第8話 あと、何分
罠が、吹っ飛ばされていく。
一秒たりとも足を止めることができない。
二重の意味でだ。
ボクは足を止めたらアッシャーにやられる。
その上、アッシャーの歩みは止められない。
あらゆる罠が、あの肉体変容による適応の前に葬られていく。
松明の明かりが揺らぐ。アッシャーの凄まじい躍動によって、そのぼんやりとしたオレンジの明かりが吹き消されていく。
一、二、三層はページ読み込みの間に蹂躙された。
現在四層でやりあっているが、全然だめだ。
『ダリア! あと何分!』
『五十分です!』
予想より遥かに足りてない。
全ての罠は記憶したし、随時それらを展開している───可能な限り、全て発動しているんだ。
落とし穴、矢、落石、吊り天井、火炎放射。
泥沼、隠し通路、区間の暗転、隔壁封鎖。
どれも通じない。対応される。
───今だ
吊り天井!
通路の天井が、落ちる。
圧殺の一撃は、しかし。
「『
足が変化した。鹿を思わせる両脚。
背中が変化した。突き出たのはブースター。
獣機一体の瞬間加速が、圧殺の罠を踏破する。
瞬時に足と背中は元に戻る。
「次は?」
言いながら今度は右腕が肥大化し壁を殴った。
本来なら空いた穴から槍が飛び出るはずが、壁ごと粉砕され、不発に終わる。
「次は?」
脇道に飛び込む。さっきまでいた通路の奥から、轟音を伴い土砂が───ダメだ。下半身を蜘蛛のような異形に変えたアッシャーはその足を使って壁と天井を走りつつ、左腕に形成したロケットランチャーを通路奥へと放って根本の装置を破壊した。
そして脇道へと到達する。
「次は?」
オレンジ色の明かりが一斉に消える。松明を消すことによる区間の暗転。その一瞬の隙をついて全方位から突きだされる槍。
それら全てを全身の硬化で防ぐアッシャー。その頭にはライトが形成され、オレンジよりも眩しい赤色の光が辺りを照らした。
周囲の状況を確認して、彼女は前へ動く。突きだされた槍は硬化した皮膚の表面でボギボギ折れていく。あっさりと、暗転区間から脱出された。
「次は?」
区画を閉鎖するための隔壁ドオンッ!! ダメだ。もう何に変じたのかも見えなかった。砕けた壁しか見え───うげっ! 痛み! 激痛! 何───砕いた瓦礫を蹴ったのか、それが腹にぶっこまれた、まずい……ッ!!
「次は?」
声が直ぐ近くから聞こえた。
対応、を───!?
「ないのか。なら」
間に合わない……ッ!?
「攻守交代だ。そして二度と渡さん」
ここまでの展開は、ボクが有利ではあった。
何故か。
罠の配置を理解しており、誘導しながら戦えていたからだ。押されてはいたものの、主導権はまだボクにあった。
ここからは違う。
戦闘にすらなり得ない。
一方的な蹂躙だ。
拳が顔面に食い込んだ。骨の折れた感触よりも激痛よりも音が脳に伝わって、気がつけば今度は左足を掴まれ、ボゴン、と壁に───
やっべえ。このままだとドレスにされる。このハルク、強すぎる……!!
なら、離脱を。
ここなら、これだ……!
再び壁にぶつけられる瞬間、壁面を構成する石片のひとつ───松明のオレンジの光のすぐ下にあるスイッチを押し込む。罠が起動し、飛び出た回転刃が肉を断つ───ボクの左足をだ。
だがこれで助かった。あの剛腕からの脱出は成功。更に王権機能の一部発動で、足を再生させる。この数秒の間に、回転刃は粉々になっていた。鉄製の表皮と肥大化した筋肉を元に戻したアッシャーは、動きを止めていた。そしてボクを見ている。
ボクの左足を。
「……『不死』の機能か」
「正っ解!! ……欲しいか?」
もしかして───今の。
浮かんだ答え。だがまだ確信とは言えない。
ここは、会話で時間を……稼ぐ。
「愚問」
アッシャーは踏み出してきた。それ以上話すことはないとでも言うように。
『残り何分?』
『四十五分です』
「なんで欲しいんだよ」
「願いのためだ」
「その願いって何」
「お前に言う必要を感じない」
ヤベェな。会話が続かねえ。ボクも続けさせる能力なんてないが、こいつもこいつで会話能力が低すぎるだろ!
