第10話 これは、嘘じゃないといいけど


「という感じに勝ったんだ」

「ふーん。頑張ったねえ。途中で私のイマジナリーが出てきたところは気になるけど」


 迷宮第三層を二人で並んで歩く。

 ボクと、織機だ。


 アッシャー戦の翌々日である。約束通りやってきた織機に、ボクは事の次第と顛末を話していた───本当の約束は翌日(昨日)だったんだけど、その日は織機を呼べなかった。何故かと言えば。


「凄い惨状だね」


 ダンジョン内部の破壊の跡を見ながら、織機が言う。


 アッシャーの破壊は凄まじいものだったからだ。彼女が外へ出る上では変形など手段は幾らでもあったが、複数人で同時に歩けるようにするにはやはり瓦礫の撤去、道の開通、安全確保など必要な行程が多かった。昨日一日費やして、ようやく織機と並んで歩ける道が繋がったのだった。それでも、まだ破壊の修繕は終わっていない。


「激戦の様子が伝わるだろ」

「うん。ここまでの惨状を見たのは二回ぐらいしかないよ」


 二回もあるのか……。

 そういえば織機は学校の迷宮化とか一線級のパーティーでの探索とか、修羅場を幾つも乗り越えてきた超人の一人だったな。

 そんな彼女をして二回しか見ていない惨状の三つ目になれたのは、むしろ光栄なことと考えよう。


「それにしても、アッシャーかぁ」

「強敵だった。普通にやってたら百万回やっても百万回負けてたな」


 だが、勇者が整えた状況で、ダリアと組んだことで、微かな可能性を掴み取れた。


「その勇者さんは今日はいないんだっけ」


 頷く。

 勇者───嬉土水門きどみなとは、市役所の迷宮課に行っている。この第六迷宮ダリアを暫く封鎖するためだ。ボクらと奴らの勝負にあって、一般探索者を避けるための策だった。


「会ってみたかったな」

「そのうち会えるよ」






 迷宮最深部。


 ダリアの前に織機を連れていく。


「じゃーん! ボクの友達の織機有亜さんでーす!」

「どうも、織機です」

「はぁ」


 あれ!? 反応が薄いな!


「イマジナリーフレンド紹介されても反応に困りますが」

「こらダリア、失礼だぞ! ここにちゃんといるじゃないか!」

「はぁ。いるんですねえ、そこに。はぁ」


 なんとも白けた目をしている。

 こいつ───ボクを舐め腐りまくってる!


「どうもこんにちは、ダリアです。今後ともよろしく」

「全然別方向だよそれぇ!」

「あはは。面白いねぇ。こんにちは、ダリアちゃん。よろしくね」


 うーん、流石織機。心が広い。器がでかい。ケツもでかい。


「キミは卑猥」

「頬が痛い!」

「心が傷んでほしいなあ」


 つねられた。

 一瞬だけ───ダリアが視線を戻した頃には既に手は離れてた、が結構痛いな今の。

 不死でも痛みは防げない。ままならねえぜ。


わたし、迷宮の修理してますね。どうぞごゆっくり」


 そのままどっか言っちゃった。

 なんなんだあいつ。

 なんか舐め腐る通り越して無礼じゃん。どんだけ不機嫌なんだよ……ま、そりゃそうか。この迷宮はボクを素材にしてるとは言え元はダリアが本体。それがボロッボロになってるんだから、機嫌が良いわけもない。


「悪いな織機。いつもはあんなんじゃないんだ」


 でもよく考えたらいつものあいつを知らないんだよな。死にかけ、復活直後、準備期間と戦闘中、そして今。全部イレギュラーな状況だ。

 ダリア。一心同体。命をかけた仲間なのに、ボクは彼女を何も知らない。


「あはは。仕方ないよ。私子供に好かれることもほとんどないし。いつものことだよ」

「そっか」


 寂しそうに笑う彼女に、何も言えなくなる。

 いや、なんか言えよボク。

 無理。語彙が出てきません。

 ぐう。なんか気まずいぜ。

 とにかく、なんでもいいから話題を出すぞ。


「あのさ」

「ねえ」

「あ、ごめん」

「ううん。どうぞ」

「いや、ええっと」


 被った末に譲られちゃった。

 やべー……どーしよ。


「…………次の敵、大鴉ってやつと黒猫ってやつ、どっちが来ると思う?」

「そうだなあ……。私の予想だと、大鴉かな」


 良かった。乗ってくれた。


「なんでそう思うんだ?」

「話を聞く限りでは大鴉が一番抜け目無さそうだもん。雰囲気の話だけどね。……いや、ズル賢いとも言うのかな。……今のこの状況、見逃すとは思いづらい」

「今ってそんなに攻められやすいのか」

「気付いてなかったんだ。……アッシャーが一番最初に来たのは、彼女が絶対に『不死』を手に入れたかったからっていうこともあるけど……多分、大鴉が譲ったんだと思う。何故か。わかる?」

「大鴉がアッシャーに惚れてたとか」

「可能性は否定しないよ? 真面目に答えてほしいけどね」

「うぐ。……そうだな」


 何故、一番槍がアッシャーだったのか。


「……アッシャーの異名は?」


 悩んでいるボクに、織機は助け船を出してくれた。


「『崩し屋スマッシャー』……」

「攻略スタイルは?」

「罠の全破壊……」

「ダリアちゃんは今何してる?」

「迷宮の修復中……」

「それにあと何日かかるかな? 罠の再設置にはどれくらい時間を使える?」


 ……あ。

 そういうことか。


「アッシャーが失敗した場合、壊れまくった迷宮が出来上がるのか」


 そしてボクたちはそれの修復に時間をかけざるを得ない。

 一週間の準備期間、そのうち二日を既に費やしているのにだ。

 対策の時間なんて、ほとんど取れない。

 しかも───


「アッシャーに使った奇策も通じない可能性がある」

「そうだね。キミのあの作戦は名案だったけど……次からは敵も、理解してくる。相手は迷宮じゃなく、人間だってことを」


 だから、大鴉はアッシャーに一番槍を譲ったのだ。

 こちらの妨害と、スタイルの把握。

 その二つをアッシャーが行うよう仕向けたわけだ。

 そして見事にハマってしまった僕らは、不完全な状態で、手の内も読まれかねない現状で、大鴉に挑まねばならない。


「クソ……不味いな」

「そうだね。だから、提案があるの。これが私が言いたかったことなんだけど」


 提案!

 超高校生、学校一の才女。織機有亜からのアドバイス! 聞けばテストの点が二十は上がると評判の神託にも等しい言霊!

 聞かせてもらおう。

 拝聴しよう。

 教えてくれ。織機。君の考えを。


「私を仲間に入れてくれない?」



 ───断ろうと思った。

 というか一度断っている。

 あの時。アッシャーを前にして相対してくれたときに。

 これは、ボクの選択だからと。


 だが。


 アッシャーとの戦いを通じてよくわかった。


 ここから先は、ボクだけでは勝てない。


 自らの選択に責任を持ちたい。

 誰かを巻き込んで危険にさらしたくない。

 だがその拘りは、死に繋がる。


 アッシャーは、自らの選んだ生き方を続けると言って去った。


 ボクは───違う。

 負けるわけにはいかないから。

 だから、アッシャーに学び、彼女の生き方の対極を選ぼう。


 選んだ生き方を貫かない。


 巻き込ませてもらう。

 生きるために。


「ボクの方こそ、頼みたかったんだ───。どうか、ボクと一緒に戦ってほしい。君の力が、必要だ」


「うん!」


 罪悪。

 最悪。

 ボクは生きるために友達を今、巻き込んだ。


 なら絶対に、無駄にしない。

 生き残って、この選択に価値を与えなくてはならない。



 何より。

 この彼女の、言葉にできないほどの笑顔に、報いなくてはならない。




 ───そう、決めた。


 これは、嘘じゃないといいけど。





























 そしてもうひとつ。

 織機を巻き込むと決めた以上、アイツを放置しておくわけにもいかないよな。

 腐れ縁。ボクの生まれながらの御主人様。絶対支配者。大天才。青い目をした怪物。妹もどき。初恋の人、これは嘘だ。婚約者、これも嘘。大親友、これだってきっと嘘なのだ。

 例えるならそう───大魔王。

 世界から戦争を無くし。

 新しい戦争を産み出して。

 それで何をするかと思えば、何にもせずに笑っている。

 気分ひとつ、指先ひとつで、世界の形を変えてしまえる───換えて終える大魔王。


 生き残るため、その王命を拝聴しよう。


 100%趣味で語るのはここまで。

 ここから先は100%興味で書く小説だ。

 レビューとフォローは、忘れずにね。


 さあ、

 久遠寺愛幼なじみに、会いに行こう。



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