第21話 混沌より引き用いる諧謔

 お前は猫になれないよ。

 私は狂っていますから。


 ───


「『し、死体だ……!?』(「赤色城殺人事件」より)」


 大して驚いた素振りもなく。

 冷めた目をして屍を見下ろしていたのは、上はスーツで下にパンツだけを履いた女である。


 久遠寺結。引用癖の怪人。

 大魔王の姉。


 彼女の目の前で屍に変じていたのは、霧ヶ峰一刀両断という少女だった。

 彼女の妹である大魔王が率いていた『軍団パーティ』の一人である。


 軍団殺し。

 久遠寺愛に頼まれたのは、そういう調査だった。

 何人かの軍団と連絡が取れない。元から大した連絡なんて取ってないけど、死んでたら死んでるなりの扱いをするから調べてきてと頼まれたのだ。

 そして今まで三人が死体になっていた。

 これは、四人目だ。


 異様なのは、それら全てが自殺であることだ。

 それも、まごうことなき自殺である。

 他殺の介在する余地は微塵もない。

 完璧なる自殺を以て、彼らは、大魔王の配下たる彼らは、その悪名と栄光で満ち溢れた人生を終わらせている。


 一人目 鬼厳城大角。死因、刺殺。個室トイレの中で自らの胸に槍を突き立てての死亡。個室は内側からしか掛けられない鍵で施錠されていた。


 二人目 上八代遠九郎。死因、首吊り自殺。白昼堂々、公園の木を利用して吊った。複数の証言から、彼が完全に一人で自殺を敢行したことは裏付けられている。


 三人目 青紫赤。死因、出血死。リストカットである。彼女はそれを海で敢行した。両手を切って海面に浮かんで、それで死んだ。周囲の海水浴客が、彼女に近付く不審人物はいなかったことを証言している。


 そして四人目。

 霧ヶ峰一刀両断。死因、首斬り。彼女は自らの持っていた太刀で、自らの首を切断した。壊れたスプリンクラーのように血を撒き散らす自分の体が、彼女の見た最後の光景だろう。

 自殺を図った場所は、タクシーの車内である。彼女の本職はタクシー運転手だった。死亡時刻には誰も乗せていないことが、ドライブレコーダーから明らかになっている。


 もちろん、警察の発表から知ったわけではない。

 三人目までは彼女独自の調査で。

 四人目はこの目と指と器具でドライブレコーダーの中身を確認して、わかった事実である。


「『さて』(「名探偵尸屍のネヴァーエンドロール」より)

『どうしようか』(「逆さまの城」より)

『一刀両断』(「竜胆ナツキの刀は二振り」より)

『ちゃん』(「お姉ちゃんには向かない搾精」より)

『君のことを教えてくれないか?』(「夕日の赤色の中に死ね」より)

『なんてね。答えるわけないのにね。バカみたいだ、あたし』(「密告者の森」より)」


 タクシーの助手席に乗り込む。

 死体の隣に座る。

 なかなか気分がいいと、結は感じた。


「『自殺志願。そこに理由は大事じゃない。重要なのは気分なんだ。死にたくなる一瞬は誰にでもある。理由は関係なくね。何もかも成功した人間にもこれは起こり得ることだ。死は、いつも隣に立ち、常にこちらへ囁きかけている。それを聞き取る気分だったかどうか。大事なのはそれなんだ。聞き取ってしまえばもう、終わりだ。昨日遊びの約束をした友人が、日を跨いだら死んでいる。よくあることだろう。自殺に理由はないよ。気分はあるけどね。そう───気分だ。気分。気分が、問題なんだ。ねえ、君。君は最後に、どんな気分だったんだい?』(「霊媒少女事件忌録」より)」

『なんてね』(「殺意感染病原菌」より)

『そんなの、聞くまでもないことだ』(「すいそう!」より)

『幸せだったに……決まっている……!』(「火山灰の勇者」より)」


 事実、霧ヶ峰一刀両断の切り落とした顔は笑っている。笑顔がびっしりと張り付いている。満面の笑み。満天の笑み。満点の笑みだ。百人が見て百人が笑っていると評するだろう笑みだ。


 それが彼女の本心からの気持ちだと判断することは、不可能じゃない。

 ───この笑みを見るのが四度目でなければ。

 そして、三度目までの三人が皆、『軍団』の構成員でなければ。


 つまり、だ。

 彼女が発見した四人は、全員笑顔で自殺していた。


「『流石に作為が見えすぎね』(「海を泳ぐ教室」より)

『私のパンツ』(「時間泥棒チクタクロック」より)

『みたいだわ♥️』(「淫魔一万人とセックスしても出られない部屋」より)

『或いは彼への好意みたい』(「銀河の家」より)

『下校時の自転車小屋で偶然にも片想いのあの人と遭遇、みたいに作為がバレバレだわ』(「海を泳ぐ教室」より)」


 作為。


「『初歩的な事から説明するよ! 私はシャーリー・ホームズ! ベーカー街の221Bの美少女諮問探偵!』(「シャーロック・バース ザ・ダイナミクス・オブ・ザ・マルチバース」より)

