第16話 敗け、だ


 鴉が舞う。

 竜の魔剣が振るわれる。その爪が、或いは尾が、翼が、炎が、鴉を片端から撃墜していく。

 だが、撃墜された鴉の中の数羽が魔具を発動する。

 爪の衝撃や炎の熱が屍竜を襲う。


 その、足元で。


「魔具が多いってことはよ」


 撃墜された中から、一振、剣の形をしたものを拾う。


「拾うのには事欠ないってことだ!」


 アッシャーとは違う。

 大鴉の魔具は鴉に持たせているだけだ。

 なら、撃墜された鴉から奪えば、それを僕も扱える。


「『風斬』!!」


 斬撃系の魔具だ。降れた瞬間に流れてきた情報で使い方を理解し、即座に振るう。空振りのそれはしかし、空間を切り裂きながら遠方へと飛び、宙の鴉を三羽切り落とす。

 が。


「残念だが、それはハズレだ」


 そのうちの一羽がカウンターを持っていたらしい。

 同威力の斬撃が生成、打ち出された。咄嗟に魔具の剣で受けるが、パキンという音と共に魔具が壊れる。

 即座に捨てる。


 新しい魔具を拾う。


「なら、『氷壁』!」


 ダメだ、ハズレだ。

 形成された氷の壁。だがそれだけ。空中で発動すれば質量攻撃となるだろうが、地上では単なるかまくらでしかない。


 なら、次のは───


「何度もさせてあげんよ」


 鴉が強襲する。

 上から、横から、前から、右から───百羽近い数が飛来する。


「累々! ───『氷壁』『最大出力』!!」


 指示を飛ばして、己は氷壁を展開する。

 その直後、竜の息が放たれた。

 僕目掛けて。

 氷で防いだ僕以外の、鴉たちは焼き払われる。

 しかし最大の出力を出した魔具『氷壁』は自壊する。


 速やかに次へ移る。

 広いあげたのは、槍だ。

 構えて、投擲する。


「『耀ける道の穂先』!」


 即座に加速して、空中に直線の軌道を描く。その途中で数羽を穿った。

 が、それまでだ。

 槍は手元に戻ることなく、他の魔具による撃墜を受け、折り曲げられて落下する。


 そして、敵の攻勢が始まる。


 つーかこの下り飛ばしてよくねえか?

 よくない? どうせなんとか切り抜けるよ。アッシャーの時もそうだし、累々説得した時もそうだし、なんだかんだ、どうにかなるって───


 あれ?


 僕の右腕が、ない?


「まずは一本」


「ッ───しまっ」


 呻いた口に───鴉が突っ込んで来やがった。うわっ、きたねっていうかこれ───息!

 止まるっ!

 くそっ!


 顎の力を全力で使い、ゴキリと噛み砕く。

 そして吐き出した。

 まっじぃ!


「足」


 転んだ。

 なんで───ああ、左足持ってかれてる。

 くそ、動けねえ。


「再生が遅い。というか、機能していないのか? 何か理由がある? だが、どんな理由であれ、これで終わりだ」


 照準が合わされているのを感じる。

 鴉たちの魔具が、僕を狙っている。


「やれ───累々!」


 いまだ!


 黒竜の下で、黄金髑髏が大きく笑う───!



「『雑過ぎた埋葬ネクロマンス・ダンスマカブル』!!」



 瞬間、起動するのは撃墜された数十羽。


 黒竜によって跡形もなく消し飛ばされ、灰と化してしまっては操れないが。

 ボクが落とした奴らは原型があり、故に操作できる。


 放たれた炎、雷、凍結、斬撃。一斉に、本体、大鴉を狙う!


「無駄だ」


 だが、その全てが弾かれた。


 彼の周囲を舞う、十羽の鴉が持つ、カウンター魔具によって。


「ただのカウンターではない。私の厳選した、魔具の効果をそのまま跳ね返す、『反射』の魔具たちだ。一回限りの粗悪品とはモノが違う」


 それらは等しく威力を跳ね返し、操られている屍を打ち砕く。


「なら───!」


 黒竜が炎を吐こうと口を開く。

 けれど、ダメだ。

 その口に突っ込んでいく二十羽。いずれもカウンタータイプ! 発生するのは炎熱の乱反射。

 ブレスは口からでる前に、喉の奥で爆発した。


「ギャオオオオオオオオッッ!!!!」


 悲鳴が轟く。

 黒竜自体は既に死んでいる。これで使えなくはならない。だが、ブレスという選択肢は潰された。


「マホカンタ、という呪文が私は好きでね」


 大鴉が言う。


「反射呪文だ。どんな呪文も跳ね返す。魔王のイオナズンだろうと、混乱させるメダパニや弱体化のルカナンといった搦め手も、暴走した連続メラゾーマだろうともね。ロマンだろう。もし呪文が使えるなら、マホカンタを覚えたいと常々思っていた。賢しさと愚かさを取り違えたガキだったのだよ。反射するには、反射する対象が要るというのにね。だが……その子供時代が今の私を強くしている」


