第7話 戦闘兵姫
「これが
腕輪の形をした至宝を得たのは、三年前。
迷宮『オリオン』を攻略した時だ。
私はそれを手に入れ、初めて発動した日を、今でも夢に見る───悪夢として。
──────
迷宮が揺れた。
何者かの侵入が起きたのだ。
第一層、入口付近で、ボクは待つ。
後数瞬で、その巨駆が現れるのを、待つ。
罠は、全て記憶した。
いざって時の最後の一手も、飲み込んでいるし。
大丈夫。勝てる。
赤い光に照らされて、壁も赤色に染まっている。
松明が揺れた。
風が動いたのだ。
そして、現れる。
「あれ? なんでここにいるの?」
「織機ぁ!?」
アッシャーではなく。
やって来たのは、
こいつ───
「なんでこんなところにいるんだ!?」
「え、だって迷宮だもん」
「確かにな! 忘れてたよお前探索者だった」
「それにまだこっちの質問に答えてないよー。どんなタイプが好みかな?」
「ケツのデカい娘……かなあ。黒いパンツだとなおよし。───あれ、そんな質問だっけ」
「残念ながら今日は白でーす」
「それもまた良し」
「見せたげないけどね。さて、閑話休題」
すげえ。会話の中に閑話休題差し込んでくる人間初めて見たぜ。
人間って…面白!!…
「なんでここにいるの?」
「ああ、ボクも探索者をしたくなってね。手頃な迷宮はないかなって探すうちに気付いたらここに」
「ふーん。
「そうだ。だから悪いな織機。ここはボクが攻略するから今日のところは帰ってくれないか」
「攻略するための装備には見えないけどね。もしかして───自殺志願?」
「はっ。そんなわけないだろ。ボクは生きるために必死で過ごしてるんでね。二度と死にたくはない。例え美少女に命と魂と体を捧げてくれれば生き残れるから助けてくれ生きたい死にたくないどうか助けて、と懇願されたって平然と背を向け歩き去るよボクはね、そう絶対に振り向かないさ間違いなく見捨ててやるとも何があっても生きる生き抜く死ぬものか」
「なるほど。だいたいわかったよ。じゃあ今日のところは帰ろうかな」
「何を理解したかは平々凡々たる小市民このボクには全く読み取れないがそうして貰えると助かる───」
「でもそうだな。キミに死なれたら私としても寝覚めが悪いし……明日、空いてる?」
「空いてる、と思うが?」
「それ、友達いない人特有の答え方だね。友達いる人は予定が入ってるかどうかを常に把握してるから空いてる日かどうかすぐに答えられるんだよ」
「いきなり刺してくるじゃん何何何何びっくりした」
「あはは」
……。
………。
…………。
「え、それで終わり? 何の理由もなく刺したの?」
「これが雑談だよ。何の意味もない。伏線もない。唐突に放たれては流れていく。でも楽しいでしょ」
まあ、確かに。
楽しくは、ある。
「これを明日もしようね」
───ヤバい。
ヤバいだろ───これは。
織機有亜。
お前は……改名しろ。なんかもっとこう、ヤバい、沼みたいな、堕ちざるを得ないファム・ファタールみたいな、そんな人間らしい名前にしろ。
ボクは市蔵にするから。
「あとこれ、返すからさ」
そう言って取り出したのは一冊のエロ本。
『デカケツ高校腰ガク部決起集会決定傑作選』
「キミのでしょ。入口に落ちてたよ」
ダリアァァァァァァァァァァァァァァッ!!
ダリアァァァァァァァァァァァァァァッ!!
ダリアァァァァァァァァァァァァァァッ!!
「知らないねそんな本。ボクは見たことも触れたこともないしましてや買ったことなどあるはずもない。穢らわしい一冊だよ。冒涜的だ。そしてそんなものを君に持たせておくわけにはいかない。さあ織機、悪いことは言わないからそれをこっちに渡してくれ」
「既にだいぶ穢らわしいよその語句の山が出てくるのは」
ま、いいか、と。彼女はそれをしまった。
「返して欲しくなったらいつでも言ってね」
「自分のものでないものに返して欲しくなるはずもないだろ」
嘘だけど。
「じゃあ、そういうことで。また明日ね───」
その時、だった。
油断していた。というか忘れてた。忘却していた。織機というアクシデントの襲来で何もかも忘れきっていた。
今の状況を。
ボクの置かれた境遇を。
いや、置かれたわけじゃない。
踏み込んだんだ。
踏み込んだ世界なんだ。
それはイカれていて。
それは馬鹿げていて。
どうしようもなく、狂っているんだってことを。
ボクは完全に忘れていて───震動。
織機の動きが止まる。
ボクの頭に、声が響く。
迷宮最奥からの通信念波。発信者は、ダリア。
『ふざけてる場合じゃありません! 来ました、アッシャーです!!』
───待ち構えていたはずだ。
こいつを迎え撃つために。
でも、こんなのは想定してない!