『まあ端的に言って』(「闇の経済心理文学」より)

『彼らは気分を後付けされた。その結果自殺した。そうだろ?』(「探偵殲滅館の殺人」より)

『自殺に見せかけたのは、恐らく』(「空亡きの蝕」より)

『他殺と思わせないためだ』(「白い聖母」より)

『その理由は?』(「夕日の赤色の中に死ね」より)

『───本当は他殺。そんなことはない。全くない。何故ならそれなら』(「キマイラの標」より)

『僕は皆を笑顔にしたい』(「HERO!」より)

『ならぬ』(「禁足地」より)

『皆笑顔の』(「すいそう!」より)

『死体にしちゃあいかんでしょう……』(「猿夢」より)」


 全員が笑顔で自殺していちゃ。

 そこに作為があり、繋がりがあり、完全な自殺とは言えなくなる。仕掛けがあると思われる。他殺死体を自殺と見せかけられなくなる。


 だが。


「『それが目的だとしたら?』(「異世界勇者の工学的魔王討伐法」より)

『自らの犯行を否定するのではなく、自ら以外の犯行であることを否定するための、そういう仕組みだとしたら』(「霊媒少女は記憶喪失の霊を降ろす」より)

『自殺』(「殺意の経典」より)

『笑顔』(「竹林竜」より)

『軍団』(「日本史B」より)

『これら全てを満たす誰かが、極度に絞られるなら、それ以外の誰かは、疑われない』(「殺人冤罪」より)

『無関係な人を、巻き込みたくない。だから……!』(「Fight/sunshine go」より)

『って、ワケ? イカれてるね』(「正気の城壁」より)

『実に───私好みに』(「死妖姫異聞」より)」


 ヘラヘラと、彼女は笑って。

 タクシーを降りた。


 次の瞬間、空気を巻き込む鋭い音と共に投げつけられた白球。

 久遠寺結は咄嗟に身をそらして回避する。

 そして、投げつけられた方向を向く。


「十層の久遠寺結だな」

「『おいおいおい、いきなり爆破とはいい挨拶じゃないか。私のことをなんだと思っているんだい。魔王か何かと勘違いしているんじゃあないか?』(「月下狼街ガラクタ区」より)

『それともうひとつ───』(「ふるべ」より)


れ』(「大きな黒の死」より)


『私のことは』(「VSイルミネーター」より)


『ユイ姉さんと呼びなさい』(「世界の終わりの珈琲ショップ」より)


『これ以上ない親しみとほんの僅かな呪いを込めて』(「怪異無礼教大聖経典」より)




 ───『ね?』(「美しさという搾取と醜さという暴力の相関並びに帰納的世界数列が内包する矛盾についての一考察」より)」


「一刀両断のタクシーで何をしている」


 返答なしに。

 姿を表したのは、


「『萩原破烈はぎわらはれつ』(「甲子園全出場校一覧」より)」


 髪は伸びてボサボサだ。

 服装もラフで、甲子園の熱闘を、その速球で勝ち抜いた天才投手としての面影は殆どない。


 だが、彼の指は。

 今もなお、歪に───投球という機構に最適化されている。


 そして彼の口から、一刀両断───霧ヶ峰一刀両断の名前が出たということは。


「『君も』(「ラッキーハッピーイエローレッド」より)

『「軍団パーティ」の一員だったとはね』(「大彗星戦記」より)」

「質問に答えていないぞ」

「『そうだねえ。いきなり攻撃してきた相手の質問に答える気分じゃないけれど。一秒後には答える気分になっている可能性もある』(「太陽の巣」より)

『未来は誰にもわからない。だからこそ素晴らしいんだ』(「徳川陰陽奇譚」より)」

「頭と腹、どっちぶち抜かれたいかだけは選ばせてやるよ」

「『両方』(「スイートスペシャル二段盛り」より)」

「あ?」

「『無理だよ───君にはね』(「夏空、失恋、飛行機雲」より)」


 次の瞬間、解き放たれた白球は一瞬にして160キロにまで加速する。


 それより速く。


 久遠寺結は、破烈の目の前まで接近している。


 白球は彼方へ去った。

 腕の内側に入られては、投手としては打つ手がない。元より打ち取る側でもあるし。

 咄嗟にバックステップで距離を取ろうと試みるが、その足を結が踏みつけた。


「『ここからどうする? 私は……シてもいいけど……?』(「106号室は煙草の匂い」より)」

「クソ、女ぁッ!!」


 振るわれた拳を避け、その手首をパシッと掴む。

 もう片方もあっさり確保した。

 そして、言う。


「『君のその、掌の紋様』(「七つ星」より)

『魔具』(「月刊ダンジョン六月号」より)

『だろ』(「雪の降る島」より)」

「なんで───」

「『効果は、触れたものを爆発物にする、とかかな?』(「死神と呼ばれた暗殺者は、異能バトル環境でも生き抜く」より)