 優雅に。

 余裕を持って。

 大鴉は語る。


「千枚の……いや、今は九百枚かな? のマホカンタが私を防護している。隙はないよ。これほど集めるのには苦労したんだ。いや本当に。だが、それもこれで報われる。不死。不死さえ手に入れれば」

「なぜそんなに、不死がほしい」

「売れば、高値だ。もっとたくさんの、マホカンタを集めるための資金ができる」

「金のためか」

「無論」


 黒竜の右前足が振るわれる。

 撃墜。だが、焼け石に水だ。

 そもそもの数が違いすぎる。

 なら。

 やはり大元を叩くしかない。


「累々、やれ」


 黒竜が、動き出す。


「ほう……」


 その身に幾つもの魔具による攻撃が突き刺さる。

 焼かれる。凍らされる。高水圧の放水。

 電流。重力。大量の質量攻撃。斬撃。刺突。

 それらを右前足で弾きながら、竜は進む。

 大鴉を目指して。


「お前も何らかの理由で動けねえんだろ。さっきからずっと立ったままだぜ。歩きも遅かったしな」

「ふむ」

「最初からこうすれば良かったんだ───圧倒的な個による本丸への突撃!」

「ふむ───それを想定していないわけがなかろう」


 次の瞬間、襲いかかる大量の呪詛。更に上空と地面から展開される無数の植物がその四肢に纏わり付く。加えて地面が盛り上がり、土の手が竜を押さえつける。その上から発生する氷結。高重力の負荷。屍竜は身動きを封じられる。


「後は、どうする?」


 ブレスは封じられた。

 身動きもだ。

 累々による死んだ鴉の操作も焼け石に水。

 僕の体も事情から再生できないでいる。


 詰みか?


 否。


「なあ大鴉。お前はこの大空間に来るまでに、どこを通った?」

「……門だが」

「だよな。ちなみにこの大迷宮は四層から八層までをひとつの層にした領域だ。だが気にならんか? ───一、二、三層がどこにあるのか───!!」


 答えは単純。

 入れ替えてたのさ。

 四から八を上層に。

 一から三は下層へ。


「そして、その下層三層分へ続く階段は。

 どこでしょーうかァッ!?」


 答えは───今、作成した。


 迷宮は通常各階層を繋げる必要があるが、それはあくまで王権のある階層と入り口を繋げるということだ。逆に言えば、王権のある層が上層にある場合、下層への道は作る必要がない。意味がない。探索者は下層へ降りずに攻略できるのだから。

 だからこそ、これは効く。

 逆手にとる。

 アッシャーは入り口に王権を置いて騙した。

 大鴉は、不要な階層に切り札を起き不意を打つ。


 大鴉の、足元が割れる。

 下から、階段を駆け上がってくるのは、少女。───織機!

 織機有亜が、戦場へと上り詰める!


「はぁッ!」


 裂帛の気合と共に振るわれた剣は、けれどアッシャーを仕留めきれない。

 十羽が素早く前に出て、その剣をその身で防ぐ。全て切り落とすが、軌道はそれ、大鴉には当たらない。


「残念! シンプルに対応力が違うのだよ。そしてこの剣、魔具だということもわかっている!」


 大鴉が勝ち誇る。


「天才・織機有亜! 警戒しているに決まっていよう。これがパーティーを追放された理由だね? 洗脳剣、『狂剣・脳』! だが私はその効果を反射しよう! さあメダパニを跳ね返せ、魔具たち───」


 そう、これで。

 これで、勝ちだ。


「……なぜ反射しない」

「私のこれ、普通の剣だもん」


 ───織機なら。

 そうする。

 魔具を跳ね返すなら、普通の剣を使えばいい。


「アタックカンタは、覚えてないでしょ」

「な───」


 振り上げる剣。即座に第二撃へと移行する織機。

 対する大鴉は吠える。

 くもぐもった声で。


「私を殺せば、お前たちの敗けだ!!」


 そういうルールだ。

 だから、殺せない。

 殺す必要がない。

 今の大鴉は、織機に集中し過ぎている。


 だから。



「敗け、だ」



 背後に空いた穴から上がってきた「彼女」に、


 レアに気付くのが遅れて。



 その脇腹に、レアの握る『狂剣・脳』が突き刺さった───!


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