第9話 降参だ

「さて───ここが最深第八層か。ふん───流石にこの間に罠はないようだな。では……迷宮核・王権レガリアは……」


 アッシャーは周囲を見渡す。

 だが、真っ赤な光を放つ心臓のような宝玉は見当たらないらしい。


「隠している、か。何処にだ?」

「さてね……。言わねーよ」

「ふん。言わねーよ、か。その虚勢、どこまで張れるかな」


 ズバン! と音が鳴って。数瞬遅れて右腕が飛ぶ。


「復元、するのだろう? だからといって、痛みがないわけではない。多少耐えられるだろうが───繰り返したら、どうなるかな」


 ズバン!

 ズバン!

 ズバン!

 ズバン!

 ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!ズバン!


「ぐぅ……ッ!!」


 苦悶の声を、抑えられない。

 痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。

 この野郎……何十回腕をもいでやがる。どうせ切るんなら満象にしやがれ。復元で少しでもデカくしてやるから。なんて、そんな融通効かねーのが不死だし、何回切って戻しても粗末なままだよどーせな、つーかそんな妄言回してられるのももう限界だ。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。


「……まだ割らんか」

「あと、何分だ」

「……ッ」


 息を飲む音が聞こえた。アッシャーからじゃない。後方からだ。


「ダリア、あと何分だ!」

「……二十分です」


 まだ……まだ足りねえ。

 賭けに出るには、まだ早い。


「よもや、飲み込んだのではなかろうな」


 そう言って、腹に───ぐぎッ。ぎゃっ。ぎゃぎッ……ッ!!!!

 この、野郎……!! ぐちゃぐちゃかき混ぜてやがァッひぎッイイイッ!!!!

 ぎゃぎッ!! がぁッ!! ぐァッ!!

 まげッ、まげでッ、だまるがァッ!?

 げび!? ぎぃぃぃぃッ!!

 ががががが!! がぎィ……ぐぅげぇ……がッ!!

 じぃぃぃぃぃぃッ!!

 ぶがッ!! がぉっおっ、おがげぇぇぇッ……!!

 いだ……あおッ!? おっ、おげッ!!

 ご……ぉぉ……おぼッ!!

 ばばば……ぐ……べ、へへ……まだ、まだぁーあーーあああああああああああああああアアアアアアアア!?

 おんッ!! がっ!!

 ひぎッイイイッ!!!!

 ぎゃぎッ!! がぁッ!! ぐァッ!!

 げび!? ぎぃぃぃぃッ!!

 じぃぃぃぃぃぃッ!! ふぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!! ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!

 ぶがッ!! がぉっおっ、おがげぇぇぇッ……!!

 いだ……あおッ!? おっ、おげッ!!

 ご……ぉぉ……おぼッ!!

 ぎゃぎッ!! がぁッ!! ぐァッ!!

 まげッ、まげでッ、だまるがァッ!?

 げび!? ぎぃぃぃぃッ!!

 ががががが!! がぎィ……ぐぅげぇ……がッ!!

 じぃぃぃぃぃぃッ!!

 ぶがッ!! がぉっおっ、おがげぇぇぇッ……!!

 いだ……あおッ!? おっ、おげッ!!

 ご……ぉぉ……おぼッ!!

 ばばば……ぐ……べ、へへ……まだ、まだぁーあーーあああああああああああああああアアアアアアアア!?

 おんッ!! がっ!!

 ひぎッイイイッ!!!!

 ぎゃぎッ!! がぁッ!! ぐァッ!!

 げび!? ぎぃぃぃぃッ!!

 じぃぃぃぃぃぃッ!! ふぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!! ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!

 ぶがッ!! がぉっおっ、おがげぇぇぇッ……!!

 いだ……あおッ!? おっ、おげッ!!

 ご……ぉぉ……おぼッ!!




 ……止んだ。

 痛みが、止んだ……。


「杞憂か……」

「が───は───……へへ……飲み込むか……。そんな程度のトリック仕掛ける訳がねえだろ……」

「なら、どんな程度のトリックを仕掛けたのかね……」

「言わねー……」

「あと十五分。ペースをあげていくか」


 そう言って、こいつは。

 自らの腕をしばらく見つめた後、変化させる。


「例えば、このように───水にして、内側からぐちゃぐちゃとかき混ぜてやれるし」


「例えば、このように───数匹の百足にして、耳から突っ込んでもいいし」


「例えば、このように───獣の口を幾つも作り、生きながら咀嚼することもできるし」


「例えば、このように───媚薬にして、上げた感度に、最大の快楽を、短時間で、与えることも、できる」


「例えば、このように───新しいお前そのものを形成して、それと縫合させてオブジェにもできる」


「例えば、このように───」


「もういいです!」


 声が響いた。

 ダリアの声だ。


「もう……いいです。いつまで意地張ってるんですか!」


 ……張るさ。

 ボクはギャンブルは嫌いなんだ。

 想定外を起こしたくない。やるなら、勝つなら、確実に、確実にやる。

 その為には、まだ早い。

 いま言っても、賭けになる。勝ち目はあるが、確実じゃない。

 まだ、早い……が。




「……やめた。やろう」




 お前の泣いてる顔とかもう二度と見たくない。




「教えてやるから勘弁してくれ、アッシャー」


 アッシャーが、手を元に戻す。


「では……教えてもらおう」

「ああ。王権レガリアは───」



 ボクは、指を、上にあげる。


 天井を指す。否。もっと上を指す───



「入り口に置いてるよ」


「───は?」


「正確には入り口付近。入って直ぐのところだな。第七話 戦闘兵姫をチェックしろ。頭の辺りに、『赤い光に照らされて、壁も赤色に染まっている。』ってボクの心の声が書いてあるはずだ。松明の明かりはオレンジのはずなのにね───なんて。───まぁ、その光源が、王権レガリア


