第22話 捜査報告
マドゥレーヌは順を追って、これまでの捜査状況を話した。
「一報が入ったのは、11日の午後18時でした。フォントネー広場で午後16時頃、爆発があったとのことでした。午後19時、現場へ赴き、爆発の規模を確認した後、警察署へ現況の報告を聞きに行きました。マルセル警察は、ガスボンベの爆発で決着させようとしていましたが、大した調べもなく、捜査終了というのは、いささか乱暴すぎると思い、独自に調べました。あの日、ガスボンベを使用していた屋台は1店舗だけ、8本のプロパンを持ち込んでいましたが、1本も欠けることなく、全て揃っていることを確認しました。そもそも、ガスボンベを使用していた屋台は、爆破地点から離れていたのですから、疑いようもありません」
「ガスボンベの使用は、警察から許可証を発行してもらう決まりになっている。警察は把握していなかったのか?」
「当然、その業者は許可証を持っていました。なので、警察は把握していましたが、事故を起こした業者が、責任を負いたくなくて、言い逃れをしているだけだと、決めてかかっているようでした」
「それも、署長の怠惰か?」なぜ、そんな無能が警察署長になれるのか、アンドレは理解ができなかった。パトリーに戻ったら、警察署長選出の試験を見直すことにしようと決めた。
「確かなことは分かりませんが、そのような印象を受けました。それで、私は何か手掛かりを得ようと、翌朝もう一度現場へ行き、そこで、ミュリエルさんたちと会ったんです。あの2人の、ずば抜けた記憶力の良さに、マルセル警察は助けられました。当時の状況をよく覚えていたんです。爆破地点の100m以内に、ガスボンベは無かった、と、断言できると言っていました。それから、何が爆発したのか再捜査ということになったのですが、前日の夜、警備をしていた警官が盗人を——というより近隣住民ですね——大勢、招き入れてしまったせいで、爆発地点から、どこに何がどうやって飛び散るのか、検証不能となってしまい、あの広い広場に、這いつくばって、証拠を探す羽目になったのです」
「そのことで、罰を下された者はいるのか?」
「招き入れた警官本人も、宝石やら何やら盗んでいましたから、檻房に入れられています」
取り締まるべき警察が盗みを働くなんて、情けないとアンドレは思い、呆れたように息を吐き出し、首を横に降った。「警察署長と直属の上司を、監督不行き届きで罰しよう」
「国家警察は内務省の管轄ですから、ご自由にどうぞ、マルセル領に異存はございません。
そして、2度目の爆発です。一報が入ったとき、私はここにおりましたから、一報というより、爆発音が聞こえたということです」駅から徒歩15分の距離に警察署がある。爆音に続いて、爆風が警察署の窓ガラスを揺らした。「午後22時、私は数名の警官を連れ駆けつけました。駅の出入り口が崩壊し、中へ入れない状態でしたが、広場で倒れ伏している人の数から察するに、中には多くの人が閉じ込められていると予想しました」
「夜の22時に、なぜ駅に人がいたのだ?」マルセル駅発着の最終汽車は、確か20時頃だったはずだとアンドレは考えた。
「最初の爆発で噂が広がったのです。海賊の討伐に加担したマルセルが、報復を受けたというものでした。その噂のせいで、駅に人が集まってしまったんです。我先にマルセル領を脱出しようと、汽車のチケットを買い求める客で、長蛇の列ができていました」
「ロベール・カルヴァンの余波が、こんなときに——続けてくれ」アンドレは、うんざりだと言わんばかりに、こめかみを押さえて、マドゥレーヌに話を続けるよう促した。
「私は駅前の広場に、救護テントを張るよう警官へ指示し、崩壊した駅舎の入り口をこじ開けて、中にいる生存者を、外へ出すよう指示しました。そして、ミュリエル薬師を呼びに行くよう言いました。私自身は、警察署に戻り、対策本部を設置し、情報は全て、どんなに細かいことでも、対策本部に集めるよう命令を下しました。その後、国へ支援を要請しましたが、梨の礫で——」
「分かった、それは私が引き受けよう。宰相が見つからなければ、陛下に勅命を下してもらう。そうすれば、国防省を動かせる」
