メイヤー伯領で見かけた銀の髪の男性が探していた人間とは限らないが、年齢的にも、見かけがジークフリードに似ていたことも、かなりな確率で当たっているのではないかと思っている。
「……そんなに、継ぐのが嫌なのか?」
ジークフリードがぽつりと尋ねた。王国のシュバルツバルト侯爵家の嫡男である彼にも、気持ちの通じるところはある。武門の家で剣術に優れた彼には当然のように騎士になるよう圧力が掛かっていたが、それを跳ね除け、わざわざ文官の道を選んだ。王太子の側近になった彼は、自分ではなく、今年近衛騎士団に入団した弟のリーンハルトが家を継げばいいと思っている。まだ誰にも、ヴィクトリアにさえ打ち明けたことはないが、それは彼の本音だった。
「嫌だね、」とアルは吐き捨てた。「古いってだけで、母を追い詰めた重っ苦しいあんな家はもういいんだ。欲しいやつにくれてやればいい」
どこまで本心なのか、ジークフリードにも図りかねた。旧家である皇国の公爵家の重みは、多分王国の侯爵家の比ではないのだから。
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◇シュバルツバルト公爵家…ブランデンブルグ皇国の旧家
シュバルツバルト侯爵家…グリーンヒル王国の新興の家系
ややこしくてスミマセン。
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