第4話 ちょっとアタシも混ぜてくれよ
第六迷宮『ダリア』。通称『暗黒宮』。
その難易度は全世界に存在する迷宮の中でも最高に位置し、あらゆる伝説を阻んできた。
「本来の姿は全四百層からなる下降型迷宮でした」
ダリアは言った。
「迷宮攻略難易度はひとつの要素から決まるものではありませんが、四百層はあらゆる迷宮の中でも屈指の深度です。これを超えるものは第二迷宮『果てなし』───永遠に階段を降り続ける地獄───や第十五迷宮『深海行』───潜水し海底へと辿り着くことを目指す絶死圏───、第三十八迷宮『空挺墓地』───そもそも陸地の存在しない人外魔境───ぐらいなものかと。加えて魔物、罠、毒性を持つ空気の充満、階層ごとに温度や材質も変化するという仕掛けを用いて、極めて過酷な探索を強要する造りとなっていました。一層がひとつの迷宮に匹敵する難易度で、それが四百。オーソドックスなダンジョンとしては最高難易度です」
「ふうん。今は?」
「八層からなる迷宮です」
四百から八かあ……。五十分の一。二パーセントかよ。
いや、仕方ない。切り替えてこう。
「使える機能は?」
「罠の設置、迷宮環境の一部変更」
「一部ってどこまで? 空気に毒性を持たせたいが」
「不可能です。軽い温度湿度の変化までですね」
「クーラー暖房いらずってことか。快適だな。……罠は? 落とし穴とか毒矢、吊り天井は可能だよな」
「ええ。ただ、物理タイプのみとなります。結界や魔法型の罠は現状では不可能」
「ちなみに魔物は作れる?」
「現在はリソースが足りないため不可能ですね」
「オーケー」
これでプロの探索者を阻めってか。
「詰みや。死ぬでボク」
「諦めないでください!」
「どう考えても無理だろ! 相手は人跡未踏の迷宮を幾つも突破してきたプロだぞ! そんな奴らにたった八層、物理罠で撃退しろってかよ!」
「それは……そうですが……。でも仕方ないでしょ!」
ダリアがキレた。
「本当ならもっと深い迷宮にできたんです! この日本に住んでる十代男性を素材にすれば二桁は行くのが普通なハズ! たった八層なのは宮も計算違いですよ! あなた余命僅かの人なんですか! 魂の可能性が少なすぎます!」
「悪かったな! こちとら友達もいない劣等生なんでね!」
「そんな問題じゃ───」
その時、だ。
ガゴンッ! と。
迷宮全体の揺れる音がした。
「……いまのは」
見れば、ダリアの顔が青ざめていく。
「早すぎる……。もう入り口を見つけたなんて……!」
そして
「……今のは、探索者侵入の反応です。入ってきたのは人間が三人。
アッシャー。
大鴉。
黒猫。
ダリアはそう、名前を呼んだ。
「マジか……」
どーすりゃいいんだ。
まだ何もできてないぞ。
「直接戦闘です」
困惑するボクへ、ダリアが言う。
「迷宮リソースをあなたに全部注ぎ込みます。直接彼らを撃退してください」
「……それしかないのか」
「リソース供給と王権機能の一部使用で身体能力は超人並みにできますから。勝ち目はあります! 頑張って!」
───そして、迷宮第二層。
ボクの、足が止まる。
真正面、道の奥から。
松明の火を浴びて歩いてくるのは筋骨隆々たる長身の───女性。肩に担いでいるのは巨大なハンマーで───巨大な───……なんか デカくね……? 人間一人なら頭から足までペシャンコのコイン状に叩き潰せそうな代物だ。太すぎ、重すぎの一発を放てるだろう、一撃で場外不可避のデカブツ。右手にはその柄を持っている。では左手はというと、そちらにはツルハシが握られていた。こちらの鋭利な様は、明かりにテラテラと光る姿から察せられた。両手で持つべき二つの装備を片手で構える。それを服の上からでも分かるはち切れんばかりの体格が可能としている。ジーンズは男物の平均サイズを優に越えているし、シャツに至っては辛うじて胸の真ん中までを隠すにとどめ、下胸から腹筋の割れた腹がほぼ全部明らかとなり、その肉体美を惜しげもなくさらしていた。
手入れを放棄した髪の毛を前髪含めて全て後ろに流している。
厳しい表情で。
睨み付けている───ボクを。
「私はアッシャー」
女は口を開く。
「攻略仕掛けた迷宮が消失したかと思えば新生……流石は『不死』の
そして、付け加えるように。
「手を出すなよ、大鴉」
彼女の背後に、人影がある。いや、それを人影と称していいのだろうか。それは無数の黒羽を落としながら、鋭く尖った嘴を持つ顔をこちらへ向けている。裾の解れ破れかけたロングコートの上から何本ものベルトを巻き付けた異形の格好は、自らの体を拘束しているようだった。実際、その腕は体の前で揃えてベルトに締め付けられている。アッシャーと呼ばれた女とは対極じみた、肌のひとつも見えない拘束着衣。その顔面には───ペストマスクというのか、鳥の嘴を思わせる半月形の仮面が装着され、異様さをより強調していた。
「どう出せと、言うのか」
くもぐもり、掠れた声が放たれる。
実際、腕を自ら封じたその格好では、手出しなど不可能だろう───大鴉、そう呼ばれた男は、そんな洒落を交えてアッシャーを笑った。
そして───後方。
ボクの通ってきた道の背後にも一人、佇んでいる。
え!?
