第27話 人外地獄迷宮決戦④
戦闘の開始と共に、ダリアに与えられた命令は二つ。
ひとつは番人代行の戦闘補佐。
そしてもうひとつは、迷宮構造の組み替えだ。
爆破された第一層は消滅しており、侵入された瞬間に第二層へと到達される。これを放置していては、吸血鬼ミレニアム・ベリーウェルダン・エピソードシリンダーとの戦闘中に、最強二人のどちらかが乱入してくる可能性が高い。
彼女らとは一対一で確実に戦わねば勝てない。それが番人代行の判断であり、それに沿って、迷宮構造を入れ換える。
ガゴンガゴンガゴンガゴンという音と共に。
第二層と、第九層を反転させた。
奇しくもその直後に。
『勇者』嬉土水門。
『格好憑け』久遠寺結。
頂点の二人が、
同時に、第六迷宮への侵入を完了させる。
───空である。
「おいおいおい! ワクワクさせんなよ!」
「『この時期に「落ちる」かぁ』(「センター試験完全対策マニュアル 探偵編」より)」
『空挺墓地』という迷宮がある。
これは迷宮内空間が果てない空中となっているもので、飛行能力がない場合永遠に落下し続ける、仏教の地獄のようなダンジョンだ。
この第九層はそこまで広い空間ではない。事実、次の層である第三層『花畑』は遥か下に存在している。
だが。超高度であることに代わりはない。
落下。
それはシンプルながらも、最高の威力を持つ殺人手段だ。
が。
肉体的には「人間」である久遠寺結はともかく。
肉体的にも『人間』である嬉土水門を仕留めるには。
些か心許ない手段であることもまた事実、故に───
「まったく。私は最後の関門だと聞いていたがね。それとも何か。この手際のよさ。さては最初から、計画済みか?」
鴉が舞う。
「侵入直後に迷宮構造を弄る。その目的は二勢力の分断。通常の番人では選べない戦法により意表をつく大胆の手。これが本来の用途かな。彼のよくやる一手だね。……まったく、敵に回しても面倒だが───私に十層二人を当てるとか、味方にしてもここまで最悪とは!!」
ここは落下の処刑場ではなく。
「だが、仕事である以上は全力を尽くそう」
ここは恐るべき狩場である。
「ようこそ、超越者ども。我が空葬の庭園へ」
大鴉が『
単なる発動ではない。
落下する二人の上空を舞う黒翼は。
戦闘機めいた巨大さを持っていた!
「デッケェーーー!!」
『
番人からのアドバイスにより───「カラスにも色んな種類がいるだろ。生成って、どこまで弄れるんだ?」───逸脱の亜種を生み出せるに至っている。
いや、大鴉と呼ぶには最初からこれができていて相応しいはずだ。
「ここまで異形にしたものは、まだ一体しか出せていないがね───巨大鴉。魔物と呼ぶに相応しい怪物だよ」
大きさこそは力だ。
羽ばたきは風を生み、その爪は大地にも傷を残す。啄みは断頭の一撃となろう。
その背に乗って、紳士は嘯く。
「大きさだけが、強さじゃないがね」
四方八方から伸びる漆黒の触手。巨大鴉すら小さく見える、
「かつて私は魔具を六千個持っていたが───使役した鴉の数はその比ではなかったのだよ」
「さっきからベラベラしゃべりやがって! おい、まずはこいつからボコそうぜ」
と、いいつつ。水門は迫ってくる黒の軍勢に意識を向けながら考える。
膨大な数は、脅威である。
落下で死ぬか、巨大さに負けるか、数に食いつくされるか。
単純の三乗。
それ故に、強い!
