第15話 帰還
13日の早朝、麻酔から目覚めていないイザークを、そのまま寝かせておいてくれるようシリルに言付けてから、ミュリエルとフィンはもう一度、駅舎の惨状へと、立ち向かって行った。
「ミュリエル!どこに行ってたんだ⁉︎お前の姿が見えなくなったから、心配したぞ!」モーリスが大声で呼びかけながら、ミュリエルに向かって走ってきて、その体を、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。
大きな体に抱きしめられたミュリエルは、すっぽりと隠れてしまった。
「モーリスさん、オベール男爵を覚えていますか?」
「ああ、昨日、噴水広場で治療の手伝いをしてくれた青年だったな」
「彼がここにいたのです。爆発があった時、運悪く駅舎の中にいたようで、深刻な腹部外傷を負っていました。肋骨骨折が2箇所、脾臓破裂、ガラス片による腹部創傷です」
「2度とも爆発現場に居合わせたのか⁉︎なんて運の悪い人なんだ」モーリスは少し呆れたように言った。
「魔法を使って治療をしなければならず、人目を避けていました」
「それで?助かりそうか?」
「はい、腹部創傷のみ縫合に留め、残りは完治しました。今はまだ麻酔薬で眠っています」
「ミュリエルがいなけりゃ、1日と持たず死んでただろうな。運が良いんだか悪いんだか……広場に運び出された人たちの治療も、あと少しだ。重症者の腕に、黄色い布を巻きつけて、分かりやすいようにしておいた——腕があれば……だがな、無くなってしまった患者もいた。追加で治療していけ」
「分かりました。布を巻きつけるのは、良いアイデアですね」
「どこかの薬師の助手が考えたんだ。まだ少女だってのに、賢い子だ。お前の幼い頃を、見ているようだった」モーリスがミュリエルを、からかうように笑った。
ミュリエルは重症者の中から、負傷箇所が、魔法で治癒可能な患者には、その場で治療を施し、魔力を直接送り、治癒力を高めなければ助からないような、重症の患者は、シリルのパブに運び込み、できる限りの魔力を送り続けた。
休憩しながらの治療は時間を要し、全てが終わる頃には、正午を回っていた。
ミュリエルも、フィンも、モーリスも、疲労困憊で、もはや、どちらが患者なのか分からないといった状態になっていた。
「あなたたち……ゴミ屑みたいに見えるわよ」マドゥレーヌが怪訝な顔をして、ミュリエルたちに話しかけた。
爆発の一報が入り、2度の爆発による被害は甚大で、マルセル領だけでは、復興が難しいと判断したマドゥレーヌは、どうにか、国や他領から、支援してもらえないかと、国の重要人物を夜通し叩き起こし、頑固な年寄り相手に、悪戦苦闘したせいで、ミュリエルたちの惨状より、ほんの少しマシというだけだった。
自分の姿も、そう大差無いと感じて、マドゥレーヌは、大きなため息をついた。「治療ご苦労様、あなたたちが駆けつけてくれたことに感謝するわ。馬車を手配したから、ここは他の薬師に任せて、一度ヴィラに戻って休んできてちょうだい。家族も心配しているでしょうし、無事を報せに帰ったほうがいいわ」
「乗ってきた馬は、借り物なのです。返さなければなりません」紙のように白い顔をしたミュリエルが言った。
「こっちでやっておくから、さあ、帰って!」マドゥレーヌは手を、パンパンと打ち鳴らした。「救国の乙女を過労死させたなんてことになったら、マルセルは全国民から恨まれるわ!」
「ありがとうございます。馬はマリーナ近くのレストラン、『ポルト・ボヌール』で借りました」
「あなたたちが昨晩どこにいたかなんて、把握済みよ。マルセル領主代理を甘く見ないでちょうだい」マドゥレーヌは腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。
ミュリエルはその姿を、可愛いと思い、微かに笑った。
