第31話 人外地獄迷宮決戦⑧


 あたしには記憶がない。

 だいたい五年前ぐれーから前の記憶がない。

 記録はある。調べてみたら迷宮攻略には既に何度も挑んでいたらしい。

 周りのやつらは、記憶をなくす前のあたしと後のあたしでほとんど変化ねーという。

 ならいいや。

 元より天涯孤独の身だ。今さら自分自身にすら孤独にされたとしても、それで折れるほどあたしは弱くねえ。過去っつー面倒くせー柵からお手軽に解放されたと考えれば、ありがてえ話でもあるだろうよ。


 でも気になることもあるんだよな。


 このあたしが記憶をなくすなんて、いったい何があったんだ?


 ───


 ミレニアム。

 不死身の吸血鬼。

 ボクの血を吸おうと攻めてきた人外そのもの。

 その能力は、オーソドックスな吸血鬼のそれである。

 再生、変化。

 ダメージを一瞬で治癒する再生能力。

 肉体を用途に合わせて変化させる身体改造。


 その戦力は確かに脅威だ。だが、つけいる隙も山ほどある。


 例えばこうするのさ。


 刀剣魔具、長槍魔具、戦斧魔具、切断型魔具を分回す。

 不死身の存在は回避を選ばない。

 ボクもそうだ。

 受けて、直す。

 防御も回避も必要ない。そのための動作を攻撃に回し続けるだけだ。

 切る、斬る。

 切断斬撃雨霰と降り注がせて、流した血の量は既に戦国時代の合戦ひとつ分に匹敵するだろう、二人きりの屍山血河。


「まだやるんか。つきおうたるわ」

「無駄に生きるのはお前の専売特許だろ。俺はまだまだ続けるぜ。ついてこれるか?」

「引き離せるかい青二才に。お前のほうこそ振り落とされんなァッ!!」

「言われるまでもないぜ吸血鬼。まだまだ勝負はここからだろ。盛り上がれてくから、遅れんじゃァねーぞッてなあァッ!!」


 なんて熱くなるなよな───、嘘くせえ。

 冷や水こそボクの存在。

 白熱なんてごめん被る。

 熱血も鉄血も不必要だ。

 冷血漢で行こう。

 血の色なんか青で十分。

 赤くなるなよ、こっちまで照れちまう。


 さて。


 そろそろかな。


 伸ばされた吸血鬼の腕に左手で振り抜いた刃を差し込みスライドさせ、肘まで切って抜き取る。

 その際に、右手を伸ばして切断された腕の片方を掴み、Yの字を描くように開いた。


「なんやなんや」


 この間吸血鬼は自由になっているもう片方の腕でボクをぐちゃぐちゃ切り裂くが、どうせ治るから気にしないさ。


 そろそろいいだろ。

 手を離す。


「なんや……これは」


 ミレニアムが顔をしかめた。

 そりゃそうだろ───肘から生えた、二つの腕を見たなら。誰だってそう思うさ。


「これを繰り返す」


 だいたい人間の形をしてるくせに人外だなんだって、化け物をなめてるとしか思えなくて腹立ってたんだよな。嘘だけど。


 異形にしてやる。

 ボク好みに、弄くり回してやるよ。


 切断───そして中途半端な位置で攻撃中止、そのままその部位を掴むなり、武器を扱うなりして、患部から離して、されど肉体からは外れないよう固定。


 そうすると、どうなるか。


 部位が、増える。



 ボクの『不死』は王権効果による復元能力として発揮されているが、これはつまり元のカタチに戻るという形で発揮された不死身である。

 一方で、ミレニアムの不死は生態。吸血鬼としての生物的特殊能力。その発動は、再生という形で成立している。

 復元と、再生。

 それが、異なる。

 そしてその差異を利用するのがボクの戦法だ。


 くっついての再生が不可能となれば、部位を新たに生成する形で再生されるだろう。

 なら、肘から先をY字になるよう切り分けたなら、どう回復する? 答えは簡単。分けられたそれぞれの腕が、失われた分を生成して回復するのだ。


 イメージとしてはプラナリア。首を中途半端に切ると、もうひとつの首が出来上がる。


 吸血鬼は切断を工夫してしまえば、全身プラナリアオブジェにできる。


 これがボクの不死殺しだ。


「おもしろ生物になった気分はどうだ」

「意外と悪くないやんね」


 ミレニアムは笑う。

 左腕の肘から先が四本あり、右目だけ眼球が二つ詰め込まれていて、胴体も二つ、太ももが五つ、脇腹から脇腹が生え、右膝より下が三つ伸びているし、左足には間接が六つある。

 そんな異形になりながらも、もはやまともに動けないというのに、吸血鬼は笑っている。


「こんなもん、どうにでもできる」

「やってみろよ」


 対応策は想定できてる。

 肉体変容スキルを使われたなら何度だって同じようにプラナリア化させてやるよ。

 そしてもうひとつの札───吸血鬼としての特異能力その三『霧化』を発動したなら、その時こそ勝負を決める。

 大量の魔具の展開は、それを見越したものだからだ。ボクは一番最初に起動させた『氷壁』を飲み込んでいる。手元からなくなった『氷壁』と大量の斬撃魔具の展開で、ミレニアムの警戒は解かれているだろう。

『霧化』───その名の通り霧と化す吸血鬼の異能力。あらゆる攻撃をすり抜け、肉体を再構成する過程でダメージも回復させるだろうスキルだが、霧とはあくまでも水分、温度変化の魔具で干渉できてしまう。『氷壁』であれば霧化したミレニアムを完全に氷付けにできるし、筋力を持たない霧形態では氷を砕いての脱出も不可能だ。