(いや、これに関しては君が悪いよ)
頭の中にイマジナリー
(雑談っていうのはね。何の意味もない。伏線もない。唐突に放たれては流れていく。でも楽しいものだってさっき言ったでしょ)
そうだな。
(でも君の今の話は楽しくしようとしてないじゃない? 意味はあるし伏線もあるしそのために唐突でもなんでもないけど、楽しさは全くない。そんな会話に乗ると思う?)
乗らないな。
じゃあ、それなら───
(分かったね。それじゃ、後は、がんばれ!)
ありがとう織機。ボクはやれる。
「アッシャー!」
「なんだ」
こいつはさっき、ドリルを真人と評したらロボットで例えろと答えた。なら、ロボットの話は糸口になる可能性が高い!
「………………」
やべ。ロボットの知識そんなにないや。語れる程ないや。
「……?」
「ごめん。……なんでもない」
「なんだお前」
「仕方無いだろ! にわか知識なんだよ! エヴァとダンボール戦機ぐらいしか触れれてないんだ。ドリル……ドリルだされても……話せるネタなんてないよ……。めちゃくちゃ有名なの二個ぐらい思い浮かぶけど……見てないし……」
「……そうか」
「……」
「……」
「……」
『あと何分!』
『四十三分!』
「……再開するか」
「ああ」
ごめん。織機。
ボクは友達がいないので会話できません。
(それ友達がいないからじゃなくて私のアドバイス何にも聞いてないからじゃないかなあ!)
戦闘再開!
ドリル! 銃! 熊パンチ!
キャタピラ! 剣! ロケットランチャー!
ロケットパンチ! ロケットパンチ!?
チェンソー! チェンソー!! チェンソー!!! チェンソー!!!! チェンソー!!!!!
やめろそれ! バカ! 一番ダメだろその連打は!! 頭からも生やすなチェンソーを! ん? ボム!! おいバカ! 刀! 弓! 鞭! 剣! 槍! 火炎放射! こいつ!! うわあ炎を纏うな!!!
やっべもう五層だ。いい加減ここで食い止め───腕が増えたぁ!? 口も!? なんて、美しいんだ……!! しかも増えた腕をゴムみてーに伸ばしやがって……この世で最もふざけた能力だ……!! ぎっ、増えた手から蛇を影のように潜ませて来た───くっそこの七変化を食い止めるには、これだ! 落ちろ、吊り天井!! ただの吊り天井じゃねえぞ。確実に当てるために床は泥地になってるだろこれでかわせねえ! 更に! 無数の槍が突き出た上に尖端には毒も塗られている! 0.1mgでクジラとか動けなくする毒なんだけど、効いてくれよ……! げぇ!? 全身を、蛇に!? そんなのできんのかよ!? つーかさっきからパラミシアかゾオンかハッキリさせやがれ!! ああ槍の合間をすり抜けて───「これで終わりか?」終わってたまるか!! ヘイヘイヘイ! やってやるぜ……! もう容赦はしねえ、そこまで対応できるんなら、手加減一切なし(今までもしてないけどね)の罠の奔流ぶつけてやらあ!! 第六層でな!! フロアひとつ使い切った完璧なダンジョンだ。隔壁二十四層、火炎放射炉三基、猟犬代わりの悪霊魍魎数十体分の働きをしてみせるボク、無数のトラップ、廊下の一部は液状化させている空間もある!! わあーーーーーーーッ!!!! 何その兵器!! 光よ、みたいな───ああーーー!! ボクの第六層が!!!! キェーーー!!! 『あと三十五分です!』 タイマーさん! 『ダリアです! 時間計測しかしてないみたいに言わないでください! こっちから罠遠隔起動させるの止めますよ!?』 助けてくれてたのか───『気付かれてなかった!?』 いや、罠の遠隔起動とかそんなことできるなんて知らなくて……『確かに言ってませんでしたけど』ありがとうダリア。ボクは独りじゃないと、そう思わせてくれて。『……!!』 だから!! 『覚悟が決まったな』『
轟音。
何らかの兵器か、獣の部位か、強化された肉体か、或いはそれら全ての複合にぶっとばされた。その勢いは凄まじく、床と壁と天井に数度バウンドしてなお止まらずに、階段へとぶちこまれて、踊り場でようやく勢いがなくなるが、今度は階段を転がり落ちる羽目になり、
「ぐげ」
ようやく止まったと思った頃には、最深部八層に到達してしまっていた。
「大丈夫ですか!?」
もはや通信の必要すらない。
直接、ダリアの声が聞こえる。
「……あと、何分」
「二十五分です……」
「終わりだ」
終わりの声がする。
起き上がったボクの前に、巨駆が立つ。
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