第19話 この非日常
「で、これ何」
「これは『大氾卵』ですね。生物系の魔具です。虫を生成しますが操作は出来ません」
「強いかもしれん」
ボクは大鴉───烏丸柳志郎から魔具の説明を受けていた。
机の上には大鴉から奪った魔具が幾つか並んでいる。
全て契約は終えたものの、詳細な効果が分からないんで、大鴉を呼んでその辺聞こうというわけなのだった。黒猫殺人事件の時に契約したら一気に情報流れてきたんだけど、全部相手する余裕がなくて、無視しちゃってたんだよね。
いやあ、間抜け間抜け、大間抜け。というわけで大鴉もとい烏丸氏をアドバイザーとして雇い、魔具を説明してもらっているのであった。
ちなみに今取り上げているのは緑と黒でバッタの柄をしたスプレー缶である。泡の代わりに虫の卵が大量に詰め込まれたモノが噴射され、次の瞬間には孵化するという優れものだ。
実に不気味でいいんじゃない?
「二層は虫倉にするか」
「でしたら他にも色々ありますよ」
「ほう」
とまあこんな感じなのが、黒猫殺人事件の、三日後のことである。
あの日、全てが終わった後、
「お疲れさん。なかなか面白かったぜ」
「そうですか。……あなたは、その為にボクのこれを演出してくれたんでしたね」
面白そうだ。
ちょっとあたしも混ぜてくれよ。
それが彼女の言い分だっけか。
中立者やバランサーではない。
娯楽のために、享楽のために、ボクの死線を援助した。
それが彼女だ。
「そしておめでとう。一ヶ月にはちょいと早いが、ミッションクリアだ。見事だな。王権持ち二人に国家探索者のチームを撃退。誇れるぜこれは」
「ミッションクリアというか、クリア不可能になりましたがね」
「だが痛みさえ無視すりゃ外には出れるんだ。そもそも、迷宮とこんな関わり方して正気のままなのが救いも救いだ。王権取られて死亡って可能性が、よっぽど高い強敵揃いだったんだぜ?」
「それなんですけど」
「なんだよ暗い顔してよ」
「未だにちょっと信じられないというか、彼ら三人は全盛期のダリアを攻略寸前まで持ち込んだ怪物だったんですよね。なのに、それをボクが撃退できるのっておかしくないですか」
まあ、先入観を逆手に取って騙したり。
舐められていたというのもあるだろう。
土壇場での覚醒で抹殺まで持っていけたり。
なんだかんだ理由はあるが。
それでもいまいち腑に落ちない。
運が後押ししてくれた?
いや、もっと建設的な答えを知りたいところだが───建設的な。迷宮だけに。
「なんだ気付いてなかったのかよ」
「なんですか」
「お前は強いよ。師である儂の方が途方もなく強かったから実感のわかなかっただけでな……」
「弟子だったことなんかねーよ」
「真面目に答えるなら、第六迷宮『ダリア』はあの三人じゃ攻略できねえよ、ってのが答えだな」
それって。
え?
それって重大情報じゃないか?
これまでの認識全部ひっくり返んない?
「縛りを捨てたアッシャーぐらいだろ攻略できんの。大鴉が迷宮から魔具と鴉ぶちこみまくっても四百の階層のうち最低三つはプールみてーに液体満タンだからそこで詰むしな。あいつら三人だけではダリアは攻略しきれねー」
ただのダリアならな、と彼女は含みを持たせた。
「ただの───ダリアじゃ、なかった?」
「先行して潜ってた奴がいたんだろ。そいつが粗方罠を解除してたから、あのレベルの三人でも攻略間際まで行けたんだよ」
尤も、あの三人も桁外れ側の強者だがな、と。
彼女は続けて。
「そしてその先行して潜ってた奴ってのが」
「あなた、ですか」
「いや? ちげーよ」
だよねー!
