捜査会議—2

「リュシアンは今どうしているんだ?」フィンが訊いた。


「ジョルジュもリュシアンも、神童と呼ばれるほどに優秀だったが、兄の事件をきっかけに電力会社を退社して、隠れ住むように田舎暮らしをしている。先ほど地元の警官から、身柄を確保したと知らせが入った。パトリーに連行されてくる」アンドレが答えた。


「実の兄が、数百人の罪のない命を奪ったんだから、隠れ住むしかないよな。被害者の親族から、報復されなかっただけでも幸運なんだろう。マルセルから遠く離れた地にいたとしても、指示役と実行犯がいるということも考えられるから、なんとも言えないな」フィンが言った。


 アンドレは頷き同意した。

「カルヴァン家に関しては、現在身柄を拘束されていないのは、未成年だけだそうだ。王室は対応に苦慮している。なにせ、東方貿易会社の専務取締役で、ロベール・カルヴァンの弟ディディエの子供が、まだ2歳の幼児なんだ」


「三親等以内だから、処刑が妥当か……」ただ、2歳の子どもに罪はない。カルヴァンに生まれたことが、不運だっただけだ。不当だなとフィンは思った。


「貴族院と代議員たちは、裁判にかけるべきとする意見と、裁判は開かず貴族籍剥奪にとどめるべきとする意見に分かれている。何にせよ、彼らは裁判が始まった当初から、監視対象として、軟禁されている。除外してもよさそうだ」


「だが、軟禁されている者たちが監視の目を掻い潜り、外と連絡を取り合っている可能性は、あるだろう」フィンが指摘した。


「身柄の拘束と言っても、東方貿易会社に関係していた者以外は牢屋ではなく、各々の屋敷で軟禁しているだけだからな。可能性は大いにある。監視の任務についている第2親衛隊の隊員たちから、事情を聞き取っているところだ」


 デモス関連と、現在捜査中のカルヴァンに関して、捜査権が無いマドゥレーヌは、それらを全てアンドレに任せた。そして、自分は先の疫病、スルエタ流感について調べた。


「スルエタ流感の患者に関しては、野戦病院で治療に従事していた薬師やシスターたちに電話をかけて、気になった人物がいないか聞いて回ってるけど——厄介ね。ほとんど収穫なし」


「野戦病院は混沌としていましたから、覚えていないことも多いと思います」ミュリエルが理由を述べた。


「そうなのよ、トラブルは何度もあったけど、患者の名前まで覚えている関係者がいないのよね。薬師たちから診療録を提出してもらうよう、お願いしたんだけど……」マドゥレーヌは煩雑な手続きに嫌気がさして、大きなため息をついた。


「診療録を無闇に見せることはできません。医師に守秘義務があるように、薬師にも守秘義務があります」ミュリエルはマドゥレーヌに同情するように言った。


「そうなんですってね。守秘義務なんて初めて知ったわ」


「職務上知り得た秘密や、個人的な情報を、第三者に開示してはならないという法律です。医師や薬師、弁護士にも同じように守秘義務があり、犯せば処罰されます」


 罰金と資格剥奪の刑罰が科されるが、事態を重くみた裁判官が、投獄を言い渡すこともある。決して破りたくない法律だ。


「だから、アンドレ王子殿下に頼んで、国王陛下から勅命を下してもらったわ。診療録を親衛隊が、かき集めてくれているはずよ」


「死亡者を絞らなければなりませんね」野戦病院の死者数は7万人に上る。それらを全て調べるとなると、骨が折れるだろうとミュリエルは思った。


「膨大な数の死亡者でしょう?考えただけで、頭が痛くなるわ。彼らの身辺を調べなければならないんだもの。当分は徹夜ね」マドゥレーヌは連日の徹夜続きにうんざりして、一つにまとめた髪を、ぐいっと引っ張って気合いを入れた。


「その診療録を見せていただきたいです。私の診療について、不平や不満を訴えた患者の親族を覚えています。絞り込むことができるでしょう」ミュリエルが提案した。


「軍機がパトリーから全ての資料を空輸してくる予定だ。明日の朝には手に入るだろうから、君に届けるようにしよう」アンドレが言った。


「だめよ。理不尽な苦情を入れてきた人たちを覚えているなんて、いくら記憶力がいいからって、覚えていて良いことと、悪いことがあるの。苦言は覚えていて損はないけど、あなたは命懸けで疫病に対応したのよ。それなのに、あなたを悪く言うのなら、クソ喰らえって言ってやりなさい」マドゥレーヌは、ミュリエルの受け身な態度に腹を立て、苦言を呈した。


