第42話 驚愕

 ミュリエルたちが、遺体安置所で作業をしていると、イザーク・ブルトンが訪ねて来た。


「こんにちは、爆破犯が死んだと聞いて、何か手伝えることがあればと思って、よかったら、手伝わせてください」


 顔色の優れないイザークを、ミュリエルは心配そうに見た。「顔色が優れませんね、どこか痛みますか?あなたは大怪我を負ったのですよ。あまり、無理はされないようにと、言いましたでしょう?あなたに何かあったら、シルヴィー嬢が悲しみますよ」


「いいえ、大丈夫です」イザークはミュリエルの背後に見える——白い布がかけられた遺体をチラリと見た。


「お気持ちは分かります。あなたは彼らに殺されかけた。怒りを抱えるのは当然です。彼らが、なぜこんなことをしでかしたのか、その理由は分かっていません。憤りを感じていることでしょう。何か答えが欲しいと思って、ここへ来られたのでしょうが、ここには、無残な遺体があるだけです。いずれ、海軍が答えを見つけてくれるはずです」


 イザークは両手で顔をゴシゴシと擦った。「違うんです。違うんだ。確認しなきゃならないことがあるんだ。僕は……僕は」涙で顔をぐしゃぐしゃにして、床にへたり込んだ。


「ちょっと、座りませんか?」フィンがイザークに椅子をすすめた。


「今すぐに確認しなきゃならないんだ!今すぐに!」イザークが声を荒げた。


「何を確認するのですか?」ミュリエルが訊いた。「何を確認したいのか教えてくだされば、力になりますよ」


「ガルディアンが……ガルディアンの顔が見たい」


「ガルディアンだと目されている人物の顔は崩れています。見ないほうがよいでしょう」ミュリエルは慰めるように、イザークの肩を撫でた。


「ガルディアンは誰なんですか?」


「デュヴァリエ伯爵フェルディナン・サンジェルマンだとする説が有力です」


「違う!彼はガルディアンじゃない……」怯えるように言ったイザークは、床に突っ伏して体を揺らした。


「——ガルディアンを知っているのですか?」ミュリエルはイザークの肩に置いた手を、サッとひっこめた。


「ミュリエル!」フィンはミュリエルを、イザークから遠ざけるように腕を引っ張って、自分のほうへ引き寄せた。


 モーリスはミュリエルに近づき、フィンとミュリエルを挟むようにして立った。「お前……こいつらの一味か」


「違う、違う、そうじゃないんだ。領地を守るため、妹を守るため、仕方がなかったんだ。僕は——こいつらに嵌められたんだ」慌てて弁解しようとしたイザークは悔しそうに声を絞り出して嵌められたと言った。


「どういうことか、説明してください」ミュリエルが恐ろしいほど冷静な声で訊いた。


「領地が立ち枯れ病の被害にあい、僕は金策に奔走しました。それでも、行き詰ってしまった。妹の薬を買うこともできない。このままでは、妹を失ってしまうと思って、国に支援を頼んだが、却下されてしまいました。東邦から輸入していたから、妹の薬を買う金が、贅沢だとみなされてしまったんです。そんな時、ガルディアンから声をかけられました。仕事を引き受けてくれたら、妹の薬代を出してやると」涙を流しながらイザークは訴えた。


「それで、こいつらの仲間になったのか?」フィンが険しい顔で訊いた。


「最初は、ただの雑用でした。フォントネー広場の屋台の配置を記録したり、鉄道の上客名簿を、鉄道会社の職員から受け取って、ガルディアンに渡したりするだけだったんです。何が目的なのか知りませんでした。だけど、こんなことで妹の薬代を支払ってくれるなら、楽な仕事だと思って、詮索はしませんでした」