が。
(だがまあ───耐えながらあの群れを足場にすればいい)
彼女もまた、遥か怪物。
自由落下に任せても耐える可能性があり。
巨大鴉と真正面からやりあうこともでき。
膨大な数を耐えながら、足場として動くことも。
可能である。
とにかく落下をやめて、ジャンプのための足場さえあれば、大元である大鴉を仕留めにいける。
そう睨んでいた。
問題があるとすれば。
「『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』(「鴉言語概論」より)」
肉体こそ超越していなくともその異形の知識は超越している───もう一人の怪物に、それを放つ余地を与えてしまっていたことだ。
喉から放たれたのは誰もがよく知る音の羅列。
けれどその意味を知ることのできない空気の震動。
その震動が、大鴉から支配を奪う。
黒の触手が起動を曲げて、久遠寺結の足場となる。
無数の鴉からなる浮島を手に入れて。
漫然と微笑む、怪物。
「バカな───。言葉を話した程度で操れるわけがない!!」
大鴉の激昂と困惑はその通りだ。
言葉を話せば操れるというのなら、人間の言葉を話せる人間は、他の人間も操れよう。
けれど。その困惑を一蹴して。
「『大事なのは、音。良い音は、また聞きたくなるでしょ?』(「ヨハンの鍵盤」より)」
何を語りかけたわけではない。
彼女は、快楽物質を分泌させるような波長をぶつけただけ。鴉たちはその快楽で支配を突破し、自発的に足場となった。
「『ま、そのデカいのは弄られ過ぎててどうにもならないが───』(「Dr.F」より)
『六千以上、だったか?』(「詰指」より)
『武器の提供、ありがとねー!!』(「日常戦記」より)」
そして再度息を吸って。
「『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』(「鴉言語概論」より)』」
伝えたのはひとつ。
───もう一度気持ちよくなりたいなら、あいつらを殺せ。
万を越す黒鳥が、牙を剥く。
その脅威に、巨大鴉では耐えきれなかった。
───
久遠寺結は花園へふわりと降り立つ。
「『■■■■■』(「鴉言語概論」より)」
足場となった鴉たちに、感謝と労働の命令をして、上へ飛ばせる。
上空では、巨大鴉が群れへと呑まれて一方的に貪られていた。
勇者もまた同様に、呑み込まれて姿が見えない。
大鴉本人は離脱を果たしているようだ───ダリアによって安全圏へ転移させられたらしい───が。
事実上の
そして勇者も、こうなっては突破に時間がかかると見える。
久遠寺が一歩先んじた形だ。
落下では勇者が仕留められず。
入れた念を結に利用される。
必然の結果と言えよう。
ヘラりと笑って、周囲を見渡す。
「『そしてここは、花畑』(「春か彼方」より)」
生物系魔具の一種である植物型を多く配置したことでなかなか凶悪な代物が展開されている階層だ。
幻惑、捕食、寄生。なんでもある。
「『桜の木の下どころの話じゃないな』(「殺人植物の庭」より)」
だが。
まともに当たる必要はない。
「『花は愛でるもの。戦う相手じゃない』(「春か彼方」より)」
回避しながら次階層への扉を見つけ出せば良いだけだ。
植物図鑑を脳内に広げながら、進み出す。
知識の分野が通るなら、久遠寺結は止められない。
四層へと立ち入るまで、五分とかからなかった。
───
その頃。
第九層『虫倉』では。
刃と爪が交差していた。
互いに不死身。武器も無数。
故に両者は防御も回避も選ばない。
ただ、如何に斬るかのみを考え、その武装を叩き込み続けている。
痛みなんか、もう知らない。
右目がつぶれた。
左腕を振り上げようとしたら肘から先がなかったので、無視して振り上げて、振り下ろすその瞬間に再生が完了。ダリアが即座に武器を転送し、命中の直前、手に収まる。袈裟斬り。ミレニアムの体がズレた。のは一瞬。即座に再生を果たしたミレニアム。彼の腕が肺を潰す。呼吸できないが無視をして、右手に転送された剣を奴の喉へ。ぐしゃりと手応え。
互いに笑う。
笑わなきゃ、やってらんねーぜ。
「ゼロ点や。剣豪としちゃあ落第やな」
「そもそも生き物として終わってるよ」
ボクも、お前も。
迷宮人間と吸血鬼だ。
かかっと笑うミレニアム。その舌に短剣を捩じ込んでやる。
頭の右半分が削ぎ落とされた感覚。
止まってたまるか。
奴の足に剣を突き立てる。動きを固定。できない。足が裂けるのを理解して、平然とステップを踏む吸血鬼。
頭がおかしくなりそうだ。
もう何度死んだ。何度殺した。
たった二人の屍山血河。
だが、終わりは近い。
「なあミレニアム」
「なんや」
「お前は、不死と戦ったことはあるか?」
「同族とはしょっちゅうやりあっとったで。吸血鬼の戦闘は血を吸い付くした方の勝ちや。その経験は───残念ながら活かせんなあ」
そう言って。
「いんや、むしろありがたいか。血を吸い付くしても『不死』でまた戻るんやろ? 楽しみや」
「! お前の目的は、『不死』じゃなく」
「せやで。君や。君を貪りたいんや」
ニンマリと。
こいつは笑う。
「契約でな。地上じゃ吸えんし食えんねん。せやけど君なら問題ない」
「ならさっさと吸いにこいよ」
さっきから斬りあってばかりで。
全然吸いに来ねーじゃねえか。
「百年ぶりの吸血やで。最高のタイミングで迎えたいやん」
「オナ禁開けの童貞かよ」
「せやで。あんな感じや。わかっとるやん」
強いな。
伊達に長生きしてない。こっちの言葉でまったく動揺しない。
(オナキンってなんですか?)
動揺してないのはこっちもそうだけど。理由が違うんだよな。
───まあいいや。
そろそろ終わらせよう。
ミレニアムは吸血鬼との吸血勝負はしてきても。
不死身の人間とはやりあってない。
やりあえてるなら、今飢えていないはずだ。血液サーバーにしてるだろう。
となれば、だ。
ボクと違い。
不死の倒し方は心得ていない。
見せてやるよ、吸血鬼。
死なない奴の殺人事件を。
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