「……ふざけるな」


「大真面目だよ。……お前ら探索者にとって、至高の財宝である王権レガリアは、迷宮最深部にあって当然なんだ。だから、こういうのには引っ掛かるだろ? ここは普通のダンジョンじゃねえ。人間が意図して王権レガリアを隠そうとしている迷宮だ。それを、わかってなかったな」


「……わざわざ前線に出てきていたのは」


「食い止めるためじゃない。お前の注意を引くためだよ」


「あの小娘イレギュラーは」


「織機のことなら、偶然だ。でも助かったよ。あそこに剥き出しで置かれていた王権に視線を向けさせないため、気を引く必要があったからな……」


 だからこそ。勝負はあの一瞬だったのだ。


 だからこそ。曲がり角を曲がって追い掛けてきた瞬間に、ボクは勝ちを確信したんだ───これもまた、第七話を見返してみるといい。『よし! ボクの勝ちだ!』と確信している。


「……だが、まだ十分ある」


「そうだな。十分───お前が手当たり次第に壊して、所々塞がってるし、滅茶苦茶狭くなってるところもある迷宮を、十分で駆け抜けられるか?」


 或いは、それも可能かもしれない。

戦闘兵姫アポロウーサ』の変形は、最強だ。この状況にも適応し得る、後出しの原理。

 その性能を万全に発揮し切れば、瓦礫を粉砕し、隙間を潜り抜け、王権へと到達することもできるかもしれない。

 その場その場で適切な形態へと瞬時に切り替え続けることができれば。

 或いはそもそも一律で全部突破できる形態になれれば───気体液体、すなわち自然系をやれれば。


 可能だろう───が。


「お前はそれをしない」

「───ッ!!」


 図星だな。

 確信を持って言える。

 これは。


「何故ならお前が『不死』を求めたのは、その為だからだ……」


 戦いの中で気付いたことだ。


「お前の王権の弱点……」


 そもそも『戦闘兵姫アポロウーサ』の力を最大で発動していれば、あんな戦闘繰り広げる必要自体がなかったんだ。どんな形状にでもなれるなら、さっさと気体になって八層まで降りてしまえば良かった。

 それをしなかった。


 何故か。


 何故なら。



「その王権は、効果を解除できない」



「───正解だ」



戦闘兵姫アポロウーサ』は、肉体を改変する。

 だがそれは、不可逆の代物。

 だから───元の肉体に戻すには、改変の上から再度の改変を施す必要がある。


 再度の改変───元の肉体の形に。


「それは、私の記憶に従い行うものだ」


 アッシャーが、言う。

 答え合わせ───解答編。


「だから私は、長時間改変し続けることができない。元の姿を正確に思い出せるうちに、再度の改変で直す必要がある」

「ゆえにお前は、『不死』を求めた───いや、正確に言えば、『不死』の機能の一部……復元能力を」


 戦闘の最中、アッシャーが、復元したボクの足を見つめるタイミングがあった。

 あの不自然が───この答えに辿り着くきっかけだった。


「ボクは、体を直すときいちいちそれを気にしてない。自動で直る」


 足も、腕も、ちんこも。

 元の形で直る。

 形も大きさも───元通り。

 改変ならぬ───復元能力。


「ああ。見れば見るほど、欲しくなったとも」


 アッシャーは頷く。


「だからこそ、この状況は私の詰みだ。連続改変、或いは一律で突破可能な改変を持続させての再踏破───どちらを取るにしても残り時間でそれに全ての意識を集中して行う必要があり……その結果として、私は元の私を忘れかねない。その上で、時間切れにでもなられたらと思えば……もう、何もできんな」


 そして───手をあげた。

 もう、ドリルだとかではない。

 ただの、両手を。


「降参だ」








 ──────



「これが王権レガリア───『戦闘兵姫アポロウーサ』か」


 腕輪の形をした至宝を得たのは、三年前。

 迷宮『オリオン』を攻略した時だ。

 ───その攻略で、相棒は死んだ。王権を心から願ったのは、私じゃなくてお前なのに。

 私は王権を手に入れ、初めて発動した日を、今でも夢に見る───悪夢として。


「これは本当に、私の腕なのか?」

 ───相棒と繋いだ手とは、微妙に大きさが違う気がする。

「これは本当に、私の顔なのか?」

 ───相棒が褒めてくれた顔の傷が見当たらない。


 それで終わりだった。


 改変して戻す度に、思い出とは違う気がする。

 だから、その全力を発揮することは避けた。

 相棒よりも良いコンビになりたくないから、組む相手は最低の下衆を選んだ。最も、私も大差ないが。


 記憶は消えていく。

 留めようと思っても、それは冬の日に吐く息の白さに似て。


 それでも微かな残滓に従って。

 直す。直す。直す。


 その生き方を選んだのは、私だ。


 それを続けていくのも───私だ。


 ───────



 第一戦。VSスマッシャー、決着。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る