「それが、楽じゃなくなった理由は何なんだ」楽な仕事で大金が稼げるなら、必ず裏がある。それが分からない歳でもないだろうにと、モーリスは呆れたように訊いた。


「彼らはレナトゥスと名乗っている。フランクールの未来を憂える者たち。国家、そして私的所有権、資本主義の全廃を提唱し、万人の完全なる平等を目的とした、生産手段の社会的所有、能力に応じて働き、必要に応じて受け取るコミュニティを確立し、無政府共産主義の社会を推進する。それが彼らの主張です。雑用は全て僕に任されていました。だから、ガルディアンが爆弾を仕掛けると知った時、悟りました。僕は囮だったんだと。高額な治療を必要とする妹がいる。領地は決して裕福じゃない。立ち枯れ病は、おそらく彼らの仕業です。にっちもさっちもいかなくなるよう仕向けられたんです」


「あなたを、ガルディアンに仕立て上げるつもりだった。国に支援を申し出て却下されたあなたが、怒りに任せて騒ぎを起こした。そう見せかけるために、あなたを引きずり込んだというのですね」ミュリエルが訊いた。


「そうです——僕はフォントネー広場で、ミュリエル薬師が来るのを待っていました。ミュリエル薬師が爆弾に近づいたところで、起爆スイッチを持っているレナトゥスのメンバーに知らせる。それが僕の仕事でした」


「お前!ミュリエルを殺そうとしたのか!」フィンがイザークの胸倉をつかんで、固く握った拳を、イザークの顔に打ち込んだ。「ミュリエルはお前の命を救ったんだぞ!お前の妹を救おうとしてるんだぞ!」


「フィンさん。落ち着いてください。私なら大丈夫ですから」ミュリエルは、イザークの胸倉をつかむフィンの腕に、手を置いて宥めた。「ガルディアンは、なぜ私を殺そうとしたのでしょうか?」


「天使は王の奴隷に成り果てた。我々の使命は慈愛の天使を救うことにある。天に帰すのだと言っていました」


「ですが、私はフォントネー広場以外で命を狙われていません。ガルディアンは、私を殺したかったはずです。なのに、執拗に追ってくることはしなかった。なぜですか?」ミュリエルが訊いた。


「分かりません。フォントネー広場で僕は、指示を受けていましたが、マルセル駅では指示を受けていませんでした。爆弾が設置されることを、直前になって知らされ、爆弾を止めに行こうとしたんです。だけど、予定より早く爆発してしまった。誤作動だったんです。あんなに大勢の人が亡くなるなんて……フォントネー広場で死ぬのは、ミュリエル薬師だけだと聞かされていました。爆弾の威力は大したことないと——それなのに、大勢の人が死んでしまった」イザークは握りしめた手を口に当て嗚咽した。


「ホテルの爆破は?」モーリスが訊いた。


「僕が駅に仕掛けられた爆弾を、止めに行こうとしたことが知られてしまい、レナトゥスから閉め出されたのだと思います。ずっと連絡がありません。ホテルの爆破は、知りませんでした」


「ガルディアンの正体は?」フィンが訊いた。


「分かりません。彼はガルディアンという名前しか名乗りませんでした。50代後半で、やせ細っていて、落ちくぼんだ目をしている」


「デュヴァリエ伯爵や、コルディエ元少尉の役割は何ですか?」ミュリエルが訊いた。


「デュヴァリエ伯爵は資金源です。サンジェルマン宰相を憎んでいて、殺してやると言っていました。コルディエは爆弾を作っていて、起爆スイッチを押していたのもコルディエです。楽しんでいるようでした。2人ともレナトゥスの主張に賛同していたわけではないと思います。他の人たちは、自分たちを革命家だと言っていました。フランクールに革命を起こすのだと、息巻いていました」


「打ち明けようと思った理由は、自分の命が惜しくなったからか?大勢の人間を殺しておいて、自分は助かりたいか。ガルディアンはレナトゥスのメンバーを抹殺しようとしているんだろう。こいつらは自爆したんじゃない、ガルディアンに殺されたんだろう!」フィンは、遺体を乗せるステンレスの台に、拳を振り下ろした。並べていた医療器具が音を立てて床に落ちた。


「僕は、妹を助けたいんだ……僕がいなくなれば、妹は死んでしまう」イザークは泣き崩れた。


 ミュリエルは痛むひたいを揉んだ。「ガルディアンは何をしたかったのだろうかと、ずっと考えていました。私を殺したかったのに、殺さなかった——興味を失った。だから、手を引いた。フォントネー広場は、騒ぎを起こしたかっただけという印象が強いです。騒ぎを起こすことに、何の得があったのでしょうか」