「ありがとうございます。後は、お聞きになった通りです。14日、午前、ミュリエル薬師が、患者の服の襟から金属片を見つけました。そこには、ガルディアンが考案した暗号で『慈愛の天使に死を』と書かれていました。ガルディアンのことを調べて分かったことですが、宗教団体デモスは、爆発物に独自の教義を文字で刻んでいたそうです。ということは、その金属片が爆発物である可能性は高く、どのような爆発物だったのか、現在調べを進めています。当時の捜査資料が手に入ると助かります。入手できるでしょうか?」
「国防省が保管しているはずだから、手配しよう」
「ありがとうございます。爆発物の形状が絞れれば、捜索しやすくなるでしょう。ターゲットがいるということが分かって、次に爆発が起きる場所を絞り込めないかと、ミュリエルさんの旅程と、人が集まる場所を照らし合わせて、絞り込んでみました」
マドゥレーヌはテーブルの上に地図を広げた。地図には赤いペンで印がいくつもつけられている。
「ミュリエルさんは、婚約式の教会以外で、いくつかのレストランを予約しています。1件目は、人が集まる噴水広場、2件目は、普段人はいませんが、偶然に人が集まっていたマルセル駅、それを踏まえて考えると、人が集まるエリアを狙っているように感じるのです」
「ミュリエルは、駅の爆破が誤爆だったのではないかと言っていた。婚約式の会場に仕掛けるつもりで爆弾を運んでいたが、誤って爆発させてしまったのではないかと。爆弾というのは、不安定で、よく誤爆が起きるものだから、私もその意見に賛成だ」
「私もその可能性を考えました。ですが、疑問が残ります。爆破犯はいったい何の用で、マルセル駅にいたのか?となるのです。汽車の発着は既に終わっています。まさか、急いで逃走用のチケットを買いに行ったとも思えません。爆弾を用意するくらいですから、計画的な犯行です。逃走する気があるのなら、その手段は手配済みのはずです」
「駅の爆破は計画のうちだと?でも、なぜだ?駅にミュリエルがいると誤解したのか?」
「フォントネー広場は18人が死亡、87人が負傷、マルセル駅は86人が死亡、200人以上が負傷しています。威力は駅の爆発の方が大きいのです。広場を爆破し、ミュリエルさんを巻き込み、興味を持たせた。そして駅を爆破し、大勢の命を奪った。そもそも、ミュリエルさんを殺したいのなら、昔、デモスが行ったように、ミュリエルさんに、爆弾の入った小包を送ればいいことです。犯人はなぜ、そうしないのです?」
「まさか——ミュリエルを殺そうとしているのではない?」
「ミュリエルさんの心を殺そうとしている、と、考えると、納得がいくのです。彼女が、その身をすり減らしてもなお、治療を止めようとしない姿を見て気がつきました。ミュリエルさんにとって、助けられないということが、何よりも苦痛をもたらすのでしょう。他人の命でもそうなのに、もしも、それが家族なら?自分のせいで死んでしまったとなったら彼女は、立ち直れないほどに傷つくでしょう。とすると、ガルディアンの正体はデモスではなく、ミュリエルさんに、恨みを抱いている者となるのです」
「調べは?」
「パトリーからと、ブリヨン侯爵領から訪れる観光客を中心に進めています。恨みを買うとすれば、カルヴァン一族を海賊との癒着の件で訴え、一族を消滅させたこと、それから、野戦病院では、命の選択をしなければならなかったはずです。今回のことで知ったのですが、薬師は皆、虫の息である患者を治療せず、助かる可能性が高い患者を、優先的に治療していました。疫病のときも、そうだったのではないですか?」
「ポーションの数には限りがあった。薬草の入手が、消費に追いつかなかったのだ。あの野戦病院で、重篤な患者や軽傷の患者には、ポーションが行き渡らなかった。そのことで、亡くなった患者の家族が、恨み言を言うことが何度かあった」当時の状況を思い出しながら、アンドレは悔しそうに口を歪めた。
「しかしながら、デモスの可能性も捨てきれません。テロリストのような過激派は、国防省の方がお得意でしょう。正直そちらは、お手上げですので、お任せしてもよろしいですか?」