角からヌッと姿を表した───巨駆。
赤色の明かりに照らされた───深紅の筋肉。
「……お待たせ」
「待ってねえよ」
筋骨隆々の女が、口を結び、しかし目は薄く開き。蓄えた破壊の力を解放せんと、嵐の前の静けさじみた気配を纏い、そこにいる。
「さあ、始めようか」
「……何を?」
「む」
問うたのは、有亜。
その明晰な頭脳が一瞬で答えに辿り着くのを、ボクは見た。
「じゃ、私はこっちにつこうかな」
そう言って、ボクに背を向け、アッシャーと向かい合うのも。
「いや、待ってくれ。織機。これはボクの選択だ。手出しはいらない」
「……そっか。じゃあ、私はここでまた明日だね」
「ああ」
「エロ本、渡すからね」
「そんなにいらないなら貰ってやるよ仕方ない」
そして織機は立ち去った。
後に残るのは、ボクと、巨駆。
「さあ、やろうか」
第一戦。開幕。
───さて
『
二メートル近い巨駆の女。
一撃で場外へ吹っ飛ばしかねないハンマーと、
一撃でブロックを崩すだろうツルハシの、
二刀流。
筋骨隆々というか、筋肉の塊じみた女だ。
そして───
ボクの、最初の相手でもある。
「始める前に宣言しておく。私には願いがあり、それに『不死』が必要だ。これは利他性の一切ない、極めて個人的な願いだ。誰かを救うためではなく、己を救うための願いだ。だから私は全力を以てお前とこの迷宮を破壊する。容赦はしない」
殺す相手に、そう告げるか。
義理堅いだけじゃない、真面目なやつらしい。
個人的な願い、ね。
願望。誰かを救うためではなく、己を救うための願い。いいじゃないか。なら、ボクとは対極だ。あいつを───ダリアを救うために命を捨てた、あの夜のボクと。そして同質だ。迷宮から人間へと戻るためにこいつとやり合い生き残る必要のある、今のボクと。
利他と───利己。
対極で───同質。
今は互いに利己同士だ。
願いを叶えるために踏みにじる。
相手の我欲を捩じ伏せて打ち砕かれた未来を思い流した涙へ小便をかけ洗い流してやることが肯定される世界観で勝負を決めよう。
「行くぞ」
「ああ。ボコボコに───」
してやる、とまではいい切れなかった。
全身総毛立つ悪寒───殺気を感知したのだと気付いた時にはもう後方へと跳躍し着地を終えている。迷宮からの補助により身体能力がそこそこ強化されているのだ。だが、それでも回避が精一杯だった。
ツルハシの横薙ぎ。
一瞬でも遅れてたら、脳ミソぶち抜かれてた。
そして、それだけでは終わらない。
振り上げられたハンマーが、落ちる!
ボクとアッシャーの間に空いた、五メートル程の空間に。
轟! と、叩き付けられた一撃で───穴が開く。
否。
穴が、明かされる。
「まずは一つ目」
トラップその一───落とし穴。
ハンマーが砕いたのは、それを隠していた床だ。粉々にされた石が落下し、底に突き立てていた杭を折る、ボギボギという破砕音。
見破られたのか。後方へのジャンプに不自然さがあった? いや、今はとにかく。
「次だッ」
「逃がさない」
アッシャーは五メートルを一瞬で飛び越える。
ボクは走り、角を曲がる。
アッシャーも素早く追い付き、曲がった。よし! ボクの勝ちだ! アッシャーは、振り上げたハンマーを再び振るおうとした。
ゴギンッ!! と。彼女の頭上から鳴る異音。
「ダンジョンで振り回すにしてはデカ過ぎたなァ!」
ハンマーやツルハシを使うのが分かってるなら、振るえない状況を作るのは当然!
ここから先は天井が低くなっておりますってな。
つっかえて、振り下ろせないだろ!?
「ふん、デカ過ぎたな───か。温い」
ビギッ!! と。
悪夢のような音と共に───天井を走るヒビ。
なんてパワーだ。
でも、一瞬止めれれば十分。
トラップその二。ボクは右の壁を押す。すると壁はくるりと回った。忍者屋敷の隠し扉だ。
そしてトラップその三。
ゴゴゴゴゴ……!! と。轟くような音を纏って、道の先から回転してくる、それは大きな岩石球!!
「潰れてくれ!」
「───ッ」
隠し扉をくぐり、隣の道へ転がり込んだボクの背後で、元の道を岩石が駆け下った。
激突の音。
衝撃の震。
ボクは壁から距離をとる。
直後、隠し扉が粉砕した。
「……人間じゃねえな」
「それは、自己紹介か、番人代行」
「誉め言葉だよ探索者」
松明のオレンジの光が消えた、暗黒の廊下を背に。
アッシャーが入ってくる。
その手にはもうツルハシもハンマーも握られていない。
というか、握れる形をしていない。
ただの両腕じゃねえぞ。
高速で回転している。
ド級の回転速度───
空気を巻き込むような。
キュィィィィィィィィン、と。甲高い音を立てながら───ドリル。
手が───ドリルと化している。
「里桜高校の真人かよ」
「せめてロボットで例えてくれ」
平然と、彼女は歩いてくる。
彼女───アッシャー。
腕をドリルにする能力を持つ───否。
彼女の足が床のスイッチを踏む。
ボクはしゃがむ。頭上を矢が通り過ぎた。毒矢だ。
アッシャーは避けない。
ただその場に立って。
カキンッ! と、鳴る。
矢が落ちる。
アッシャーに傷はない。
当たったはずの頭は、銀色に光っている。独特の光沢が皮膚の上で形成されている。それは、直ぐに消えさった。
「水門から聞いているだろう」
聞いている。
だがここまでとは思わなかったさ。
「これが、第三十一迷宮『オリオン』で獲得した
腕をドリルに、恐らく追加で筋力も上げて、岩石と壁を砕いた。
顔面の皮膚を鋼鉄にして、毒矢を完全に防いでいる。
推し量るにこの
あらゆる状況への適応を可能とする。
最強の
後出し※
※迷宮最高の至宝のこと
「さあ、続けよう」
こいつを相手に、残り五十七分も稼ぐ。
それはなんて───楽勝なんだ。
なんて、嘘だけど。ま、いいじゃん?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます