第14話 みらい


 第六十一迷宮『雨の古城』。城下町含むひとつの古城が舞台となるこの迷宮は、極めて難易度の高い、いわゆる大迷宮に数えられる。


 大迷宮に数えられる迷宮は


 第六迷宮『ダリア』のように層数と妨害装置が多い、すなわち迷宮としての規模が大きいもの。


 第二迷宮『果てなし』のようにシンプルに王権に辿り着くのが困難なもの。


 第十五迷宮『深海行』、第三十八迷宮『空挺墓地』のように迷宮環境が現生人類に極めて不向きなもの。


 の三種類に大別されるが、ここはそのどれとも違う。例外的な第四の理由から大迷宮と呼ばれるものだ。


 それは何か。


 第六十一迷宮『雨の古城』が大迷宮にカウントされる理由は、ひとつ。


 番人がただひたすらに強く、


 誰も倒せないのである。


 黒竜。その全身が魔具といって差し支えない脅威である。

 全身に纏う鎧、『黒竜血鱗』

 試されたことはないが、ミサイルにも耐える鱗。

 振るう凶器、『魔剣・爪牙』及び『魔槍・尾』、『魔斧・翼』

 この世の全ての物質を一振で粉微塵に切断する肉体の数々。

 そして『滅殺滅尽大竜息』

 万物を焼き払う焔の息。

 その性能は伝説に語られる竜の脅威そのものの具現化であり。

 かの『崩し屋』アッシャーでさえこの竜という罠の破壊を諦め撤退を選んだ、あらゆる迷宮の番人の頂点に立つ逸脱の怪物。

 ある意味でその姿は『ボク』の理想でもあり。

 その身一つで何千何万もの探索者を退けてきた破格の存在が守るこの迷宮は。


 間違いなく最難関の大迷宮と言っても過言ではない!!


 ──────


「よっしゃ! 王権ゲット!」

「わーい!」

「わ、わぁい……」

「わ、ぁい」

「グギャオオオオオオオオオオオオオス!!」


 勝ったぜ! そして仲間にした!


「凄まじい難敵だった……」


 スカウトアタックが効いてくれた。

 やってて良かった! モンスターズ!


「織機さんのお陰ですけどね……」


 送川さんが言った。そうだね。そうとも言う。


 黒竜は確かに脅威極まる難敵だが、攻略手段がないわけではない。


 それが織機の持っている剣。

 ボクの首を断とうとした一振。


 魔具『狂剣・脳』

 その効果は、刃に触れた対象の認識を狂わせ、操作するというもの。


 如何に強大な敵であっても、触れてしまえば操れるのだった。

 だからこそ、最速での決着が可能だった。

 業火を回避し───その間ボクは屍を背負い少女を持ち上げて走ってました。

 爪と尾を先読みして───髪の毛ごっそり持ってかれそうでヤバかったぜ。

 近接した織機が刃を鱗に触れさせてしまえばそれで終わり。

 鉄壁の鱗を持つが故に、この黒竜は斬撃の正体を見誤った。


 これで決着。

 ボクは逃げることしかしてないって?

 まあ、いいじゃん。


「これが私の魔具」


 仕留めた後、屈服した竜を前に織機は言った。


「こんなの持ってたら、追放されても仕方ないよね」

「いや、そんなことない。確かにめちゃくちゃワルな敵が使ってくる武器だけど。織機が持ってるなら、ボクは信じられる」


 だってそれがあればパンツの記憶も消せた。

 なのに織機はそれをしなかった。

 アッシャーとの戦闘直前でも、仲間になりたいと言ってくれたときでも、ボクの選択を容易く書き換えれたのに、それをしていない。

 彼女は、ボクを信じてくれている。それは今までの事実が証明しているから。

 事実に即して認識しよう。

 嘘つきのボクは言葉を信じない。

 だから、ボクは彼女を信じる。


「そっか。ありがとう」

「おう」


 それで十分だ。

 既に五万字も費やした物語の、十四話まできたお話の、初めの一幕を担った彼女とボクならば、この信頼が丁度いい。


「あ……あなたがたは……」


 なんて信頼を見せつけてたら、声がした。


「君が送川おくりがわ累々るるか」

「はいぃ……。なんですかぁ……あなたは……」


 聞いていた通りの人格らしい。

 誰に聞いたって? 秘密☆ なんてね。大魔王だよ。あいつに聞きたいことの二つ目だ。


「ボクは君の人格そのものに興味はない。必要なのは、目的を果たす能力があるかどうかだ」

「目的ぃ……?」

「その魔具『雑過ぎた埋葬ネクロマンス・ダンスマカブル』」

「!」

「それを活用し、ボクを───」


 言いきれなかった。いつもこれだな本当。アッシャーの時もだった。話し終えさせてくれよ。せめてさあ。

 という訳で屍の不意打ちを回避する。

 後ずさる。

 互いに。

 距離───心のように、離れている、なんちって。


「……黒竜を倒してくれたことは感謝しますぅ……。でも……」


 蠢く。

 蠢いていく。


「己の自意識を持たないその竜はもう、死んだようなものですよね?」


 黄金髑髏が煌めく。


「織機!」

「戯言じゃない! これ、本気でそう認識してる!」


 黒竜が震える。


「二つの支配権が衝突した。これちょっと不味いかもね……!」

「ええ……。私はぁ、ここから出たくないんですよ……。外は……もう、二度と!」


 蠢く。蠢く。蠢いていく。


「『雑過ぎた埋葬ネクロマンス・ダンスマカブル』!!」


 黒竜にやられたのだろう。

 屍たちが瓦礫の中、迷宮の中、あらゆる場所から湧き出してくる。


「レアちゃんと私のぉ……! 邪魔をするな……っ!!」


 不味いな。

 織機は黒竜の操作に集中してる。

 ボクはちょっと『不死』なだけ。

 動く屍の数は十や二十じゃ終わらない。


「ますます欲しいね」


 ……。

 ぐちゃぐちゃにしてやるとは言ってくれないか。


 ま、ぐちゃぐちゃにされるつもりもない。


「君は既に冷静じゃない。頭に血が上ってる」

「戯言を……! 騙されてたまるかぁ!」

「一生に一度呼ばれてみたかったけどね。それ。まあ、とにかくだ。熱した君とは話さない。話す相手は君だ───レアちゃん」


 ボクは少女の隣の屍を見る。


「このままで彼女に、未来があると思うか?」

「…………み、らい」

「ああ。この迷宮の新たなる番人として君と黒竜と屍を従えた送川累々に未来があるかと聞いている」

「み、ら、い」


 ───勝算は、あった。

 さっき、送川累々は竜を『意思がないから死んだ』と認識している。

 つまり彼女の操作が及ぶのは『意思を持たない存在』。

 だが。

 あの刹那。ボクと織機が間に合わないと絶望しかけた一瞬、この屍は『自らの意思』で以て動き、累々を助けた。

 彼女は、送川累々の特別だ。そしてまだ、その存在には、『意思』の片鱗が残されている。

 ───そして、だからこそ、腐敗している。

 死体を操る魔具なら、腐敗の進行も止められるはずだ。だがそうしない。いや、できない。

 それは認めたくないからだ。

 レアは死人だと、累々は認めたくない。


 そこに勝機がある。

 そこに正気がある。


 レアは危うい均衡の上で成立した生ける屍。

 その思考は、必ずしも累々の掌握する範囲にはない。


「君なら。選べるはずだ。このどん詰まりをひっくり返す一手を」

「……っ、聞かないでっ!!」

「いいや、聞いてくれ。ボクは人間として、君とは話す。さあ、見つけてくれ。よりよい未来を」


 滑稽だ。

 迷宮が、屍に話している。

 でも。

 これがよりよい先へと繋がる、唯一無二の、道だ。


