最終片
第35話 やあ。殺人者
「行くぞ」
───作戦は、こうだ。
大鴉による偵察は不可能。迷宮内部へ送り込んだ鴉は何故か瞬殺された。
対策は、しているらしい。
だが一瞬でも得た情報によれば、迷宮内部は水中であったり極端に操作された環境ではないという。
ならばと。
陣形を組むこととする。
前衛に不死身であるミレニアム、罠への対処に優れたアッシャー、肉体がシンプルに強力な水門を配置。
中間に累々。守るようにレアと、ボクが立つ。
後衛が愛、破烈、烏丸だ。
あとなんか一人は適当なとこにいてもらおう。
ミレニアムが肉壁となり、アッシャーが対処し、水門が砕く。
仮に生物系の仕掛けを利用してこられたら前衛三人で破壊した後、屍を累々が操作する。
愛は万能カードだ。護衛として破烈。烏丸は、
「隠し持ってるだろ、反射魔具」
「……………………………………ないヨ?」
「あるだろ」
奴は目を合わせなかった。
ということで愛の護衛要員として配置。
この面々なら、多分、この世の全ての迷宮を突破できる。それだけの戦力が揃っている。
「まあ間違いなく勝てるやろ」とミレニアム。
「今回は不意打ちじゃねえしな」と水門。
「「楽勝!! がはははは!!」」
一気に不安になってきたぞう。
「まあ、いっか」
こういうノリも大事だろう。
死にに行こうとしてる相手を止めるんだ。こっちが悲愴な顔してちゃ始まらない。
「気楽に行こう」
「せやせや。ほな、いこか」
最前列のミレニアムが、迷宮に踏み込んだ。
それを皮切りに、全員で一気に乗り込んでいく───
───
ズズン、と。低い唸りのような震動の後、ボクは目を開ける。
「あれ」
周りに誰もいない。
ボク一人だった。
分断されたか。
スタート地点をバラバラにされたらしい。
くそー。その手があったか。
いや───よく考えなくても大ピンチだ。
何故なら今のボクは迷宮番人代行でもなんでもない一般人だ。不死も失っている。そんな状況で一人っきりなのは普通に厳しい。
せめてアッシャー、最低でも破烈とは合流したい。直接戦闘の能力がいる。……いや、それならボク以上に累々辺りが心配だ。どうにか合流できててほしいが。
まあ、まずはやはり、自分の心配からだ。
ここは、どこだろうか。
辺りを見渡す。
赤色の膜でも張られたような視界の中に、その風景はある。
それは広大な空間だった。
空と、地面が存在している。
内部に別時空間を展開しているタイプの迷宮へと作り替えられているらしい。
時刻は夕暮れじみている。
見覚えがある景色だった。
「音羅城東団地」
音羅城駅の駅前を少し横切って、シャッターだらけの町を道なりに進めば至る。
高度成長期まっただ中に建てられて数十年、もはや点検補修も疎かとおぼしい黒ずみとひび割れを湛え。
赤々とした落陽の閃光にその黒さを強めながら、沈鬱に佇んでいるビル群。
気配はない。
誰も何も、動いていない。
空気すらも、ここでは死んでいる。
落陽の赤光が、嫌に寒々しく思えた。
ここは、知っている。
ボクの住む町に、これと同じ景色がある。
けどここは、迷宮の中だ。
となれば、織機は意図して迷宮をこの形に改造したのだろう。
何故。
わからん。
当て付けか?
さあ。
とりあえず、この近所に、記憶を失う前のボクは住んでいたらしいけど。
どんな意図があってここを迷宮の階層として選んだのだろう。
考えたって仕方ない。
とにかく今は織機を探すしかない。
ここは団地の入り口だ。
中に入ろう。
そう思った。
気配がした。
「やあ。殺人者」
夕焼けの光を浴びてそこに立っていたのはボクだった。
いや、違う。
ボクと同じ顔をしてる。同じ目鼻立ち。同じ口の形。同じ目の色。同じ髪型。同じ背丈。同じ服装。
けれど。
違う。
だってボクは、ここにいる。
こいつは偽物だ。
そしてボクは、知っている。
偽物としてボクそのものに成り済ませるものの存在を。
「よお、卑怯者」
「ひどい呼び種だな。嘘つきのクセに」
「人質にしてた奴に雇われでもしたのかよ───黒猫」
多分───黒猫だ。
アッシャー、大鴉と共に迷宮攻略にやってきた探索者。
それでいて国家探索師でもあり。
アッシャーから
「生きてやがったか」
「死んでたよ。いや、嘘だ。あれだけの連続攻撃を耐えきるには相当限定された形にならざるを得なかった。それになったが最後意識を失ってね。思考不可能な形態だったんだ。こんなサイズの石だぜ? 脳みそなんか作れなかったよ。でもまあ、有り難いことにこの迷宮の新しいご主人様がボクをもとに戻してくれたってワケ」
「その恩義で、使いっぱしりか」
「同じだろ。友達になってくれたから、救いに来るお前と」
「助けてくれたから従属するお前ってか」
全く嫌だね。
「言われてみれば、確かに」
全然ちげえよバァカ。
「で、どうすんだよ。ボクを殺すのか。
「残念ながら
懐から取り出した───ナイフ。
サバイバルナイフだ。
夕焼けに赤く光る。
それを、黒猫は構えた。
「これぐらいだ」
彼我の距離は十メートル。
この開けた空間で武器持ちとやり合うの避けたいな。
「オッケー。追いかけっこだ」
一秒の百分の一の逡巡のあと、ボクは音羅城東団地の入り口をくぐった。夕焼けの光は建物や樹木に遮られ、全体的に薄暗い。足下へと気を遣いつつ、磨り減った階段を、人生みたく駆け下りる。
背後からはタッタと駆ける音。良かった。外見通りの脚力らしい。ボクと走る速度も変わらないなら、先に動いたボクのが有利だ。
下りきった。足を止める余裕はない。前方を観察しながら駆ける。
敷地の中央を幅の広い舗道が貫いている。
両側には十三階建てのL字型の建物が二棟。縦横に並んだ窓に光はなく、気配も感じない。本当に団地は静まり返っていて、二つの足音と息遣いだけが静寂を乱している。
道の両側を仕切る植栽。その向こうには花壇と駐輪場。植栽を隠れ場所とするには視線を切る必要があるものの、不可能と判断。駐輪場に自転車は見えない。足の入手も諦める。
一息にこの区画の中程まで駆けた。背後を見る。
黒猫は薄笑いを浮かべて立ち止まったかと思うと植栽の中へと飛び込んでいく。
そのまま植木や植物、明かりのつき始めた街灯の合間を駆けている。
直線では勝ち目がないと見て、死角を利用しようとしているらしい。
或いは、追い込んでいるのか。
乗ってやるよ。
黒猫が飛び込んだのはボクの方向から見て右の植栽。
なら左の植栽の切れ目から横道へ駆け込む。花壇を越えて、片方の棟へ。
錆びた屋根を赤色に染める駐輪場に沿って奥へ。
建物の入り口が見える。硝子の扉は内側に向かい開いていた。
減速抜きで飛び込む。
伽藍とした玄関ホールだ。明かりはない。一段と薄暗い空間の中、背後から迫る足音が大きく響く───最中、隅っこからチンと音がなる。
見れば、ワイヤ入りの硝子の張られた、ひどく小さなエレベーター。切れかけの照明が明滅して、まるでボクを急かしているみたいだった。
壁面に並んだステンレスの郵便受けが、その明滅を反射する。
罠。アッシャーがいるなら躊躇なくこのエレベーターを破壊していたろうが、今はボクしかいない。黒猫はあと三秒もあればここまで辿り着く。覚悟はとうに決めている。三百年前からこの瞬間が来ることをボクは覚悟していたさ。嘘だけど。
エレベーターに飛び込んで閉ボタンと十三階を押した。古さに反した静かさと素早さで扉が閉まる。あははと笑いながら駆け寄ってきた黒猫が硝子扉にナイフを叩き込んでピシリと音の鳴る。白線が一条。それまでだ。
「ばーい」
「またな」
エレベーターは滑らかに上昇を開始した。
ボクはため息。
全く、うまくいかないものだ。
ま、そんなもんだろ。
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