第32話 人外地獄迷宮決戦-終幕-
織機有亜。
ボクのたった一人の友達。
それが何故。
勇者の腹を刺している?
「……久しぶりじゃねえの、お嬢ちゃん」
「ええ、お久しぶりです、水門さん。そしてこれで、あなたの出番もお仕舞いですね」
「はッ……この程度でやられるわけ」
「無いでしょう。でも、この剣は特別ですよ───魔具『狂剣・脳』。ここまでよく喋れましたが、しかしそれも終わりです」
「チ───たしかに、げんかぃ」
語尾が揺らいだ。
水門の体が傾いで。
崩れ落ちる。
───これで、終わり。
十層二人に、彼女らの連れてきた戦力を相手にした総力戦は、呆気なさ過ぎる幕切れを見せる。
幕を下ろした少女は薄く笑んだ。
なんて凄絶な笑みだ。
(や、やりましたね!?)
ボクは、動けない。
動けないでいる。
(しかしなんでなんでしょう)
何故───織機が此処にいるのか。
(全くわかりませんけど───なんで───)
わからない。
全くわからないんだ。
これは用意してない。
こんな策は、作ってない。
理解できない。
混乱が脳を支配している。
どうしようもないほどに。
───それ以上に。
ボクは恐らく、とんでもない異常を覚えている。
その異常の答えさえ、解ってしまえば。
全ての疑問にけりがつくほどの。
その異常とは───
(───なんで水門は、突然倒れたんですか? なにもされていないのに)
ダリア。
ダリア。
なあ、ダリア。
お前、何が見えてる?
(いえ───何も)
ボクの前に、何がいる?
(何も───見えません)
これが、答えだ。
ダリアに織機は、見えていない。
思えば、だ。
あの時───アッシャー戦の直後、織機とダリアを会わせた時、ダリアは織機をイマジナリーフレンド扱いして、その実在を一切認めなかった。
「……どう考えてもギャグ描写だろうが」
「でも事実だよ。ダリアちゃんは私を認識できない。この魔具のお陰でね」
「いつだ」
「?」
「いつ、ダリアにそれを使ったんだ!? 使える暇なんかなかったはずだ!」
「そうだね。あの夜、キミとダリアちゃんが契約して以降、私がダリアちゃんに何かしたら、それは全部キミにも伝わったろうからね」
「なら、いつ───」
聞くまでもないことだ。
勇者が言及したことを思い出せ。
この物語の切っ掛けはなんだ。
物語開始時点で───ボクがエロ本を買いに行った時点で、ダリアは攻略されかけていた。誰に? アッシャー、大鴉、黒猫。否。違う。全然違う! 勇者が言っただろ。
───思い出せ。
『先行して潜ってた奴がいたんだろ。そいつが粗方罠を解除してたから、あのレベルの三人でも攻略間際まで行けたんだよ。
そしてその先行して潜ってた奴ってのが』
『あなた、ですか』
『いや? ちげーよ』
───答えは直ぐそこにいたんだ。
あの日───パンツを見た直後に、織機はなんと言った?
『しかし織機はなんでまたこんなところ歩いてたんだよ』
『そりゃ、迷宮に向かってたの』
───どの、迷宮かなんて、彼女は言わなかった。
だが───
織機が向かっていた迷宮が、第六迷宮だとしたら。
それを攻略寸前まで単独で持ち込み、ダリアへとあの魔具を発動していたとしたら。
今目の前で起きている事象に、辻褄が合う。
合う、けど。
「滅茶苦茶だろ」
「そうだね、滅茶苦茶だよ。でもね、残念だけど、それが真実なの」
「つまりお前は、黒幕、なのか」
肯首した。
目を、抉りたくなる。
脳を、むしりたくなる。
ボクは───どうすればいい。
わからない。
「説明してくれよ織機。わけがわからないんだ」
「魔具の認識改変で、ダリアちゃんを支配してるから、この空間一帯の光の反射も弄れたの。完璧な光学迷彩だね」
「違う」
「それでも勇者の不意打ちには細心の注意が必要だった。だから削った。いや、盛り上げた。一瞬でもいい。キミに全ての注意が行くように。ミスディレクション、だね」
「違う!」
「もちろん迷宮侵入反応もカットさせてたよ。ガコンッて鳴らないように、ね」
「違うっつってんだよ!! ボクが聞きたいのはそんな言葉じゃない!!」
「あっち側に、行きたいんだ」
織機が言う。
明日小テストがあるけど、勉強してる?
そう言うみたいに、平然と。
「そういうことだから、終わりにするね」
「待て待て待て待て! 何も納得できねえって」
「ダリア」
(あッ)
「君は今から、私の従僕だ」
ダリア。
ダリア?
ダリア!!
返事をしろ、ダリアァッ!!
