第20話 王子アンドレ
そうこうしているうちに、マルセルのターミナルに船が着いた。
ターミナルでは、マドゥレーヌが待っていた。
「早かったわね。警官はようやくさっき、第一陣がフルニエに向かったところだったのに」
「行きは定期船ではなく、渡船を利用しましたから」テレポートしたとは言えず、ミュリエルは渡船を利用したと答えた。
「ふーん」
納得していない様子のマドゥレーヌに、フィンは考えを改めた。第一印象は明るく、人好きのするタイプで、あまり、賢くはなさそうだったが、全てはアンドレを籠絡するための計略で、とんだ食わせ者なのかもしれない。
人の本質を見抜くのが得意な、フィンをも騙せるのだから、筋金入りの大嘘つきなのだろう。
父親の責務を全うすべき男は、子供を身籠ったマドゥレーヌを見捨てて逃げた。そのことで、心が千々に乱れていたから、ヘマをしてしまったのだろうが、そうでなければ、彼女の企みは、全て成功していただろう。
そして、その乱れていた心も、今は、晴れ晴れとした様子だ。
テロ攻撃かもしれない緊急事態に、取り乱すことなく、マルセル警察の指揮をとっているのだから、大したものだとフィンは感心した。
「馬車を手配しておいたから、使ってちょうだい。それと、オートゥイユ家の私兵を護衛につけるわ」マドゥレーヌがミュリエルに言った。
「護衛は家族につけてもらえませんか?」
「家族が心配って気持ちは分かるけど、狙われてるのは、あなたなのよ」
「私の護衛は、モーリスさんとフィンさんが務めてくれますから、大丈夫です」
モーリスはまだしも、フィンは護衛にならないだろうと、マドゥレーヌは言いたかったが、口だけは達者なのだから、犯人と相対したとき、その口は大いに役に立つのかもしれないと思った。
「まあ、いいわ、あなたがそう言うなら、護衛は家族につける。犯人が捕まるまで、どこかに隠れてるつもり?」
「家族は皆、ザイドリッツへ向かってもらいます。私は今晩、家族から離れようと思いましたが、家族が狙われる可能性も、視野に入れておくべきかと思うのです。二手に別れれば、警備が倍必要になる。ならば、一緒にいたほうが得策なのかも知れません」
実際はミュリエルがそばにいたほうが、守れるからだ。家族がマルセルを出るまで、目を離すつもりはなかった。
「そうね——」マドゥレーヌは、オートゥイユ家から、どのくらいの人員を警備にさけるか、素早く検討した。「私もその方がいいと思うわ。そもそも、ヴィラは王室の保養所よ。警備は厳重だわ。
それと、マルセルを出ようとしている人が多くて、汽車のチケットを巡った争奪戦が起きてるみたいだから、早めに確保したほうがいいわよ」
「教えてくださり、ありがとうございます」
一行はマドゥレーヌが手配した馬車で、ヴィラへと戻ってきた。
数日滞在したこともあってか、皆ほっと一息ついたようだった。口にはしなかったが、爆発に巻き込まれることを恐れ、気が張っていたのだ。
各々部屋へ戻り、荷造りに取り掛かった。
ミュリエルとフィンの部屋を見知った顔が訪ねたきた。
第3王子アンドレ・ルフェーブルと、その従者、第1親衛隊所属のエクトル・ジュベールだ。
「アンドレ王子殿下、エクトル卿、ご無沙汰しております」ミュリエルが挨拶した。
「ミュリエル、爆発事故が起きたと聞いて駆けつけたんだ。マルセル駅まで辿り着けず、その手前のアルテュールで降りたから、少し時間がかかった」
「本気ですか?」フィンが呆れたように言った。
「フィン、ミュリエルは国の宝なんだから、心配するのは当然だろう。王族である私が代表で、警護しにきたんだ。何か問題があるか」アンドレは、ふんぞりかえって言った。
喧嘩腰になっているフィンの腕を、ミュリエルは掴んで、押し留めた。
アンドレを追い返したかったのに、ミュリエルに阻まれて、フィンは拗ねたように口を尖らせた。
ミュリエルは、そんなフィンを無視して言った。
「そうでしたか、お気遣いいただき、感謝いたします。ですが、おかげさまで、私は無傷です。ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「気にすることはない。君はそれだけ、重要な人物だということだ」アンドレは、ミュリエルがフィンよりも、自分を優先してくれたことに嬉しくなり、最高の笑顔で笑いかけた。
「マドゥレーヌ嬢とは、お会いしましたか?」ミュリエルが訊いた。
ミュリエルのために、ここまで来たのだから、ミュリエルより先に、マドゥレーヌに会うわけないじゃないかと——どれほど大事に思っているのか、わかってくれないミュリエルに、アンドレは少しだけ腹を立てた。
「いいや、真っ直ぐここへ来たから、会ってないぞ」アンドレは気を取り直して言った。「——今日は婚約式だったんだってな。おめでとう、ミュリエル」
次に会った時は、ミュリエルの幸せを、心から祝えると思っていたが、今のアンドレには、まだ少し早かったようだ。おめでとうという言葉が辛かった。
「そのつもりだったのですが、中止して戻ってきたところです」
「中止?何かあったのか?」アンドレは心配そうに訊いた。
「はい、爆発事故ですが、どうやら事故ではないかもしれません。マルセル領主代理を務めている、マドゥレーヌ嬢が、国に報告すると言っていましたから、今頃は一報を送られていることでしょう。一連の事件の糸を引いているのは、宗教団体デモスかもしれません」
ミュリエルは、ことのあらましをアンドレに説明した。時折質問することもあったが、アンドレは、ミュリエルの話を最後まで、静かに聞いた。
