第26話 人外地獄迷宮決戦③


 面倒な二人が迷宮に入りすらせず戦い始めたのは嬉しい誤算だ。

 そしてその二人が無視できない強者を連れてくるのは想定内。

 最悪なのはその面々が協力して攻略に乗り出してくることだったけど、今回はうまい具合に分断されている───水門VS結、そしてオマケ二人。

 問題はそのオマケ二人が一層を秒殺し二層のメインギミックも瞬殺したことだ。


 目の前の二人を見る。

 対照的だ。

 金髪金眼の美男と、ボサボサの髪に荒れた外見の少年。

 凹凸に形を与えたような、交じり合わない二人組。


 彼らは即座に動き出そうとした。

 が。

 ボクの方が早い。


 魔具を放つ。


「『氷壁』」


 氷の壁を展開し、両者の動きを阻む。


 この隙に分析を済ませよう。

 ダリア!


(はい。第一層は完全に『爆破』されています。金髪の方はそのタイミングで原型を止めないほど破壊されていたと烏丸氏から報告されているから、爆破は少年の方の能力であると決定。こっちを爆弾魔と呼称しましょう。推察するに発動条件は触れること───これも爆破直前の様子を烏丸氏から報告されてわかった情報です)


 爆弾魔。

 大魔王の配下にいたな。

 久遠寺結が連れてきたことを考えると、久遠寺愛の軍団員の可能性がある。

 だからって手加減をするつもりはない。

 むしろ全力で当たるだけだ。


 思考はまず、そこまで。


 氷の壁が炸裂する。


 姿を見せる、少年。

 彼は投球フォームに移っている。


 その瞬間、彼は一本のネジと化した。


 振るわれた豪腕は白球に重力とは逆方向の回転をかける。指先の繊細はその意志を適切に伝達した。ピッ、と。空気を裂く指先。解放リリース。速度は160キロに達している。

 ───それを。

 間一髪で回避する。


 想像以上に速い。というか、伸びるのか。

 リリースから眼で追って回避してたら間に合わない。放たれた瞬間には動き出す必要がある。

 だが、かわしてしまえば終わりだ。


 攻撃手段に白球を用いるのは、強力な一手と言える。銃のように規制されず、簡単に手に入る上、持っていても警戒されづらく、そして、急所に当てれば命を取れるデッドボール


 何より、途中でよく伸びるから、油断してるとかわせない。


 けれど、回避してしまえば後は終わりだ。

 投球動作。

 セットポジション、テイクバック。

 ステップ、リリース。

 手間が多い。

 装填から発射までにかける骨と肉と意志の連動は、銃の比ではない遅さであるから。


 だからそのタイミングで詰めてしまえば───


(うしろ!)


 その時。

 骨の砕ける音を聴いて───暗転。



 爆破。それを白球に対して使用する。

 ───萩原破烈の奥義だ。

 大魔王から授けられた、再起のための導火線。

星の誕生スーパーノヴァ』。紋様の形を無し、契約者の肌に染み付くそれは、二度とマトモに球を投げられない腕だと言われた彼へ唯一の活路を与えた。

 かつて単独でチームを支えた天才投手なれど、投げ続けた彼の腕は既に限界を越えており、再起はとうに不可能で。ならば指で変化の回転をかけるのではなく、リリース後の速球へと、別の方法で回転の力を与えればいい。

「君にその為の力をあげる」

 何故と問うた少年へ。

 大魔王は微笑んだ。

「ホームラン、打ってみたいんだ」

 そして。

 与えられた『力』で開発した『爆ぜる魔球』を難なく攻略された瞬間に。

 天才は大魔王の軍門に下る。

 既に異形を得たこの腕は、ダイアモンドに入る資格を失っている。けれどこの魔王の元でなら、この腕で、この指で、この白球を投げていられる───まだ、遊び足りない!


「俺は!」


 床を蹴る。

 初撃をかわされるのは計算内。奴の背後で爆破させて、回転を反転。死角から迫る豪速球は、流石の番人も回避しきれなかった。

 それはシンカーならざれど、失楽園の殺人魔球。


 そして、番人が接近しているということは。

 破烈もまた、近づいている。


 脳味噌に白球のめり込み埋まった番人は再生の前に異物たる球を除去する必要がある。

 復元の勢いだけで排出も可能かもしれないが。

 いずれにせよ、破烈の接近には間に合わない。


 更に言えば。

 破烈の魔具『星の誕生スーパーノヴァ』は、爆破させる魔具ではなく。

 触れたものに爆弾をつける魔具───でもない。


 触れたものを爆弾化させる魔具だ。

 対象に先に付与されたあらゆる効果も丸ごとひっくるめて爆弾にして炸裂させるその魔具を防げるものはない。

『不死』という効果を『爆弾化』という効果で上書きできる、といえばその脅威が伝わるか。

 ゲーム的な処理だと思われるかもしれないが、これは大魔王による改造の結果である。

 爆弾化をどこまで進めるかは破烈の意志次第であり、白球の場合は一部のみの爆弾化を行っているが、今回彼はそんな小細工はしない。

 番人代行───その全存在を爆弾化して炸裂させ、それを持って第六迷宮の攻略を果たす。

 執心の大魔王の眼を覚まさせ、軍団と共に遊び享楽するほろける


 その為に。


 伸ばした手が、番人の胸に触れようとして。


 ───プツッと。

 その胸を食い破って姿を表したのは、虫だ。

 幼虫───細い細い芋虫が、その円形の口をすぼめて。

 キキッ、と鳴く。


「!?」


 それを皮切りに、番人代行の胸を、腹を、喉を、肩を、足を、手を、腕を、二の腕を、食い破って姿を見せた無数の虫ども!!


 それは洪水のように破烈へ踊りかかった。


「わッ、ああッ」


 混乱。その二文字が頭を支配する。

 吸血鬼が食らいつくした虫が何故今、こいつの中から湧き出してきたのか。


 それは。

 虫を湧かせる魔具『大氾濫』を、彼が体内に埋め込んでいたことに起因する。

 腹を裂いて、埋め込み、スプレーが押され続けるような形で再生していたのだ。再生する肉の圧力でスプレーが押され、虫が生産される。

 この層に蠢く虫は事前準備されたものたちに過ぎなかった。

 そして今、閾値を越えて、生き血を求めて、解き放たれた虫が、新たな宿主、新たな食糧として、破烈の右腕に迫った。


 強力極まる『星の誕生スーパーノヴァ』の弱点は、一度にひとつしか爆弾化できないこと。

 無数の虫への対処は遅れ。

 虫たちは右腕に群がった。


 ぶちゅ

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリッ!!!!


「あッ、ぎッ、がああああッ」


 啄まれるのとはまた違う。

 食いつくされるという実感が恐怖を呼び起こし。


 破烈を後退させる。

 そこで決着はついた。


 ここまでの時間があれば、復元は終わる。


 ───目が覚める。

 知ってる顔だ。


「『氷壁』」


 爆弾魔の腕ごと、凍らせる。

 まとわりついていた虫は死んだ。


「解除」


 氷は消失する。

 冷気で抹殺された虫たちがポロポロと落ちていく。


「なんの、つもりだ」

「ボクの、勝ちだ」


 黒猫殺しのような気分の悪い真似は二度としない。


 心を折って終わりにできれば、それに越したことはない。


「なめるなッ」


 まだその腕は動くか。

 転がっていた石を掴み、投げつけようとする爆弾魔。

 だが。


 止まる。


「ボクを殺せば、虫が湧く」

「ぐ……」

「またゴリゴリされたいか」

「ぐぅぅぅぅぅ……!」


 その手から、石がこぼれ落ちる。

 床に落ちて、弱く炸裂して割れた。

 それで、終わりだ。


 爆弾魔は、ここで離脱リタイア


 後は───もう、一人。


 氷の壁をぶん殴り、迫ってきたのは


「かき氷は嫌いやねんな」


 金髪。

 こっちは嬉土水門が連れてきた怪物だ。


(鴉に全身食いつくされても甦り、『大氾濫』の虫を丸ごと食らった化物。

 そういう王権レガリアや魔具の力ですか)


 いや。こいつは、多分、吸血鬼だ。

 名乗っていたからな。

 ミレニアム・ベリーウェルダン・エピソードシリンダー。

 愛から聞いてる。吸血鬼にして第九層。単独で複数の国家と条約を結んだ人外!


 だとしたら厄介だ。

 不死の強さはボクが一番よく理解している。


 でも同時にチャンスだ。

 攻略法も。

 一番よく理解している。


 ダリア、魔具を。


(はい)


 手元に転送されてきたのは、刀剣魔具『風斬2』。効果は斬撃を打ち出すこと。

 ミレニアムめがけて剣を振るう。


 それをミレニアムはかわさない。

 打ち出された斬撃を平然と受けて、止まらない。

 真っ二つに裂かれた体は次の瞬間には結合を完了させている。


 間合いに入られた。

 爪が煌めく。

 剣を構える。


 そして互いに、相手の腹を貫いた。

 いや、ミレニアムは腹を貫通した腕に『大氾卵』を持っていて、それを握りつぶす。

 一方のボクは腹の中で『風斬2』をぐちゃぐちゃと掻き回す。


「ゴバッ……少しは躊躇せえや」

「ガボッ……そっちも同じだろ」


 血を吐きながら嘯いてやる。

 爪が抜かれるのに合わせて剣を抜き取る。

 そして次は首を裂かれた。がボクの剣もミレニアムの頭を割っている。


 ミレニアムは眼を細めた。


「「少しは不死身ってもんを理解しとるようやな」」


 ミレニアムが右側の口を動かして笑う。


「やるやん。俺がそこまで躊躇せんようになれるまで十年かけたゆーのに」


 ミレニアムは左側の口を動かして嗤う。


「まだまだや。刃一本で挑もうとか。勝負はもうついとるようなもんや」


 再生。復元。結合。

 不死身。再生合戦。

 耐久では互角。けれど。


「俺は爪が武器や。わかるか?」

「二対一ってわけか」


 攻撃面では差がある。

 ボクは剣を両手で握り扱うのに対して、ミレニアムには空の両腕がある。

 二対一だ。殺傷能力には倍の差が。

 ───否。


「指は十本ある」


 ビキビキと音でも立てるように。


「爪も十枚」


 歪な高速成長と変形を見せる───ミレニアム。

 その爪は十本全てが刃のように延びている。


「十対一やで」


 ならこっちもだ。


 ダリア、全部だ。


(わかりました)


 右手に『風斬2』を持ち変える。

 空いた左手に、刀剣魔具が備わる。


「十対二」


 それだけじゃない。


「十対百だ」


 ズドドドドッ! と。床に突き刺さる形で顕現したのは一層で使わなかった刀剣魔具。


剣豪将軍義輝公を気取らせてもらうアシカガヨシテル・ブレイド・ワークス!」

「懐かしい名前や。ええで。採点したろ。どこまであれを真似できるか、みせてみいや」


 さあ。

 血湧き血踊り血まみれの。

 不死同士の戦いだ。

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