「——はい、クソ喰らえです」ミュリエルは微笑みながら、初めて汚い言葉を発した。


 顎を突き出し、胸を張ってクソ喰らえと言うミュリエルが愉快で、フィンはクスクスと笑った。

「マドゥレーヌ嬢は、まるで別人だな」


 マドゥレーヌがふんっと鼻を鳴らした。「このくらいのことが見抜けないようでは、あなたもまだまだね」


「他者の本質を捉えるのは、得意分野だと自負していたんだけどな……」フィンは降参だという風に両手を挙げた。「負けを認めるよ。さすがは貴族令嬢だ」


「何言ってるのよ。女なら誰だって、人を騙すテクニックを、一つや二つ持ってるわよ」


「ミュリエルは人を騙したりしないぞ」フィンは反論した。


「ミュリエルさんこそ、全国民を騙しているじゃない。表の顔は、慈愛の天使、救国の乙女、人畜無害で献身的。でもその実、いろいろと韜晦とうかいしているのでしょう?それが何なのかは追求しないけど、父と対峙していた時のミュリエルさんは、まるで蛙を丸呑みする蛇のようだったわよ」マドゥレーヌは意味ありげな笑みを浮かべた。


 マドゥレーヌの鋭さに、フィンもアンドレも苦笑いした。


「謎なのは、サンジェルマン宰相がどこへ行ったのか。そして、第一容疑者は、スルエタ流感に感染し死亡した患者の関係者。この2つが鍵だな。それから、ガルディアンを名乗る理由。デモスと関係があるのか、ないのか。それと、一応は警戒したほうがいいのが、カルヴァンってことだな」フィンが言った。


「私の死を願っているとするならば、スルエタ流感の、患者の関係者が最有力容疑者ですが、爆弾を作れる人物、または、爆弾の製作を依頼できるほどに財力のある人物、となると、カルヴァンが最有力になってしまいます。サンジェルマン宰相閣下に恨まれる理由はありませんから」


「軟禁中のカルヴァン一族を完全に除外できない理由がそれだよ。ミュリエル」アンドレが言った。「カルヴァンが計画して、他人を雇い実行したとするなら、話は簡単なんだ。監視者を締め上げて喋らせればいい話だからな」


「でも、1番望み薄だ」フィンが思案しながら反論した。「ミュリエルを恨んでいるだろうが、ミュリエルを困らせたところで何にもならない。罪が消えるわけじゃないし、裁判は形式上開いているだけで、東方貿易会社で役職についていた者たちと、その近親者の処刑は、ほぼ決まりだ。道連れにしたいというのなら理解できるが、一連の爆破の理由は、ミュリエルを困らせたいからだと考えるのが妥当だ。現にミュリエルは無傷だからね」


「野戦病院に派遣されてきた陸軍の兵士が、何人か感染し、16名が死亡したはずです」ミュリエルが衝撃的な事実を言った。


 午後の遅い時間帯であったが、日没まではまだ3時間以上ある。真夏のマルセルは、日が傾いても暖かな風が窓から吹き込んでいる。それなのに、ミュリエルの一言で、会議室は凍りついたように寒々とした気配が漂った。


 アンドレは両手で顔を覆った。「まずいな、それは、とんでもなくまずい——サンジェルマン宰相が犯人だとする説よりも、まずいぞ」


「軍所属の兵士は通常、軍立病院へ行くから思いつかなかった。野戦病院で倒れたから、そのまま、そこで治療したんだった。特に大きなトラブルがなかったから、見落としていたが、死亡した患者の関係者に軍人がいるのなら、爆弾の知識もあって、製作する費用もあるじゃないか」


「その仮説だと、亡くなった16人の兵士以外にも当てはまりそうね。死亡者の近親者に兵士がいないかどうか調べるべきね。安月給で爆弾を製作する費用は無さそうだけど、警官も爆弾の知識はありそうだから、除外しないでおきましょう」マドゥレーヌが言った。


「国を守るべき軍人が、大虐殺を行ったとしたら、国民から大規模な抗議デモが起きるぞ。軍のトップの失脚はもとより、両陛下の失脚もあり得る。そうなったら、フランクール王国の終わりだ——陛下に報告しないとな」


「お気の毒様」フィンが同情するようにアンドレの肩に手をおいた。「だけど、調べないわけにはいかない。明日診療録が送られてきたら、真っ先にその16人の親族を調べよう。それから、軍の名簿と照らし合わせれば、何かつかめるかもしれない」


「ああそうだな」今後のことを思うと、アンドレは頭がズキズキと痛んだ。

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