そこまで被せるといよいよ問題だよ。
でも。
「じゃあ誰なんですか」
「知らねー」
頼りにならねーおねーさんだぜ。
「まー気を抜くなってこと。実はまだ、戦いは終わってないんだぜ?」
「先行して潜ってた奴が、これから先現れると」
「そいつ次第ではあるがな。だが『不死』。人類全員が求める財宝だ。取り零したなら取りに来るだろ」
その時まで。
どれだけ備えられるだろうか。
「ってわけであたしはここまでだ」
「次はどこへ?」
「さあなー。『深海行』でもクリアしてくるかね。ま、縁があったら逢おうじゃねえの。お嬢ちゃんにもよろしくな」
そう言って、現れた時と同じように、何の前触れもなく、彼女は去っていった。
「ダリア」
(なんでしょう)
「今の話聞いて、言っておくことがあるんじゃないか?」
(あの人、嘘つきです)
「お前だよ! アッシャー大鴉黒猫に攻略寸前まで追い詰められたなんてデマ吐きやがって」
(う、うるさいですね)
「それ以上の弁解は?」
(……ありません……)
「……で、何か覚えてないのか?」
(それが、覚えてないんです。確かに、あの三人を迎撃する時はなんかいつもならもうやられてそうな程度の相手なのに全然死なないな怖いなっては思ってましたけど。でもその前に、先行して潜ってた誰か、なんて……記憶にないんです)
「記憶喪失か」
(あなたと同じです)
「話したっけ」
(どうですかね。まあもう体も……脳味噌もひとつになってますから、嫌でも分かります)
「ふうん。惚れた?」
(前から惚れてますけど)
「そ。まあ、ボクには、許嫁が、いるから。悪い、な」
(許嫁───久遠寺愛)
「大魔王だよ。まあ、その話はまた追々しよう。とりあえず、だ。何も覚えてないならアッシャーや大鴉にやったような個別の対策はしようもないが、その代わり今は魔具が大量にある。一般的な対策をしようじゃないか」
というわけで、烏丸氏を雇用し、今に至る。
彼の知識は素晴らしく、保有している魔具を全部言えるのはもう怪物なみだろうというもので、半分
そんな彼のアドバイスを受けながら迷宮の構造を変化させたので、今現在は二層増やして全十層の迷宮が成立している。
第一層、コンセプトは剣山。
刀剣系魔具が天井床壁へ大量に突き刺さったエリアである。もちろん、切っ先は通路側を向いている。突き刺さったというより、生えたという方が正しいか。通るだけで傷が増える上、魔具はそれぞれ特殊効果を放つから、シンプルに突破の難しい領域を成立させることができている。
第二層、主題は虫倉。
生物系魔具のうち虫に関するものを活用し、おぞましい迷宮が産み出されつつある。
第三層、テーマは花畑。
生物系魔具の一種である植物型を多く配置したことでなかなか凶悪な代物が展開できた。
第四層、テーゼは墓地。
ここの軸は、送川累々だ。
送川累々。
死体を操る女の子。
黒猫戦の被害はほぼ修復したものの、彼女は今、極めて沈んだ気分にあった。
「るぅぅぅぅぅぅぅぅぅるぅぅぅぅぅぅぅ」
「うん、ここが私たちの居場所。迷宮を守るため、頑張ろうねぇ」
「がんばるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「うん、うん。頑張ろうねぇ」
「がんばるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「うん、うん、うん。頑張ろうねぇ」
「がんばるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「うん、うん、うん、うん。頑張ろうねぇ」
「がんばるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
黒猫による損壊は彼女の核に亀裂を入れている。
連れてきたのはボクだ。
守りきれなかったのも。
だから、どうにかしなければならない。
けれど、どうすればいい。
複数の魔具を取り込んで、屍竜とも同化して、人外の怪物と化した───送川累々に、どう関わればいい。もはやレアとしかまともに会話も出来ない彼女に。
そのレアは両腕を失ったが、その分思考が鮮明になった様子で───通常の人体でそんなことは起こるまいが、これは魔具の効果だろう───、今も異形に至った累々の脇で彼女の狂乱を慰めている。
誘っておいて守れなかったことを、あの戦いの翌日にレアへ謝罪すると、彼女は言った。
「それは、あなたの罪じゃない。あなたの出した選択肢を、選んだのは私たち。なんなら───私の責任だ」
そんなことは、ないと思うが。
それでも、理性的な彼女の瞳は、死体として濁りながらも、揺らぐことなくそこにある。
