第12話 愛様ちゃん様は待ってるからねー

 ───扉の奥。

 地下に続く階段は夜のようにむ。

 光ささぬ暗黒天体。宇宙に空いた虚めいた。

 足を踏み入れ、扉を閉ざす。

 この闇に包まれていると、棘憑きの多脚をギシギシ動かし、表情のない機械仕掛けの顔で笑う、人食いの奇怪な虫がすぐそばで涎を流しているような錯覚に襲われる。

 いや、まあ、錯覚ではないのだけれど。


「『地獄への道は』」

「善意で舗装されている、だろ」

「『いいや。悪意だよ。神様って言う、声のでけえやつのね』(「レオナルドの憂鬱」より)」


 この姉が後ろにいるからね。

 下手な魔物より気味が悪い。


 外光は既に遮断されている。

 階段を下りる足音だけが響く。カツン、カツン、カツン……。石造りの通路を抜けて、突き当たりの扉を開ける───さあ、道化師に退路を断たれたまま、大魔王の玉座の間へ。


「よ───愛」

「や 悟」

「やめろ。ボクまだ名前を開示してないからマジと思われるだろ」

「安心しなー。もう十二話なのに明かしてないんだから一生開示の機会なんてこないよ~」

「そんな事ないだろ。もっと大事なさ、ここぞという場面で開示されるんだよきっと。或いは何らかの叙述トリックが仕込まれてる可能性だって」

「ないない……うあー、石板どこだっけー?」

「何やってんだ」

「ドラクエ7」


 ゲームしてやがった。


 会話の俗からは想像できないほど、空間は清潔である。

 頭上はガラス張りで、貯水湖の底が天井として敷き詰められている。夏の日射しは十メートル以上の青色に阻まれ、揺らぎ、万華鏡めいて揺らぐ光線として地下室へと降り注ぐ。

 部屋の中心には無数のアンティークめいた器具と、その前に腰掛ける小さな背中。


 年の頃は十七歳でボクと同い年だが、中学生の頃から成長が止まったらしく、その背は百四十センチもない。


 絹のような長い黒髪。

 彼女は振り向く。顔だけで。


「協力プレイ、やる?」

「ドラクエ7にそのシステムはないだろ」


 幼さが形をとったような表情。

 異国の血よりもなお遠く、異界の血でも混ざったような、青い瞳がボクを見る。


 およそ人間として理想といえる容姿をした。

 そして人体として成立し得ない形状のそれ。


 この人物が、この地下室の主人にして、大魔王と呼ばれた元探索者。


 四肢の全てが義肢であり、その全てが迷宮から出土した王権レガリアである、久遠寺愛という少女だった。


「レブレザック行きの石板があと一個見つからないんだよ」

「行かなくていいよそこ。……聞いていいか」

「なぁに?」

「テレビもハードも無しにどうやってゲームしてんの」

「あるじゃん。ほら」


 示されたのは眼前のアンティークな器具の山。

 だがそれらは単なるアイテムではないことをボクは知っている。

 これは全て、魔具だ。


 魔具。

 迷宮から発見された、超常のアイテム。

 詳しく説明しなくても伝わると思うけど一応するなら、それらはどうやら魔力を持って動作する、物理法則とは異なる仕組みの世界の代物だった。

 ボクが素材になる前のダリアにも、多分あっただろうそれらを、


 愛は


 億単位で保有している。


 眼前の山は、その一部に過ぎない。


 その魔具の山で何をしてるのかと言えば、ゲームだという。


「わかるように説明してくれ」

「ん~、ちょっとした工作だよ。夏休みらしくていいかなって。魔具を繋げてゲームをしよう。片付けしてたら『映像を脳に送る魔具』を発掘したから暇潰しにね」

「その為に下手すりゃ数千万円の魔具をこう重ねてんのか」

「ここにあるのはガラクタだよ。愛様ちゃん様がそう決めた」


 あ、ここかあ! と。彼女はそう言って喜んだ。石板が見つかったらしい。


「『攻略本を見た方が楽しいのに』(「十戒夢」より)

『わざわざ地力で探し出すとは』(「オペラ城の至宝」より)

『私の妹……可愛すぎっ!』(「雨降り傘張りレインボー」より)」


 褒めるラインが低すぎだろこのシスコン女。


「攻略本見ないのなんて当たり前だろ」

「『はぁ~…………………………………』(「殺人館殺人事件」より)

『まず攻略本から見るのが常識でしょ。攻略本を見て、自分ならどうプレイするかを想像し、攻略サイトも見て、よりイメージを洗練させていく……。刷りきれる程攻略本を読み耽る。ゲームの楽しみってそういうところにあるんだよ? プレイ自体は答え合わせだね』(「十戒夢」より)」


 理解できない思考だ。


「『だからこそ邪道も楽しめる』(「魔塔ランドクリーム」より)

『私の妹最高じゃんっ!』(雨降り傘張りレインボー」より)」


 思考それ自体はわからないけど、その結果出力される感情についてはわかる。シスコンってこてね。で、ここまでの数百文字、なんの意味が?


「お姉ちゃんはちょっと黙っててね」

「『うーん、これもまた新鮮な味』(「干せ! 乾物くん カンブリア期編」)」


 それきりヘラりと笑ったまま、結は部屋の後ろに下がり、壁に背をつけ沈黙した。


「助かったよ愛。あのまま続けたら中身のない会話でまた一話が終わるところだった」

「さっちゃんはお姉ちゃんにゲロ弱だもんねー。愛様ちゃん様的にはさとちゃんの方が強いと思うんだけどなあ」

「その呼び方、やめない? 最初のギャグを引っ張りすぎるのよくないぜ」


 それにボクがあれより強いわけないだろ。

 そんなことあるとしたらと思うとゾッとしないね。


「でー? なんのご用件なのー? すれ違いつーしんのお誘い?」

「古いなあ」

「皆知ってるものをレトロ扱いすればスクショがバズってPVも増えるって魂胆? それって卑しいよ」

「いきなり刺すんじゃないよ!だいたい、すれちがい通信中継所が2018年に終わってるんだからそれから五年も立てば古いと言っていいだろ」

「五年前かあ。懐かしいねえ。思い出した?」

「いや……まだだけど。悪いな」

「べっつにー? いつまでも待つよ、愛様ちゃん様はねー。エリーみたいに待ち続けるよ? もちろんキーファみたく全てなげうって今すぐ愛様ちゃん様ライラちゃんの元に来てくれてもだーいかんげー。いえー」


 はは。重いなあ。本当。

 この重さのお陰で、地に足憑けていられる気がする。


「愛。聞きたいことが二つあってきたんだ」

「なーに? マーディラス大神殿地下に行きたいなら像のある入り口から入って……」

「そこはもうクリアしてる。なあ、大鴉って知ってるか?」

「熱膨張より詳しいよ。愛様ちゃん様のお得意様だもーん。鴉使いのネバーモア。黒翼の鵬。多分、世界を滅ぼせる王権使い。劣化さとるん。拝金主義者になれなかった愚か者。自由なんてどこにでもあるのにね。攻略したのは第三百十六迷宮『月洸樹海ルナパルコ』。愛様ちゃん様が買わせてやった魔具の数は現在三百三十三器」

「……聞いといてなんだけど、顧客情報をここまで明かしていいのかよ」

「さとるんは特別ー。だって私たちで集めた魔具だもん」

「そうだっけ。そうだな。そうかもなあ」

「そっだよぉ。だから、私たちの財産を誰に買わせてやったか、共有するのは当たり前」

「うん。ありがとう。ちなみに愛がそいつと戦うなら、どうする? これはまだ一つ目の延長の質問だけど」

「んー。あれはひとつの軍勢だからなあ。でも右腕で足りると思うけど」

「そうか」


 参考にはならないけど、まあこれぐらい情報があれば大丈夫。

 伏線としても十分だろう。次の行から出てきてくれても構わんよ大鴉。……なんて、嘘だから、マジで来たりはしないでくれよ?


 来なかった。よし。


「もうひとつの質問」

「なあにー?」



 それからしばらく、愛に質問し、答えてもらった。


 うん。十分だろう。


 そろそろ切り上げよう。

 言及してなかったけど、目をそらしてたあれがだんだん耐え難くぐぐ


 いで


 いッ


 ぎッ



「ふー…………」

「苦しそうだねえ」

「大丈夫」

「そう? キツくなったら言っていいからね」

「そしたらボクの首はねるだろ」

「そうだね。だってそれじゃさっくんじゃないもんね」


 愛されてるなあ。『ボク』は。


「じゃあ、また来るよ」

「ぬん」

「ちゃく」

「ぶんまわし! いえー」

「いえー」

「愛様ちゃん様は待ってるからねー」

「わかってるよ」


 ────


 さあ、青春エンタの模倣に囚われすぎないうちに、魔王の城を出るとしよう。


 貯水湖畔に上がる。

 現実に回帰する。

 日射しの明るさが実に健康的でクラクラするね。死にて~。

 よし。ノリが戻ってきた。嘘だけどね。ま、いいじゃん? ノリってそういうものだろう。


「『じゃあ、一緒に目的を果たしにいこうか』(「ミスターファーブル&レッドバロンの冒険」より)」


 は?


「何、憑いてくるつもりですか」

「『ふふっ。ダ~メ♥️』(「催眠女学園2 生徒会陥落編」より)

『?』(「記号だけでミステリ書いてみた」より)」

「ダメに決まってるだろ……」

「『そっか……。残念!』(「散る花の香りは恋」より)

『まあ、俺は俺で動くとしよう』(「Eの正体」より)

『自由に気儘に。我が儘に』(「禍夏架」より)

『というわけで』(「ニーゼロロクゴー」より)

『大鴉』(「ポー全集」より)

『編が終わったらまた会おう』(「ライン川決戦」より)

『元気でね。幸運を祈る! それ以下の最低な不幸が降りかかることも、一緒くたにしてね!』(「全ての人よ呪われてあれ」より)」


 そのまま笑いながら去っていく。

 久遠寺結。

 二度と会いたくないね。

 世界観が似通いすぎてて、向こうに流れを持ってかれる。

 だから大嫌いなんだ。


 さて。

 偽物は偽物らしく足掻くとしようか。

 大鴉の襲来まで時間がない。

 一分一秒が貴重だ。

 ボクは歩きだしながら、携帯を取り出す。

 かけた先は、織機だ。


「やあ織機。さっそく向かいたい場所がある。行こう」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る