何で───回り込まれたのか!?
ビビるってそれは───今もビビってるけども。
松明の灯りの中に姿をさらすアッシャーと大鴉とは違い、暗がりの中に佇むそれは、男なのか女なのか、年の高低、体格をも不明とさせる。
けれど放つ気配の異様は、先の二人にも劣らない。
こいつが───黒猫か!!
そんな三人が───前後を塞いでいる。
おいおいおい。
どうすりゃいいんだこの状況。
もうすでにだいぶ敗色濃厚だぞ。
「さて」
とアッシャー。
「少年。そこをどけ」
「退かなくとも、無理に退かせますが」
と大鴉。
「…………」
背後の奴は無言だ。
「……退かねえよ」
と、ボク。
「命がかかってんだ」
「言ってる意味が分かっているのか?」
アッシャーが、
「言ってる中身が分かっているのか?」
大鴉が、
「……………………………………………………………?」
黒猫が、
三者三様の圧を放つ。
ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。
こいつらマジだ。
マジでボクを殺せる。
ボクを殺せる目をしてる。心をしてる。メンタルしてる。そしてそれだけの能力がある。
でも。
それはこっちだって同じだろ。
「分かってるよ」
ボクは拳を握る。
「この命は、ここで賭ける」
「どんな命でも関係ない」
アッシャーが切って捨てる。
「理由などどうでもいい。だが理由なく死ぬ命はない。全ての命は理由ありきの破壊を受けて終わるものだ。生きていると言うなら受け入れろ。生きるために壊されることを。食べるために壊されることを。売るために壊されることを。作るために壊されることを。奪うために壊されることを。殺すために壊されることを。争わないために壊されることを。競うために壊されることを。寝るために壊されることを。快楽のために壊されることを。とてもいい天気だったために壊されることを。楽しみな本を読むために壊されることを。朝食に目玉焼きが出たために壊されることを。フォロワーが増えたために壊されることを。洗濯物を溜めすぎたために壊されることを。裏切られたために壊されることを。あの夏の日の約束のために壊されることを。気に食わないために壊されることを。壊れたために壊されることを。特に何もないために壊されることを。壊されるために壊されることを───受け入れろ」
滅茶苦茶な───破壊論。
「待ちなさいアッシャーさん。人殺しなら私の方が適任だ。何故なら死体が残らない」
「……………………………………………………」
さあ、どうする。
敵三人───恐らく、迷宮『ダリア』を攻略しかけ、ダリアから下半身を奪った探索者たちは臨戦態勢だ。
戦闘直前だ。
逃走不可能。
防衛不可能。
戦闘など、できるはずもない。
生き抜くことは、不可能だ。
だが───
「それでも、だ!」
ボクは踏み出した。
「だから、壊される」
「愚かな叫びです」
「…………!!」
アッシャーが踏み込んだ。
大鴉が動く。
背後の奴が揺らめいた。
ボクは拳を握り。
壁が砕け散る。
だがそれは、ボクの拳でもアッシャーのハンマーでもない。残り二人でもない。
新たなる乱入者の仕業だった。
───『勇者』が来る。
「いいこと言うなぁ! ちょっとアタシも混ぜてくれよ」
その乱入を避けるべく、大鴉は床を蹴って方向を変え後方に着地する。後方の奴も動きを止めた。残るアッシャーは躊躇なくハンマーを振り下ろすが。
ガッギィィィィィィィン!!
響き渡る鉄と鉄の衝突音。
アッシャーは乱入者を正確に捕捉し。
目を見開いて、後ずさる。
彼らの視線の先には。
不敵に微笑む金髪の女性。
ただしその顔には黒い帯が渡されており、彼女の目はそれによって隠されていた。それでも、口角の上がり具合が、喜悦の相を雄弁に物語っている。
赤色のマントを翻し、銀色の籠手を着けた右腕をぐるんと振るった。
「この、『勇者』───
ひどく、すごく、楽しそうに。
登場人物紹介
ボク───主役。
ダリア───迷宮番人。
アッシャー───探索者。
大鴉───探索者。
黒猫───探索者。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます