第38話 作戦会議
アンドレはマドゥレーヌと合流し、進展を伝えた。マドゥレーヌは、その情報を、海軍が掴んできた情報だということにして、マルセル警察へ、その御者を、警察所に連れてくるよう指示した。
突然、警察署に連行されて来た御者は、縮み上がっていたが「ジルさん、よく聞いてね。あなたが知っていることが、犯人逮捕のために、とっても役に立つかもしれないの。もしも、あなたが話してくれて、そのおかげで犯人が逮捕されたら、事件解決後に報奨金が出るのよ。10万トレールよ。あなたとあなたの家族が、1年暮らしても余るほどの大金よね。もちろん、そんな大金、恐ろしくて貰えないわよね。でも、安心して、あなたが、どんな情報をくれたとしても、決してマルセル警察は、あなたの名前や職業を明かさないと誓うわ。そうすれば、誰もあなたが10万トレールもの大金を、手に入れただなんて分からないはずよ——どうかしら、何か思い出したことはあるかしら?」と、マドゥレーヌが言ったら、ペラペラと喋ってくれた。
これが女の技というものなのだなと、横で聞いていたアンドレは思った。数か月前、アンドレに対してマドゥレーヌは、可憐な少女を演じていたが、今まさに、隣にいる女性が可憐な少女だった。
服からこぼれ落ちそうになっている豊かな胸、耳にかけられたコーラルピンクの髪が、緩やかなウェーブを描き、誘うような尻に落ちている。魅力たっぷりに話す、彼女の軽やかな声に、逆らえる男がこの世にいるだろうか。この手口に引っかかったのは決して、自分が間抜けだったからではない、彼女の手腕が一枚上手だったのだと、アンドレは自分に言い聞かせた。
御者のジルは、チップを大目にくれた、いい客だったと言っていたが、どうやら口止め料としては、些か少なすぎたのだろう。無理もない、マルセル領主代理と、第3王子が睨みを利かせているのだから、どれほどの大金を積まれたところで、割に合わないだろう。
午後13時、アンドレは作戦会議を開いた。
作戦会議には、エテルネルの艦長キルデベルト・カミナード大佐を始め、海軍の兵士から士官が17人、各小隊の隊長が6人、マルセル警察から約30名が参加した。アンドレが連れて来た親衛隊とマドゥレーヌ、ミュリエル、フィン、モーリスも加わることになった。
マルセル警察署の会議室に設置されたボードに、劇場の見取り図、作戦の人員配置、捕縛対象の似顔絵——マルセル警察が作成した――などが張り出された。
直接捕縛作戦に参加するわけではないミュリエルたちは、会議室の後ろの壁に、椅子を並べて座った。
「警察官たちが言うには、劇場は有名な心霊スポットらしいわ。最近はとんと話題に上らなくなったみたいだけど、20年位前は新聞が、特集を組むほどの大騒ぎだったんですって。幽霊を好んで見たがる人がいるなんて、本当信じられないわ」マドゥレーヌが小さな声で、ミュリエルに言った。
「私は幽霊を信じていませんが、人は他人を驚かせるのが好きですから、幽霊を見たいというよりは、驚かせたいのではないでしょうか。例えば、友人に言って聞かせるのです。『あの劇場で幽霊に追いかけられたんだ』といった具合に」
「ふーん、ミュリエルさんは、幽霊信じてないの?」
「幽霊がいたとして、人の前に姿を現したり、脅かしたり、そんなことをする力はないと思います。幽霊はあくまで人間ですから。人ならざる者が脅かしているのだとしたら、それはきっと妖精でしょう」
「妖精って本当にいるの?」マドゥレーヌが興奮気味に訊いた。
「分かりません。私はまだ見たことがありません。ですが、精霊はいますよ」
「精霊は犯人を見つけてきたり、捕縛したりできないの?」
「精霊にそんな力はありません。風を起こしたり稲妻を放ったり、自然に影響を与えることができるだけです。妖精も文献では、花を咲かせたり、泉を水で満たしたりする力を持っていると記載されているだけで、戦闘能力については、何も書かれていません」
「応用すれば戦闘に使えそうだけど、争いを好まないってことなのかしらね」
「そうかもしれませんね」
アンドレが壇上に立って話した。
「まず、爆弾犯の潜伏場所が分かった。マルセルの北部、オービニェの打ち捨てられた劇場だ。劇場の名前は『ル・シエル・ブルー』奴らはここを根城にしていると思われる。犯人——2人もしくは、それ以上——の特徴を、アンリオ中佐から説明してもらう。よく聞いてくれ」
ビールを飲みすぎたのか、お腹が少し出てしまっている30代後半の男性が、立ち上がりボードの前に立った。「ご紹介にあずかりました。オリヴィエ・アンリオ中佐です」アンリオは、ボードに貼られた写真を指示棒で指した。「えー、デュヴァリエ伯爵、フェルディナン・サンジェルマン。デュヴァリエ在住。73歳、身長165㎝、体重81㎏。被害者と目されるジャン=パティスト・サンジェルマン宰相の叔父。写真からも、お分かりいただけるように、東邦人の容姿をしています。最後に記録されている髪色は深い栗色。髪型は肩までの長髪。髪色を変えられるヘアクリームが発売されているそうなので、髪色や髪型は違うかもしれません。あてにしないほうがいいでしょう」
そのヘアクリームは、ミュリエルがZEROという名で販売している、貴族向け商品だ。
ミュリエルは、マドゥレーヌから突き刺さるような視線を感じ、フィンが肘で小突くのを感じ、笑いそうになったモーリスが咳払いするのを感じた。
まさか、自分のせいで捜索が困難になるとは、露ほども疑っていなかったミュリエルは、壇上に立って謝りたくなった。
アンリオが続けた。「シクスト・コルディエ元陸軍少尉。パトリー在住。41歳、身長182㎝、73㎏。髪色はライトアッシュブラウン。髪型は短髪クルーカット。小児性愛傾向が強く、5年前に陸軍を不名誉除隊しています。剣術、射撃ともに成績優秀。現役時代、狙撃手としての専門的な訓練を受けています。武装している可能性が高いです。また、我々が掴んだ情報によりますと、過去半年の間、劇場を数回に渡り、複数人の人間が出入りしているもようです。第一偵察隊からの報告では、劇場内に現在12名の人影を確認したとのことです」
報告を終えたアンリオが席に着いた。
「ありがとうございます、アンリオ中佐。続いて、劇場についての報告を、マルセル警察から、お願いします」アンドレが指示した。
警察官の制服を着た一段の中から、40代後半の男が立ち上がり、ボードの前に立った。
会議での報告は慣れているだろうが、海軍の士官がずらりと並ぶ部屋で、第3王子と、艦艇エテルネルの艦長までもが、自分を見ている。この状況は彼にとって、かなりの緊張を強いられているのだろうとミュリエルは思った。
きっと、この役目を押し付けられたであろう彼は、今から読み上げなければならない、書類を持つ手が震えていた。
「私はマルセル警察刑事課主任、クレマン警部補です。劇場『ル・シエル・ブルー』は1842年6月の講演を最後に閉鎖しています。主演女優の悲劇的な事故をきっかけに幽霊騒動となり、客足が遠のいたことが原因で、劇場の所有者が夜逃げしました。その後、持ち主不明のまま廃墟となっています。建築図面を見てください」クレマンはボードに貼られた建築図面を指示棒で指した。「建物は3階建て、客席は1階席、2階席、3階席とあり、ロビーと舞台は1階に、それから、1階の床下には舞台装置があります。空間は狭いですが、大人の男性が中腰になれば通れるくらいの隙間があります。そこに何が置かれているのかまでは、分かりませんでした。どれほどの人数が、ここに隠れられるのか、見当はつきません。突入時、直ちに制圧したほうがよいでしょう。それと、舞台裏に、個室があります。支配人の事務所、出演者の控室が4部屋——大部屋が2部屋と小部屋が2部屋です。それから、出演者のレストルームが1部屋、観客のレストルームが2部屋です。以上が劇場について分かっていることです」
「クレマン警部補、ありがとうございました。今から突入作戦について、作戦の手順について説明しますので、各リーダーは、配置する人員を割り振ってください」アンドレが作戦の手順ついて説明した。
人員の配置が決まり、再度作戦の手順を確認してから、会議が終了となった。
「ミュリエルさんは作戦に参加しないの?」マドゥレーヌがミュリエルに訊いた。
「デュヴァリエ伯爵が捕縛されたら、何が目的だったのか、お話を伺ってみたいとは思いますが、専門家がこれだけいるのですから、私は邪魔になるだけでしょう」
「それもそうね。私も、街の復興の方で手いっぱいだから、捕縛はアンドレ王子に丸投げするわ。それじゃあね。また後で」マドゥレーヌは、自分の仮オフィスへと戻っていった。
「エクトル卿、犯人は既に包囲されていますし、私の護衛は必要なくなりました。アンドレ王子殿下のところへ、戻ってください。捕縛には、あなたが必要でしょう」ミュリエルが言った。
「ですが、まだ犯人が捕まったわけではありませんから、何があるか分かりません」エクトルは心配そうに答えた。
「何かあった時は自分で対処しますから、ご心配なさらないでください」
「分かりました。それでは、何かまずいことになったら、仰ってください。いつでも駆けつけますから」
「ありがとうございます。そうします」
エクトルと別れて、ミュリエルたちは会議室を後にした。
警察署を出たところで、フィンが訊いた。
「監視はつけるんだろう?」
「劇場の付近に犬を待機させてますし、劇場には鼠がたくさんいますからね。夜明け前に作戦を開始するということでしたから、梟たちにも、空から監視をお願いしようと思っています」
「あいつらの手に負えなくなったら、お前も行くのか?」モーリスが訊いた。
「海軍の兵士があれだけいるのですから、可能性は低いでしょうが……そうですね、不測の事態が起きたら行きます」
「それじゃあ、魔力を温存しないとね」フィンが言った。
「カルヴァン候のときみたいに、魔道具が出てこないことを祈りましょう」
ミュリエルたちは、ヴィラへ向かう馬車に乗り込んだ。
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