 つまりこの足利義輝スタイルも、プラナリア化斬撃も、霧化の発動への誘導だ。

 さあこい。

 霧になれ。

 その時がお前の最期だ。










 ───とでも思っとるんやろなあ。

 狙いがバレバレや。

 霧化は強力やが、それに頼ってる吸血鬼ほど弱い。属性系干渉に致命的に弱いんやからな。

 特にお前みたいに賢しい相手には切らん。

 そもそも切る必要もないしな。

 肉体変容で元の肉体に戻る必要もあらへん。

 変容はさせるけどな。

 いや、しとるけどな、や。

 せっかく体を増やしてもろたんや。

 活用せんと嘘やろ。

 変容させたのは体の内側。神経や。神に背く吸血種が頼るものとしては皮肉が効いててええんとちゃう? 神経。肉体を操る命令系を、増えた体の部位まで伸ばす。その末端まで伸ばしたる。

 こっちの身動きを封じるために増やした部位が、軒並みお前に牙を剥く。報いることになるんやで。ワクワクするやろこんなもん。


 このミレニアム。重たい過去も悲しき過去もあらへん、五百年間をただただ生きてきた空っぽの存在やけどもな───エピソードシリンダー。語りの弾丸なんざ何処にもないねん。やけんども、騙りの回転こそ真骨頂。

 ───ほな、騙し討ちの時間にしよか。


 ───とでも思ってるんだろうな。

 ってまあこんな感じに繋ぐと再現ない読み合いになるわけだが。安心してほしい。


 ボクのが深い。

 ミレニアムの思考よりも、もっと深い。


 勝つのはボクだ。


 これは絶対に揺らがない答えだ。

 何故ならこの物語は、ボクが主役なんだから。


 勇者にも、吸血鬼にも、主役は張らせない。


 なんてね。

 これは鼓舞。策を通すための、活力に繋げるもの。


 前振りはもう十分だ。

 さあ、通そう。

 我が儘を。

 我が儘に。

 我が儘で。



 ミレニアムの腕が動く。

 増やした部位が一気に跳ねた。

 神経を通して、動かせるようにしたのだろう。

 その異形に適応した動作で、こちらを仕留めにかかってきた。


 だが同時にそれは、罠にかかった動きだぜ。


「───ああ? なんやその死にかた」


 何か見えたか? まさか。

 これは見えない死に方だよ。


 次の瞬間。

 ボクたちは押し潰された。


 落ちてきた、天井に。



 最初に『風斬2』。その後も斬撃に特化した魔具を用いていたのは、この為だ───天井。

 そこに切れ込みを入れるため。これらは遠隔の斬撃やかまいたちの投射により、天井を切り取っていた。

 そうして切り込みを入れられた天井は、今、崩落する───上層、第八層で戦っていた、アッシャーの振り下ろす一撃の、衝撃を受けて。


 押し出されるように崩落する天井。

 その一部は切れ込みのお陰で、特定の形状を以てボクらの上に落ちた。



 ───『不死』のお陰で潰れた肉体は復元された。

 崩落の下から、脱出し、起き上がる。


「ボクの勝ちだ、ミレニアム」


 何故か。


 切れ込みを入れた天井は、十字架の形をしている。


 吸血鬼は、十字架に弱い。誰でも知ってる常識だ。


 プラナリア化も氷壁も、全てはこれを隠すため。

 そしてアッシャーの一撃を待つための再生合戦だったというわけだ。


 上からの崩落なら、視界に入らないから、ミレニアムの持つ未来視───自分の視野限定のそれを突破できるのも利点だったというわけ。


 だから言っただろ。

 勝つのはボクだって。




 さて。


 アッシャーも決着したらしい。

 彼女は敗北だ。

 累々とレアは戦いどころではなく。

 怪人は超人に敗れ。

 大鴉はリタイア。

 爆弾魔は心を折られている。

 吸血鬼は今、撃破された。

 役者は殆どが舞台を降りた。

 残るは二人。

 長く続いた迷宮決戦も、ようやく終わりだ。


 さあ。


 最終決戦を始めよう。



「よォ、久しぶり」



 勇者。

 恩人。そして敵。


 既に目隠しはなく。

 爛々と輝かせた眼をしている。


(水門……いえ、勇者!)


 思えば最初はボクたち三人からのスタートだった。

 ダリアとボクだけじゃ死んでいた局面に、水門が入ってひっくり返した。


 ほんの三週間前のことなのに。

 昔のように懐かしい。


 けれど今は争うべき敵だ。


「やるか」

「そうだな」


 言葉は、戦いの中で交わす。


 行くぞ、最強───



 ───と。

 ボクは戦う気満々だった。


 その時、水門の腹から剣が飛び出すまで。


「かは」


 吐血。

 赤色。

 見慣れた色だ。ついさっきまで余るほど飛び散っていた色だ。

 だがそれを───嬉土水門が吐き出すなんて思わなかった。



「誰だ!?」



 困惑。困惑。困惑。困惑困惑困惑困惑だれがさしたんだ───!?



「や。久しぶり」


 勇者の背後から姿を現したのは。


「私だよ」


 揺れる黒髪ポニーテール。

 それは見慣れた制服姿。

 ベルトを巻いている以外、一切の改造を施していない、膝下十センチのスカート。

 夏服のため、上はシャツだ。

 スカートの下には校則指定の白い靴下にスクールシューズ。

 肩にはスポーツバッグを下げている。


 健康的な優等生、といった趣の。


 その格好をした友人を、ボクは一人だけ知っていた。



「織機……!?」

「そんなにびっくりしないでよ」



 織機有亜おりはたありあが、そこにいた。



「照れちゃうな」



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