「状況はわかった。マドゥレーヌ嬢と話をして、それから、陛下へ電報を送るとしよう。ミュリエルは、これからも爆破が続くと思っているんだな?だから婚約式を中止した。フルニエ島に、爆弾が仕掛けられているかもしれないと、疑っているのか?」
「爆破は続くでしょう。私が生きている限り、止める理由がありません。フルニエ島に爆弾が仕掛けられている可能性は、五分五分だと思っています」
「その根拠を示せるか?」
「最初の爆破で私は爆心地の近くにいましたが、爆破の威力を魔法で受け流し、家族を守りました。だから死ななかった。2度目の爆破の時、私はマルセル駅にいませんでした。マリーナで食事をとっていました。これは誤爆なのかもしれません。フルニエに仕掛けようとしていた爆弾が、運搬中に爆発してしまった……」
「なるほど、それは一理あるな」
話し合いを終え、アンドレはやるべきことをするために帰っていった。
それから1時間ほどが過ぎ、空腹を感じはじめてきた頃、ジークフリートが訪ねてきた。
ミュリエルとフィンはジークフリートを招き入れ、アデリーナが用意してくれた軽食を食べることにした。
「汽車のチケットが取れない。というか電話をかけているが、全く繋がらないという方が正しいな」フィンはヴィラに戻ってきてから、ずっと《パトリー・ブリヨン・地中海鉄道》に電話をかけ続けていたが、交換手から、混み合っていて、今は繋げられないという答えを延々と聞かされていた。
「やっぱりそうか、2度の爆発が影響しているようだな。今度はどこが爆発するのかって疑心暗鬼になってるんだろう。我先にと、安全な家へ帰ろうとしているんだ」予測していたことだが、ジークフリートは肩を落とした。
「いざとなったら、私がテレポートで皆さんを送ります」
「長距離でもテレポートできるのか?」ジークフリートが訊いた。
「数回に渡ってテレポートしなければなりませんが、パトリーまでなら送り届けられます。治療に多くの魔力を使ってしまったため、今は、隣のアルテュール駅までしか、テレポートできません。魔力が回復するまでに、4日はかかりそうです」
「ヴィラの中も外も、どこへ行っても警備兵が立ってる。ここの警備は、王宮並みだから、アルテュールで立ち往生するより、ここにいたほうが安全だな」ジークフリートが言った。
「オートゥイユ家の私兵が、護衛についてくれるらしいから、4日の辛抱だ」フィンが言った。
「ここには今、アンドレ第3王子殿下も宿泊されています。第1親衛隊を十数名連れてきていますから、このヴィラは、今や鉄壁の要塞です」
「王子殿下が⁉︎爆発事故の処理に出向いたのか?」王子が自ら赴いて、国内の問題に対処することは珍しい、普通は、王城から部下に指示を出すだけだ。ジークフリートは信じられないといった顔で訊いた。
「いいや、違う。ミュリエルは国宝だ、王族が警護するのは当然だとか言っていたが、実際はミュリエルに会いたかっただけだろうよ」
フィンが、やけに憎々しげに言うので、怪訝に思ったジークフリートは、頭の中を整理して、その答えに辿り着いた。
「わかったぞ——ミュリエルは確か、王子と婚約してたんだよな。振られたアンドレ王子は、未練がましく縋ったと噂で聞いた。それは真実だったようだな——略奪愛ってことか、なかなかやるじゃないか、フィル、一国の王子から、婚約者を奪うなんてな」ジークフリートは、くつくつと笑った。
フィンは自分にかけられた嫌疑を慌てて弁明した。
「違う!別に奪ったんじゃない。俺がミュリエルと知り合った時、2人の婚約は既に解消されてた。だから、奪ったんじゃなくて、ミュリエルの愛を、俺が勝ち取ったんだ」
「結局、三角関係だったってことだろう?奪うことと勝ち取ることに、どんな違いがあるんだ?」
「ミュリエルの名誉だ。奪ったって言ったら、ミュリエルが浮気したことになる。だけど、そうじゃなくて、俺とアンドレのスタートラインは同じなんだ。両者が同時に、ミュリエルを好きになって、アプローチした結果、ミュリエルが俺を選んでくれた。ただそれだけなんだ」
「ふーん、俺にはその違いがよく分からないが、名誉だと言うなら、そういうことにしておこう。お前たちがミュリエルを巡って、勝手に争っただけで、我が義妹が、咎められることではないと思うからな」どっちが先に好きになったかなんて、些細なことに過ぎないと思うが、そんなに大事なことなのかと、ジークフリートは首を捻った。
自分の恋愛話に、恥ずかしくて居た堪れなくなったミュリエルは、話題を変えた。
「ジークお義兄様、ザイドリッツまでの道中、お義兄様に負担をかけることになってしまいますが、どうか家族のことを、よろしくお願いします」
「それは心配しなくていい、俺の家族同様に優先する。ミュリエルは、俺の弟を優先してくれ」ジークフリートはミュリエルの肩を指でトンとついた。「君が死んだら弟は、あの世について行ってしまう。それでは困るんだ。俺が厄介ごとを押し付けられるのは、このお人好しの弟だけだからな」
ミュリエルの表情が揺らぎ、くすりと笑ったように見えた。絶世の美女の笑顔は、とんでもない威力を持っていた。
彼女が、マリオネットと呼ばれるほどに無表情で良かったと、ジークフリートは思った。もしも彼女が数多の男に、柔らかく微笑んでいたら、ミュリエルを巡って、世界戦争が開戦していたに違いない。
「分かりました。フィンさんを死なせはしません」
ジークフリートは、その言葉に満足して帰っていった。
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