第34話 ボクは───


 前回までのあらすじ!


 迷宮の番人代行となったボクは攻略を狙うアッシャー、大鴉、黒猫の撃破に成功した!

 けれどその規模を危険視されて、嬉土水門、久遠寺結、萩原破烈にミレニアム・ベリーウェルダン・エピソードシリンダーの襲撃を受けることに!

 でもなんとか水門以外を打倒して、いざ最終決戦! となったはずだったんだけど、全ての黒幕だった友達・織機有亜の参戦とそれを撃破するべく召喚された久遠寺愛によって全部が滅茶苦茶に!

 織機の目的は迷宮の更に向こう側にある別天地へ向かうこと。

 その為に時間が必要らしく、ボクたちは強制退去されることとなってしまった───



 で。

 今、サイゼにいます。


「このペペロンチーノにんにく抜きになってへんやん! 俺死ぬでこれ!」と吠えたのは吸血鬼ミレニアム。

「死んだ方が人類のためだろオメーは」と突っ込んだ水門。

「大魔王。僕はドリンクバーに行ってきますが、飲みたいものはありますか?」と恭しく振る舞う破烈。

「コーラファンタジンジャーエールメロンソーダを4:2:3:6の比率で混ぜて上からミルクを3つ」意味のわからない注文を言う愛。

「合計して十になってないヨ……」ドン引きしているのは大鴉こと烏丸氏で。

「レアちゃんは何飲みたい?」席を立つ累々。

「メロンソーダ……。私はスープおかわりしに行くけど、累々は飲む?」同時に腰をあげたレア。

「あっ、じゃあお願い。私はレアちゃんの分のドリンク注いでくるね。アッシャーさんは何か飲まれますか?」

「コーヒーかな。でも大変じゃないか? 3つも持つの」心配そうに、累々の小さな手を見るアッシャーである。


「全く、おかわりしたいなら私が鴉を飛ばすというのに」

「頼む訳ねーだろ不衛生だな」

「大魔王。お持ちいたしました」

「うむ。……美味しい!」

「嘘や。絶対嘘や。彼氏が嘘つきなら彼女も大嘘つきや」

「『嘘とは愛の背中にある言葉だ』(」

「あ、ミレニアムさん。ペペロンチーノ私いただいてもいいですか?」そう言って皿を持っていく累々。ミレニアムは目を見開いた後、ぶわっと涙を溢れさせて一言。

「女神がおるーーーー!!」

「今さら気付いたのか」当然のことを叫ぶなと言わんばかりのレア。

「しかし高位の探索者が雁首揃えてサイゼとはネ。もっといいお店はいくらでもあったろうに」

「水門が腹減ったってうるさいから」

 アッシャーがぼそりと言った。

「しかたねーだろ。減ってたんだから」

「まあまあ。私としても助かります。お金あんまりないので」と累々が言い終わるのを待たずして

「メニューのこっからこっちまで、よろしく」

「流石魔王! 素晴らしい食べっぷりです」

「累々、あれ止める?」

「あはは……」

「安心せえや女神様。割り勘になんかせえへんよ。食べたぶんだけ払えばええ」

「正直バカにしてたがこの鶏肉美味しいネ」

「共食いだ!! だはははは!!」

「水門、笑ってるのキミだけだヨ」

 だいたい私の操るのはカラスだ、と烏丸氏が言う。そのとなりでアッシャーが呆れた顔で勇者へ

「水門、行儀よく食べなさい」

 と注意をした。お母さんか。

「水門ちゃん、流石に愛様ちゃん様もそれは引くよ」

「ライン越えってやつやな」

「ぐっ……一斉に殴って来やがって」

「でも正直嫌いじゃないよ」と一人だけ庇ったのはレアだった。それに対して累々が

「レアちゃん、こういうのはガチトーンで庇われるのが一番辛いんだよ」

「お前の反応が一番つれーわ!!」

「でさ。ちょっといいか」


 さすがに、だ。

 ボクも会話に混ざらせてもらう。


「……結局のところ、これからどうする?」


「どうするってそんなん……」


 ミレニアムが答えようとして、けれど言葉が止まる。


「どうしよかね……」


 そう。

 そうなのだ。


「織機有亜。彼女がどうしようと、それが世界の脅威になるわけじゃない」


 アッシャーが言う。


「ダリアとの接続も切られたんだろう。番人代行は解任された。君は元の人間に戻ったわけだ。……我々としても、いや、私としても、もう関わる理由はなくなったと言える」


 アッシャーの言う通りだ。

 ボクはもう、迷宮の番人代行ではない。

 普通の人間の体になっている。


「厳密には違うけどね」と愛。「愛様ちゃん様が見るに迷宮番人としての要素は微妙に残ってるよ。何もしなければ自然に消えるけどね」

「何もしなければ」

「何かするつもり?」


 どうなんだろうな。

 正直、答えを持っていない。


「いーんじゃねえの、もう」


 破烈が言う。


「織機、だっけ。そいつは自分の意思で向こう側に渡ろうとしてる。それを止める必要性がない。いやまあ……『軍団』殺しの最有力候補があいつなわけだが……まあ、自殺しに行くなら止める理由は全くねえや」


『軍団』殺し。

 愛の配下の面々が自殺したという事件だ。

 ───『狂剣・脳』があれば、容易い事件でもある。


「この手で仕留められるんなら、そうしたかったけどな」

「……織機がそれをしたと確定したわけじゃないだろ」

「ま、それはそう。俺たちには敵が多いしな。あれだけが犯人候補なわけじゃねえよ。でも……まあ、犯人じゃないとしても、止める理由がない」

「向こう側の門を開いて世界を接続させようってわけでもないんだヨネ」


 烏丸氏は鶏肉をナイフで刻みながら言う。


「ただ彼女だけがあちら側に行きたいと」


「そもそも、あちら側ってなんなんですか?」


 累々が問う。

 答えを持っている者は、限られている。


「迷宮が生まれた場所だと思う」


 そう答えたのは、愛だった。


「迷宮最深層で得られる王権を使って辿り着ける場所。それが、向こう側の世界。二年前に愛様ちゃん様と」


 愛は、ボクを見た。


「二人で、こじ開けた道」


 頭痛がする。

 頭がひどくいたむ。


「覚えてる?」

「悪い。まだ、思い出したくないみたいだ」

「……という訳で、向こう側を見た人間は記憶を失う。或いは───愛様ちゃん様みたいに」


 愛は、腕をあげる。

 それは義手だ。


「最低でも四肢は失うよ」

「それは……向こう側に持っていかれたとかそういう?」

「違う。自分で捨てたの。───向こう側はね、とっても美しくて、それを見て愛様ちゃん様わかっちゃった。自分の体の、気持ち悪さ。それに耐えきれなくて、両手両足ぶっ壊したの」

「一方でボクは……そこまで理性を保てなかった」


 狂気としか思えない愛の行動は、むしろ理性を保っていたがゆえのものだ。

 完全に発狂したボクの場合、それ以前の記憶の全てを忘却している。忘れることで守ろうとしたとも言えるか。


「あたしが五年より前の記憶ねーのもたぶんおんなじだな」


 水門が言った。


「向こう側───あたしも大魔王もどうしようもない世界ってわけだ」


 何があるんだろうか。

 向こう側には。

 わからない。

 わかってはならない。

 少なくとも、わかってしまった愛は四肢を失った。それだけじゃない。話す必要がないからここで開示していないだけで、愛は臓器もなくしてるし、心臓だって止まってるのを王権で無理やり動かしている。全て自分で壊したのだ。

 そうしないと耐えきれなかったのだという。

 向こう側の美しさと比べて、こちら側の自分の醜さに。

 不完全さに。

 汚さに。

 美しい世界───向こう側。


「一説によれば、ちゅーか、俺ん血筋に伝わっとる話によればやけど」


 と語りだしたのはミレニアムで。


「吸血鬼も元は向こう側の世界の生き物らしいわ。それがこっちになんで来たのかは、あいにく失伝しとるけどな。ま、推測できるなら二通りや。向こう側を制圧した吸血鬼は、新たに勢力を広げるべく、こっち側の世界に侵略に来た、ってのが一つ目」