「マドゥレーヌは、ミュリエルの関心を引くためだったと言っていた」マルセルに来てからのフィンは、思考を巡らせているミュリエルの助けになることが仕事になっていた。


「殺してしまっては意味がありません。関心を引きたかったのは事実だけれど、それは私ではない……ガルディアンの爆破に疑問を抱いていました。ガルディアンが殺したかったのは、ホテルの宿泊客です。モーリスさんが言ったように、あれは処刑でした。彼は騒ぎを起こして、人に警戒心を抱かせた。無意味だと思うのです。ホテルの宿泊客を殺したかった。ですが、それ以上に殺めたかった人物がいる……」


「ホテルの宿泊客は、高貴な金持ち連中だ。彼らに恨みを抱くってことは、ガルディアンも、それなりに地位のある人間ってことじゃないかな。平民が関われる人たちじゃないだろう?」


「そうですね。国の中枢にいた方々ですから——おそらく交友関係も広く……彼らの死を悼んでいる友人も多いでしょう……私が死んだら、誰が悲しむでしょうか」


「それは、みんなが悲しむさ。国民全員がね。俺たちだって立ち直れないほどに悲しむよ」フィンが言った。


「私が死んだと知ったら、誰が駆けつけますか?」


「……アンドレ王子?」ミュリエルの問いに、フィンが自身なさげな声で答えた。


「ええ、そうです。アンドレ王子殿下は、マルセルで爆発があったと知り、駆けつけてくださいました。そして、マルセル駅が爆破されたのは、アンドレ王子殿下が、マルセルに到着する直前でした。予定より早く爆発してしまったため、アンドレ王子殿下は助かった」


「ガルディアンの真の狙いは、アンドレ王子か」フィンが驚愕して言った。


「そう考えると辻褄が合います。ガルディアンは私を餌に、アンドレ王子殿下を、おびき出そうとしていた。ですが、私が死ぬ前に、アンドレ王子殿下がマルセルに到着しました。私を殺す必要がなくなったのです。劇場を突入と同時に、爆破するよう時限爆弾を仕掛けたのは、アンドレ王子殿下を殺したかったから」


「でもなんでだ?アンドレ王子はむかつく奴だけど、殺したいほど憎むような相手じゃない」


「共通点があるはずです。アンドレ王子殿下、サンジェルマン宰相閣下、ホテルに宿泊していた……方々、そして、ガルディアン」ミュリエルは、ようやく何を見落としていたのか気がついた。「パーティーの宿泊客は29年前、国の未来を左右する立場にいました。サンジェルマン宰相閣下は、当時王太子だった陛下の右腕だったと言われています。前国王陛下はテロリストには屈しないと強気な姿勢を見せた。そして、罪のない200人が殺されました」


「復讐か」モーリスが言った。


「おそらくは、アンドレ王子殿下は、都合がよかったから選ばれたのでしょう。サンジェルマン宰相閣下は拉致できましたが、国王陛下や王子殿下となると、護衛の規模が違います。拉致は不可能です。ならば、自ら進んで来てもらうしかない。バスティアン王太子殿下も、シプリアン王子殿下も、呼び出す材料がありません。ですから、アンドレ王子殿下だったのでしょう。現在のガルディアンは50代後半、29年前は20代後半です。レセプションパーティ立てこもり事件で、大切な人を失ったのでしょう。そして、死に追いやった人たちへ、罰を与えている」


「ガルディアンの、その大切な人は、火に焼かれて死んだのかもしれないな」フィンが複雑な気持ちで言った。「だけど、恨むのはお門違いだ。レセプションパーティに立てこもって、大勢の命を道連れにしたジョルジュ・ブラッスールを憎むべきだ」


「彼が死んでしまったことで、怒りの穂先を誰に向けていいのか、分からなくなってしまったのでしょう。アンドレ王子殿下に警告しましょう。ガルディアンは未だ捕まっていません。彼の復讐は、アンドレ王子殿下を殺さなければ完結しません。彼は決して諦めないでしょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る