第23話 人外地獄迷宮決戦①

 迷宮。

 ダンジョン。

 突如として世界に出現した超常的建造実体。

 内部には物理法則の通じない異空間が展開されており、異形の生物やあり得ざる罠、そして異常なる現象操作術の媒介となるアイテム『魔具』とその極奥『王権レガリア』が存在する。

 発見された順にナンバリングされている。

 内部空間は現実とは異なる時空間に展開されているというのが通説であり、それを裏付ける迷宮も存在する。顕著なものとしては第二迷宮『果てなし』が挙げられ、これは階段を下りていくだけの迷宮だが、現在確認されている限りでは地球直径の二倍の距離が観測されている。内部の気候は一定、材質、酸素濃度も変化しない。地球を貫通し、宇宙空間まで飛び出している環境ではなく、当然ながらそのような建造物も確認されていない。この第二迷宮のように、地球内部に迷宮が構築されているとしたら道理に合わない迷宮も多々確認されており、その内部は地球とは別の時空間に展開されていると結論せざるを得ない状況である。


 迷宮は何故存在するのか。

 それは迷宮が乱立するこの時代誰もが抱く疑問であり、誰もが答えられない疑問でもある。

 超古代の遺跡に似た内装の迷宮は多々存在するものの、考古学的見地から観察したところ、その全てが全く未知の文明・王朝によるものであった。

 また現在の人類の科学を大きく超越した文明によるものと思われる宇宙戦艦内部を舞台とする迷宮も存在している。


 少なくとも、地球、ないし現生人類由来の構造物でないことは明白である。


 では、誰が?

 なんのために?

 自然発生だとしたら、どうして?

 これらの答えを知るものはいない。

 いや、いないわけではないともされるが。

 勇者は知らんと笑い、大魔王は口を閉ざしている。


 私は。


 迷宮のことをこう思う。


 これは、通路なのではないか───と。


 ───




 その日、である。


 8月20日。

 夏休みも終盤に差し掛かろうという、暑い暑い1日の終わり。


 夕暮れ。黄昏時。

 世界が赤色に染まる瞬間に。


「また来ちまったぜ」


 嬉土水門、現着。


「笑顔やね」


 九層探索師にして吸血鬼『赤ん坊』ミレニアム・ベリーウェルダン・エピソードシリンダーを従えて。


「これが笑顔にならずにいられるかよ」

「ついこの間まで味方してたんやろ」

「だからこそだ。あいつの伸び代はよく知ってる。過去最高難易度の迷宮になってることもわかってる。ああ───本当に、楽しみにしてたぜ」

「迷宮狂人やね」

「狂ってねー人間なんざいねーよ」


 勇気あるもの。

 あらゆる難関に挑み、踏破してきた規格外。

 その興味は、楽しいもの、面白いものに向かわれる。彼女を満たしてくれるかどうか。水門の行動指針はただそれだけだ。


「さて、さっそく……ん?」


 その時。

 彼女の鋭敏極まる感覚器官が、新たな人物の登場に気付く。


 同じ瞬間。

 全く同時の刹那。


「」


 言葉を失った人物がいる。


「どうしたんだ、ユイ姉さん」

「『君は、何か大切なことを言い忘れていたんじゃないかい?』(「犯罪黄金世紀」より)」

「何を───」

「『この日本に四人しかいないのは知っているよね』(「空っぽの痛み」より)

『私と同格なの』(「卍葉集」より)」

「ああ。あれだろ、勇者、とか───」

「『そうだね』(「淵の火」より)

『全く、酷いことをしてくれたもんだ。よりにもよって───』(「イカロス墜落」より)

『敵の敵の対極の、ひっくり返したそのまた敵の、敵から見た敵の敵であり、その敵を裏返した敵の、正反対の敵に対する、敵の向かいの敵の、そのまた敵の敵の敵がいる』(「絶界夢」より)」


 そして、だ。


 久遠寺結は身構え


 させねえよ。

 あたしがそれを許すとでも?


「『え』(」


 背後に回り込んでいた勇者が、大魔王の姉の頭を掴み、地面へめり込む程の勢いで叩き潰した。


「まったく爺どももわかってねーぜ。あたしとこいつを同時に編成? どこの世界に敵同士を並べるバカがいるってんだよ」

「『ああ───まったく、ひどいユメを見ているようだ』(「境界hell&heaven」より)」


 地に両手を打ち付け。

 ゴボッ、と。

 地面から顔を引き抜く結。

 その動作は極めて気味の悪い代物だ。


「『ここは私に任せて先に行け───何、直ぐに追い付くさ』(「天頂世界のレガリス」より)」


 立ち上がり、そして。


 相対する。

 敵対する。


 十層探索師。頂点の中の頂点。

 その相性が良いはずもない。

 逸脱の究極であるがゆえに、単一の極限域に到達した生命なのだから。型はヒトなれど。その意味はもはや別種の系統に踏み込んでいる。

 故にこの二人は相容れない。

 出会った瞬間に、どちらが上か決めなければ、まともなコミュニケーションすら取れない。それほどに別種で、それほどに拮抗した、対極の対極の対極に座す、互いにとっての特異点。

 つまり───あたしとしちゃ、こいつはここで捩じ伏せてやらなきゃ気が済まねーんだよ。

 上層部の爺どももめんどくせーことしやがって。


「あたしたちは相性最悪だが、それでもこの二人でなきゃクリアできねーって判断されたわけだな。舐められたもんだぜ」

「『」

「おーっと喋るなよ引用癖。お前が喋り倒しちゃ、作者への負担から筆を折られかねねーぜ」


『ならいいよ。こっちはこっちで好きに喋るさ。こんなに余白があるんだもんね。広く使おう。使い潰そう』(「メタリバース・ダークネス」より)


「けっ。困った時のメタ発言といい、その引用癖といい、まったくお前はよく似てるぜ───だが、お前とあいつは似ているようで、根本から違うバケモノだ」

「『君の強さに、よく似た妹を知っているよ』(「巨妹戦艦シスタリア」より)」

「前置きはまあ、こんなとこでいいだろ。いい加減、体が疼いてたまんねーぜ」


 嬉土水門は嘯く。


「『正気に戻ってくれ、私は君と戦いたくない!!』(「首輪物語」より)」


 久遠寺結は嘘憑く。


 ───ここに両者の合意は成された。

 いざ始めよう───最初にして最大の、場外乱闘を。


 ───


 萩原破烈は走っていた。


(何がなんだかわからねえ)


 敵の敵? なんであの二人が戦っているのか、まったくもって理解不能だ。

 というか、なんで勇者がここにいるのか。

 騙されたのか。上層部は意図して情報を伏せていた。メッセンジャーを命じた、破烈に対してさえも。


(まああの様子じゃ最初から説明してたら来なかったろうしな……)


 と納得する。


(とにかく今はあの迷宮に乗り込んでやる。───俺の目的はひとつだ)


(番人の、抹殺)


 自らの武器たる白球を意識する。

 爆死球。爆発の魔具と遠距離攻撃の組み合わせはシンプルゆえに強力だ。

 これで以て、迷宮番人たる男を抹殺する。

 大魔王の心を奪い続けている男を。

 殺すことによって、


(俺は俺の世界を守りたい)


 後から入ってきたのは自分だ。

 それでも。

 それでも、都合よく大魔王を利用するだけのあれが、今でも寵愛され、一方で魔王に仕える軍団が死んでいくのは、許せない。

 八つ当たりだ。

 共感などいらない。

 だが。

 とにかく、動き出さなきゃいられない。


 だから───!


「おーっと、待てや」

「ッ!」


 呼び声に対し咄嗟に反応し白球を構える。

 そんな彼の、後ろにそれは立っている。


(───後ろを取られた!? まずい)

「まあ待てやって。じぶん、水門ちゃんがいった方から来たのはなんでや───ああ、そゆこと。見えたわ。また面倒なことになっとるなあ。爺様方も人が悪いわ」

「だれ、だ」

「なんでも視ってるお兄さんや。よろしくねん」


 途方もない気配がそこにある。

 人のカタチをした虚ろが、そこに空いているようにすら思えて仕方がない。

 なんだ、これは───。


「関係ない。俺は先に行く」

「心が強いんやね。ええよ、止めへん。ちゅーか俺も行くところやねん。あの迷宮。引き止めたんは、状況が知りたかったからや。すまんな」


 ふっと、気配が消えた。

 と思ったら目の前にそいつは立っていた。

 金髪金眼。純白の肌。長身。

 美しいカタチでありながら、何故だろう。

 おぞましい力を感じさせる───。


「なんなら一緒にいこか」

「勝手にしろ。俺は俺の道を行くだけだ」

「まあまあ。一人は寂しいで。これはホント」


 破烈は無視することにした。

 強大な何かであることは察せられるが、相手をしていられるだけの余裕はない。


 迷宮の入口、その前に立つ。

 だが彼のとなりには、金髪の男が立って。


「ほな、レッツゴー!」


 と緊張感の欠片もない声で侵入した。


「なッ、まてこいつ!」


 遅れてたまるかと。

 破烈は踏み込み───迷宮へと侵入する。



 ───


 最初に感じたのは黒だった。

 なんや黒いなあと感じて、次の瞬間には、吸血鬼は全身を貪り食われて死んでいた。


 ───


 最初に感じたのは黒だった。


「なッ───!?」


 次に轟いたのは羽音と叫声。

 周囲を包む漆黒に、嵐雲に突っ込んだかと、竜の巣にでも迷い混んだかと錯覚する。

 だが直ぐに認識を修正。

 これは、


(鴉か!?)


 通路を埋め尽くすほどの鴉が飛び交い、襲ってきているのだ。

 戦慄。

 直後、痛みが走る。

 それらは体の随所から走り、神経にて合流し、脳髄に大瀑布となって注ぎ込む。


 激痛。激痛。激痛。激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛激痛なんだこれは!? 食われているのか!? 俺の体が──────!?


 咄嗟に、だ。

 破烈は床に手を当てた。

 魔具を発動する───


 彼は二つの意味で、運が良かった。

 一つ目は、一歩も動かずにそれができたこと。

 鴉の群れは、目隠しである。この階層の本命は、突き出された無数の刀剣系魔具にあり、下手に踏み出せばそれらが起動、鴉の陰から炎や稲妻を迸らせる仕組みになっていた。だが、破烈は一歩も動くことなく、その動作を取れたので、その罠を事実上無効化することに成功していた。


 そして、二つ目。

 彼の魔具は、この状況を突破するのに、向きすぎていた。


「『星の生誕スーパーノヴァ』!!」


 掌に刻まれた紋様。契約と共に刻まれるそれは、触れたものを爆弾と化す能力を、契約者に与える。触れたものを爆弾にする。それだけの魔具といえる。

 だが───この魔具は、効果対象に縛りがない。

 それがひとつのものであると認識してさえいれば。

 ビルひとつを丸ごと爆弾に変えることすら可能なのだ。

 今回、彼が変えたのは。


 この階層丸ごとひとつそのものであった。



 ───大爆発。

 それは言語を絶する。



 迷宮第一層が、崩落する。

 そして、床は消え去り、第二層───虫倉へと、破烈は降り立った。


「ここは───」


 ぐちゅりと足元でなる音。

 落下の下敷きになっているものを認識して、破烈は自死をも選びたくなる。

 何故ならそこには、見渡す限りの、虫・虫・虫!! ゴキブリナメクジ蛇までいる!! 蜘蛛も百足も揃い踏み!! 幼虫が群れをなし、上部には蛾と蜂と虻が舞う!!

 おぞましき虫のカーニバルだ。

 しかも床が虫に覆われていて、一層でやったような大爆破が狙えない。

 個別にやっていこうにも、これだけの虫の数じゃ、先にこっちが死ぬ。

 死。

 死が頭をよぎる。

 全身を虫に食い破られての、死。

 脳味噌に幼虫が入り込み、骨にはクモの巣が張られ、胃をゴキブリが貪り、腸の糞便をナメクジが啜る。そんな光景がよぎる。

 嫌だ。

 だがどうする!?

 どうしようもない。

 死ぬ───おぞましく、死ぬ───


「まあまてや。絶望するにはまだ早いで」


 その時───だ。

 上層からボトリ、と。落ちてきたのは鴉の死骸だ。それは速やかに虫に飲み込まれていく。

 が。

 そこを起点とし───鴉の死骸を中心に、真っ黒な影が広がっていった。それは光の一切を反射しない、全てを飲み込む黒色。破烈を避けながら広がるそれらは、虫の全てを黒色に染めて。


「ご馳走さん」


 崩れた。

 ボロボロと崩れていく影。

 後には何も残らない。飲み込まれたはずの虫は綺麗さっぱり消えて───後には、金髪金眼の男が立っている。


「前菜にしちゃなかなかやね」

「お前───まさか」


 ここに来てようやく、破烈は気付く。

 この男の正体に。

 九層の人外。

 不死身を誇る、人類の天敵種。


「せやで。俺がミレニアム・ベリーウェルダン・エピソードシリンダーや」


 鴉に食われようとも死なず蘇生し。

 生来持ち得る形態変化の異能で以て全ての虫を貪り返した規格外。


「助かったで」

「は?」

「一層。俺だけやったらずっと食われておわっとったわ。回復より食う速度が上まわっとった。が、君のお陰で突破できた。あんがとさん」

「別に──俺は」

「ん、ツンデレしてる暇ないみたいやで」


 そして。

 二人は、ボクに気付く。

 第二層に転移してきた、ボクに。


「いきなり王将のお出ましかいな」

「いつものことだ」


 最奥で待つつもりなんかない。

 むしろ、打って出るべきだ。

 ずっと、そうやって勝ってきたんだから。


「吸血鬼に軍団員。───ボクじゃあ役不足かな?」


「煽っとるんか自分。おもろいなあ。自分が餌やってこと、骨身に刻んで、舐めしゃぶらせてもらいますわ」

「殺す」


 両者殺気が迸る

 いいぜ、始めよう。

 のっけからの、大将戦だ。

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