「もうひとつは?」


 尋ねたレアへ。

 というか、聞いている全員へ。

 ミレニアムは半笑いを浮かべながら答えた。


「逃げてきたんやないかな」


 と。


「向こう側で生きていけんくなって、必死こいて迷宮抜けて、こっち側に逃げてきた。俺はこっちのが可能性高いと思うで」


 不死身の吸血鬼。

 その脅威はボクも身をもって体験している。

 それが、まるでやっていけなかった。不死身の吸血鬼であるというだけでは、生存すら不可能な魔境が、向こう側なのだとしたら。


「まあ、自殺志願だよネ」


 烏丸がまとめた。


「ただし滅茶苦茶迷惑な」

「止めるために迷宮に向かえば、こちらが死にかねない」


 と、アッシャー。


「第六迷宮を掌握した彼女は、あの迷宮内なら神にも等しい全能者だ。そんなものを、どうにかできるのか? 何より、彼女本人がもう、こちらの世界で生きることを棄ててるんじゃないのか? それを止めるために、殺されに行くのは、───どうなんだろうな」


 アッシャーはそう言って。

 じっと、ボクを見た。


 でも、だ。


「……ボクは、織機を止めたい」


「『本気で言ってる?』(「真実の証明」より)」


 本気。

 本気、か。

 ボクは果たして、この言葉を、全身全霊、本気の言葉として、口にしているのだろうか。


 織機。

 あの優等生を止めたいと。

 本気で。


「ああ」


 心の底からそう、思ってるよ。

 だって───彼女は友達だ。

 それが、死のうとしてるんだぜ?

 止めるべきだろ。

 なんとしてでも。

 過去にボクが何と思ったのかはこの際どうでもいい。あれ全部嘘。

 でもこれだけは本当にする。

 本当であることをボクは選ぶ。


 そして織機だけじゃない。


 その自害に巻き込まれて、あんなに死にたくないって泣いてた少女が死にそうになってることも認められない。


 あの日───出会った二人。


 あの日友達になった織機と、あの日体を捧げたダリア。その二人が今、死にそうになってるんだ。


 こんなの、認められるわけないだろ。


「ボクは───二人を救いたい」


 そして願わくば。


「このサイゼのテーブル席に、あの二人も座っている、そんな光景が見たいよ」


 この場には、敵だった奴と味方だった奴がいる。味方の中には元敵も何人もいる。敵の中には元味方もいる。

 ことの善悪も、立ち位置も、何もかも定かじゃない、混沌としたテーブルだ。

 だからこそ。

 ここに織機とダリアも入れて。

 この物語の、生きている全員で、話したい。

 ひどい夏休みだったと笑いたい。

 今は、まだ、笑えない。

 少なくともボクは。

 笑い飛ばすには早いと感じているから。

 だから。


「ボクはこれから、織機のところに行く」


 例え無駄だとしても。

 死ぬかもしれないとしても。

 行かないという選択肢だけは選べない。


 悪いな織機。

 これはお前の物語じゃない。


 迷宮と結び付いた嘘つき者の、

 少女のための防衛戦の物語だ。


 二人の少女の命を守るための物語だ。



「なら、私も行こうかな」


 そう言って、レアがボクを見た。


「私も。行きます」


 累々が続いた。


 それで流れは決まった。


「女神様が行くんなら俺も行くで───そっちのが、面白そうやしな」

「そういえばまだボーナス貰ってませんな」

「乗り掛かった船だ。途中で下船は気分が悪い」

「『正直どうでもいいけど』(「復讐少女」より)

『どうでもいいってことは』(「テオドアの指」より)

『救いに行ってもいいってことでもある』(「凍える屋敷の殺人」より)」

「ついでに向こう側にもう一度チャレンジしてみるのも悪くねえや」


 各々が勝手な理屈を立てて。

 勝手にそれぞれ納得して。

 そしてその理由を持って。杖として。松明として。剣として。

 迷宮に再度の挑戦を決めていく。

 そんな、中で。


 愛がボクを見て、薄く笑んだ。


「やるじゃん」

「何が」

「いーや。しっかりやれてたみたいじゃんって」


 なんだよ。


「愛様ちゃん様も行くよー。破烈もね」

「……大魔王が行くのなら、何処まででもついて参ります」


 ───これで。

 役者は揃った。


 この物語を終わらせる役者は勢揃いした。


 思えば長い夏休みだった気がする。

 その始まりは、織機と、ダリアだ。


 始まりを終わらせない。

 終わらせるのは、彼女の歩んでいる物語だ。


 そして続けさせる。

 ボクの物語を。


「行こう」



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