「私は、ずっと、累々に……その前は世界に、私の全てを任せてきたから、だからこうなったの。今度は私は、もっと選ぶ。そして、累々を取り戻す」
「がんばるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
「うん、がんばる。私はここで、累々が自らかけた縛りを解く」
それまで居させて頂戴。と、彼女は言って。
ボクは頷いた。
当然だ。
誘ったのはボクの方だ。
頼んででも居てもらいたい。
───そして。
彼女まで説明したなら、あと一人の顛末を伝えないといけないだろう。
本当は、言いたくない。
思い出したくない。
記憶が軋みをあげている。
語ることを恐れてしまう。
それでも、それでも、不真面目とは言え語り部の末席を汚すものとして、ボクには彼女の選択を語る必要がある。この物語を先へ進めるには、それは間違いなく、徹底せねばならないところだからだ。
彼女。
織機有亜。
超高校生。
ボクの友達だ。
彼女は、今、ここに居ない。
「私はもっと強くなるよ」
それだけ言って。
この迷宮を去って行った。
去って行った。
去って行った。
マジか……。
マジか……。
「受け入れなよ」
と言ったのは烏丸氏。
「近くに居すぎても、うまく行かないことはある。逆に離れて初めて気付くこともあるさ。それは時に、愛であることも、ある」
「お前が人の道を説くなよ……」
鴉操ってガチでボクを殺しに来たクセに。
年上として道を説く美味しいポジションに収まろうとするんじゃない。
というか。
「織機とは、そんなんじゃないし」
「じゃあ、どんなのだね」
「ただの、友達だ」
そうだ。
ただの、友達である。
───友達以上は、もういるからね。
「友達ならばこそ、友達の考えは尊重するべきだろう」
「分かってるよ。でもならさ、織機もボクの気持ちを尊重してくれてよくないか」
友達と、もっと色々意見を交わしながら迷宮を強くしていく、守っていく。それが出来ないのは、悲しいところがある。
「そのせめぎあいが人間関係だとも。どこまで相手を受け入れて、どこまで自分を通させてもらうか」
「鴉としか関係してないように見えて意外に言うね」
「魔具集めは人間関係が大事だからネ」
というか、と。烏丸氏は言った。
「メッセージアプリの友達登録してるならそれでメッセージすれば良くない?」
「それは……そうだけど……」
何を送ればええねん。
思い付かねーんだよ。
「会話へたくそだからね君ね」
「うるせーやい」
なんて話していたら。
ガコンッと、音と震動。
「探索者だね」
「勇者のかけた封鎖はもう外れてる。一般の探索者の侵入か」
「撃退かね」
「無論」
「私も、手伝っても?」
「ボーナス出すよ」
「期待している。これでまたマホカンタを買えるからね───久遠寺財閥の魔具を買うとき、君を通せば割り引かれるかな?」
「そこまでは対応致しかねるね」
「仕方ないか。サテ、では鴉を放とう」
織機のことは、とりあえず後でまた考えよう。
今は撃退だ。
「ダリア、行くぞ」
(はい。今度は私もお供できます)
「嬉しいのか」
(わくわくしてますね)
「そうか。ボクは……いや、ボクも、わくわくしてるよ。あの三つの戦いを越えてどこまでできるようになったか、探索者に見せつけてやろう」
(はい!)
こうして、ボクの日常は過ぎる。
ヒトでなくなり、
壊れきって、
勇者は去り、
仲間は変わり、
敵が味方となり、
友達が立ち去っても。
それでもボクの日常は過ぎる。
異常で異様で異界な日常。
地下で過ごす狂った夏休み。
それは三人の敵を倒してもなお終わらない。
人を殺してもなお終わらない。
この非日常───第六迷宮『ダリア』の番人代行、ケツ論から言うと少女に乞われて現代ダンジョンの番人になった話は、まだまだ、終わらないのだった。
第六迷宮『
迷宮難易度 十層指定
旧第六迷宮跡地に建造された地下降下型迷宮。
全十層。
迷宮番人である人型実体と一般人の少年との契約により形成されたと見られ、現在、迷宮構造管理の主体はこの少年にあるようである。その為、通常の迷宮には存在しない、対探索者に特化した罠が多く見られる。また四千種の魔具を保有し、それを用いた防衛機構は極めて強力である。
探索に赴いた六層探索師『黒猫』
「前の方が、楽だった」
迷宮攻略プロトコルを変更。当該迷宮の現生人類への脅威を認め、迷宮主たる少年へ、迷宮死刑を執行する。
完全秘匿での迷宮死刑執行者として
十層探索師 嬉土水門
並びに
十層探索師 久遠寺結
以上、二名を指名する。
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