第45話 今度こそ終息
グロージャンの遺体はマルセル警察署の遺体安置室に運ばれ、他のレナトゥスのメンバーたちの遺体と並べて収容された。
内通者だった警官は、シクストとベッドに潜り込む仲だった。ある日、最高に気持ちよくなれる薬があると言われ、軽い気持ちで試してみたら、抜け出せなくなり、薬欲しさから加担したという供述をしていると、アンドレがミュリエルに教えてくれた。
シクストの好みは10代の若い男子だが、彼は32歳だ、好みから外れている。シクストは最初から彼を内通者にするために近づき、薬物中毒にして協力させたのだろうとミュリエルは思った。
彼もイザークのように利用されただけだ。だけど、誰にも助けを求めなかった。己の欲、そして保身に走ったのだ。もしも、最初の爆破の前に通報していれば、せめて、2度目の爆破の前に通報していれば、多くの罪なき命が失われずに済んだだろうと思うと、ミュリエルの心に悔しさが込み上げてきた。
ミュリエルは最初の爆破の直後にイザークと知り合った。あの時、もっと関係を築き上げられていたなら……相談してくれただろうかと、他人との距離を縮めるのが苦手なミュリエルは、自分の性格を呪いたくなった。
シルヴィーはあれから、心を閉ざしてしまっている。イザーク・ブルトンとジョルジュ・ドパルデュー死亡の知らせを聞きつけ、乳母が駆けつけてくれたが、実の母のように慕っていた乳母のことも受け入れようとはしない。
ミュリエルはマドゥレーヌに、力になってあげて欲しいと頭を下げたが、マドゥレーヌから予想通りの反応が返ってきて嬉しくなった。
彼女はいつものように腕をくみ、ふんっと鼻を鳴らしてこう言ったのだ。「仕方ないわね、マルセル領に隣接する領地が荒れるのも困るし、オベール領が、馬鹿な奴らに乗っ取られないように見張っていてあげるわよ。それに、今年4歳になるジュリエットの、お友達になれるかもしれないから、シルヴィー嬢の面倒を見てあげるわ。だけどね、私はマルセル領主代理で、ペルティエ領の仕事もこなして、オートゥイユ家の財務まで責任者をしているのよ、ものすごく忙しいんだからね。それに加えてオベール領も引き受けてあげるんだから、感謝しなさいよね」
今、シルヴィーはオートゥイユ家の邸宅に身を寄せている。
マドゥレーヌはいつも憎まれ口を叩くが、本当はすごく優しい人なのだ。彼女の憎まれ口は、照れ隠しなのかもしれないとミュリエルは思い、僅かに笑った。
「どうかした?」フィンが訊いた。
「マドゥレーヌ嬢が優しくて嬉しくなったのです」
「そうか、マドゥレーヌ嬢はミュリエルのことが大好きだから、仲良くしたいのに、恥ずかしいから本心とは裏腹な態度をとっちゃうんだよな」
「はい、今日も文句を言いながらも、参席してくださいました。内心喜んでくれていると感じます。私は、フィンさんと本心で話し合える夫婦になりたいです」
フィンはミュリエルの耳に口を寄せて囁いた。「俺もだよ。今晩も本心で語り合おうね。体を使って——」
ミュリエルは頬を赤らめ、フィンの手を軽くつねった。
「アンドレも来るかなと思ったけど、来なかったな」
「サンジェルマン宰相閣下のご遺体を、パトリーに輸送するそうです」
「エクトルが言ったように、大切な人だったんだろうな。ちょっと気の毒だから、ミュリエルに抱きついたことは、許さないけど、咎めないことにした」
ミュリエルとフィンは、厳格で美しくて、年頃の女性が、うっとりとした瞳を向けるほどに華やかな衣装を身につけ、婚約式を行った。ミュリエルの好みを理解してくれているイザベルと、各国の流行を網羅しているエルフリーデが手掛けた、最高の婚約式だ。
空は晴れていて、夏の午後の爽やかな風が、色鮮やかな花の香りを運んでいる。ミュリエルの髪に花びらが舞い降りる。フィンはその花びらを、そっと手で払い、ミュリエルの唇に唇を重ねた。
「行こうか」
「はい」
ミュリエルとフィンは、手を繋いで大事な家族が、楽しそうに笑い声をあげているところへ向かった。
fin......
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
枇杷 水月
大魔術師は庶民の味方ですⅡ 枇杷 水月 @MizukiBiwa
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