第9話 悲しみの中で
ミュリエルはヴィラに戻ってくると、すぐに併設されているプールへ出て行き、ハンギングチェアに腰を沈め、静まり返った夜の海を眺めて、悲しみに心が沈んでいくのを感じた。
「俺の大事なミュリエル、その可愛い頭を何に悩ませているのかな?」フィンは自分には赤ワインを、ミュリエルには、グレープフルーツの香りが、暑い夏の夜を爽やかに彩る、淡いピンク色のロゼ・パンプルムースをグラスに注ぎ、側まで歩いて来てミュリエルの頭に口をつけた。
「アルコールですか?」
「気が立っているようだからね、アルコールは、気分を落ち着けるのにちょうどいい。ミュリエル用に、ロゼを少なめにしたよ」フィンは椅子を引っ張ってきて、ミュリエルの向かいに座った。
「考えていたのです。家族は危険なエリアにいました、私は咄嗟に風を操り、爆風や、飛んでくる瓦礫から、家族を守りました。何よりも家族が大切だからです。咎められることではないと、頭では分かっているのですが、考えてしまうのです。他者を犠牲にしてしまったのではないだろうかと……」
「あり得ない!」フィンは少し声が荒々しく聞こえた気がして、言い直した。「ミュリエルが人を犠牲にするなんて、あり得ないよ。誰よりも他人を
「もちろん、私は薬師ですから、負傷した人々を救うのが義務です。下心などありません。ですが、仮にあの時……」ミュリエルの瞳にじわりと涙が浮かんだ。「あの時、爆発の中心を素早く察知できていれば——家族を守るのではなく、爆発物そのものを無効化できていれば——皆を救うことができたと……」ミュリエルの頬を一筋の涙がつたった。
フィンはミュリエルに近づき、その瞳を覗き込み、涙を拭った。
「ミュリエルが言いたいことはよく分かるよ、確かにそうできていたなら、犠牲者を出さずに済んだだろう。だけど、できなかった。それはミュリエルが弱かったからじゃない、不可能だったからだ。さあ、おいで、横になろう」フィンはミュリエルの手を取って立ち上がらせ、ベッドへと誘った。
ミュリエルとフィンは、ベッドへ横たわり、お互いを見つめ合った。
ミュリエルの赤くなった目が、フィンの心に、やるせない気持ちと、愛おしいという相反する感情をもたらした。
ミュリエルの辛そうな表情など、見たくないはずなのに、彼女が涙を見せるのは、自分の前でだけだという優越感が、浅ましくフィンの頭をもたげる。
ミュリエルには大切な家族と、大勢の友人に囲まれ、笑っていてほしいと思うと同時に、唯一、悲しみの淵から引き上げてあげられる、自分のそばでだけ生きてほしい、盲目的に、身を捧げてほしいという独占欲が、フィンの心を支配する。
見苦しいぞとフィンは自分を罵った。
ミュリエルの腰を、そのカーブにそってゆっくりと手のひらでなぞり、フィンは頬を染めるミュリエルを楽しんだ。
※
この続きは、『大魔術師は庶民の味方ですⅡ〜ラブシーン〜』へお進み下さい。
https://kakuyomu.jp/works/16818093077008953513
⚫︎本編全体をレーティング設定にするほどラブシーンが無い
⚫︎全ての年齢の方に本編を引き続き楽しくお読み頂きたい
この2点からラブシーンだけ別途記載することにいたしました。
読み難いとは思いますが、ご了承ください。
また、ラブシーンは本編のストーリーに影響を及ぼさないよう配慮しておりますので、読めない方にも安心して本編を引き続きお楽しみ頂きたく思います。
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