何も、返ってこない。
ダリアの返答は、ない。
───ふざけんな。
ふざけんなよ。
これは、これはボクの物語だ。
ボクが選んだ道だ。進むと決めた時間だろ。
命を懸けて、足掻いてきたんだ。
ボクだけじゃない。
賭けてくれたダリアや、関わって戦ってきた奴らがいた。そうして紡いできたのがこの物語だろ。
それを、滅茶苦茶にしやがって。
友達だからって、許せねえよ。
でも、どうすればいい。
許せない。でも、織機は友達だ。そして、ボクに協力してくれた。それが彼女の何らかの目的に従っての行いだとしても、助けられていたのは事実で、楽しかったのは真実だ。それを怒りに任せて攻撃するのは、あまりにおぞましい行為なんじゃないのか。
そもそもだ。ボクは織機に利用されていたのかもしれないけれど、でも害のある行いを受けたわけではない。ダリアと契約したのはボクの意思だし、それ以降はこの瞬間の勇者撃破に至るまで、ボクの利になる行為ばかりだ。
それに対して、ボクに攻撃する資格はあるのか? このボクの怒りと、攻撃こそ、許されないことなんじゃないのか。
いや───ぶれるな。
揺らぐな。
しっかりと立て。
ボクは、間違っていない。
何故なら、ダリアを今、奪われている。
そこだけは明確に、織機を責める資格のあるポイントだ。
「織機。君に聞きたい」
「なに?」
「君はボクの、敵か」
「……」
織機は、答えず───
けれど。
別の声が、ボクの問いを肯定した。
「せやで。敵に決まっとるわ」
瓦礫の下から這い出してきたのは、
生きていた───吸血鬼。
「十字架にしては不恰好やったからな。威力も半減や。御陀仏神回避やで。……で、どんな状況……なんて、確認する必要もあらへんか」
ミレニアム。
こいつは、ボクと織機と倒れた勇者をそれぞれ見て。
そして。
「ああ、駄目や。俺じゃ嬢ちゃんには勝てへんな。相性最悪や」
相性……?
ああ、なるほど。確かに、不死身の吸血鬼でも認識改変をかけられたらただ従うしかない。
だが、だからって一瞬で諦めるのかよ。
「無理やでこれ。君でも勝てへんよ」
「……そんなにかよ」
「小細工何十にも重ねれば嬉土水門に勝てるっちゅーなら、とっくにあの勇者は死んどる。今まで好き放題やれてたんは、小細工ごとき一蹴する圧倒的な強さがあったからや。あの嬢ちゃんが君に何言ったか知らんけど、騙されたらアカンよ。勇者を倒せたのは細工したからやない。シンプルに嬢ちゃんが、化物じみて強いからや」
マジで言ってるのかよ。
だが、恐らくそれは嘘じゃない。
「じゃあどうする」
「決まっとるわ。搦め手の怪物には、搦め手の怪物をぶつける」
「……何処にいるんだよ、そんな怪物」
「おるよ。なあ、久遠寺結」
は?
はぁ?
「呼んだー?」
なんでいるの。
そこには、スーツの下をパンツしか履いてない、イカれたような話し方をする女が───あれ?
「ん?」
イカれたような話し方……は?
「そんな喋り方でしたっけ、あなた」
「ああ───格好憑ける余裕がないんだよね、今。私は言葉そのものだから、呼ばれたらそこに現れる。そういうあり方をしている。けど───そこまで行き着いた私としても、ちょーっとあの子の相手は厳しいかな」
「はぁ? 役立たずやんけ。なんのために呼び出した思うとるんや」
「まぁ! 五百年生きてたとは思えない品性のなさですこと。生後一ヶ月にしてやろうか?」
「怖いなあ」
「言いあいしてる場合じゃないだろ。どうすんだよ」
「せやな。とりあえず三人で囲んでボコそ」
「それを、私が許すと本気で思ってる?」
織機が、言う。
「不死身の吸血鬼。言葉そのもの。そして、不死の迷宮番人代行。死から離れすぎていて、忘れてるのかな。───君たちの目の前にいるものこそ、君たちの───死だよ」
そして。
「動いて、ダリア」
全てが、変化した。
───
迷宮改造。
それは、中に人がいる時に行われた場合、天変地異そのものと化す。
ボクもミレニアムも結も、それに対応しきれなかった。
まず吹き飛ばされたのは結だ。
轟音と共に、槍のようにつきだされた床の一部によって吹っ飛ばされた。
ミレニアムは更なる崩落でより階下へと押し流されていく。
そしてボクもまた、迷宮の階層を滅茶苦茶に入れ換えていく手腕を前にして潰されないよう必死になることしかできず───そして。
改造が終わった時、そこには、倒れ伏す三人がいた。
「さて、これで終わりかな?」
「まだだよ」
声をあげたのは、結だ。
同時に体を起こす。
「まだ終わりにするには早すぎる。役者が残っているだろ」
「あなたのことを言ってるの?」
「違う」
結は。
静かに、言う。
「一人足りてない。吸血鬼も、黒幕も、嘘つきも、格好つけも、最強もいて、あれがいないなんておかしいでしょ。ねえ───名探偵が『さて』と言うには、全員集める必要があるってこと」
「誰のことを言ってるの」
「わからない? 貴女の恋敵のことだけど」
「……は?」
その時の織機の顔は。
よく、認識できなかった。
同時にこの姉はなにを言っているのか。
まさかと思うが。
「やめろ」
思わず口をついたその言葉を、結は黙殺して、言った。
その名を呼んだ。
その存在を呼び出した。
そうだ。確かにまだ役者は一人残っていた。
ボクの愛すべき人。
結の溺愛を向ける対象。
爆弾魔が執着し。
アッシャーを救った。
蒼い目をした───その少女が。
まだ残っていた。
まだ奈落にいた。
だから、結は呼び起こす。
約束された終わりをもたらす。
気まぐれで世界を変えてしまう。
その異名を、大魔王と呼ぶ。
その真名を。
「来い、愛」
「うんー。来たよ~愛様ちゃん様がねー」
大魔王が、降臨する。
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