「みらい」




「るる、やめて」


 屍の軍勢、その動きが止まる。

 同時に黒竜の震えも止んだ。

 織機が息を吐く。


 ───今、奇跡でもなんでもなく。


 状況は変わる。


「そんな……」


 もう累々に黒竜は支配できない。

『意思のない存在が死体』だから『死体を操る魔具が効く』。

 なら。

『意思のあるレア』は『死体でないから、操れない』。

 となる。


 だが、送川累々はレアの操作を手離せない。

 ここで通るのは、論理の変更。死者の定義の再編成。

 一般論的な、生物学的な死者の定義に。


『意思の有無は関係なく』『死んだものを』『操る』『が』『黒竜は、生物的には生きている』『から』『操れない』。


 変わる。

 そうしないと、レアは操れない。


 レアを生ける屍にして維持できない。


 なんて。


 理屈を捏ね回したところで意味はない。

 今一番大事なのは、黒竜を従え直してパワーバランスを整えたことじゃない。そんなのは些事だ。

 大事なことは、ひとつだけ。


「あの人に、ついていこう」


 ボクの言葉が、彼女に伝わったこと。

 借り物の言葉引用でも嘘でも論理でもなく。

 ボク自身の言葉が、彼女に届いたこと。


 それが、ボクの、成果だ。


「……う……うぁ」

「それが、私たちの、道」

「あああああ」


 累々が───泣き崩れる。

 その感情の爆発に、理屈はない。

 喜怒哀楽。全て。彼女の持っている全ての感情が込められた混沌だ。


 そんな彼女を見つめ、そして。

 レアと呼ばれた屍はボクを見る。


「るるを、頼みます」

「は───君もだよ」


 百合に挟まる趣味はない。

 それを分かつことにも。

 ただし、囲い込む興味は、あるけどね。


 ───


 第六十一迷宮『雨の古城』の王権レガリア『雨』。雨を降らせる王権だ。その価値は凄まじいものだけど、


「あんまり使わないんだよな」

「そうなんですかぁ……?」


 落ち着いた累々が言った。

 ボクは頷く。


「諸事情あって迷宮の番人代行をしてるんだけどね。雨を降らせる効果は、うちの迷宮には合わないかな」

「なるほど……」


 場所によっては、神様よりも重宝されるだろうけども。まあ能力自体は今のボクにはいらない。愛にお礼として渡そうかな。


「それよか君の方が戦力として助かるんだ」

「探索者を返り討ちにして、軍団にするわけですか……」

「そこまで凄惨なのは想定してないけどね。まあ、次に確実にぶつかる相手には、君の魔具が必要になる」

「……わかりました。その代わり、寝場所と食事はお願いしますよ……?」

「オッケー。交渉成立。よろしくね」

「はい……。よろしく……お願いします」


 ───

 迷宮を出る時にひと波乱あった。


「ギャオス」

「よしよし」


 織機……操るというか、懐けている。

 くそー。黒竜め。頭撫でられて……ズルいぞ畜生!


「……でも、私たちが王権レガリアを持って迷宮を出たら、この子は……」

「まあ、それが番人だしな」


 ボクが王権を守る理由だ。

 王権を持っていかれたら、番人は死ぬ。

 迷宮そのものは構造体として残る場合もあるが、内部の番人は迷宮と紐付いた命を失う。


「……自分の魔具で操るドラゴンをペットとして認識するのは、グロテスクだと、自分でも思うよ」


 織機は言う。


「でも連れていけるものなら、連れていきたい。私、強欲なんだ。醜いよね」

「それは……私も……悩んでました」


 反応したのは、累々だった。

 織機はハッとした顔で彼女を見る。


「ごめ───」

「でも! ……私は、後悔してません。……友達を……大切な友達を……操り人形にしたこと……。どれだけ醜くても……欲深と謗られても……。だって、レアちゃんと私は……今、話せるんですから……」

「はな、せる」

「奇跡はいつか……起きますよ……。それに……。死ぬのなら……私の出番です」

「あ……」


「お礼、です」


 その日、第六十一迷宮『雨の古城』から竜が飛び出し、空の彼方へ消えて行った。

 瞬時に雨雲が集まり追跡は不可能。

 雲と大雨に紛れて飛ぶ竜は、遠く離れた町の迷宮へと吸い込まれるように消えたが。

 その姿を記録できた者はいないし。

 その背に四人の人影があったことも、また知られていない。


 ───一人の、ロングコートに拘束具、ペストマスクの怪人を除いては───

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る