「もちろんだ、登録されている警戒対象の同行を探らせる」感情に支配されず、淡々と報告するマドゥレーヌの冷静さに感服し、身を乗り出して聞き入っていたアンドレは、息を吐き出し、椅子の背に体を預けた。「しかし、まさか、マドゥレーヌにこんな才能があったなんてな、驚いた」
「お褒めに預かり光栄です——だからこそ、あなたを騙せたのですよ」マドゥレーヌはクスクスと笑った。
その笑顔にアンドレの心がドクンと跳ねた。
「そうだった、私はすっかり騙されたんだった」
「お気をつけください、王子殿下たちは仲がよろしいですが、貴族には派閥があります。あなた方を仲違いさせ、利用しようと画策する者もいます。常に貴族の同行を把握することです」
「忠告感謝する。私はどうも、他人の真意を探るのが苦手だ」
「そうですね、あなたは素直すぎる。そこが良いところなのですが」マドゥレーヌは柔らかく微笑んだ。
「——マドゥレーヌ」
「やめてください。私に惚れられても困りますよ」マドゥレーヌは、あからさまに嫌そうな顔で言った。
「……マドゥレーヌ、君は私が好きだったのではないのか?」かつて好きだった人と、その婚約者が泊まるヴィラへ行き、2人が寄り添って座る姿を見て、悲愴感に苛まれていたというのに、かつて好きだったもう1人の女性には、あからさまに嫌がられ、アンドレは泣きたくなった。
「アンドレ様は素敵ですよ、眉目秀麗で文武両道。素敵だと思わない女がいるわけないでしょう?でも、好きだったかと聞かれたら、そうではなかったです」
「では、なぜ私と?」
過去のこととはいえ、未だ傷が癒えないままのマドゥレーヌは、話したくないと思ったが、アンドレは当事者だ。知る権利があると思い、ゆっくりと話した。
「私には好きな人がいました。お互いに思い合っていると勘違いしていたのです。私は捨てられ、荒れました。王子妃になれれば、私を捨てた男を見返せると思ったのです」
利用されていたことに腹は立つが、泣きそうな顔で笑うマドゥレーヌを、アンドレには、責めることができなかった。
「そうだったのか。君を振り回してしまったと、思っていたが、どうやら、振り回されたのは、私のようだな」アンドレは、間抜けな自分を自嘲するように笑った。
「あなたを巻き込んでしまったこと、申し訳なく思っています」マドゥレーヌは深々と頭を下げた。「もしも、私が割って入らなければ、ミュリエルさんの婚約者は、アンドレ様のままだったのかもしれません」
「それはない。彼女は、私との結婚を望んでいなかった。逃げたがっていたから、君とのことがなくても、何か理由を見つけて、婚約解消を申し出ていただろう。結局のところ、私はミュリエルにとって、重荷でしかなかったんだ」
自らの足で立ち、歩もうとしているミュリエルを、閉じ込めようとしたアンドレと、支えになったフィン。ミュリエルがどちらを選ぶのか、マドゥレーヌがいなかったとしても、ミュリエルの選択は変わらなかっただろうと、アンドレは口惜しく思った。
何はともあれ、神が造った一級の芸術品のような顔をしているのだから、アンドレに恋焦がれる女性は多い。恋を楽しめばいいことで、わざわざ自分が憂慮してやる必要もないと、マドゥレーヌは薄情に思った。
「結婚の申し入れが、国内外から来ていると聞きました。お眼鏡にかなう女性が見つかることを、祈っております」
「——ありがとう。君は、結婚は?」
「私は弟が成人するまで、マルセル領主代理を続けるつもりです。その後は、ペルティエ男爵を叙爵する予定なんです。誰かの妻におさまるより、領地の運営の方が楽しいと気づいてしまいましたから、結婚をする気はありませんよ。
そうそう、東方貿易会社とブリヨン侯爵領に動きがあるそうですよ」マドゥレーヌは意味深長な笑顔を浮かべた。
「なぜ、それを?」
「そういうことです。人には目があり耳がある。全てを隠すことはできない。中枢にいる貴族たちは皆、気がついていますよ。早めに発表なされることを、お勧めします」
「知らせてくれて、ありがとう」
「騙した罪滅ぼしです」マドゥレーヌはクスクスと笑った。
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