第3話

 農奴とは、領主に隷属した農民のことである。


 しかし――――


(しかし、妙であるな。農奴を含めて奴隷制度は我がドラゴニアでは禁止にしたはず。100年で法が変わることは当たり前ではあるが……)


 ルレロは改めて、自身の生活環境を見直した。


「えぇい! 文明レベルが退化しておるではないか! 魔具が1つもないとは何事か!」


 魔具は、魔力が込められた道具である。使用者は魔法が使えなくとも、それ同等の力を振る舞える。 


 それらは強力な武器――――ではなく、料理、掃除、洗濯といった家事を中心に使われていた。


 魔導王ルレロは、魔法が使えぬ者でも魔法の恩賞に授かれるようにと魔具の製作に力を入れていたのだ。


「妙と言えば、俺様は10歳になる。 本来なら学校に通う年頃のはず……まさか、この100年で、魔具も学校制度も消滅したとでも言うのか?」


 その疑問を解決する方法はなかった。 


 農村では、調べる方法がない。 図書館もなければ、学校もない。


 ここは閉ざされた寒村。 因習村では外部からの情報もなし。


「ぬぐぐぐ……」とルレロは頭を痛める。


「やはり、この魔力は隠した方がいいのだろうか」


 チラリを視線の隅。隠れている魔物――――粘獣スライムを見つける。


「粘獣。 ゴブリンと並ぶ弱い魔物の代名詞ではあるが……」


 どんな魔物であれ、侮ってはならない。 強烈な魔素から生まれた生物は人を殺すための存在なのだから。


「炎よ!」とルレロは手を粘獣に向けて翳した。


 彼の魔力は炎の矢として具現化されると、すぐさま粘獣の体を貫いた。


「う~ん、魔法と年齢はお酒に例えられる事が多いが、基礎魔法なら使っても問題ない年齢となったか」


 大人になれば平気な酒であっても、子供にお酒を与えると命の危険さすらある。 


 魔力もそれと同じ。 大人の体では十分に振る舞える魔力も、魔力への免疫が少ない子供では命の危険性ですらある。 

 

 そのため、魔導王と呼ばれていたルレロも魔法使用には大きな制限がかかっていた。


(うむ、本来の俺様なら使い魔を王城まで飛ばして、使いを呼ぶのだが……今では、その程度の魔法執行にも不安が残るか)


 しかし、その思考のためだろうか? ルレロが魔法を使っていたのを見た者がいたことに――――


「ねぇ、今のもしかして魔法?」


「なに!」を驚いて振り向いたルレロ。 しかし、声の主が見当たらない。


「ここだよ! ここ!」


 声の主は10歳のルレロよりも身長が、頭1つ分だけ低かった。


 眩しいほどの金髪の少女。 ルレロより小さい……7歳か8歳ほどか?


(むむむ……衣服の質が良い。 どう見ても貴族の子供ではないか!)


「あなた、何者なの? 本物の魔法なんて、100年前に禁止されたはずなのに」


「なにっ!」と聞き捨てならない言葉に、思わず反応してしまった。


「な、何よ! 魔法が使えるくらいで良い気にならないでよ」


 驚きの声を上げたルレロを攻撃的と判断したのだろう。 少女は、腰に帯びていた剣を抜いた。


「べ、別に良い気になんかなってない(おいおい、無礼者を手打ちにする文化でも生まれたか? こんな幼子ですら……)」


「あなた、私が小さい事はバカにしているでしょ?」


「む? そんな事はないぞ(なんだ? 魔法を禁止した代わりに貴族は読心術でも得たのか?)」


「私は、今年で12歳なんだからね!」


 体が小さい事がコンプレックスなのだろう。 怒りを込められた刺突がルレロを襲う。 ただし――――


(うむ、どう見てもハッタリ。こちらを驚かせるのが目的の寸止め。ならばこちらも――――)


「ひぃ! ひぃ……お助け下され! 貴族様!」と尻餅をついて、怯えてみせる。


(どうだ! 俺様の演技力は! 文化の守護者として大衆の面々で主役を演じてみせたほどだぞ!)


「何、その大根芝居。台詞も棒読みじゃない」


「なっ!? なんだと! 俺様の演技が大根芝居に棒読みだと!」


 ナワナワと震えるルレロの様子に彼女は満足したようだ。


「へえ~、面白い男だわね……あなた、私の友達になりなさい!」


 そうして差し出された腕をルレロは反射的に握ってしまった。


(これはカリスマ性か? ……まだ幼いなりに、人を引き付ける魅力を持っているのか?)


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


 貴族の少女。 名前はイザベル。


 イザベル・グリファン


 そう名乗った。 ルレロの予想通り、ここら辺りを領地とする領主の娘だった。


「ふ~ん、あなたはルレロって言うのね。面白い名前だわ。それで名字がないって本当なの?」


「あぁ、農奴に名字はない。父親が魔物殺しのヘルマンと言われいるから、俺も魔物殺しのルレロ……って事になる」


「変なの~」と彼女は笑った。きっと彼女が、その残酷さ――――世界の残酷さを知るのは、遠い未来か? あるいは知らないまま生き続けるのだろう……


 ルレロはそう思った。


 彼女を屋敷まで送ると、領主自らが感謝の言葉をくれた。


(農奴の息子である俺様に対して、主人であるはずの領主が直々に感謝する。何か裏があるのではないか?)


 その予想通り、領主は人払いをすると――――


「娘であるイザベルを送って貰って、まずは父親として感謝する。ありがとう」


「い、いえ、領主さまが、自らそのような事を恐れ多いです」


「はっはっは……そう固くならなくとも良い」


 砕けた領主の態度。 それに対してルレロは――――


(俺の演技、イザベルは、やれ大根だ! 棒読みだ! と言っていたが、中々できているではないか!)


 と自身を取り戻していた。


「さて、ここからは本題だが、ルレロとやら――――」


「はい、なんでしょうか?(やはり、何か裏があるのか?)」 

 

「娘の言う通り、魔法が使えるというのは本当かね?」


「……(なるほど、やはりこの国では100年の年月で魔法の立ち位置と言う物が変わってしまったのか)」


 そうルレロは、外れて欲しかった予想が当たっていた事を確信した。



 

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