第17話 二番目の敵だ
「累々! すぐに発動させろ!」
叫ぶ。
まだだ。まだ油断できない。
何故なら空中には数千の魔具を構えた鴉がいる。
早く命令して、あの鴉を掌握しないと───
「まってこれおかしいぃ……!」
「おか、しい」
「どうした!?」
「くくく……くはははははははははは!!」
その瞬間。
大鴉の体が爆散した。
爆発ではない。
散である。
「織機!」「レアちゃん!」
黒い散開、その間近にいた二人は、即座に姿勢を下げることで辛うじて回避していた。
が。
状況は変わらない。
何が起きたのか。
答えは単純だった。
何故、大鴉はゆっくりと歩き、その場からほとんど動かなかったのか。
何故、その顔はマスクで隠され、一切肌を見せず、拘束具で縛られていたのか。
何故、その声はいつもくもぐもっていたのか。
答えは単純だった。
落ちる、スピーカー。
そして、飛び出してきた数十の鴉。
単純───あれは、偽者。
複数の鴉をぎゅうぎゅうに詰め込んだ着ぐるみのようなもの。
だから、激しく動かすことができず。
だから、肌も顔も隠されており。
だから、形を整えるため拘束具を巻いていて。
だから、声がくもぐもって聞こえていたのだ。
スピーカーから声が溢れる。
『くはははははははははは!! 鴉を操れるのです、魔具を持たせて戦えるのです、ならば戦場に我が身を晒す必要がどこにあるのか!? ええ!? 実に滑稽! 実に痛快! 実に愉快で! 実に愉悦!!』
奴は最初から、戦場になんて立っていなかった。
ただ鴉を無限に生成し操る能力を用いて、外から送り込んで操っていただけだったのだ。
「言っただろう! これは戦争だと! 戦争を指揮するものは常に遠隔地より君臨するもの! 将棋の駒が指揮をするか!? 否! ポーンが指揮を取るか!? 否!! 否!! 否!! だが後悔しても遅い! さあ、終わりだ! 私の鴉に敗れろ!!」
勝負はついた。
圧倒的な物量。
それを運用する賢しさは、策士の域にある。
力押しのアッシャーとはまるで違う。
多重の保険でもって出し抜く。
策の使い手がそこにいる。
僕では、勝てない。
迷宮内に留まらざるを得ない僕では。
この戦い、初めから勝てなかったのだ。
僕、では。
だが。
騙し討ちの連続だった。
奇策に次ぐ奇策だった。
けれどこれで終わりだった。
決着、である。
「敗れるのはお前だよ、大鴉」
「はえ?」
その首に───大鴉本体の首に刃を突きつけ。
背後に立った───ボクは宣言する。
「ボクの、勝ちだ」
「は、はあああああああああああああ!?」
───迷宮二つに迷宮化事件跡地一つを持つ音羅城は探索者が多く来訪し、それに伴い駅や迷宮周辺の近代化が進んでいるが、二~三キロも離れると目を覆いたくなるほど広大な田畑と、四方をぐるりと山に囲まれているのだった。賑わいはすれど一皮剥けば所詮は地方都市、ただの片田舎である。
そんな陸の田海には所々点在する集落と丘、そして森が目立つ。そのうちのひとつに、ボクの立つ魔所が───大鴉の拠点がある。拠点というより、それは小屋だった。既に使われていないと見える、トタンでできた農具置き場。その外壁に背を預けて、悦に入っていた中年。それが大鴉の本体だった。
ボクはそこを突き止め、突撃し、今は大鴉の首に刃を突きつけている。
「は、はえ? あれ、なん、なんでここにいる!? お前───なんでここに!?」
「なんでって───ああ、そういうこと。あそこにいるボクは、死体だよ」
大鴉本体の持っていた携帯端末に声を送る。
「お疲れ、累々。ありがとう」
『ふへぇ……疲れましたぁ……』
累々の声が届くと同時に、向こうの『僕』から力が抜け、動かなくなる。
「死体……!? お前は不死だろうが!」
「そうだ。だから、失った部位は直る。新しく生える。なら、失って体から離れた方は生物学的には死体として扱えるはずだ」
「はぁ!? じ、じゃあお前は!」
「ああ。少しずつ切って、それを繋いで、もう一人のボク! の死体を作ったんだよ」
「頭、も」
「自害しろ、ボク。って感じだな。いや流石に怖かったから織機に痛みは消してもらったけどね」
「そんな」
「どこぞのミステリみたいで面白いだろ。で、できた死体は累々が操る。あの魔具が自律した思考を与えられるのは知ってるだろ?」
魔具『
つまり、ボクから切り離された部位を繋いだもう一人のボクもまた、死んでいると言え、故に操れた。
「だ、だが! それはそれでいい。だがなぜここがわかった!?」
「ルール上、第三者による王権奪取は勇者に妨害される可能性がある。あいつは無関係な探索者の介入も禁止にしたからな。本人が入らない、使い魔による王権獲得は妨害するだろ。だから、王権の獲得それ自体は本体が行う必要があり、それゆえに、本体は王権を確実に回収可能な位置にいる」
「だとしても! 絞れるのはこの市内全域になるはずだ!」
「だが、大量の鴉を生成し、維持し、魔具を持たせて解き放っても不自然じゃない場所となると限られる。少なくとも街中では不可能。となると、」
郊外、田園地帯の森や丘である。
久遠寺愛の、住むような。
「幾つあると思って───!」
「鴉が大量に飛び出してきたところに突っ込めばいいだけだ。まあ迷宮から離れさせる理由もなかったろうし、近場の幾つかを昨日からマークしてたけどね。とにかく、鴉を分散させなかったのは失敗だったな」
「……!!」
まあ他にも絞り込む理由はあったけれど。
魔具提供者・大魔王 久遠寺愛。彼女の近辺で王権を解放するのは避けたいだろう───挑発と判断され、本物の戦争を始められても困る。だから、町を挟んだ反対側、ギリギリ距離の取れる位置を選ぶことになる。
その森に村落がある場合、住民から鴉の異常発生の通報が起こる可能性もあるから、それを避けるためにも村のない森を選ぶだろう。
この辺で候補地はかなり絞れた。
後は監視をするだけだった。
「だが驚いたのはリアルのお前を守る鴉が一羽もいないことだよ。どんだけ舐めてたんだ、ボクを」
まあ、舐めるのも当然な実力差はあった。
大鴉のこの奇策を想定できていなければ、もう既に負けていたからな。
数千の魔具を集める探索者で、しかも無限の手足を生み出す王権持ち、単独で世界も滅ぼせると大魔王から御墨付きを与えられる実力者なのだ。
二週間前に迷宮に触れたばかりの高校生を舐めないわけがない。
が。
舐めたらしっぺ返しを食らうのも道理だ。
「お前が舐めるべきはボクじゃく、ボクの靴だ。辛い酸っぱさを味わえよ」
「……私を殺したら、お前の敗けだぞ」
「あれは迷宮内での勝負の場合の話だろ。迷宮外の私闘では適用されない」
「ならお前は殺人犯だ!」
「ボクは迷宮だ。人間じゃない」
「屁理屈だ!」
「いや理屈だ。それとも、試してみるか?」
まあ、嘘だけど。
殺すつもりなんてない。
人間を殺すのは嫌だ。
普通に気持ち悪い。嫌悪がある。
それ以上に理由はいるか?
だから、殺さない。
でも、要求はする。
「殺されたくなければ、全ての魔具を放棄しろ。
属性系魔具×865。刀剣系魔具×972。力系魔具×954。呪詛弱体系魔具×780。生物系魔具×724。カウンター系魔具×649。
合計四千九百四十四個。ひとつ残らず、ボクに寄越せ」
「……………………わかった。わかったから、殺さないでくれ……」
「織機」
携帯から声が届いた。
『言われたとおりにしてくれたよ。すごい数の魔具落としてきた!』
「ダリアに頼んで、迷宮の防御機構として組み込もう」
第二戦。VS大鴉、決着───
これで決着だ。
決着、だよな。
何か、引っかかる。
なんだ、この違和感。
まだ、何かあるような。
これで終わりとは思えない。
何故だ。
どうしてそんなことを思う。
「大鴉! ……これで決着、なのか!?」
「な、何を言っている……!」
「答えろ! お前の策は出し尽くしたのか!?」
「だ、出し尽くした! だが出し抜けなかった! それが全てだ!」
「本当なのか!? 嘘じゃないのか!? 本当に全ての策を使ったのか!?」
「嘘じゃない! 本当だ!」
「なら───なんだこの違和感は……! さっきから不安なんだよ。不穏なんだ。せかいじゅのしずくを使うことなくラスボス倒せちまった時みてーに不安なんだ! これで終わりと思えねえ……それともこれがお前の策なのか!?」
「さっきから何を訳のわからないことを言ってるんだ!!」
駄目だ。
大鴉は嘘をついてない。
本当のことを言っている。
なのにどうして、こんなに、釈然としない!?
振り替えろ。回想じゃない。逆再生だ。
巻き戻せ。何が起こり、何があったか思い出せ。
不自然な何かがなかったか?
見落としは何かなかったか?
大鴉本体の居場所を突き止め、拘束した。
その頃迷宮内では戦闘が起きていた。
迷宮内の大鴉は偽者だった。
偽者の大鴉にはレアが魔剣を刺した。
偽者の大鴉を追い込んだのは織機だ。
織機は地下から駆け上がってきた。
地下からの奇襲を発動させたのは何故か。
屍竜による突撃が失敗したからだ。
圧倒的な個による突撃。
その前は死んだ鴉による魔具攻撃と反射。
魔具を拾って戦った『僕』。
鴉の魔具の数を誇った大鴉。
初撃である屍竜のブレス。
戦闘開始。
「これは戦争だ」と言った大鴉。
姿を見せた大鴉(偽)と鴉たち。
侵入者探知で揺らぐ迷宮。
唐突に始まった攻勢。
───あれ?
なんで、それが、起こるんだ?
大鴉は偽者なのに。
つまり、鴉しか侵入してないのに。
何故、侵入者探知の震動が発生している?
侵入者探知の合図。
ダリアと出逢った晩に、アッシャーたちの侵入を知らせ。
アッシャー戦では織機の侵入と、その後のアッシャーの侵入を知らせた。
音と、震動。
それが何故、今回、起きているんだ。
───鴉も探知対象。
だとしても、異常の説明にはならない。
何故なら。
侵入者がいる時、ダリアにはその人数が分かる。これは第四話で開示された事実だ。あの時あいつは、「入ってきたのは人間が三人」と言っている。
だから今回。
大鴉の中身がなかったなら。
ダリアは言っていたはずだ。
「誰も入ってきてません」と。少なくとも「人間は誰もいない」と言えたはずだ。(逆に言えばあのときの大鴉は本体が乗り込んできていたのだろう)
でもダリアは今回、観戦に終始していて。
何も言っていない。
何の異常も、彼女は認識していないのだ。
つまり。
侵入者探知の震動が起こり。
ダリアが侵入者ゼロ人と言っていない以上。
侵入者は、一人、存在する。
第二戦。VS大鴉───否。
「───織機!! 警戒しろ、敵はまだ」
『もう遅いよ』
知らない声が、携帯から流れてきた。
『そんな三下にイキってるから大事なヒントを見落とすんだよ。だから見逃すんだ。勿体無いね。君には見て欲しかった。屍竜の頭がぶっ飛ぶ光景、レアとかいう死体が両腕もがれて転がされる瞬間、そして送川累々が手の骨砕かれて指ごと魔具取られた時の泣き叫ぶ顔───ああ、もちろん、一番最初、織機有亜の喉が絞められて、辛うじて微かな呼吸だけ許されてる、そんな苦悶に満ちた呼吸音も。うわ涎も漏れてる。ばっちーでやんの』
「誰だ、お前は」
『僕は黒猫。アッシャーの次、二番目の敵だ』
第二戦。VS黒猫。開幕済み。
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