マドゥレーヌが手配してくれた、ガタガタと揺れる馬車に体を預け、泥のように眠りながら、ヴィラに帰ってきたとき、時計の針は、14時を回っていた。
3人は家族の涙と、安堵のため息に迎えられた。
ジゼルはミュリエルの姿を見つけると、転びそうなほどに慌てて駆け寄り、ミュリエルの体に縋りついて泣いた。
昨晩は情報が錯綜していて、マルセル駅の状況が分からず、皆が眠れぬ夜を過ごした。
そして、朝日が希望とともに昇る頃、凶報が届けられた。
生存者を捜索中に、瓦礫の倒壊で行方不明になった捜索隊がいるらしいという話を、ヴィラに出入りする業者から聞いたときは、皆が息を呑んだ。
昼過ぎになっても戻らないのは、3人がその捜索隊の中にいたのではないかと、不安は増すばかりで、ジゼルも、アンネリーゼも、強い女性だけれど、泣き腫らした目が、どれほど心配していたのかを物語っていた。
「連絡が取れず、すみません……」ジゼルを悲しませてしまったことに、ミュリエルは悄然とした。
「使いをやりたかったんだが、人手が足りず——すまない」モーリスも悄然として、ボロボロと涙をこぼし、ミュリエルにしがみついている、ジゼルの震える肩を撫でた。
血の繋がらない親子が、同じように悄然とする姿を見て、アンネリーゼは、クスクスと泣き笑った。「——ごめんなさい、よく似た親子だと思ったら、なんだか可笑しくなってしまったわ」
ミュリエルとモーリスは、顔を見合わせた。同じ表情をした、お互いの顔に照れくさくなり笑った。
「3人とも酷い有様だ……まずは、風呂だな」昨晩は、ディナー用に整った服装をしていたのに、今はヨレヨレのシャツに、血のシミがべっとりとついている。患者を抱きかかえて運んでいたモーリスとフィンの有様は、ミュリエルより酷く、見るに堪えなかった。「それから、少し眠るんだ。報告はそれからでいい」眼を赤くしたヘリベルトが言った。
「伯爵、皆さんにも、ご心配をおかけしました。お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」モーリスはそう言い、ミュリエルからジゼルを預かり体を支えて、泊まっている部屋に向かって歩き去った。
エルフリーデに泣きながら抱きつかれていたフィンは、ジークフリートにエルフリーデを預けて、ミュリエルと一緒に、フラフラとした足取りで部屋に向かって歩いた。
有能なメイド、アデリーナは、ミュリエルたちが帰ってきた知らせを受けてすぐに、湯船に湯を入れ、軽食を部屋に運び込んでくれていたようだ。
ミュリエルとフィンは、部屋に戻るなり、血やら何やらがこびりついている——着ていたものを全て脱ぎ捨てて、風呂に飛び込んだ。
いつものように、ミュリエルはフィンの肩に頭をもたせかけた。湯の温かさに、全身の筋肉の緊張がほぐれていくのを感じる。この上ない安らぎに、身を委ねた。
「先程はまだ、朦朧としていましたが、そろそろ、オベール男爵も、麻酔から目覚めた頃でしょうか」
「今は駄目、疲れすぎてて意地悪になってるから、ミュリエルの口から他の男の話を聞きたくない」
「疲れてなくても、フィンさんは時々意地悪です」
フィンは、ミュリエルの顔を、自分のほうに向かせて、唇を唇で塞いだ。
※
この続きは、『大魔術師は庶民の味方です2〜ラブシーン〜』へお進み下さい。
https://kakuyomu.jp/works/16818093077008953513
⚫︎本編全体をレイティング設定にするほどラブシーンが無い
⚫︎全ての年齢の方に本編を引き続き楽しくお読み頂きたい
この2点からラブシーンだけ別途記載することに致しました。
読み難いとは思いますが、ご了承ください。
また、ラブシーンは本編のストーリーに影響を及ぼさないよう配慮しておりますので、読めない方にも安心して本編を引き続きお楽しみ頂きたく思います。
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