第11話 不明瞭

 ミュリエルとモーリスとフィンは、朝食を食べた後すぐに、昨日の爆発現場へ向かった。


 そこで、ミュリエルは顔見知りに出会った。

「マドゥレーヌ嬢、お久しぶりです。お元気にされておりましたか?」


「ミュリエルさん、久しぶりね。昨日までは元気だったけど、今は最悪な気分よ。叔父が密輸事件で逮捕されてしまったから、父が伯爵位を叙爵することになって、マルセル子爵は、弟が名乗ることになったのはいいんだけど、弟はまだ12歳だから、私がマルセル領主代理として、領内を総括しているの。それなのに、こんな大きな爆発事故が起きるなんて、頭が痛いわ。ねえ、ミュリエルさん、全てが上手くいくポーションって無いかしら?」


「そんなポーションは、聞いたこともありません」


 少し黙考したミュリエルが、マドゥレーヌの冗談に、真面目な顔をして答えるところが面白くて、マドゥレーヌはくすくすと笑った。


「冗談よ、でも、これは本心。頭痛に良く効くポーションは持って無い?」


「それならあります」


 ミュリエルの家族と、自分の家族を守らなければならない役目があるし、ヴィラで留守番していようと思っていたフィンに、ジークフリートは「ソワソワしているお前は鬱陶しい。さっさと婚約者のところへ行ってこい」と言った。


 フィンは、そう言ってくれたジークに感謝して、ミュリエルの助手兼荷物持ちとして、同行してきた。


 ミュリエルの薬箱から、ポーションを3本取り出し、紙袋に入れて、マドゥレーヌに渡した。


 ミュリエルとアンドレの婚約が、破談になったきっかけを作ったのは、このマドゥレーヌだ。


 ミュリエルに、アンドレと結婚する気は、全く無かったようだが、昨年、侯爵令嬢のミュリエルが、薬師になっていなかったら、腕を骨折したフィンと、知り合っていなかったかもしれない。


 そう思うと、フィンは、このタイミングでアンドレに接触してくれたマドゥレーヌに、心から感謝し、ミュリエルを悪く言ったことは、帳消しにすることにした。


 マドゥレーヌは、受け取ったポーションを1本、ぐいっと口に流し込んだ。

「ありがとう。これであと少し頑張れるわ。いくら払えばいいのかしら?」


「1本3トレールですので、9トレールです」フィンが答えた。


 マドゥレーヌは視線だけで、侍女に支払うよう命じた。

 フィンは侍女から9トレールを受け取り、売上袋に収めた。


「爆発の原因は分かりましたか?」ミュリエルが訊いた。


「そのことで今、マルセル警察の責任者と、話してきたところなの。爆発物処理班の見解は、これほど大きな爆発を起こしたならば、複数のガスボンベが、同時に爆発したのだろうってことだそうよ。昨日、ガスボンベを使用していた屋台は1店舗だけ、登録されている業者を調べたところ、使用していたプロパンガスは8本。それが爆発したとするなら、簡単に解決するんだけど、その業者は、噴水より北側のエリアで営業していたそうなの」


 北側のエリアに視線を向けた。そこは、時計塔が盾になってくれたおかげで、広場の中でも、1番被害が少なかった。

「火柱が上がったのは、東側でした。中心地は、あちら側だと思っていたのですが、違ったのでしょうか?」


「爆発の中心は、中央の噴水から東へ……」事故の報告書を読みながら、マドゥレーヌは指差した「そうそう、あの階段の下よ。あなたが言う通り、あの辺りよ」


「何が爆発したのか、その痕跡は見つかったのでしょうか?」


「この惨状だから、証拠を見つけるのに苦労しているみたいよ」マドゥレーヌは広場の東側、瓦礫の山と化した場所に、視線を向けた。


 昨晩、何人の泥棒が、まだ使える品を探して、この広場を荒らして行っただろうかと、ミュリエルは考えた。広場の周囲に軒を連ねる店は、爆発直後よりも、荒れ果てていた。


「昨晩は見張りを立てなかったのですか?」


「見張りはいたそうよ。でも、その見張りが、小金を受け取って、こそ泥を招き入れてしまったのよ」マドゥレーヌは苛立ちを声に滲ませ、ため息をついた。


「階段の下……」ミュリエルは、昨日の広場の様子を思い出すように、眉間に皺を寄せた。「それなら、左からカサブランカの花売り、大道芸人、階段を挟んで、染め物の布売り、その隣は——」


 その後をフィンが続けた。「表向きは似顔絵描き、裏で薬草を売買していたようだ。こっそりとするってことは、違法の薬草だろうね。マルセル警察も、まさか、こんな真っ昼間に、広場で売買が行われているとは、思わないだろうな」


「あなたたちよく覚えてるわね」マドゥレーヌは感心し、突破口を見つけたと言わんばかりに、声が弾んだ。「警察に協力してちょうだいよ。あの時この場にいて、記憶がしっかりしている人を、探してるのよ。負傷者のリストから探しているようだけど、誰も役に立ちそうなことを、覚えていないらしいの。警察は手こずってるわ」


「分かりました。警察署に行ってみます。負傷者の手当てに、人手は足りていますか?手伝えることがあればと、思って来たのですが」


「それならちょうど、警察署の前の公園が臨時の救護所になっているから、そこで聞いてみるといいわ」


「ありがとうございます。マドゥレーヌ嬢」


 マドゥレーヌは、前回ミュリエルと会った時のことを思い出した。嫌味な女だったはずなのに、ミュリエルの態度は、変わらず穏やかだ。マドゥレーヌは、少しだけきまりが悪いと感じて、顔を赤らめた。

「お礼を言うのは、私の方だわ。領主代理として、ミュリエル薬師の助力に感謝します」


 マドゥレーヌは領主代理らしく、しっかりと挨拶をして、立ち去った。


 ミュリエルたちは、マルセル警察署へ向かって歩いた。


「花売りも、布売りも、大道芸人も、爆発を誘発するような物を使わないだろう。似顔絵描きに扮した売人だって、筆やら絵の具やらしか、持っていないはずだ」2人の記憶力の良さに、モーリスも恐れ入ると思った。


「単体でプロパンは、爆発しないはず、火が必要だと聞いたことがある。プロパンがもし漏れていたとして、そこに火をつければ爆発するかもしれない。だけど、階段下にプロパンのボンベや、火を起こすような物があった記憶は、無いんだよな」フィンが言った。


「私も記憶にありません。東側のエリアにあった建物は、崩壊が激しく、そのせいで広場の中央——噴水の周囲に、腰掛けていた人たちのところまで、瓦礫が爆風で飛んでいきました。何が爆発したのか分かりませんが、かなり威力の強い物でしょう」


「プロパンは、ここ10年ほどで出回っている新しい燃料だ。何か不具合があって起きた事故なら、またどこかで、同じような事故が起きるかもしれないってことだろう?それも恐ろしいが、プロパンじゃないかもしれないなら」モーリスは顔をしかめて言った。「もう、考えたくもないな」


ミュリエルたちはその後、それぞれ警察の取り調べを受け、階段下で営業していた人たちの、似顔絵作成に協力した。

 それが終わると救護所へ行き、在庫が空になってしまったポーションの作成を、手伝った。

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