『近接でも強力だが、その真価は遠距離で発揮される』(「セカンド0」より)」


 そして。

 首をかしげた。


「『こんな風に☆』(「小惑星の偶像 モリアーティ、アイドルのプロデューサーになる」より)」


 そうして空いた空間を突っ込んできたのは、白球。それは破烈の額に高速で直撃する。


「がぁッ」


 その球の表面が焦げ付いている。

 触れたものを爆発物にする魔具『星の掌』。それで球の一部を爆発させ、回転を切り替え、単独でボールを、空中で跳ね返させる。まさに神業と言って差し支えない一撃だが、久遠寺結はそれを読んでいた。

 読んでいたのだ。

 過去に。


 だから、かわせた。


 これで格付けは終わりだ。


「『じゃあ教えてもらおうか』(「黒板消し殺し」より)

『私に何の用?』(「大彗星戦記」より)」

「用があるのは……俺の、方だ……!」


「『 』(「A086M77魅5503VV」より)」


「……?」


「『 』(「A086M77回5524VV」より)」



「『 』(「A086M77録5601VV」より)」


「はい。私は、『軍団』としてではなく、七層国家探索師として上からの指示を伝えるためにあなたを探しており、先ほど偶然、仲間である霧ヶ峰一刀両断のタクシーから降りてくるのを発見しました。ただそのタクシーを覗いたところ霧ヶ峰は首がなく、あなたが殺したものと判断し攻撃を選択しました」


 それは、何の引用なのか。

 引用はこんな効果を発揮できるものなのか。

 真実は目の前の光景だけが示している。

 破烈は虚ろな目をして、涙と涎と鼻水を流しながら、止めどない言葉を続けている。

 萩原破烈の心を言葉───否、音のみで壊した、久遠寺結。

 彼女は垂れ流される破烈の言葉を満足げに聞いた。


「指示は、第六迷宮を攻略し、番人代行を迷宮死刑に処せ、というものです」

「『いいよ。やってあげる』(「世界のために、できることを」より)


『頼まれてた調査も、切り上げよう』(「狂苦繰来」より)


『この辺が潮だろうしね』(「にいやまの奥地」より)


『それとひとつ。姉として、妹の友達に教えておくよ』(「エスの伝承」より)


『君は』(「独自性がない現代人」より)


『「軍団」には』(「実力が足りなくて」より)


『相応しくないね?』(「さよならの言い方を教えてあげる」より)」


 その言葉こそ。

 真に。

 彼を、破壊した。

 ───かに見えた。


「……わかってるよ」


 だが。

 実態はむしろ逆である。


「わかってるよ。俺たち『軍団パーティ』は所詮代替品だ。記憶のないあいつの代わりに、暇潰しのため揃えられたスペアに過ぎねー。だから、相応しくなんか最初っからねえよ。それでも、俺たちはついていくと決めた」


 額からだらだらと血を流しながら。

 彼は吠える。


「だからこそ許せねえ! 俺たちの冒険から、あいつらが離脱するわけがねえんだ。魔王から追放されたってしがみついてでもついていく、それが俺たちだろ!! なのに、なんで……なんで笑って死んでんだよ……!! 納得いかねえよ!! なあ! なんでなんだよ!!」

「『その答えを知りたいなら』(「時間と暇の魔界学」より)

『共に来い』(「桃太郎殺し」より)

『教えてあげよう。倒すべき敵は誰か。敵の敵の敵のそのまた敵の更に敵の対極にいる敵の好敵手たる敵にとっての天敵の強敵の───その、敵まで。全部全部殺し尽くすために。まずは最初の敵を、教えてあげよう』(「愚皇帝」より)

『───賢王ダビデ曰く、寝取りたいなら殺してやれ、だ』(「グラニア伝奇」より)」


 それを告げた時の彼女の顔は。

 心を折ろうとしたときの笑みの。

 十倍は、ニコニコしていた。




 それは、あらゆる意思を借り物のみで表現する。

 自らにかけた引用という枷を気に入り、それを常に纏って悦に浸る。構造それ自体は普遍ながらも、出力規模が歪極まる人格の持ち主。

 人間。呪言師。

 久遠寺結。

 大魔王の姉。

 混沌より引き用いる諧謔こそ、彼女の罪骨頂。


「『今度こそ』(「山災鳥は夜に啼く」より)


『ユイ姉さんと』(「世界の終わりの珈琲ショップ」より)


『呼ばせてあげよう』(「シリウスの極性」より)


『これ以上ない親しみとほんの僅かな呪いを込めて』(「怪異無礼教大聖経典」より)



 ───『ね?』(「美しさという搾取と醜さという暴力の相関並びに帰納的世界数列が内包する矛盾についての一考察」より)」




 ───勇者、吸血鬼、軍団員、そして大魔王の姉。

 先の探索者を遥かに凌ぐ、逸脱の怪物が、第六迷宮へと迫っていた。

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