第7話 収束

 爆発現場の混乱が収まり、治療を受けた人たちは帰宅していき、広場から負傷者が、まばらになった。


 ギプス包帯が届いたので、ミュリエルは先程の、骨折した少年の足を治療した。ギプス包帯を患部に合わせて、帯状に硬化したものを副木として使い、包帯で固定した。


「痛み止めが必要なときは、お近くの薬店へ行き、この紙を見せて下さい」ミュリエルは損傷箇所と治療内容を詳しく書いた診療録を、エミールの母親に渡した。「3、4週間ほどで、完治するでしょう」


 母親はミュリエルから紙を受け取った。エミールの足は、腫れが少し引いたものの、未だ痛々しかった。

「治療をしてくださったのが、ミュリエル薬師様で、息子は幸運でした。足を失っていたかもしれないと思うと、ぞっとします。救ってくださり、ありがとうございました」


 その後、事件の知らせを聞き、真っ青になって駆けつけた父親に、背負われて帰宅する後ろ姿を、ミュリエルは見送った。


「ミュリエル、あらかた片付いただろう。これ以上できることはない。俺たちも帰ろう」


「モーリスさん、爆発の原因は何だと思いますか?」

「広場には屋台が出ていたから、ガス爆発じゃないか?」


「首都パトリーは、ガスボンベを利用している屋台が主流になってきましたが、マルセルは、石炭を使用している店舗が多く見られました」


「そうです。ガスを利用した調理器具は高価ですから、この近辺の領地では、まだ、石炭を使用する業者が多くいます。さすがは救国の乙女ですね、観察し分析する能力も備えているとは、感服いたします」2人の会話に、イザークが口を挟んだ。


 モーリスはイザークに既視感を覚えた。血は繋がっていないが、目に入れても痛くないほどに可愛がっているミュリエルを、憎たらしいフィンはあっさりと奪っていった。


 ミュリエルの元婚約者アンドレは、フランクール王国の第3王子。その上、眉目秀麗であったが、ミュリエルの心は動かされなかった。


 しかし、このイザークという男は違う。フィンにどことなく雰囲気が似ている。他人の懐に入るのが上手い。


 大事な娘が危険に晒されている!とモーリスの本能が騒いだ。

「ミュリエルの父親で、モーリスだ。君は?」


「イザーク・ブルトンと申します。騒ぎを聞きつけて駆けつけてみたら、広場がこんなことになっていて驚きました。あとほんの少し爆発が遅かったら、私も巻き込まれていただろうと思うと、恐ろしくなりますね」


「負傷した人々を助けてくれたようだが、大変だっただろう」


「いいえ、慈愛の天使と言われるお方の、手助けができたことを嬉しく思います。それにしても、ここまで爆発が大きいと、復興に時間がかかりそうですね」イザークは惨憺たる有り様の広場を見て、大きなため息をついた「今日は妹のために、新しく発売された、シュースター社のテディベアを買いに来たんですけど……これじゃあ、当分買えそうにないですね」イザークは残念そうに眉を下げた。


 テディベアの老舗、シュースター社のマルセル支店も、爆風によって全ての窓ガラスが割れ、店頭に並べられていたはずのテディベアが、店内に散乱していた。ガラス片と砂埃を慎重に払い落としながら、店員たちは、盗まれるまえに回収しようとしているが、売り物にはなりそうにない。


「——あのクマのぬいぐるみは、マジックワンドを持ってるのか?」モーリスが言った。


「あれ、ご存知ないですか?あれは、シュースターの限定テディベア『救国の乙女』ですよ。ミュリエル薬師がモデルになってるんです」


「……私ですか?」


「そうです。てっきり、ミュリエル薬師が許可されたのかと思っていましたけど、どうやら、シュースターは無断で発売したようですね」


「ええ、そのようですね」


「妹はあなたの話を聞いて、憧れを抱いているのですよ。テディベアが発売されると聞いてからは、毎日あなたの話ばかりしている。ミュリエル薬師のマジックワンド同様、ルビーとクリスタルがあしらわれているので、テディベアにしては、値が張るのですが、僕は毎日お願いしてくる妹に根負けして買いに来たのです」


「勝手に利用されて腹は立つが、ミュリエルに憧れる子供がいるのは、親として嬉しいな」モーリスは誇らしげに言った。


「ですが、無断使用は違法です。モデル料を請求するとしましょう」


 今は平民だが、ミュリエルは元侯爵令嬢だ。第3王子アンドレから、300万トレールを巻き上げたこともあるくらい、賢く度胸のある娘だ。


 そのすました顔で、とんでもない額を引き出してくるだろうことが、容易に想像できた。

 我が娘ながら、敵に回したくない相手だとモーリスは思った。


 ミュリエルの、堪忍袋の緒に亀裂を入れてしまったシュースター社に、モーリスは、いくばくかの同情心を抱いた。


「モデル料で何するつもりだ?シュースター社を倒産でもさせるつもりか?」


「いいえ、そんなことはしません。シュースターのテディベアは、女の子の憧れだと聞きました。その会社を潰してしまったら、悲しむ子供がたくさんいます。私は、そのモデル料を使って、孤児院の子供たちに、おもちゃをプレゼントしようと思います」


 イザークは何か閃いたように、手をポンと打ち鳴らした。

「なるほど!それはいいアイデアですね。モデルとなったミュリエル薬師が、モデル料を寄付するとなれば、シュースター社も売り上げの一部を寄付せざるを得ない、そうなれば手元に残る売り上げは、雀の涙ほどかもしれませんね」


「本人に黙って金儲けしようなんて言語道断だからな、それくらいの制裁は加えて然るべきだな」モーリスは、シュースターの崩れてしまった店舗を睨みつけながら、我が娘の聡明さに感嘆した。

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