第22話 お前を攻略するのは
物語の始まる瞬間を求めていた頃というのは誰にでもあると思う。
教室の机に突っ伏している休み時間、近付いてくる足音に、未知の世界へ引っ張っていってくれる誰かを期待したこと。
雨の日の放課後、忘れ物を取りに戻った教室の、誰もいない閑散と静寂の中で、机と椅子の影に潜む何かを幻視した気がすること。
夏の日の村の道、そこの曲がり角を、運命を抱え込んだ背の高い誰かが曲がってきて、目が合う瞬間が訪れること。
夜の高架下、自動車の通行音の下で佇む、アングラな誰かとの遭遇。
物語へ引き込んでくれる何かをずっと期待していた。
それは人でなくてもいい。
門でも、クローゼットでも、なんでもいい。
車でも、森でも、川でもいい。
電車でも、階段でも。
行けるのならば。
それは、なんでも良かった。
物語の始まる瞬間を求めていた頃というのは誰にでもあると思う。
───そして、私にそんな『扉』は開かれないことを知ったのが、確か
───
第六迷宮『遙玄暗黒宮地獄御殿』。
その最深層で、王権を置いた玉座を眺めながら。
ボクは言う。
「……ヤバくない?」
(ヤバいですよ)
「ヤバいよな!?」
何!? 処刑って何!? ボクそんなヤバいことしたかなあ! いやまあ確かに国家探索師殺害はしたけども。うーん。それなら確かに処刑対象扱いもされるかあ……。でもさあ、その為に送り込まれてくるメンツがおかしいだろ!
勇者と、大魔王の姉やぞ!
もっとこう、手加減をだな!
ちなみに何故これがわかるのかといえば、大鴉こと烏丸氏が外へ出た時に情報を拾って教えてくれたのでした。
「わたし逃げようかな」
「逃げないで!!」
「ボーナス」
「十倍!」
「いや三十だ」
「それは、ちょっと……十五!」
「もう一声。二十五でどうかね」
「ぐぅぅぅぅ。じゃあ、二十倍は!?」
「オーケー承った」
という一幕が、烏丸氏との間で起きたりした。
拝金主義者め。あんまりその方向突き詰めると危ういぞ。先達がいるからなその路線は。もうお前は魔具を持たせた鴉の軍団みたいに差別化できない状況なのも忘れるんじゃないよ。
(その状況作ったの、あなたですけどね)
それは、そう。
しっかしまあ。
とんだ事態になってしまった。
勇者。
嬉土水門。
世界最多の迷宮攻略数を誇る超越的人類。
だが彼女は、あまりに強すぎるが故に、その強さの根源や強さの種類、すなわち実力の詳細の一切が不明である。
超人開発計画の被験者だとか。
神と人のハーフだとか。
別の世界から来訪した逸脱者だとか。
色んな与太話がごちゃ混ぜになって、正体への到達を阻む。
世界規模の英雄にして。正体不明の怪人。
そしてボクの命が助かるきっかけを与えてくれた恩人であり。
今、ボクの命を危うくしている張本人。
手加減は、してくれないよなあ。
あの性格だ。実は本気でボクの迷宮を攻略したいと思っててもおかしくはない。
短い付き合いだがわかる。彼女は、今を楽しむ大天才だ。後の事はその実力でごり押すタイプ。となれば、手加減なんか一切しないだろ。
うーん。
でもまあ、見方を変えれば。
倒してしまうことに良心の呵責を覚えない相手でもある。恩人なのは間違いないが、迎え撃つことに躊躇もない。それは確かだ。
なんなら勝って、約束を果たしてもいい。
約束。
おむつ。
悪くないだろ?
(
正確にはおむつフェチではないが。
だがケツを彩る装身具は、色々試してみたいところだ。
とにかく。
嬉土水門については全力で迎え撃つのみだ。
一方で、もう一人。
考えたくもない相手がいる。
久遠寺結。
大魔王の姉。
最悪の探索者。
世界的英雄たる水門と比べて、一般への知名度は0どころかマイナスの域だ。ここ数年は迷宮の攻略件数もゼロなはず。引きこもってるからな。
それでも十層───探索者の頂点に位置するのは、
なんでなんだろうな……。
妹の影響?
勇者に次ぐ迷宮攻略数を誇り、特に発掘した魔具の数では勇者をも上回る、それでいてその大半を世界にバラ撒き、兵器による戦争を、魔具による戦争へと替えて仕舞った大魔王。その姉として、制御弁的効果を狙っての、頂点の地位なのか?
いや、違うかな。
あれはそんな女じゃない。
妹を愛しているんだ。制御の役割なんか果たすわけない。
じゃあ、なんで十層なんだろう。
あの喋り方になる前は、普通に久遠寺財閥の跡取りとして、妹狂な以外は真っ当な才女だったはずなんだけどな。
そもそも迷宮攻略したことあるのかね。
俺は知らない。
あいつの姉だとしても。
知らなかったし。
知りたくもなかった。
考えれば考えるほど混沌としてくる。
不気味なやつ。
だがはっきりわかることがあるとすれば。
こっちもこっちで手加減してくるタイプの相手ではないということ。むしろ妹に近付く虫として相当な意思の元叩き潰される可能性だってあるほどだ。
それにボクとしても手加減の理由はない。あいつの姉だからって。例え殺すことになっても、躊躇せずに抹殺できる確信がある。
(つまり?)
どっちが来ようと、返り討つだけだ。
(具体的にどうやって?)
わかんねーよ。
アッシャーや大鴉とは違うんだ。攻略スタイルや戦法を推測できないのがキツすぎる。
黒猫戦みたく土壇場での覚醒も期待できない。
圧倒的な実力故に全てが未知数な奴。
正体不明が極まった為に未知数な奴。
対策なんて立てようがない。
その場その場で対応していくしかない。
……最悪、情報なしの強者を連れてくる可能性ぐらいまで考慮しといた方がいいだろうな。
最悪。そう、最悪だ。
常に最悪を想定しろ。
不条理な敗北を。理不尽な実力差を。
あり得ない覚醒を。滅茶苦茶な逆転さえも。
想定し、推測し、覚悟しろ。
奴らはその上を遥かに舞う。
それを撃ち落とさないと、ボクは生き残れない。
なんだ。
やることは変わらない。
いつもと同じだ。
生き残るために、格上を撃つ。
どんな手段を使ってでも。必ず。
その時だ。
ガゴン、と。
鳴る。音と震動。
───え。
まさかもう来たの?
(いえ、これは一人です。入ってきたのは一人だけで、ええっと、この、反応は───)
ダリアの反応がおかしい。
意外すぎる人物の侵入に驚いているみたいだ。
そういう気持ちが伝わってくる。
とりあえず、いってボクの目で確認しよう。
迷宮内の移動は、迷宮そのものとなった今、ある程度自由に動ける。
入口付近まで一瞬で移動する。
そしてボクは見た。
なるほど。
これは確かに、ダリアも戸惑う。
ボクも戸惑う。
水門でも結でもない。
生きてたんだ。
そこに立っていたのは、女だ。
筋骨隆々たる長身の───女性。
肩に担いでいるのは巨大なハンマーで───巨大な───……なんか デカくね……? 人間一人なら頭から足までペシャンコのコイン状に叩き潰せそうな代物だ。太すぎ、重すぎの一発を放てるだろう、一撃で場外不可避のデカブツ。右手にはその柄を持っている。では左手はというと、そちらは黒い義手が嵌められていた。服の上からでも分かるはち切れんばかりの体格は健在。ジーンズは男物の平均サイズを優に越えているし、シャツに至っては辛うじて胸の真ん中までを隠すにとどめ、下胸から腹筋の割れた腹がほぼ全部明らかとなり、その肉体美を惜しげもなくさらしていた。
手入れを放棄した髪の毛を前髪含めて全て後ろに流している。
どこか涼しい表情で。
見つめている───ボクを。
「勇者と戦うと聞いた」
「なんで───お前が」
「ああ、黒猫が何か言っていたか? あんな卑劣者には不意を討たれようとも殺られないとも。だが
「いや、いや、確かにそれも気になってたけど! なんで今、来たんだよ」
「勘違いするな。助けに来たわけではない。『不死』が勇者や魔王の姉の手に渡ったら、私には二度と手に入らんと思っただけだ───つまり、打算だな。それと、だ。
そう言って。
最初にして最強の敵だった巨駆の女は。
ニッ、と笑ってみせた。
「他の奴に先は越させん。故にそれまでは、お前を守ろう。勇者を下せば、一度のみの挑戦というルールも、破却できるかもしれんからな」
「……ありがとう」
「こちらこそ、申し出を受け入れてくれたようで、感謝する───ありがとう」
こうして。
戦力は揃う。
どうしようもなく。
そんな中。
真っ只中。
最大の決戦は、刻一刻と近付いていた。
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